EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY-Parthenonは、EYにおけるブランドの一つであり、このブランドのもとで世界中の多くのEYメンバーファームが戦略コンサルティングサービスを提供しています。
本稿は、人口減少時代に動き出した上下水道インフラ経営シリーズの第8回目です。
すべての記事を読む
共同執筆者
八巻 哲也
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 EY-Parthenon トランザクション・アンド・コーポレートファイナンス インフラストラクチャー ・アドバイザリー マネージャー
※所属・役職は記事公開当時のものです。
要点
上下水道事業では、施設の維持管理、更新、災害対応、脱炭素化、デジタル技術の活用等、取り組むべき課題が多くあります。これらの課題は、個別の工事や業務委託を積み重ねるだけでは解決しにくく、事業全体を見渡した中長期的なマネジメントが必要になります。
海外の先進事例に共通しているのは、官民連携を単なる外部委託としてではなく、公共と民間が同じ目標に向けて継続的に協働する仕組みとして捉えている点です。豪州のSydney Water、英国のAnglian Water、ニュージーランドのWatercareは、いずれも従来の個別発注から、長期的な協働関係へと移行しています。
図 海外で取り入れられる長期・協働型の官民連携事例
このようなモデルでは、維持管理の実績を踏まえた更新計画の提案、設計や施工方法の改善、コストや環境負荷の低減、地域のサプライチェーンの活用等、より広い役割を担います。つまり、民間企業の役割は「事業運営のパートナー」へ広がっていると言えます。
日本でも、上下水道分野における官民連携は、コンセッション方式や管理・更新一体マネジメント方式の導入が広がってきていますが、海外で取り組まれている先行事例を参考にすることは、日本の上下水道事業が今後の事業運営の在り方を考える上で重要になると考えられます。
豪州のSydney Water、英国のAnglian Water、ニュージーランドのWatercareの3事例について見ていきましょう。
豪州のSydney Waterは、シドニー地域を中心に水道、下水道、再生水、雨水排水サービスを提供しています。人口増加に伴い、今後も多くのインフラ整備が必要とされる一方、従来の個別案件ごとの発注を中心とした調達では、事業ごとに知見や人材が分断され、関係企業間の連携や継続的な改善に限界があることが課題となっていました。
より詳しい情報をご希望の方はご連絡ください。
こうした課題に対応するために導入されたのが、Partnering for Success(P4S)です。P4Sでは、2019年に統合計画パートナーが導入され、2020年7月からは北部・南部・西部の3地域ごとにRegional Delivery Consortia(RDC)との10年間の契約が開始されました。統合計画パートナーは、Sydney Waterと連携しながら、サービス計画、コンセプト設計、施工段階への引き継ぎ等、上流段階の計画・設計支援を担っています。一方、各地域のRDCは、設計、建設、維持管理を統合的に担い、Sydney Waterの内部組織とも連携しながら、地域ごとの施設整備・維持管理を進める体制となっています。
この事例の特徴は、民間企業を地域ごとの長期的な施設整備・維持管理パートナーとして位置付けている点です。Sydney Waterは、従来の個別発注から、より協働的な企業間連携を前提とする調達モデルへ移行することで、設計、建設、維持管理に関わる民間企業の連携を高め、調達手続きの効率化、知見の蓄積、継続的な改善を図ろうとしています。
また、P4Sでは、NEC4※契約を標準的な契約体系として採用しており、建設工事、維持管理、専門サービス、物品調達等、業務の性質に応じて異なる契約類型を使い分ける仕組みが取られています。建設工事については、全てを固定価格で発注するのではなく、事業内容やリスクに応じて、ターゲットコスト型等の方式も選択できる仕組みとなっています。ターゲットコスト型では、あらかじめ目標コストを設定し、実際のコストとの差額をSydney WaterとRDCで分担します。これにより、コストの増減リスクを一方に偏らせるのではなく、官民双方が効率化やコスト縮減に取り組みやすい契約運用が可能となっています。
日本への示唆として、官民連携を単なる包括委託の延長と捉えるのではなく、地域ごとに、公共と民間が中長期で事業を改善していく枠組みとして設計する視点が重要です。また、長期契約の下で、個別案件の内容、リスク、コストをどのように確認し、契約金額やインセンティブを合理的に設定していくのかも、維持管理と更新を一体的に進める上で重要になります。
※英国土木学会の商務部門が発行する建設プロジェクトの契約約款であり、発注者と受注者の共同によるプロジェクト管理を促進するために設計された契約体系である。
英国のAnglian Waterは、長期・協働型モデルとして、@one Allianceを運用しています。英国の上下水道業界では、規制当局Ofwatによる料金・投資計画の審査に合わせて、5年ごとの投資期間が設定されており、これをAsset Management Period(AMP)と呼びますが、@one AllianceはAMP4にあたる2005~10年に、Anglian Waterの戦略的な実行体制として導入されました。その後、AMP5、6、7と継続され、2025年には20周年を迎えています。
現在の@one Allianceは、Anglian Waterに加え、7つのパートナー企業で構成されています。設計、建設に限らず、各社が異なる専門性を持ち寄り、Anglian Waterと一体となった統合チームとしてプロジェクトを進めている点が特徴です。2025~30年のAMP8期間では、@one Allianceは約30億ポンド(約6,500億円)規模のプロジェクトを担い、管路、ポンプ場、処理施設の更新、雨水貯留施設、ネットワークの強靱化等を対象とする約800件のプロジェクトを実施するとされています。
このモデルでは、Anglian Waterが個別案件ごとに仕様を固めて発注するのではなく、アライアンスのメンバーが早期段階から関与し、現場条件、コスト、施工方法、環境負荷等を共有しながら、設計・施工を進めます。そのため、業務範囲は単なる工事実施にとどまらず、設計、施工、プログラム管理、サプライチェーンの活用、環境負荷低減まで広がっています。
契約金額やインセンティブの面では、Anglian Waterが設定する目標コストを下回ることを目指し、アライアンス全体で成果を共有する仕組みが採用されています。各パートナーはAnglian Waterと個別契約を有しつつ、全体の成果に応じてコスト削減や超過の影響を共有します。効率化によって目標コストを下回った場合には、その削減効果を新たなプロジェクトに再投資できる考え方も示されています。
日本への示唆として重要なのは、発注者と民間企業が、コスト、工程、環境負荷、顧客影響等の目標を共有し、複数案件を1つのプログラムとして継続的に改善していく体制を持つことです。また、@one Allianceの事例では、2005年の導入直後から完全に機能していたわけではなく、軌道に乗るまでに約2年を要したとされており、目標設定、意思決定、情報共有、リスク管理、改善提案の受け入れ方を継続的に磨き込むことが、長期的な協働関係を成熟させる上で重要であると考えられます。
ニュージーランドのWatercareは、同国最大の上下水道事業体です。Watercareは、従来の個別案件ごとの発注では、民間企業が将来の事業量を見通しにくく、人材、設備、技術に長期的に投資しにくいという課題を抱えていました。そこで、上下水道インフラの整備を一連の投資プログラムとして進めるEnterprise Modelを導入しています。
Watercareは、2019年に10年間・24億NZドル(約2,200億円)規模の建設パートナーシップを公表し、2022年には戦略・計画パートナー、設計デリバリーパートナーを別々に選定して、10年間の契約を締結しています。このモデルの特徴は、戦略・計画、設計、建設を担うパートナーを分けつつ、長期で一体的に連携させている点にあります。戦略・計画パートナーは、人口増加、施設老朽化、将来需要等を踏まえ、どの事業を優先し、どのように事業化するかを検討します。設計デリバリーパートナーは、具体化された案件について施設計画や詳細設計を進め、建設段階につなげます。建設パートナーは、施工性、工程、コスト、安全性等の観点を早期から反映し、実行可能性の高い整備計画にしていく役割を担います。Watercareはこれらの専門性を確保しつつ、同じEnterprise Modelの下で連携させることで、計画・設計・建設の分断を抑えています。
また、この仕組みの利点は、Watercareが事業全体を見渡しながら、民間の専門性を早期に活用できる点にあります。戦略・計画機能を他パートナーと完全に一体化させるのではなく、別の専門パートナーとして位置付けることで、公共側が将来需要、資産管理、投資優先順位に関する判断材料を持ちやすくなります。その上で、設計・建設パートナーが早期に関与するため、施工段階での手戻りやコスト増加を抑えやすくなります。
加えて、Watercareは、このモデルを通じて、インフラ整備に伴う炭素排出量の40%削減、インフラ整備コストの20%削減、労働安全衛生の年20%改善という目標の達成を目指しています。これらの目標は、個別発注では達成しにくく、計画、設計、建設の各段階で、コスト、施工方法、環境負荷、安全性を一体的に検討することが求められます。
日本への示唆として、Watercareの事例は、各段階の専門性を分けて確保しながら、長期の協働関係の下で一体的に連携させることで、上流段階の判断を施工性、コスト、工程、安全性、将来の維持管理上の観点と結び付けやすくしている点で参考になると考えられます。
日本では、水の官民連携(ウォーターPPP)等、長期契約の下で維持管理と更新を一体的に進め、民間の創意工夫を生かす官民連携が広がりつつあります。海外の3事例も、長期的な官民連携、業務間の連携による効率化、民間企業の改善意欲を引き出す仕組みという点で、ウォーターPPPと共通する方向性を持っています。
一方、官民連携の具体的な形は一つではありません。Sydney WaterのP4Sでは、地域別の長期パートナーが設計、建設、維持管理を一体的に担っています。Anglian Waterの@one Allianceでは、発注者と複数のパートナー企業が統合チームを組み、複数の投資案件を1つのプログラムとして進めています。WatercareのEnterprise Modelでは、戦略・計画、設計、建設を担うパートナーを機能別に分けながら、長期的な協働関係の下で連携させています。
これらの事例に共通するのは、民間企業を個別業務の受託者ではなく、公共と共に課題を把握し、改善策を検討・実行する事業運営パートナーとして位置付けている点です。また、計画、設計、建設、維持管理をつなぐだけでなく、地域の将来像やサービス水準、投資の優先順位、リスク分担等を官民で共有し、事業期間中に得られた知見を次の計画や事業に反映しています。
契約金額やインセンティブについても、事業内容やリスクに応じた工夫が見られます。P4Sでは固定価格型やターゲットコスト型等を使い分け、@one Allianceでは目標コストに対する削減や超過の影響をアライアンス全体で共有しています。単に低価格を求めるのではなく、官民双方が継続的なコスト縮減、品質向上、技術革新に取り組みやすい契約運用としている点が参考になります。
これらの制度や契約方式を、そのまま日本に導入すべきということではありません。重要なのは、ウォーターPPPを画一的な仕組みとして運用するのではなく、地域や事業の課題、発注者の体制、市場環境に応じて、パートナーの役割、業務の組み合わせ、契約方式、インセンティブを柔軟に設計することです。海外3事例は、日本のウォーターPPPをさらに発展させ、官民が共に上下水道事業を継続的に改善していくための有用なヒントを示しています。
メールで受け取る
メールマガジンで最新情報をご覧ください。
豪州・英国・ニュージーランドの事例では、民間企業を長期的な事業運営パートナーとして位置付け、計画・設計・更新・維持管理をつなぎながら、上下水道事業全体を継続的に改善する仕組みが取り入れられており、日本の上下水道事業運営を考える上で重要な視点を示しています。
人口減少時代に動き出した上下水道インフラ経営 全9回
人口減少・老朽化・災害リスクに直面する上下水道事業。官民連携やDX、広域化など経営改革の最新動向と課題解決のポイントを解説します。
#2 なぜ今、ウォーターPPPの拡大に合わせて官民パートナーシップの枠組み自体を見直す必要があるのか
上下水道分野における官民連携が拡大する中、持続可能なインフラ経営のために、官民双方の役割分担の見直しが求められています。
#3 上下水道と他インフラ事業との連携「複合インフラ管理」による経営改革とは?
従来、水道事業と下水道事業は個別に経営されてきましたが、上下水道事業の経営改革策として、「上下水道事業の一体的な管理」による効率化が期待されています。さらには道路・公園などの他インフラ事業と連携する「複合インフラ管理」による効率化も期待されています。
#4 上下水道事業はどのように広域連携し、経営改革策を進めればよいのか?
人口減少により上下水道事業の単独経営は厳しさが増す中、自治体同士の広域連携は合理的です。しかし、現場では進んでいません。2市共同ウォーターPPPや官民出資会社など「官民連携を活用した間接的な広域連携」が突破口になり得ます。
#5 エネルギー危機による電力価格の変動性が高い時代において、脱炭素化により上下水道事業の経営・料金の安定化をどう進めるか
電力価格の変動が続く中、上下水道事業では脱炭素を経営改革として捉える視点が重要となっています。省エネ・再エネ・DXの実装ポイントを解説します。
#6 コスト削減のツールではない、「人が幸せになる」「魅力ある上下水道事業」に向けたDXとは?
上下水道DXの最新動向を、国の政策動向や導入事例を踏まえて解説。人材不足や技術継承など事業運営の課題と今後の方向性を整理します。
#7 相次ぐM&A・提携に見る、PPP・広域連携時代の新展開
上下水道業界で企業買収や提携が相次ぐのはなぜか。ウォーターPPP、広域連携、発注構造の変化から業界再編の背景をひも解きます。
#8 海外の官民連携事例から学ぶ、長期・協働型パートナーシップの可能性とは?
豪州・英国・ニュージーランドの上下水道における官民連携事例を紹介。長期契約や協働型パートナーシップから、人口減少や施設老朽化の課題を抱える日本のウォーターPPPの発展に向けた示唆を解説します。