脱炭素の切り札CCUSはどこまで進むのか―日本の政策動向と事業化に向けた実践的視点

脱炭素の切り札CCUSはどこまで進むのか ― 日本の政策動向と事業化に向けた実践的視点


CO₂を分離・回収し、貯留または有効利用するCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)は、脱炭素の切り札とされながらも、事業コストや制度整備、国際連携といった複雑な課題を抱えています。本記事では、経済産業省よりカーボンマネジメント課長をお迎えし、「現在のCCUS政策と将来への展望」をテーマに開催したウェビナーレポートをお届けします。


要点

  • CCUSは、鉄鋼や化学などCO₂排出削減が難しい産業の脱炭素化に不可欠な手段。日本では2030年代初頭からの事業開始、2040年代の民間主導展開を見据え、制度整備と実証を進めている。
  • 最大の課題はコスト。CO₂分離・回収工程を中心に、技術開発・スケールメリットの創出・制度支援を組み合わせた「コスト設計」が鍵となる。
  • 英国は、クラスター戦略と個別交渉型の補助制度により事業化が進展するCCUS先進国。海外の先進事例から、日本もアジアにおいてCCUSを推進する先導的役割を担える可能性がある。

 



ウェブキャスト:現在のCCUS政策と将来への展望

(2026年3月25日開催分 オンデマンドでご視聴いただけます)    

現在のCCUS政策と将来への展望 現在のCCUS政策と将来への展望

 現在のCCUS政策と将来への展望

経済産業省 資源エネルギー庁
資源・燃料部 カーボンマネジメント課長 刀禰 正樹氏

 

2050年のカーボンニュートラルの実現に向けては、電力の脱炭素化だけでなく、鉄・セメント・化学・石油精製などの排出削減が難しい分野(Hard to abate産業)への対応が不可欠です。その有力な手段として位置付けられているのが、CO₂の貯留・再利用を担うCCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage)です。CCUSは、省エネルギーの推進や再生可能エネルギーの拡大、水素・アンモニアの活用と並び、脱炭素政策の重要な柱の1つとされており、現在、日本でも国内事業化に向けた取り組みが本格化しています。

 

CCUSを理解する上では、その構成要素であるCCSとCCUについても役割を整理しておく必要があります。

 

CCS(Carbon dioxide Capture and Storage):回収したCO₂を地中に貯留する技術(=CO₂を「閉じ込める」)
CCU(Carbon dioxide Capture and Utilization):回収したCO₂を燃料や化学製品などに有効利用する技術(=CO₂を「資源として使う」)
CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage):CCS(貯留)とCCU(利用)の両方を含む概念

世界で進むCCS事業と日本における可能性

CCSとは、排出されたCO₂を回収し、地下1,000〜3,000メートルの地層に貯留する技術です。海外では、欧州や北米、豪州などの資源国を中心に、枯渇した油・ガス田を活用したプロジェクトや、EOR(石油増進回収)・EGR(ガス増進回収)と組み合わせた事業が進展しています。

 

中でも注目されるのは欧州、特に北海周辺国です。例えば、ノルウェーで回収されたCO₂を海上で越境輸送し、貯留までを一体化した商業モデルが構築されつつある他、オランダやデンマーク、英国でも複数のプロジェクトが進行しており、今後の本格的な普及拡大が期待されています。

 

一方、日本の現状について刀禰氏は次のように述べました。

 

「日本は現在、海外の先行事例を追いかけながら事業化を進めている局面にあります」(刀禰氏)

 

日本では、2030年代初頭から貯留事業開始、そして2040年代に民間主導による本格展開を目標としています。現在はその前段階として、事業環境の整備が進められています。

 

また、技術面では、北海道・苫小牧市沖において2016年から2019年にかけて、約30万トンのCO₂貯留実証が行われ、その後も安定的な貯留が確認されています。

 

「CCS事業は、単一の技術ではなく、一連のバリューチェーンで構成されており、それぞれの段階で異なる技術が必要です。火力発電所や鉄鋼・石油化学などの大規模プラントからCO₂を分離・回収し、陸上ではパイプライン、海上では液化CO₂船が輸送を担い、地中に貯留、モニタリングを行います。日本のプラントやエンジニアリング企業は各領域で技術と実績を有しており、国内事業化に向けた十分なポテンシャルがあると考えています」(刀禰氏)

CCS事業推進に不可欠な法整備と社会受容

CCS事業を推進するためには、保安・安全管理の観点から適切な制度的枠組みを整備することが求められます。

こうした中、日本では将来的なCCSの商業化を見据え、JOGMECを通じて「先進的CCS事業」が実施されています。現在までに9件のプロジェクトが採択され、各案件において、二酸化炭素の回収・輸送・貯留を含むバリューチェーン全体について検討が進められています。

こうした事業を通じた検討の進展と、将来の本格的な事業化を見据え、CCS事業を支える制度基盤の整備が進められてきました。その一環として、2024年には「二酸化炭素の貯留事業に関する法律(CCS事業法)」が成立し、貯留事業および導管(パイプライン)輸送事業に関する許可、保安および管理の枠組みが整備されました。

CCS事業法は段階的に施行されており、2026年5月には、導管(パイプライン)輸送を伴う本格的な貯留事業を可能とする制度が整う予定です。

CCS事業化における日本での最大の課題

日本におけるCCS事業化の課題について、刀禰氏は“巨額のコスト”を挙げました。

「CCSは、巨額の設備投資費(CAPEX)と事業運営費(OPEX)を必要とします。今後は、コスト削減を進めるとともに、2040年代に向けた民間事業の自立化が重要です」(刀禰氏)

特に、CO₂分離・回収工程のコスト負担が大きく、コスト低減のための技術開発や効率化が進められています。また、スケールメリットを確保するための事業間連携も鍵を握っています。

制度面では、コスト差に着目した支援や長期脱炭素電源オークションの活用が検討されています。

CCUSの中でも、CO₂を資源として活用するCCUは、CO₂の回収・輸送コストに水素の調達コストやCO₂の変換に係るコストが加わるため、高コストになりやすいことが課題です。一方で、2025年の大阪・関西万博でも実証が行われた合成メタン(e-methane)など、価格転嫁が可能な分野では事業化が進みつつあります。2026年3月には、東邦ガスによる国産原料と水素を活用したe-methaneの実証事業も開始されました。

CCUSの最新動向

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
エネルギーセクター シニアマネージャー 山脇 伶王

 

EYは、2050年のカーボンニュートラル実現に向けて、企業のビジネスモデル転換と脱炭素社会への移行を支援しています。その中でもGX(グリーントランスフォーメーション)は、重要な戦略の柱として位置付けています。

 

本セッションでは、CCUS政策の先進国として注目される英国の事例をもとに、日本における事業化の課題とその解決の方向性が示されました。

英国に学ぶ、CCUSの成功モデル

英国は、2050年ネットゼロ達成を法的に明確化した上で、以下の具体的な目標を掲げています。

  • 2030年までに5万人の雇用創出
  • 年間2,000万〜3,000万トンのCO₂貯留

さらに、炭素予算によって進捗を管理することで、政策の実効性を担保しています。

英国の特徴は、「クラスター型」の開発です。英国では産業集積地と貯留地をセットにした6つの産業クラスターを選定し、段階的に開発を進めています。

  1. 実現可能性の検証
  2. 商業化の成立
  3. 全国ネットワークへの展開

英国のもう1つの特徴は、補助制度の設計です。排出事業者に対する支援制度があり、CO₂の排出事業者から輸送・貯留事業者へと、バリューチェーン全体に支援が波及するモデルが採用されています。また、日本とは異なり、補助率に上限を設けた上での個別交渉が可能です。つまり、プロジェクトごとに条件を最適化する仕組みが整っており、この交渉プロセスこそが事業成立の鍵となっています。

EYは、政府と民間企業の間に入り、個別プロジェクトの合意形成と成功実現における条件設計を支援しました。

「EYによる交渉の成功要因は、関係者全体で『CO₂削減の早期実現』と『コスト最適化』を最優先事項として明確化した点にあります。これらをバリュードライバーとして押さえることで、迅速な意思決定を促しました」(山脇)

CCUS実現に向けた3つの構造課題

CCUSの事業化においては、大きく3つの課題が存在します。

1. コスト構造

CCUSは、設備投資費・事業運営費ともに巨額であることから、政府主体でのコスト算定基準の確立とモニタリング体制、人材・能力開発が不可欠です。

「重要なのは『あるべきコスト』を設計することです。特に、最も高コストとなるCO₂の分離回収については、必要なコストを要素ごとに分解し、将来的な技術選定や学習曲線、スケールメリットを織り込みながら最適化を図る必要があります。また、プラントの稼働率や寿命設定も大きく影響します。単なるコスト削減ではなく、適切にコスト設計することが大切です」(山脇)


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2. 輸送

貯留適地が近接しない地域では、船舶による輸送、とりわけ国際越境での対応が重要です。輸送における制度設計や経済性評価・技術開発が求められます。

「貯留適地が国ごとに異なる中で、越境によるCO₂輸送・貯留は現実的な選択肢となりつつあります。特にアジア太平洋地域では、CCUS均等化コストが140〜290ドル/tCO₂のレンジで推移しており、Hard-to-Abate産業の脱炭素手段として有望視されています。一方で、国際ルールの未整備や責任分担の不明確さといった制度面の課題がボトルネックとなっています」(山脇)

一部の国内排出事業者にとって、CCUSのコスト競争力は高まりつつあり、他の脱炭素化手法に対するCCUSの優位性も見え始めています。山脇は「日本がアジアにおけるCCUS推進の中心的な役割を担う可能性もある」と示唆しました。

3. カーボンリサイクル(CCU)の市場形成

CCUは、CO₂を単なる排出物ではなく資源として捉え、燃料や化学品、鉱物などの有価物に変換・固定化し、有効活用することで社会全体の負担軽減につながると期待されています。一方で、現状の市場動向を見ると、分野ごとに導入状況には大きな差があります。

<分野別の状況>

  • 燃料(SAF):国際航空分野の排出削減制度であるCORSIAに基づく10%混入義務化を背景に、高値で取引が行われているものの、実際の導入はバイオ燃料などの比較的コストの低い手段から選択的に進められているのが実情
  • 化学品:一部の環境意識の高いグローバル企業によって、高価格で取引されるケースも存在
  • 鉱物(コンクリート):既存製品からのコストアップは他技術より限定的であるものの、公共事業を除くと、インセンティブ不足によって導入が進まないことが課題

こうした中で、炭酸飲料やドライアイスなどの直接利用分野は、全国で100万トン以上の既存需要があり、比較的高価格で取引されていることから、早期に経済性を成立させることができる可能性が高いと考えられています。今後は、こうした直接利用分野から段階的に導入を進めつつ、大規模CCUSプロジェクトと連携しながら、スケールメリットや部分的な利用によるコスト削減と需要創出が求められます。

CCUS事業化の現実と政策の方向性を読み解く

後半では、視聴者から寄せられた質問をもとに、刀禰氏と山脇によるトークセッションが行われました。

Q:日本におけるCCS事業展開について、JOGMECの支援を受けていない民間企業でも実施は可能なのでしょうか。

「CCSはJOGMECの支援を受けている事業に限定されるものではなく、民間企業でも検討・実施することは可能です。ただし、CO₂の貯留や輸送については許可制で、国の規制対象となります。」(刀禰氏)

Q:欧州で一部のCCSプロジェクトに遅延の動きが見られる中、日本の政策にも影響はあるのでしょうか。

「欧州では、一部プロジェクトで交渉が難航していると聞いていますが、すでに進行している既存プロジェクトは継続しています。各国とも、原則として大きな政策転換は行っていません」(山脇)

「日本においても政策の方針転換はなく、2050年に向けてCCUSの取り組みは継続しています。」(刀禰氏)

Q:CCUSの活用について、政府が民間に対して特に期待を寄せている産業分野を教えてください。

「エネルギー安全保障の観点から、化石燃料を使う鉄鋼や石油精製、石油化学などの基幹産業は今後も維持していく必要があります。一方で、同時に脱炭素化も進めなければなりません。その両立を図る手段として、CCSへの期待が高まっています。今後は、こうした分野を中心に重点的な支援を行っていく方針です」(刀禰氏)

Q:CCUS市場の拡大が予想される中で、アドバイザー視点で注目する領域を教えてください。

「例えば、国際航空分野の炭素排出削減制度であるCORSIAにおけるSAF(持続可能な航空燃料)の混入規制や、合成メタンに関する託送料金制度など、制度整備が進みつつある分野では、ビジネス機会が見込まれ始めており、企業の関心も高まっています。また、建物や衣料などの分野においては、一定の環境価値が市場から評価され、それに対して対価を得ることが可能な領域を起点として、市場は段階的に拡大していくと見ています」(山脇)

Q:CCS事業化において、貯留ガスの漏えいや土壌汚染などのリスクマネジメントの観点から重要なポイントを教えてください。

「まず重要なのは、CCS事業法に基づく安全管理や保安規制の徹底です。その上で、貯留リスク、漏えいリスク、あるいは想定通りにCO₂が回収できないといったクロスチェーンリスクも含めて、さまざまなリスクに対しながら、官民が連携していくことが求められます。引き続き、業界の皆さまとも意見交換しながら、事業基盤を整えていきたいと考えています。」(刀禰氏)

左から EY Japan 電力・ユーティリティセクター前川、資源エネルギー庁 刀禰氏、EYストラテジー・アンド・コンサルティング 山脇、EY Japan 電力・ユーティリティセクター 春日



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サマリー 

CCUS事業化の実現には、複合的な課題を乗り越える必要があります。単なる技術導入ではなく、政策・ビジネス・市場を一体で設計することで、脱炭素社会への移行を支える重要な基盤となるでしょう。


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