EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 井出 陽一郎
気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)においてサーキュラーエコノミーを担当する。サーキュラーエコノミー法対応支援、欧州サステナビリティ報告基準(ESRS) E5対応支援、資源循環ビジョン構築支援、資源循環方針・戦略・目標策定支援、資源循環打ち手創出支援、サーキュラーエコノミー調査支援、ESG/EHS支援などに携わる。
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS事業部 越智 柚月
2024年に入社。TNFD/CSRD/社会インパクト関連業務をはじめ、サステナビリティ関連法令対応など、幅広くサステナビリティ分野の業務に従事している。2025年10月から2026年3月末まで、EY NetherlandsのCCaSS部門にて勤務。
※所属・役職は記事公開時のものです
要点
近年、EUを中心にサーキュラーエコノミー(以下、CE)関連の規制が相次いで導入・強化されています。デジタル製品パスポート(DPP)、欧州バッテリー規則(EUBR)、包装・包装廃棄物規則(PPWR)など、その適用は広く、日本企業にとっては「新たな環境規制への対応が求められている」と受け止められることが多々ある状況です。
しかし、これらを単なる環境規制として理解してしまうと、EUがCEを通じて何を実現しようとしているのかという本質を見誤ります。EUのCE規制は、環境負荷の低減を目的としながらも、それだけにとどまらず、経済構造そのものを転換し、新たな市場を創出するための制度装置として設計されています。
CEという言葉は、一般的に資源循環や廃棄物削減といった環境文脈で語られがちです。EUでは、CEは一貫して「経済モデルの変革」として位置付けられてきました。2015年以降、EUはCEを経済成長戦略と明確に結びつけ、単なる環境対策の枠を超えた位置付けを行っています。
重要なのは、CEが「環境に配慮した経済活動」ではなく、どのような価値に経済的な意味を与えるかを再定義する試みである点です。従来の線形経済では、新機能や低コスト化が競争軸でした。一方、CEでは「どこから来た素材か」「どのように回収・再利用されるか」といった循環のストーリーそのものが価値となります。
この価値転換を、市場の自発的な動きに委ねるのではなく、制度によって一気に進める――ここにEUのCE政策の特徴があります。
DPP、EUBR、PPWRは、一見すると対象分野も要求事項も異なります。しかし、その背後にある設計思想は驚くほど共通しています。
第1の共通点は、従来は市場で不利とされてきたものに、制度によって需要を発生させる点です。再生材や循環素材は、品質や価格の面でバージン材に劣ると評価されやすいものでした。EUは、一定比率の使用義務や要件適合を求めることで、これらに対して人工的に需要を創出しています。
第2の共通点は、規制対象を「経済事業者(Economic Operator)」に明確化している点です。環境負荷の原因者や製造工程の一部ではなく、「市場に製品を投入する主体」に責任を集中させることで、規制はサプライチェーンの入り口にかかります。この設計により、CE規制は市場アクセスの条件として機能します。
第3の共通点は、サプライチェーン全体を巻き込む多重構造を持つ点です。法的に直接義務を負うのは一部の事業者であっても、実務上は情報提供や対応が上流・下流へと波及します。結果として、CE対応は特定部門の業務にとどまらず、企業全体、さらには取引関係全体の課題となります。
こうした設計は、CEを「企業の善意に委ねた取組み」ではなく、市場全体を強制的に移行させる仕組みとして機能させるためのものです。
ここで重要なのは、EUのCE規制が経済活動を抑制するための制度ではないという点です。むしろ、あえて規制を導入することで、どの製品・素材が選ばれ、どこに投資が集まり、どの産業が成長するのかを制度によって方向付けています。これは関税や補助金とは異なり、環境や循環といった「反対しにくい価値」を軸に市場を再設計する産業政策と捉えることができます。CE規制は、企業活動を一律に抑え込むものではなく、次の市場で優位に立つ企業の条件を定義するルールなのです。
表1 規制で需要を生み出すEU CEの主要ドライバー政策
EUのCE規制が、単なる環境規制ではなく「市場設計」であることは、個別規制を具体的に見ることでより明確になります。その代表例としてEUBRと PPWRを取り上げます。いずれも、CEを経済モデルとして実装するために設計された制度であり、日本企業にとって示唆が大きいものです。
EUBRは2023年8月に施行され、EU市場に関与する全てのバッテリーを対象に、そのライフサイクル全体を規定する規則です。対象は自動車用、産業用、携帯用など用途を問わず、原材料調達から設計・生産、使用、再利用、リサイクルに至るまでを包括的にカバーしています(<図1>参照)。
図1 EUBRにおける主要規制
重要なのは、この規則が「バッテリーという製品の環境性能」を見るだけの制度ではない点です。EUBRの中核は、サプライチェーン・デューデリジェンスに置かれています。すなわち、バッテリーに使用される原材料が、どこで、どのように調達・加工されているかを把握し、人権・環境リスクを防止・緩和する体制を構築することが義務付けられています。
この設計によって、規制の直接対象は「経済事業者」、すなわちEU市場にバッテリーを上市する製造業者や輸入業者等などに集中します。一方で、実務上はコバルト、リチウム、ニッケル、天然黒鉛といった原材料や、それらを含む部品を供給する上流サプライヤーにも対応が波及します。EUBRは、製品規制の形式を取りながら、実質的にはバリューチェーン全体の構造を変える制度です。
さらに象徴的なのが、バッテリーパスポートの導入です。2027年2月から、一定規模以上の産業用電池やEV用電池については、デジタル上でバリューチェーン情報を開示・管理することが義務化されます。ここで重視されているのは、単なる情報開示ではなく、透明性が確保されたバッテリーだけがEU市場にアクセスできるという仕組みづくりです。
この結果、何が起きるのでしょうか。トレーサビリティが確保され、リスク管理体制を備えたサプライチェーンを持つ企業は、EU市場において競争上の優位を得ます。一方、そうでない企業は、コストや価格の問題以前に、市場アクセスそのものが難しくなります。EUBRは、環境配慮を理由にしながら、どのバッテリー企業が成長するかを制度で選別していると言えるのです。
なお、EUBRにおけるサプライチェーン・デューデリジェンスに関する体制整備の義務化は、2027年8月以降、段階的に適用される予定です。デューデリジェンスは、単に方針を定めれば足りるものではなく、リスク評価、是正措置、第三者検証、情報開示といった一連の仕組みを、組織として運用可能な形で構築しておくことが前提となります。
とりわけ、バッテリーのサプライチェーンは原材料段階での複雑性が高く、準備には一定の時間を要します。規制の本格適用を見据え、どの段階から着手すべきかを早期に見極められるかどうかが、実務対応の成否を左右することになります。
PPWRは、2025年2月に発効したEUの規則であり、包装廃棄物の削減と包装分野におけるCEの実装を目的としています。表面的には「包装材の規制」と見られがちですが、その実態ははるかに広範です。
PPWRの最大の特徴は、原則として全ての包装材が対象となる点にあります。素材や用途を問わず、EU市場に投入される製品に使われる包装は全て規制の対象です。これは、包装材メーカーだけでなく、包装された製品をEU市場に出す製造業者や輸入業者も経済事業者として責任を負うことを意味します。
ここで示されているのも、EUBRと同様の設計思想です。PPWRは製品そのものではなく、「製品が市場に出るまでのプロセス」に規制をかけます。どれほど環境性能の高い製品であっても、包装がリサイクル可能性や再生材利用率の要件を満たしていなければ、EU市場での販売は認められません。
特に象徴的なのが、プラスチック包装における最低リサイクル材含有率の義務化です(<表2>参照)。再生プラスチックは従来、品質や価格面でバージン材に劣ると評価されることが多くありました。しかし、PPWRでは、一定比率の再生材使用を義務付けることで、再生材に対する需要を制度的に創出しています。
表2 PPWRで求められるプラスチック包装における最低リサイクル材含有割合
これは環境配慮のためだけの措置ではありません。再生材を安定的に供給できる事業者、リサイクル工程を確立できる事業者が、EU市場における競争優位を獲得します。PPWRは、包装という「脇役」に見える領域を通じて、素材市場そのものの構造をつくり替えようとしているのです。
結果として、日本企業にとっては「自社製品は問題ない」という判断が通用しなくなります。包装という副資材が規制に適合していなければ、完成品そのものがEU市場から排除されます。この点でPPWRは、CE規制が企業の設計・調達・サプライチェーン管理を横断的に再設計させる制度であることを端的に示しています。
PPWR対応において特徴的なのは、比較的早い段階で「初期対応」が求められる点です。具体的には、包装の適合性評価に関わる技術文書の整備や適合宣言、包装材に関する識別情報の付与など、2026年8月ごろを1つの節目として対応が必要となる項目が想定されています。
これらは製品開発や設計の根幹に関わる論点であり、規制施行直前に対応できる性質のものではありません。自社の包装ポートフォリオやEU向け製品の実態を踏まえ、どこまでを自社で対応し、どこからを外部の知見に委ねるのかを整理しておくことが、現実的な対応につながります。
EUBRとPPWRはいずれも、環境負荷低減を目的としながら、その実装方法として市場アクセスを条件付ける規制を採用しています。
これは、環境規制の名を借りた産業政策であり、CEを「努力目標」ではなく「競争ルール」として定着させるための制度設計です。
EUのCE規制を読み解く上で重要なのは、どの項目が義務化されているか以上に、どこに規制の力点が置かれているかを見ることです。個別条文の理解にとどまらず、その背後にある市場設計の意図を捉えることが、日本企業にとっての第一歩となります。
上述のとおりEUのCE規制は、環境対応の延長として捉えられるものではありません。企業に対して「どのように規制に対応し、どのように戦略へ昇華し、最終的にどのような事業構造へ移行するのか」という、一連の変革プロセスを静かに求める制度です。
この点を踏まえると、日本企業に求められる対応は、大きく3つのステップに整理できます(<図2>参照)。
図2 EUのCE規制を「コスト」から「競争力」へと転換するプロセス
第1のステップは、規制対応としての正確な現状把握です。ここで重要になるのは、従来ありがちだった次のような読み違いを回避することです。
1つ目は、自社が当事者かどうかの見誤りです。「EU域内に拠点がない」「直接の規制対象ではない」と判断しても、取引関係を通じて事実上の義務を負うケースは少なくありません。CE規制は市場アクセスを軸に設計されており、間接的な関与を前提とした制度です。
2つ目は、製品そのものだけを見てしまうことです。とりわけPPWRに象徴されるように、CE規制は製品単体ではなく、「製品が市場に出るまでの全体」を対象としています。中身がどれほど優れていても、包装や付随情報が要件を満たさなければ、市場に出ることはできません。
3つ目は、規制が出そろうまで待つ姿勢です。多くのCE関連規制では、詳細要件の確定から義務化までの期間は決して長くありません。方向性が見えている段階で、どの論点に優先的に手を打つべきかを見極められるかどうかが、初動対応の質を左右します。
このステップでは、「対応するか否か」ではなく、「何が自社にとって論点になるのか」を正確に切り分けることが求められます。
第2のステップは、規制対応を個別のコンプライアンス課題にとどめず、戦略の前提条件として組み込むことです。
EUのCE規制は、再生材の利用、トレーサビリティ、デューデリジェンスといった要件を通じて、「どのような設計・調達・サプライチェーンが、将来も市場に残り得るのか」を明確に方向付けています。従って、ここで問われるのは、規制対応が自社の競争力にどのような影響を与えるのか、リスクとして管理すべき領域はどこか、将来的に機会となり得る論点は何か、といった戦略レベルでの整理です。
CE規制は、企業に一律の正解を与えるものではありません。むしろ、各社の製品ポートフォリオや事業構造によって、取るべき選択肢は大きく異なります。Step2では、規制を「外から与えられた制約」ではなく、戦略を再設計するための前提条件として読み替えることが重要となります。
第3のステップは、こうした戦略を実行に移し、事業構造のトランジションにつなげていくことです。
EUのCE規制が最終的に目指しているのは、単発の対応や形式的な順法ではありません。設計、調達、サプライチェーン、情報管理の在り方そのものを変え、循環型の経済モデルへと移行していくことです。この段階では、どの領域から着手するのか、どのスピードで展開するのか、どこまでを自社で担い、どこを外部と連携するのか、といった実行と変革のマネジメントが問われることになります。
EUのCE規制は、「環境対応を求められている」という受け身の発想では捉えきれません。
それは、次の経済モデルに誰が参加できるのかを静かに選別するための制度です。
規制対応にとどまるのか、戦略へと昇華できるのか、そして、事業のトランジションにつなげられるのか――その一連の捉え方の違いが、CE時代における企業の立ち位置を大きく左右することになります。
EUのサーキュラーエコノミー規制は、次の経済モデルに参加できる企業の条件を静かに定義する制度です。規制対応を起点に、戦略策定・トランジションへと昇華させられるかどうかが、サーキュラーエコノミー時代における企業の競争力を左右します。
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