前章で詳しく説明した信頼低下という課題は、極めて大きく、かつ複雑な問題です。分断や誤情報・デマといった問題は、個々の組織だけで解決できる範囲を大きく超えています。政策当局、規制当局、産業界が協働して取り組む必要があるでしょう。各組織は、自らに直接影響を及ぼすもの、自らが影響を与えたり変えたりできるものに焦点を当てなければなりません。多くの場合、それは主要なステークホルダー(顧客、従業員、投資家)が、自社の組織、ブランド、テクノロジーに対して抱く信頼に働きかけることを意味します。
次に、主要なステークホルダーが組織を信頼できると感じる要因を特定しましょう。複数の調査報告書に度々登場する共通のテーマとして、信頼の柱を構成する3つの要素があります。
- コンピテンス:人は、役割を効果的に果たす能力があり、言ったことを実行する組織やリーダーを信頼します。
- インテグリティ:人は、行動が誠実で公正だと感じられる組織やリーダーを信頼します。
- 他者への配慮:人は、自らの利益だけでなく、他者のウェルビーイングにも配慮していることを示す組織を信頼します。
この3つの柱の相対的な重要度は、企業やセクターによって変わる可能性があります。消費者は、航空会社についてはコンピテンスを重視し、他者への配慮の重要度を相対的に低く見るかもしれません。一方、教育機関では、学校や教師が金銭的利益ではなく、生徒のウェルビーイングを重視していると感じられることが、信頼を左右する可能性があります。
よく用いられる「信頼の方程式」では、これらの要素を「信頼(Trust)=(信ぴょう性〈Credibility〉+信頼性〈Reliability〉+親密性〈Intimacy〉)÷自己中心性〈Self-Orientation〉」と表します。信ぴょう性と信頼性を高めることで、組織はコンピテンスとインテグリティを示すことができます。親密性を高め、自己中心性を抑えることで、他者への配慮とステークホルダー重視の姿勢を示すことができます。
この3つの柱を強化するには、企業とリーダーが4つの領域、すなわち「人間と心理」「ポリシーとプロセス」「利益のメカニズム」「プロトコルとプラットフォーム」に取り組む必要があります。
人間と心理:人間性という要素
「人類にとって望ましいのは、相互に信頼し合う状態です」とErnst & Young LLP(米国)でDirector of Behavioral Science & Insightsを務める社会心理学者のHeidi Grantは言います。「人は、信頼されたいと思うと同時に、他者を信頼したいと思い、助けてほしいと思うと同時に、他者を助けたいと思うものなのです」
実際、人間は生来、相手を信頼する傾向にあり、人類の歴史を振り返っても、それが進化上の利点であることを示唆する証拠が、神経科学16、行動科学、進化心理学17など複数の分野の研究で得られています。
信頼は人間の根源的な感情であり、非人間的なポリシーやプロトコルはある程度までしか通用しません。信頼の構築で最も重要なのは、人間的な要素です。組織は、行動科学などの分野から学びを得ることで、信頼の心理学を理解できます。
コンピテンス、インテグリティ、他者への配慮を示すことで、信頼構築につながる行動がいくつかあります。
- 透明性。信頼では、印象が大きくものをいいます。「人間の行動は本来あいまいなもので、複数の解釈をすることができます」とGrantは述べています。「残念ながら、人間の脳は、あいまいなものをネガティブに解釈し、最悪の事態を想定するようにできています。そのため、信頼できる存在になるだけでなく、信頼できると思ってもらうことも重要です。つまり、透明性を高めることは、インテグリティや他者への配慮といった資質を示すことにつながります」
- 弱さの受容と親密性。企業、特にリーダーにとって、鍵を握る要素は弱さを受け入れる姿勢です。ミスを認める医師ほど、医療過誤で訴えられにくい傾向があります。それは、弱さを見せることが信頼を築くためですが、企業の法務担当者は一般に、ミスを認めることに慎重です18。
ビジネスリーダーは、自信のある態度を示し、常に全ての答えを持ち合わせているように振る舞うことが求められます。そのため、従業員を不安にさせたくないという思いから率直な説明を避けたり、全てを完全に把握できるまでは公の場で発言しない方がよいと考えたりすることがあります。
しかし、リーダーは不利な情報や結果に対する人間の反応を示す行動科学の知見から、一定の示唆と安心を見いだすことができるかもしれません。「私たちは、人間はマイナスの結果を寛大に受け止めることはできないと考えがちです」とGrantは述べています。「しかし、行動科学者が言うところの『手続き的公正』に関する調査によれば、不公平な形でなければ、マイナスの結果そのものは受け入れられる場合があります。従って、ステークホルダーが決定を好まないのではないかと過度に心配する必要はありません。それよりも、決定がどのように下されたかを透明にし、公正な方法で行われたことを示すのが重要です」
- 包摂性(インクルーシビティ)。透明性を高める方法として見過ごされがちなのが、消費者をプロセスに参加させることです。「多くの企業は、テクノロジーを活用して顧客と関わる方法を考えるとき、まずソーシャルメディア・プラットフォームやインフルエンサーを思い浮かべます」とZuckerman氏は指摘します。「しかし、技術的なアプローチとしては、オープンソースソフトウェアの方が有益です。人々が自ら参加できるプロジェクトを好むことは、LinuxやWikipediaが実証しています。企業やブランドは、真の参加型プロジェクトをどのように立ち上げ、それを活用して包摂性と信頼を構築できるでしょうか」
- 説明責任。「信頼を損なう出来事が起きた後は、直ちに謝罪し、責任を引き受けることが極めて重要です」と述べるのは、南カリフォルニア大学のProfessor of Management and Organizationで、「How Trust Works: The Science of How Relationships Are Built, Broken and Repaired」の著者でもあるPeter Kim氏です。「ただし、私の研究からは、もう一つ重要な軸が明らかになっています。人々がその出来事を、コンピテンスの問題と受け止めるのか、インテグリティの問題と受け止めるのかという点です。人々は概して、コンピテンスの問題には寛容です。しかし、インテグリティの問題だと消費者が感じる事案に対して企業が謝罪をすると、それが裏目に出るおそれがあります。その謝罪は、自分たちが不誠実であったと認めたと解釈され、容易には許してもらえません。企業にとっての重要なポイントは、コンピテンスの問題がインテグリティの欠如と誤解された場合は、その誤解を解くことが不可欠だということです」とKim氏。「その際には、調査機関、規制当局、監査人、許認可機関など、独立した第三者による評価が役立つかもしれません」