EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
第8回のゲストは、妙心寺退蔵院で禅僧を務め、禅の学びを経営・教育・国際社会の実践知として世界に伝道している松山 大耕氏です。同氏は、国内外の教育機関における禅の講義や企業研修を行い、国籍・宗派を問わず、各国要人・企業経営者への禅と日本文化のエバンジェリスト役も担っています。
松山氏と共に、AI時代に求められるリーダーシップとは何かを考察します。
要点
AI技術の普及により、ビジネスにおける意思決定や人間が行う作業のあり方は大きく変わりつつあります。
AIが回答や選択肢を素早く提示できるようになる一方で、リーダーには依然として、人を動かし、組織をまとめ、最終的な決断の責任を取ることが求められます。しかし現実には、成果やKPI、他人との比較に追われ、多くのビジネスパーソンがプレッシャーを抱えているのではないでしょうか。
禅の視点から、数多くの経営者や要人との対話を重ねてきた松山氏が説く「愛され力」、「掛け算」の人生とは何かをひも解き、「正射必中(せいしゃひっちゅう)」の考え方を手掛かりに、AI時代のリーダーシップとキャリア形成のヒントを探ります。
はい、実は私自身もAIを活用しています。移動時間などにふと浮かんだ疑問を投げかけて、「確かにそうだな」、「それは違うな」などと思考をめぐらせ、AIを相手に問答をしながら考えを深めることもあります。身近な例では、京都大学の研究グループが開発した仏教対話AI「ブッダボット」が、ブータンの中央僧院で採用されています1、2。
組織の意思決定や運営を担い、立場が上がるほど、判断の重大さやプレッシャーは大きくなるでしょう。実際、京都を訪れる企業の経営幹部の方々から、禅を通じて「どう心を整え、判断と向き合えばよいか」を学び、対話したいと相談されることがあります。その背景には、複雑で正解の見えない時代において、自らの軸を持って決断したいという意思を感じます。
確かにAIは便利な道具として、より多くの情報から有力な選択肢を提示できるかもしれません。しかし、最終的に判断し、その結果に責任を持つリーダーの役割が変わることはないでしょう。組織の状態を整え、導いていくこともAIには代替できません。答えを持つことよりも、周囲の信頼を得て、意思決定した方向へ人と組織を動かす推進力が、本当のリーダーに問われるのではないでしょうか。
もちろん、目標を持つことは大切です。ただ、私は目標を達成した時の高揚感と、幸せであることは別物であると説いています。目標達成時のエキサイティングさは確かにあります。しかし、その一時の喜びが永続するわけではありません。やがてそれが当たり前になり、また次の目標へ向かうことになります。
世界的な経営者や要人にお会いすると、どんなにビジネスで成功を収め、社会的な名声を手にしている方でも、皆さん必ずしも幸せそうに見えるわけではないように感じます。それは、なぜでしょうか。
学生時代は同級生と比較し、会社に入れば同僚と比較し、経営者になれば他社の経営者と比較する――一度成功しても比較が終わらず、比較する相手が変わり続けます。結局、比較の対象が変わることに終始してしまうからでしょう。
私が講師を務めているスタンフォード大学には、「私はゴールオリエンテッド(目標重視)です」と主張する学生が大勢います。彼らは非常に優秀で、目標を決め、最短距離で到達する能力に長(た)けています。一つの目標を達成すると、すぐに次の目標へ向かいます。しかし、それだけでは「ゴールを達成し続ける人生」になってしまいます。
企業のKPIも同じように、達成に向かい、次の目標設定をする繰り返しになっていないでしょうか。企業経営に数字が必要なのに疑いはありません。しかし、結果だけを追い続けると、いつまでも「まだ足りない」という状態から抜け出せません。だからこそ、結果を求めるだけでなく、まず自分自身を整えるという考え方が大切になります。
その問いに対して、弓道の「正射必中」の考え方をご紹介しましょう。弓道では、的(まと)に「当てよう」と思うほど、外れてしまうと言われています。大事なことは、姿勢を整え、呼吸を整え、心を整えることです。つまり、結果を追い求めるだけでなく、自分自身を整えることに本質があります。この考え方は、武道全般に通じます。
実際、「正しく射ることに集中すれば、必ず結果が付いてくる」思想を企業トップが取り入れ、自社の経営ビジョンと基本に立ち返り、日本事業で成果を上げた欧米企業も存在します。
最近、海外企業の経営者の方々から、「武道を学びたい」、「禅を体験したい」という相談を受けることが増えました。こうした方たちは、経営手法を学びに来日されるのではありません。成果を追い続けるだけではないリーダーシップのあり方や、生き方を探しているように見受けられます。世界のリーダーの中には、「どう心を整えるか」、「どう意思決定と向き合うか」という問いを持ち、新たに禅のアプローチから学び直し、自分自身の状態に気付くための実践機会を求めている方がいるように感じます。
また、幹部研修や社員研修の場として寺院に滞在する企業もあります。普段の恵まれた環境から離れ、参加者一人ひとりに自身を見つめ直す機会を提供し、組織力強化につなげたい企業の試みとも言えます。
私たちはいつの間にか、「結果を生み出す自分自身の状態」に目を向ける機会を失っているのかもしれません。今後リーダーには、結果だけでなく、自分自身や組織を整える力がますます求められるようになるでしょう。
そうですね。頭が良い、仕事ができる、情報をたくさん知っているといった能力の多くは、今後ますますAIや新たな技術が補完するようになるかもしれません。これからは、誰が一番多くの答えを知っているかを競う時代ではなくなります。むしろ、「この人と一緒に働きたい」、「この人なら任せたい」、「また相談したい」と思われる力は、人間ならではの価値として残り、簡単に代替されません。こうした人間としての力を、私は「愛され力」と呼んでいます。
現在、退蔵院で学生寮を運営しているのですが、まさにそのような「愛され力」を体現している学生がいます。毎朝きちんとお勤めをし、掃除をして、爽やかにあいさつをする、誰からも好かれる人物です。その学生は海外旅行をしたこともなければ、航空業界に詳しかったわけでもありませんが、高倍率の客室乗務員職に内定しました。もちろん、こうした職務には語学力、接客スキルも必要です。健康な体や体力もあった方がよいでしょう。しかし、それだけでなく、日々の振る舞いを通じて信頼される姿勢が、相手にも伝わったのだと思います。
これは、ビジネスや社会でも共通することでしょう。専門知識や判断力は必要とされます。しかし、どれほど正しい方針を示しても、「一緒に頑張って取り組みたい」と思われなければ、組織として十分に機能しないでしょう。「愛され力」は、単に人当たりがよいことではなく、日々の行動によって信用を積み重ね、人の力を引き出す力にもなるのです。それは、AI時代のリーダーシップを支える必要条件の一つになると思います。
私は、「比較の土俵から一歩降りること」と、「掛け算」の生き方がヒントになると考えています。現代社会では、知らず知らずのうちに結果を重視しがちです。学生なら偏差値や進学先、社会人なら年収や役職、経営者なら業績や株価など、常に誰かと比較されます。同じ土俵で他人より優れていることだけを目指していると、比較社会における競争に終わりはありません。
例えば、私が仏教界で世界一になることは簡単ではありません。しかし、仏事や禅に、教育、ビジネス、国際交流といった異なる領域での経験を掛け合わせることで、自分ならではの役割を創り出すことができます。重要なのは、誰かと同じ競争に勝つことではなく、「自分にしかできない価値を育てる」ことだと考えています。
ビジネスパーソンにも、同じことが言えるのではないでしょうか。一つの能力だけで一番を目指すのではなく、知識や技術、業務経験、海外での体験など、これまで培ってきたものを掛け合わせる――自分自身の持ち味や役割に気付いて、行動することが重要です。その組み合わせは、一人ひとり異なるのですから。実際、私が世界中の経営者や学生と接して感じるのは、本当に魅力的な人ほど視野が広く、教養があり、人生の時間の使い方を「掛け算」しています。
AIによって多くの仕事が効率化されていくからこそ、「自分は何を大切にし、どのような経験やスキルを組み合わせていくのか」を考えることが重要です。自分らしさに気付き、人とのつながりを育てながら、興味や経験との掛け算によって独自の価値を創る――それが、他人やAIとの単純な比較に左右されないための、キャリア形成の軸になっていくことでしょう。
※本記事は、さまざまな業界のビジネスリーダーにも分かりやすく「AI時代のリーダーシップ要件」について、禅の視点から伝えることを目的とした特設対談企画です。
東京大学大学院農学生命科学研究科修了後、埼玉県新座市・平林寺にて3年半の修行生活を送り、2007年より退蔵院副住職。日本文化の発信・交流が高く評価され、2009年観光庁VISIT JAPAN大使に任命される。また、2011年より京都市「京都観光おもてなし大使」を務める。2016年『日経ビジネス』誌の「次代を創る100人」に選出され、同年、米日財団(The U.S.-Japan Foundation)が運営する「日米リーダーシップ・プログラム」フェローに就任。2018年より米・スタンフォード大学客員講師。2019年文化庁長官表彰(文化庁)、重光賞(ボストン日本協会)受賞。2024年より(株)ESA社外監査役、2026年より藤田医科大学客員教授。京都市教育委員会委員。
2011年には、日本の禅宗を代表してヴァチカンで前ローマ教皇に謁見(えっけん)、2014年には日本の若手宗教家を代表してダライ・ラマ14世と会談し、世界のさまざまな宗教家・リーダーと交流。また、2014年世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)に出席するなど、世界各国で宗教の垣根を越えて活動中。
AI時代のリーダーは、答えを持つこと以上に、自分自身と組織を整え、信頼関係を築くことが重要な資質となるでしょう。「他者と比較して勝つ」ことではなく、「愛され力」と「掛け算」による自分らしい価値を磨くことが、独自のキャリアと持続的な成果につながります。
第1回 理化学研究所 砂川玄志郎氏に聞く「眠り」の最前線とは?
冬眠という生理現象から、医療の技術革新、AI活用による研究の加速、そして人間の可能性に迫ります。
第2回 インフォステラ代表 倉原直美氏に聞く「宇宙インフラ」の未来とは?
発想が宇宙通信を進化させる。 “地上局のシェアリング”で人工衛星の可能性が広がります。
第3回 Shizen Connect(シゼンコネクト)松村宗和氏に聞く「分散型エネルギーと仮想発電所(VPP)」の未来とは?
仮想発電所など、日本発の分散型エネルギー技術による次世代インフラの未来について語ります。
第4回 大阪大学 石黒浩氏に聞く「人間とロボットが共存する"いのちの未来"」とは?
AIやアバターなどの最先端技術と交差する“いのち”の未来、そして大阪・関西万博開催に至った舞台裏に迫ります。
第5回 NEC 今岡仁氏に聞く「顔認証技術とデジタルエシックス」の最前線とは?
イノベーションは常識の脱却から。認証技術の開発現場とエシックス(倫理)について語ります。
第6回 LGグループ ユ・ホヒョン氏、キム・デソン氏に聞く「規制・地政学リスク時代のグローバル調達――韓国LGグループの取り組み」とは?
調達は「コスト」から「競争力」へ。LGグループのグローバル調達改革について語ります。
第7回 資生堂 江連智暢氏に聞く「たるみ研究から見える、化粧品の科学とイノベーション」とは?
イノベーションは未定義領域の科学から。たるみ研究の軌跡と価値創出について語ります。
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