Crossing Insights 第9回 退蔵院 松山大耕氏に聞く、AI時代に価値を増す「安心」と「気付き」とは?――禅が語る、人間だけが果たせる役割

Crossing Insights 第9回

退蔵院 松山大耕氏に聞く、AI時代に価値を増す「安心」と「気付き」とは?――禅が語る、人間だけが果たせる役割


本対談シリーズは、さまざまな分野で活躍する専門家や実務家との対話を通じて、テクノロジー、社会、そして人間のあり方について見つめ直し、現代社会における構造的変化を多⾯的に捉え、視座を高めることを目的としています。

第9回のゲストは、妙心寺退蔵院で禅僧を務め、禅の学びを経営・教育・国際社会の実践知として世界に伝道している松山 大耕氏です。同氏は、国内外の教育機関における禅の講義や企業研修を行い、国籍・宗派を問わず、各国要人・企業経営者への禅と日本文化のエバンジェリスト役も担っています。

松山氏と共に、AI時代に取って代わられることのない、人間ならではの役割について考察します。


要点

  • テクノロジーが進化しても、人間の根源的な不安は消えず、心の軸を持つことが重要である。
  • 禅が重んじるのは知識や答えではなく、自らの見方が変わることで生まれる「気付き」である。
  • 不安を受け止め、経験を通じて安心を届けることが、AIでは代替できない人間の役割となる。

はじめに:AIが答えを示す時代、人間は何をよりどころに生きるのか

AI技術の急速な普及により、私たちはかつてないほど膨大な情報や知識に容易にアクセスできるようになりました。仕事や生活のさまざまな場面で、AIが答えや選択肢を提示します。しかしその一方で、将来への不安や迷いなど、人間が抱える悩みまで消えるわけではありません。

テクノロジーの進化によって得られるものと、人間にしか生み出せない価値とは何でしょうか。その境界線はどこにあるのでしょうか。

禅の視点から多くの経営者やビジネスパーソン、学術界の専門家と向き合ってきた松山氏に、「安心」、「気付き」、「禅定(ぜんじょう)」それぞれの意味を伺いながら、AI時代だからこそ価値を増す人間の役割について探求します。

第1章: テクノロジーが進化しても、不安は消えない

AIによって、多くの最新情報を簡単に入手できるようになりました。便利な世の中になりましたが、情報があふれ、私たちが感じる不安が消え去ることはないように思います。

どれだけ技術が発達しても、人間が抱く根本的な不安が消えることはないでしょう。人間は、いつか自分の命が尽きることを知りながら生きる存在です。だからこそ、将来のことを考え、そこに不安が生じます。仮に寿命を延ばす新技術が開発されたとしても、交通事故に遭う可能性はありますし、戦争が起こるかもしれません。予期しない出来事によって命を失う可能性をゼロにはできないのです。

人間が感じる不安は、テクノロジーだけでは解消できません。不安そのものは、形を変えながら人間と共にあり続けるのだと思います。これからは「どれだけ情報を持つか」以上に、「何を信じ、どこに心の軸を置くか」が重要になるのではないでしょうか。

第2章:人間の本質的な役割とは――「安心を与えること」

松山さんは、学生時代に生命科学を学ばれていたと伺いました。そこから仏門の道に進まれたきっかけは何だったのでしょうか。

もともと寺院の長男として生まれたのですが、最初から跡継ぎになる覚悟はありませんでした。しかし、学生時代に半年間、長野県の農村にある農家に住み込み、研究を続けていた時の出会いとわれに返る気付きを得たことが、今の人生につながっています。

そのお寺には檀家(だんか)もなく、観光客も来ません。和尚さんは、毎日托鉢(たくはつ)だけで生活されていました。平成の時代に、そんな生き方をしている方が存在することに衝撃を受けました。ある日、その和尚さんを題材にした詩を読むと、雨の日も風の日も、また雪の日も、毎日托鉢を続けるその声が街に響くと、「人々に安心が広がる」というものでした。

私はそれまで、法事や葬儀を行うことが僧侶の仕事だと思っていました。しかし、本当に一番大切な役割は、人々に安心を与えることだと認識を新たにしたのです。これがきっかけとなり、大学院卒業後、修行の道に進む決心をしました。それ以来、私自身が講演・学校教育・企業研修といった多様な依頼をお引き受けするにあたって、大切にしている判断基準があります。「この活動によって、誰かが安心できるだろうか」――この視点は、今も私の活動の原点になっています。

退蔵院 松山 大耕 氏
退蔵院 松山 大耕 氏

第3章:人間の学びの源泉とは――知識習得ではなく、「気付く」こと

禅の考えや学びについて、教えていただけますか。

禅は、単に知識をたくさん身につけるものではなく、「答えを教えるもの」でもありません。禅とは、「気付きの宗教」なのです。情報が頭の中にいっぱい入っている状態では、気付きを得られません。禅の修行では、世の中から距離を置き、1つのことに静かに向き合う時間を大切にします。

私も修行時代、朝3時に起きて坐禅を組み、畑仕事や薪で炊事をして、夜遅くまで坐禅を続ける生活でした。テレビ、携帯電話、エアコンもありませんし、本も読めません。薪の火のつけ方を頭で分かっていても、最初はうまく行かず時間を要し、炊事係の役目をうまく果たせませんでした。また、ある1つの禅問で自分なりの答えに行き着くのに数カ月かかるなど、学生時代の勉強だけでは太刀打ちできないもどかしさを痛感しました。最初の半年間は本当に必死でした。

修行を始めて1年ほどたった春の日に、庭で薪割りをしていました。すると、ある檀家さんが通りかかり、「こんな満開の桜の下で薪を割れるなんて最高ですね」と、声をかけられました。そのひと言で、世界の見方がまったく新しいものに変わりました。それまでは「修行は苦行」としか思えなかった時間が、「今しか味わえない豊かで最高の瞬間」に塗り替えられたのです。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 テクノロジーコンサルティング 外部顧問 椎名 茂 氏
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 テクノロジーコンサルティング 外部顧問 椎名 茂 氏

第4章:「禅定」から得られる、人間本来の「気付き」とは

AIが即座に答えを示す時代に、禅が大切にしてきた「気付き」には、どのような意味があるのでしょうか。

AIは、膨大な情報を整理し、確からしい答えを示すでしょう。しかし、その答えを自分の人生や仕事で自分事として用い、何を大切にすべきかに気付くことは、人間自身の内側で起こす能動的な営みです。禅には「気付くこと」を前提とした教えがあり、外の世界を変えることではなく、内面から自分の見方が変わることを重んじます。

ある海外企業の経営幹部で、陶芸を趣味にされている方がいます。日常の仕事ではAIをフル活用されている立場ですが、プライベートの時間に陶芸スタジオへ通い、日本各地の展覧会に足を運ばれています。自分だけの陶器を作陶(さくとう)し、土に触れ、1つの作品づくりに没頭することに魅力を感じているそうです。

こうした作品づくりに没頭する状態は、仏教でいう「禅定」に近いものです。禅定とは、時間感覚を忘れるほど集中し、普段は気付かない音や風の気配まで感じ取れる、非常に能動的な状態を意味します。何かを達成しようと狙って入るのではなく、気付けば引き込まれている――そうした状態が、日常生活で見過ごされているものへの気付きにつながります。私たちは日頃、あまりに多くの情報や雑念で頭が一杯です。そうすると、本当に大切なことや本質から遠ざかってしまいます。

今後AIがさらに進化すると、答えを得ることはますます容易になるでしょう。AIが多くの答えを示す時代だからこそ、ありふれた情報空間から一時離れ、自ら気付きを得る時間の価値が高まるのではないでしょうか。だからこそ、人間には「正解を探すこと」以上に、「何に気付き、何を大切にするかを見定める力」が求められるのです。

第5章:代替できない人間の役割とは――不安に寄り添う

AIが知識や判断を支援する領域を広げていく中で、最後まで人間に残る役割は何でしょうか。

私は僧侶という立場上、人の最期に向き合う機会があります。そうした経験から、人間の医師に最後まで残る役割の1つは、人生の最終段階にどう向き合うかを提案することではないかと考えています。

医療の現場に目を向けると、AIが学習した医学知識や症例をもとに、診断や治療法の検討、手術を支援する時代が来ています。しかし、同じことをAIに言われても、「あなたはその苦しみを知らない」と感じるでしょう。四苦八苦の人生を生き、不安を経験した生身の人間だからこそ、その言葉には説得力が生まれ、相手の納得につながるのだと思います。

また、そのような場面で気付かされるのは、人間は不安を抱えた時、必ずしも正解を求めているわけではないということです。むしろ求められているのは、「その不安を一緒に受け止めてくれる存在」なのです。

AI時代だからこそ価値を増すもの――それは知識の量や正しい答えを出すことではなく、人間同士の間に生まれる信頼であり、安心感なのではないでしょうか。またそれは、相手の不安に寄り添い、気付きを促し、安心を届ける力です。人間として生きてきた経験そのものが、価値になる時代が訪れているのかもしれません。


※本記事は、一般のビジネスパーソンにも分かりやすく「AI時代に代替できない人間の役割」について、禅の視点から伝えることを目的とした特設対談企画です。


ゲスト:

  • 臨済宗大本山 妙心寺 退蔵院 副住職
    松山 大耕 氏 

東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、埼玉県新座市・平林寺にて3年半の修行生活を送り、2007年より退蔵院副住職。日本文化の発信・交流が高く評価され、2009年観光庁VISIT JAPAN大使に任命される。また、2011年より京都市「京都観光大使」を務める。2016年『日経ビジネス』誌の「次代を創る100人」に選出され、同年、米日財団(The U.S.-Japan Foundation)が運営する「日米リーダーシップ・プログラム」フェローに就任。2018年より米・スタンフォード大学客員講師。2019年文化庁長官表彰(文化庁)、重光賞(ボストン日本協会)受賞。2024年より(株)ESA社外監査役、2026年より藤田医科大学客員教授。京都市教育委員会委員。

2011年には、日本の禅宗を代表してヴァチカンで前ローマ教皇に謁見(えっけん)、2014年には日本の若手宗教家を代表してダライ・ラマ14世と会談し、世界のさまざまな宗教家・リーダーと交流。また、2014年世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席するなど、世界各国で宗教の垣根を越えて活動中。  

インタビュアー:

  • EYストラテジー・アンド・コンサルティング テクノロジーコンサルティング 外部顧問
    椎名 茂 氏

    慶應義塾大学理工学部を卒業後、日本電気株式会社に入社しAIの研究に従事。プライスウォーターハウスクーパース株式会社代表取締役社長、KPMGコンサルティング株式会社代表取締役副社長を歴任し、2020年よりDigital Entertainment Asset Pte. Ltd. のCEOを務める。本業の傍ら、慶應義塾大学理工学部の訪問教授、日本障害者スキー連盟会長も務める。


サマリー 

AIが多くの答えを出せるようになった今日も、人間の不安が消えることはありません。禅が促す「気付き」と、経験を通じて不安に寄り添い「安心」を届ける力が、人間ならではの価値を高めます。



Crossing Insights

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第8回 退蔵院 松山 大耕氏に聞く、AI時代にリーダーが磨くべき「愛され力」とは?――KPIを超え、自分自身と組織を整えるリーダーシップ要件
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