EYメガトレンド

フロンティアの開放が世界的な資源争奪戦にとって意味するものとは


地球深部、深海、北極圏、そして地球軌道は、新たな天然資源の採取、地政学的競争、リスクの対象領域となりつつあります。

要点

  • テクノロジーと地政学、気候変動が、地球の最果てにある資源へのアクセスを阻む障壁を打ち破ろうとしている。
  • 対象となる資源には、重要鉱物など有形のものもあれば、軌道スロットや新規航路など無形のものもある。
  • 新たなフロンティア領域での資源開発・争奪戦の行方は、経済・サステナビリティ・地政学面で大きな影響を及ぼすことになる。


EY Japanの視点

3つのフロンティア領域の開放がサプライチェーンに与える影響

世界的な成長、電化、産業変革が続く中で、資源をめぐる競争は激化しています。複雑なグローバルサプライチェーンの中に位置する日本企業にとって、資源の希少性はなじみ深いテーマです。中東での最近の出来事の長期的な影響を見積もるにはまだ早いものの、引き起こされたサプライチェーンのショックはこの問題をさらに深刻にしています。
 
地政学、技術、気候変動の変化により、以下の3つの領域が新たな資源採取と地政学的競争の場として注目されつつあります。

 

  • 地球深部と深海
  • 北極圏
  • 地球軌道
 
これらのフロンティア領域で活動するためのルールは十分に整備されていませんが、ガバナンス体制が成熟するまで行動を控えるのではなく、フロンティアへのアクセスを機会として捉えて、ルール形成プロセスに参画しながらリーダーの地位を確立する行動力が求められます。
EY Japanの窓口

本記事は、「EYメガトレンド」シリーズの最新版「New frontiers: The resources of tomorrow」でご紹介しているインサイトの一部です。

フロンティアは野心と機会が隣り合わせになる境界です。かつては高度、距離、水深といった境界で隔てられていた地球の最果てのフロンティアが開放され、新たな天然資源の採取、そして商業的・地政学的競争の舞台となる次の3つの領域への扉が開かれました。

  • 地球深部と深海:既存の採掘源だけでは著しい供給不足に陥っている重要鉱物が大量に埋蔵されている場所
  • 北極圏:戦略鉱物、エネルギー資源、生物資源の宝庫であると同時に、商業・戦略的に貴重な航路
  • 地球軌道:地球表面から高度200~3万6,000キロにある空間。観測、通信、調査、防衛活動を支える「有限の天然資源」

各国政府や企業、資源利用者は、この3つの領域に存在する、商業・戦略的価値を持つ有形・無形資源をめぐって争奪を繰り広げています。有形資源が、金属や石油、魚類など物理的なものであるのに対し、無形資源は、衛星の軌道スロットの利用や航路へのアクセスのように、触ることができないものを指します。

今後10年間で、この3つの領域でどのように競争が繰り広げられ、資源が利用されていくことになるのか。その行方が、環境・経済的サステナビリティと地政学的情勢に大きな影響を及ぼすことになるでしょう。

3つの強力な変革要素が資源のフロンティアの扉を開く

テクノロジーと地政学、気候変動は、資源フロンティアの開放を促進しており、これまでアクセスを阻んできた障壁に立ち向かう需要を生み出すと同時に、その障壁自体を取り除こうとしています。

まず、企業と個人の間で新たなテクノロジーや人工知能(AI)が急激に普及したことを受けて、デジタルトランスフォーメーション(DX)が加速・浸透しました。それがデータセンターや関連電力インフラの建設、一般消費者向けデジタル機器の生産量増加につながったことで、重要鉱物の需要が高まり、供給不足に陥っています。同時に、イノベーションとコスト低下で、フロンティア領域へのアクセスが容易になり、費用対効果も高くなりました。

次に、「EY 2026 Geostrategic Outlook」で解説の通り、国際関係は今、国の介入と資源不足をめぐる地政学を特徴とした新たなルールと規範の下で動いています。資源供給が、国家の安全保障上の懸念事項として、また戦略・経済的関心事として浮上する中、各国政府は市場に介入し、アクセスを加速させ、規制の確実性を高めることに今まで以上に意欲的になっています。また、フロンティア領域でのガバナンスギャップとグレーゾーンを利用するか、あるいはそれを完全に無視することを各国に促しているのが、競争の激化と多国間主義の衰退です。地理的フロンティアの扉が開かれていくにつれ、そこにも他の領域での対立と競争が広がっていくようになりました。

最後に、クリーンエネルギーへの移行も、重要鉱物の需要増加の大きな一因です。風力タービンやソーラーパネル、バッテリー、電気自動車の製造にはレアアースが必要であり、世界経済の電化を支えるためには送電網の拡大が必要でした。今後も拡大に伴い、銅とアルミの使用量が増えるはずです。脱炭素化を進める必要性により、クリーンエネルギーへの移行が促されています。同時に、気候変動の影響によってほかの地域の4倍の速さで温暖化が進んでいる北極圏が、探査、採取、利用の新たな対象となっています。

Mining drilling machine in tunnel of sylvinite salt quarry. Equipment for mineral ore digging in pit. Organic materials for fertilizers
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第1章

地球深部・深海採掘:イノベーションで変革を実現

既存の採掘源だけで、今後10年間に必要となる重要鉱物を全て賄うことはできません。今後、新たな採掘源を確保することが、ますます急務となるでしょう。

未来の一場面…地球深部にある自律型運営の鉱山が、エネルギー移行に必要な重要鉱物を3年連続無事故で供給することができ、重要なマイルストーンとなりました。

DXとエネルギー移行の実現に必要な鉱物が不足

今の時代に最も重要な2つの変革であるDXとクリーンエネルギー移行の成否を左右する鉱物と金属が、深刻な供給不足に陥っています。

AIの急激な普及と一般消費者向けデジタル製品の需要増加を受けて、データセンターや関連インフラの建設が加速し、重要鉱物の需要が急増しています。世界経済の電化を支える上では、風力タービン、ソーラーパネル、バッテリー、電気自動車、送電網が不可欠となり、それが需要をさらに押し上げ、供給が追いつきません。新たな供給源を確保できなければ、2040年までに深刻な供給不足となることが予想されます。


超深地下採掘

重要鉱物の採掘源候補の1つが(地下3~4キロの)地球深部です。超深地下採掘は主に、銅、金、ニッケル、亜鉛、白金族金属など、既存の鉱山ですでに産出されている金属の供給量を増やす役割を果たします。既存の鉱山、既知の地質、すでに確立された処理ルートを基盤としているため、地表近くの資源が枯渇する中で、鉱物・金属の供給不足に最も速やかに対処できる選択肢です。例えば、カナダのラロンド鉱山では、金、銅、銀、亜鉛を探査するため、地下3.3キロまで掘り進められています。

「要は経済性の問題です。露天掘りで採掘できる地表近くの資源は枯渇しつつあり、拡張した方がコストはかかりません」と指摘するのは、西オーストラリア鉱山学校(Western Australian School of Mines)でChair of Rock Mechanicsを務めるErnesto Villaescusa教授です。

とはいえ、全ての鉱山で坑道を地下深くまで延ばせるわけではありません。その実行可能性は、鉱床の形状と安定性、地質構造、そして地圧と熱の上昇や地震活動の活発化を許容できるリスクレベルに抑えることができるかどうかで変わってきます。こうした条件は鉱山によって大きく異なり、岩盤崩壊リスクが高すぎて作業を進められないケースも出てくるかもしれません。

深部採掘になると、物理的条件が変わってきます。地圧が上昇する条件下では、掘削が地震や岩盤崩壊を引き起こす恐れがあるため、鉱山の設計と運営において、岩石力学とシステムレベルの挙動を中心に据える必要があります。地震危険度を把握し、軽減するには、鉱山全体が人の介入にどのように反応するかを理解することが不可欠です。

深部になると、熱も発生します。鉱山の作業現場の環境を安全に保つには換気と冷却を強化する必要があり、深部鉱山では換気がエネルギー消費の最も大きな要因の1つです。代替策は、採掘プロセスに人を完全に関与させないことですが、それには保守を担うロボットも含む完全自律型の設備とロボットが必要となります。

深部では鉱石品位が低下して、産出される金属の単位あたりのエネルギー・水使用量がさらに増え、安全・運営上の課題とサステナビリティのトレードオフが生じるかもしれません。

地下深くになるにつれ、重大な被害をもたらすリスクが高まるため、超深地下採掘では最も危険な環境に人が近づかないようにする必要性も高まります。Centre for Excellence in Mining InnovationでExecutive Vice President of Business Developmentを務めるChamirai Nyabeze氏は次のように指摘します。「最も大きなリスクにさらされるのは人です。そのため、危険な場所に人が近づかないようにしなければなりません」

こうした状況が、自動化や遠隔制御設備、デジタル鉱山モデリング、電気車両の導入を加速させています。そのため、鉱山の運営を継続するにあたっては、機械設備を地下に設置したまま保守することになる可能性が高いと考えられます。

露天掘りで採掘できる地表近くの資源は枯渇しつつあり、拡張した方がコストはかかりません。

ガバナンスの観点に立つと、超深地下採掘は間違いなく国家の管轄内に入り、許認可制度の対象です。技術的には複雑ですが、明確な規制当局の承認プロセスが整備されています。重要鉱物の自立的な供給への注目の高まりを背景に、地下深部に存在する、安全に採掘可能で採算性のある資源を開拓する能力が戦略的強みとなるかもしれません。

深海採掘

鉱山坑道の地下深部への延伸にとどまらず、深海というまったく新しい鉱物の採掘源にも関心が向けられています。古くからあるアイデアが再び注目されるようになったのです。

英国軍艦チャレンジャー号の1873年の深海調査時に、多金属団塊が海底で発見されました1。多金属団塊とは、鉄、マンガン、ニッケル、銅、コバルト、レアアース元素を含む鉱物の塊です。

US Geological Surveyによると、太平洋のクラリオン・クリッパートン海域(Clarion-Clipperton Zone)には現在、推計で211億トン(乾燥状態)の多金属団塊があり、この団塊には世界全体の地中埋蔵量を超える重要金属が含まれています。こうした海底埋蔵資源の価値は、数兆ドルに上ると推計されています。


テクノロジーが障壁を克服

海底採掘の主な焦点である多金属団塊は、海底4,000メートルから6,500メートルの深海平原に眠っています。「大きなメリットの1つは、団塊の金属含有率が非常に高いため、必要な鉱石の量が少なくて済むことです」と話すのはKaru Advisory Ltd.のCEOであるKalev Ruberg氏です。「純金属だけでなく、レアアースも含まれているので、探査が増えていくはずです」

団塊を深海から船に引き上げるという課題を解決するため、AI、コンピュータービジョン、ロボット、自律走行車両を統合した採取技術を試験的に導入する海底採掘事業者も出てきました。Ruberg氏によると「もう1つのハードルは団塊を処理する能力ですが、団塊の製錬に必要な電炉を整備している主な国は中国と韓国です」この処理能力は日本も備えています。

 

海底採掘:サステナビリティと国家戦略の兼ね合い

テクノロジーの進歩に伴い、海底採掘のサステナビリティ確保状況に対する監視の目も厳しくなってきました。市民社会組織と政府は、海底の広い範囲からの団塊採取が長期的に及ぼす影響を最も懸念しており、中でも特に重視しているのが、採取区域で海洋生物がどのように回復していくか、採取によって巻き上げられる沈殿物のインパクト、操業に伴う騒音と光の影響、漁業活動と食料安全保障に及ぶ可能性のある影響、そして海洋生態系全体へのインパクトの広がりなどです。

 

一方、海底採掘事業者は、こうしたリスクについて、自らが委託した探査区域の調査結果に加え、外部調査報告書をもとに、「軽減できる」あるいは「誇張されている」と主張しています。これらの事業者が、さまざまなテクノロジーを活用して、採取によるインパクトを最小限に抑えるべく取り組んでいることも事実です。例えば、開発中のテクノロジーの1つに、ロボットアームで団塊だけを選択して採取する方法があります。ほかには、水を噴射して団塊を海底から持ち上げる方法があり、これだと生態系へのインパクトは軽減されます。

 

国際海底機構(International Seabed Authority:ISA)は国連海洋法条約(UNCLOS)の下、海洋環境の効果的な保護を確保しながら、「人類全体の利益」のために公海域の全鉱物関連活動の取りまとめと管理を担っています。ISAはこれまでに31件の探査契約を承認しています。これは、特定区域で事業者が探査活動を行うことを認める15カ年計画です。

 

ただし、ISAはまだ、商業採掘の許可を出しておらず、2019年に170の構成国との間で許可のガバナンスに関する協議を開始したものの、いまだ合意には至っていません。これまで30を超える国が、海底採掘の長期的なコストと便益、採掘作業のモニタリングと管理の仕方、影響を受ける可能性のあるステークホルダーへの保険と補償など、主要な問題を解決できるまでの予防的な一時中止を求めてきました。

 

ISAでの協議が行き詰まっていることで、海底採掘活動への規制アプローチでの多国間合意に赤信号がともっています。また、米国はUNCLOSに参加しておらず、非締約国としてISAを無視する意向です。国内外の海域での海底採掘を奨励し、可能にする大統領令が先ごろ出されており、米政府は国内法令に基づき採掘を許可する構えのように見受けられます。

 

企業と政府がとるべき対応

  • 企業は、AI、自動化、クリーンエネルギーを利用して超深地下採掘を実現し、重要鉱物の供給不足解消に寄与できるイノベーション機会を模索する。
  • 企業も政府も、さまざまな重要鉱物の採掘源の全体的なコストと便益を比較検討するとともに、原材料の必要量を抑える循環型の取り組みやイノベーションを通じて供給不足を解消できないかを検討する。
  • 海底採掘業界はまだ、商用規模での長期的な産出の実現可能性を実証していない。海底採掘はまだ初期段階にあるが、海底での産出がコスト競争力を長期的に維持し、環境的に持続可能であり、かつ国際金属・鉱業評議会(International Council on Mining and Metals:ICMM)の、一連の責任ある採掘原則(responsible mining principles)とガイドラインに沿っていることを業界が実証できれば、将来の重要鉱物の供給を大きく変える可能性がある。
Canada, Nunavut Territory, Arctic
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第2章

北極圏:古い秩序が崩れ去ろうとする中で、多極的な競争が激化

北極海の海氷は今後10年間にわたり後退し続け、北極圏が商業競争と地政学的競争の中心地となるでしょう。

未来の一場面…船舶が数珠つなぎになって、北極圏の手つかずの海域を横切っていきます。夏になると、世界各国の船舶の往来が、スエズ運河を経由する航路から北極海航路へとシフトしています。コンテナ船、LNG運搬船、クルーズ船は、行き交う船舶のほんの一部にすぎません。10カ国以上の海軍に所属するフリゲート艦や短艇もこの水域を航行し、国益を守っています。

北極圏の資源開発は目新しいことではないが、変化している

広大な北極圏での居住と資源開発は、今に始まったことではありません。北極圏では先住民族が何千年も前から暮らし、漁業、鉱業、林業など資源の商業的採取が何世紀にもわたり続けられてきました。周極域は、2022年に経済価値が6,660億米ドルに達した一方、人口はわずか1,000万人です2。

この地域は鉱物の地中埋蔵量が多く、特に金、ニッケル、コバルトの鉱脈の規模は世界最大級です。グリーンランドとノルウェーにはレアアース資源が豊富にあり、ロシアは世界最大のパラジウム産出国です3。ノルウェー領域の北極海海底にある鉱物資源は、北極海に大きなチャンスが眠っている可能性を示唆していますが、実際の埋蔵量は分かっていません。

ロシア、米国、ノルウェーはこの地域で大量の石油と天然ガスを採掘しています。さらに、北極圏には未発見の従来型石油資源の13%(推計)と従来型天然ガスの30%(同)が埋蔵されていますが、特に多いのが凍った北極海の海盆域です4。

北極圏の漁業は数十億ドル規模の産業です。凍った、手つかずの中央北極海の漁業資源量はまだ明らかになっていませんが、かなりの量に上ると考えられています。

夏になり、北極海の海氷が後退すると、新たな無形資源の出番となり、アジアと北米東海岸を結ぶ最短の航路である北西航路と、アジアと欧州を結ぶ直通航路である北極海航路にアクセスできるようになります。中国のコンテナ船は先ごろ、スエズ運河の代わりに、この北方航路を利用して、中国から欧州までの航海時間を半分に短縮しました。

海氷の減少で資源が徐々に、その後急に姿を現す可能性が高い

北極圏ではほかの地域の4倍の速さで温暖化が進み、(毎年計測される)北極海の9月の海氷面積が10年間に12.2%ずつ減少しており、2030年代には夏に海氷が消失する(海氷面積が100万平方キロ未満になる)恐れもあります5。

地球温暖化と海氷後退により、物的資源に徐々に、その後急にアクセスできるようになる可能性が高いと考えられます。

  • 鉱物:地球温暖化で新たな地中資源の存在が明らかになることはまずないでしょうが、海氷消失期間が延びることで、採鉱に必要な資材の搬入と鉱石の搬出が容易になります。再生可能エネルギーを含めたエネルギーインフラや常設道路、港湾の建設もしやすくなるかもしれません。海氷後退により、領海と公海での海底資源の発見と採取がはるかに簡単になると考えられますが、環境問題への懸念を踏まえると、海底採掘の許可取得は難しくなりそうです。
  • エネルギー:未発見の資源の大半は沖合にありますが、その環境は依然として厳しく、非経済的であるため、海氷減少と気温上昇による直接的インパクトはほとんどないと予測されます。ただ、移行シナリオと、南部地域の埋蔵量の枯渇状況によっては、2100年までに産出量がかなりのレベルに達するかもしれません6。
  • 漁業:漁業資源量の調査を行いながら、2037年まで当該海域での漁業を防止することを定めた中央北極海無規制公海漁業防止協定(CAOFA)が、2021年に北極圏8カ国、中国、日本、韓国、欧州連合(EU)の間で締結されました。2037年以降は、保全より経済的利益が優先される可能性もあります。「CAOFAは、こうした新たな関係者が協議をすることで、コモンズ(共有地)でガバナンスがどのように機能し得るかを示す好例です。ただ、海氷が後退する中で、それが機能し続けるかどうかは別の問題です」と話すのは、ワシントン大学の地理学科准教授で、「Unfrozen: The Fight for the Future of the Arctic」の著者でもあるMia Bennett氏です。

夏季の海氷消失が進んでいることから、無形資源である北極回り航路と公海へのアクセスは、予想より早く実現することになるでしょう。北極圏の海運はこの10年間、成長を続けています。北極海域での航行距離は2013年から2024年の11年間で108%増え、北極海域を通過・航行するために建造された船舶数も37%増加しました。その背景にあるのは、地下採取活動と関連インフラの建設の増加です。加えて、ばら積み輸送に北極海域を利用する船舶が増えていることも追い風となっています7。

北極海域へのアクセスは今後、グローバルな物流、観光、調査、軍事行動など別の用途での利用も増えていくでしょう。この無形資源の利用拡大は戦略的側面も併せ持ち、商業的な利益が国益を生んでいるのです。

その真の価値を知る前に北極圏を失う恐れも

北極圏は広大な炭素貯蔵庫であり、気候の調整役も担い、さらには生物多様性の宝庫です。永久凍土層は大気の2.5倍の炭素を貯留し、その貯留量は世界全体の森林を上回るとする推計もあります8。また、この地域の氷雪は、太陽光を宇宙にはね返すことで地球の温度を下げる役割を果たしています。一方、立ち入ることが困難なため、アマゾンなどの熱帯地方、温帯草原、北方林など、生物学的あるいは気象的に重要な他地域に比べて研究や理解が進んでいません。

海運により、サステナビリティリスクが増しています。夏季の船舶往来の増加が定められた航路に集中し、先住民族コミュニティによる伝統的な利用や野生生物に影響が及ぶかもしれません。船舶が出す排ガスの微粒子が氷雪に沈着して黒くなると、北極圏の太陽光の反射効果を弱めたり、氷雪の融解を速めたりして、地球温暖化と海氷消失を加速させる恐れもあります。また、北極圏は気温が低いため、船舶の往来が増えることで発生する可能性のある石油や燃料の流出事故からの回復にも、より長い時間がかかります。

北極圏を取り巻く環境と、国家安全保障上の懸念が交錯し、米国の北極圏国立野生生物保護区(Arctic National Wildlife Refuge)で開始された道路建設や石油ガス探査など、戦略的インフラ建設と資源採取が、サステナビリティインパクトよりも重視される可能性があります。とはいえ、複雑ではない安定した環境であっても、鉱山操業許可の取得は非常に難しい(例えば、米国では承認を得るのに29年かかる)ことから、北極圏のような地域で承認を得るのは各段に複雑な作業となるでしょう。

生じる可能性のあるサステナビリティインパクトの1つが、先住民族・伝統的コミュニティへの影響で、これにはプラスとマイナスの両面があります。北極圏の開発は、期待どおりの経済的機会とインフラをもたらすと同時に、食料源や環境と結びついた文化的慣習を脅かす可能性があります。「北極圏の先住民族は権利と承認を国に求め、大きな成果を上げてきました。しかし、防衛活動によってその一部が損なわれかねません」とBennett氏は言います。

直接的な競争の中心地に

北極圏は北極評議会(Arctic Council:AC)が取りまとめ役となり、30年にわたって合意に基づく多国間協力により統治されてきました。ウクライナ情勢、極地到達をこれまでより容易にしている気候変動、多国間主義の崩壊など、最近の事象やグローバルなトレンドを受けて、北極圏は直接的な多極間競争の中心地となりつつあります。

 

ロシアは相変わらず地域の主要な大国である一方、ウクライナ関連の制裁で政治的に孤立し、経済的にも厳しい状況にあります。これを受けて、同国は中国との地域協力を強化しており、制裁の対象となっている天然ガスでは中国が最大の輸出先となりました。ロシアは北極海沿岸地域で軍事インフラの整備を続けており、これは、同国がこの地域に戦略的価値を置いていることを物語っています。

 

中国は自国を「ほぼ北極圏」の国と位置づけており、グローバル海洋ガバナンスを構築する、より広範なイニシアチブの一環として、北極圏を「新たなグローバルコモンズ」として扱うよう主張しています。中国が目指しているのは、北極圏の資源に投資をして「氷上シルクロード(Polar Silk Road)」を構築することです。また、北極海での調査から、ロシアと共同で実施する北極海航路哨戒まで、この地域で存在感を確立するためのイニシアチブを数多く実施してきました9。

 

一方、米国は、中国の北極圏への進出を脅威と捉えており、北極圏での(例えば、砕氷船の保有数がフィンランドより少ないなどの)遅れを取り戻そうと躍起になっています。米国が北極圏戦略で重点を置いているのは、この地域における軍事力の強化、同盟国との連携、そして、単独また同盟国と共同で、この地域での存在感を高め、誇示することです。これは、米国がグリーンランドへの関心を強めている理由の1つでもあり、米国の「ゴールデンドーム」構想でも北極圏への配備は極めて重要な部分を占めています。

 

カナダも、北極圏での自らの主権と権益を守る必要性を認識し、この地域でのケイパビリティの構築を進めているところです。また、米国や北欧諸国など同盟国との連携強化にも取り組んでいます。英国、フランス、韓国、日本、インドなど、多くの非北極圏国家も、存在感と影響力を維持するため、対北極圏戦略を推し進めています。

カナダ、ロシア、米国、デンマークはいずれも、鉱物資源を支配する立場を確保すべく、UNCLOSに従った北極海の延長大陸棚(extended continental shelf:ECS)の領有権を主張しています。また、米国が北西航路を国際海峡だと見なしていることを受け、カナダは自国の内水だとして同航路に対する領有権を守っています11。

北極圏8カ国はいずれも、道路、港湾、通信システム、開拓地など、商業・産業インフラの整備を進めているところです。これらは戦略的インフラの役割も担う可能性があります。

北極圏におけるこうした「地政学的温暖化」は、海氷の融解でできた戦略的空間を各国が埋めようとして、軍事・商業上のライバル同士がこの地域で新たな形で接近することになる未来を示唆しています。

予防原則が必要

北極圏には、北極評議会の下での合意、CAOFA、北極圏で航行する船舶向けの国際海事機関の「極海コード(Polar Code)」、UNCLOSなど、ガバナンスの枠組みが複数あり、重複が見られます。

北極評議会は、合意に基づくガバナンスを確保するための協議の場となってきました。経済・安全保障上の利害が高まり、外部の紛争の影響がこの地域にも波及し、多国間主義の崩壊が広がる今、その評議会もさまざまな課題に直面しています。

ただ、姿勢が硬化し、摩擦が増える前のこの移行期間は、北極圏が進む方向を軌道修正して、予防原則に基づく包括的なガバナンス体制を構築し、北極圏の資源への持続可能なアクセスと利用を確保するのに最適なタイミングかもしれません。地球軌道での「コモンズの悲劇」を強い教訓とすべきです。

企業と政府がとるべき対応

  • グローバルなサプライチェーンと国家間の競争において北極圏が果たす役割が拡大していることを踏まえ、企業は、業界に関係なく、地政学的リスクとサステナビリティを考慮に入れながら、新たな機会を評価する。
  • 海運会社は、スエズ運河やパナマ運河を補完する、あるいは航海時間を短縮できる代替航路となる、北極圏の季節航路の設定が及ぼす影響を検討する。北極圏航路は、スエズ運河に地政学的混乱が及んだ場合や、気象に起因する水災害でパナマ運河の通航に問題が生じた場合の備えになり得る。
  • 防衛企業と造船企業は、国家戦略に沿って北極圏にケイパビリティを提供する機会を探る。安全保障上の配慮から、各国政府は今後、まず国内企業を、次に同盟国の企業を優先することになる。
  • 北極圏への進出に伴う税務・事業構造上の影響に加え、北極圏がもたらす好機を生かすために必要となる可能性のあるパートナーシップや同盟関係について検討する。
  • 政府と企業は、この極めて重要な時期に地域のサステナビリティへの取り組みを進めるには、相互連携と(プラスとマイナス、両方の影響を受ける可能性がある地域社会からの意見の聞き取りを含め)北極圏のステークホルダーとの連携をどのように続ければいいかを検討する。
Caspian Sea, Planet Earth. Digital enhancement of an image by NASA. The artist has enhanced sharpness, the white and black point. In addition the artist has added texture, clarity, and dehaze. Colors has been corrected according the artist view of the scene.  Dust spots from the sensor have been removed. 

NASA's Media Usage Guidelines: https://www.nasa.gov/nasa-brand-center/images-and-media/

Original link to the image: https://eol.jsc.nasa.gov/SearchPhotos/photo.pl?mission=ISS073&roll=E&frame=511449
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第3章

地球軌道:アクセス、価値、リスクが拡大する有限の資源

軌道資源へのアクセスの急速な容易化・安価化を受けて、宇宙経済(スペースエコノミー)が急成長を遂げる反面、コモンズの悲劇も加速し、地球経済を脅かしています。

未来の一場面…ある日の午前中。あなたはグローバルな小売企業のCEOです。POSシステムが稼働していないという報告を受け、その後、JIT(ジャストインタイム)配送ネットワークのあらゆる設備とも通信が切れたと知らされます。照明も消えました。誰かが、(宇宙で衝突が核分裂のように連鎖していく)ケスラーシンドロームについて何か言っています。

地球軌道のインフラは不可欠、でも目に見えない

国際電気通信連合(ITU)憲章は、地球軌道を「有限の天然資源」と定義しています。宇宙経済は、その資源の活用に主に支えられており、測位・航法・時刻同期サービス、地球観測・リモートセンシング、打ち上げサービス、人工衛星製造、宇宙インフラなどの産業分野で構成されています。2024年の6,130億米ドルから、2032年には1兆米ドルに成長する見通しです。宇宙経済の価値の3分の2は、民間企業が生み出しています12。

「宇宙投資に対するベンチャーキャピタルの関心は極めて高い」と話すのは、Chair of the AIAA New Space Economy Committeeで、EY wavespace™「Luminary」でもあるHemali Vyas氏です。NASA/JPLやTRW、SiRF Technologiesなどでキャリアを積み、宇宙産業で35年以上の経験を持つ同氏は、さらに次のように述べています。「投資家は10年のスパンで見ており、ハイリスク、ハイリターンの機会を求めています」ベンチャーキャピタルの宇宙技術への投資額は2016年の7億米ドルから2024年には66億米ドルと大幅に増えました13。

次のフェーズでは民間宇宙ステーション(例えば、Axiom、Blue OriginのOrbital Reefなど)も軌道投資の対象となることから、観光、調査、製造などで新たな市場が開拓されるかもしれません。

一方、軌道資産に依存したグローバルな経済活動の幅広い価値は、あらゆるセクターに及んでおり、これを算定することはほぼできません。具体的にはGPS(全地球測位システム)、通信、データ伝送、電力網、金融取引、インフラ・作物のモニタリング、天気予報、気象モデリング、災害復旧などで、いずれにも人工衛星の継続稼働が不可欠です。

しかし、目にしていないと、その存在を忘れてしまいがちです。「宇宙分野の大きな成功の1つは、エンドユーザーにとって、ほとんど見えない存在になったことです」と説明するのは、天文学者であり、スウィンバーン工科大学でPro Vice Chancellor of Flagship Initiativesを務めるAlan Duffy教授です。

財務・技術面のハードルが下がり、民間企業による地球軌道へのアクセスが急増

意外かもしれませんが、地球軌道(高度200~3万6,000キロ)は最もアクセスしやすいフロンティア資源であり、最も速いスピードで開発が進められています。

民間企業の技術・業務イノベーションが、人工衛星の製造と打ち上げのコストを劇的に押し下げてきました。効率化、打ち上げ機の再利用性向上、人工衛星の小型・安価化で、人工衛星を軌道に乗せるコストは10年間で65%低下しています14。

その結果、地球軌道を回る稼働中の人工衛星の数は2020年の約3,300基から2024年には約1万3,000基に急増しました15。ペイロードの90%を商業目的の打ち上げが占め、そのうち80%近くがStarlinkです16。

こうした数字が今後、さらに急上昇するのは間違いありません。大規模コンスタレーションでは、今後5年間で低軌道(LEO)衛星が7万基も打ち上げられる見込みです17。

「低コストでの打ち上げが実現するまで、宇宙は遠い存在だと思われていました。今では身近な存在となり、そしてかつてないほど近づいています。地球軌道は今や、地球で最も価値の高い、地球上にはない不動産です」と述べるのは、著名なフューチャリストであり、EY wavespace「Luminary」でもあるPaul Saffo氏です。

これほど大量の宇宙ゴミが蓄積する中、雪片が雪崩を引き起こすように、あと1回の衝突によって制御不能なケスラーシンドロームが発生するかもしれません。危険性は高まる一方です。

近づく軌道コモンズの悲劇

1967年の宇宙条約が宇宙を「全人類の活動領域(province of all mankind)」であると宣言する一方、ITU憲章第44条は、地球軌道が有限の資源であることに留意するよう忠告しています。実際に、有限の資源である軌道を誰でも自由に利用できるようにしたことでコモンズの悲劇が生まれつつあります。コモンズの悲劇とは、個人の利益の追求が、共有資源の価値を低下させる、あるいは破壊する状況です。

「(ロシアの人工衛星)スプートニクの打ち上げ以来、宇宙の天然資源に分類される軌道を私たちは活用してきました。しかし、膨大な量のデブリ(宇宙ゴミ)が今、未来の宇宙活動を脅かしていることからも分かるように、宇宙環境のサステナビリティという問題に十分な注意が払われてきませんでした」と指摘するのは、ウェスタンシドニー大学およびボンド大学のSteven Freeland氏です。国連宇宙空間平和利用委員会(United Nations Committee on the Peaceful Uses of Outer Space)のWorking Group on Legal Aspects of Space Resource Activitiesの議長も務めています。スプートニク時代以降に軌道に乗せられた人工物は約1万5,000個に上り、それが推計1億4,000万個の軌道デブリを生んでいるのです。しかも、そのうちほんの一部しか追跡することができません。

その結果、私たちは今、ケスラーシンドロームが起きるリスクに直面しています。メガコンステレーションで何万基もの人工衛星が軌道投入されて、人工衛星の数が指数関数的に増えているため、このリスクは高まる一方です。

「制御不能な衝突の連鎖が経済に壊滅的な打撃を与えると考えられ、軌道を何世紀にもわたり使用できなくし、場合によっては、私たちが地球から宇宙に行く能力を制限するデブリ帯を生み出す恐れもあります。すでに人工衛星の壊滅的な衝突が数件起きていますが、今のところ、その影響は限定的です。これほど大量の宇宙ゴミが蓄積する中、雪片が雪崩を引き起こすように、あと1回の衝突によって制御不能なケスラーシンドロームが発生するかもしれません。私たちが宇宙に投入する物体が増え続けるにつれ、危険性は高まる一方です」とDuffy教授は言います。

ケスラーシンドロームが起きるリスクに寄与するその他の要因

  • 衛星破壊実験に関する国際政策の欠如。
  • 軌道上に中央「交通管制」が存在しない:運用事業者同士で、衝突を避けるための話し合いをしなければならない。
  • 有効なデブリ除去策の欠如:レーザー、ハープーン(もり)、ネット(網)など、デブリを軌道から除去するテクノロジーは検討が進められているが、その大部分の有効性がまだ確認されておらず、政策やイニシアチブも進んでいない。
  • 人工衛星の軌道離脱に関する米国の「5年ルール」18の問題点:多くの人工衛星は寿命末期に制御不能となり、大気圏への再突入は多大な環境インパクトをもたらしかねない。
  • 気候変動:温室効果ガスは熱を吸収して、上層大気を冷却、収縮させる。それにより、古い人工衛星やデブリに対する大気抵抗が減少し、落下して燃え尽きる速度を遅くする19。

宇宙デブリは、ケスラーシンドロームに至らないまでも、問題を引き起こしています。中国の宇宙船「神舟20号」は先ごろ、小さなデブリが衝突したため、宇宙飛行士の地球への帰還が遅れました。

地球軌道の混雑は、それ以外にもサステナビリティインパクトをもたらしています。ITUは無線周波数も「有限の天然資源」と定義していますが、地上での利用に加え、増え続ける人工衛星コンステレーションにも割り当てているため、周波数の不足が深刻化しています。無線周波数を利用できなければ、人工衛星は通信を行うことができません。

「通信からナビゲーション、気候モニタリングまで、あらゆることに周波数スペクトルを利用しているため、その持続性(サステナビリティ)確保は不可欠です。宇宙にアクセスすることを望む次世代の人たちや国々に不利益を与えることなく、この資源を活用しなければなりません」とITU事務局長の諮問機関「Youth Advisory Board」のメンバーであるRoser Almenar氏は強調します。

大規模な人工衛星コンステレーションは、科学・文化面でも問題をもたらしています。

  • 光害:人工衛星の反射光で画像に光の筋が映り込み、公費で行われる地上天文観測に支障を及ぼしている。
  • 無線妨害:人工衛星通信が、電波望遠鏡の微弱な信号の受信をますます妨げるようになっている。「それはまるで、天空のシンフォニーに耳を傾けているのに、隣人がドラムンベースを大音量で流しているようなものです」とDuffy教授は表現する。
  • 文化的損失:暗い夜空の喪失は、科学だけでなく、先住民族コミュニティを中心に、文化的・精神的慣習にも悪影響を及ぼしている。

地政学的利害:宇宙における戦略的プラットフォームだが、不安定化を招く恐れも

地球軌道では、国家主体の活動は制約を受けません。しかし、軌道上のインフラは不可欠かつ極めて有益であると同時に、脆弱です。

少なくとも20カ国が偵察衛星や軍事衛星を保有しています。米国、中国、ロシアの三大国の保有数は、合わせて約500基です。地上の緊張と競争が宇宙に波及するのに伴い、これらの資産は潜在的なターゲットとなっています。それは、極めて重要なインフラサービスを提供する商業・公共サービス衛星も同じです。

米国、ロシア、中国、インドの4カ国は、デブリ発生の要因となる、物理的な衛星破壊実験を行ってきました。オーストラリア、フランス、日本、イラン、イスラエル、北朝鮮、韓国、英国も対宇宙技術の開発を進めています20。

米国のミサイル防衛構想「ゴールデンドーム」では、追跡センサーとして、また場合によってはミサイル迎撃機としても機能する大規模な人工衛星コンステレーションを含む宇宙コンポーネントを展開するとしており、事態をさらにエスカレートさせる可能性があります。仮にこのミサイル防衛システムが配備されれば、反撃能力の構築を余儀なくされていると感じる国も出てくるかもしれません。

偶発的な破砕事象のリスクの高まりと、意図的な事象のリスクの高まりが重なり合うことで、地政学的に不安定になる恐れがあります。GPSや通信、観測の機能を停止させるデブリの発生原因を迅速かつ権威をもって特定することは難しいと思われ、地上での地政学的情勢の影響を受けた戦略的誤算を招きかねません。

ガバナンス:多極化時代に求められる多国間主義

宇宙に関する基本的な国際条約が1960年・1970年代に起草、締結されたとき、その立案者は地球軌道の商業利用が爆発的に増え、プライベートセクターが宇宙産業を席巻することを予見できませんでした。

宇宙は「誰もがアクセスできる」という原則の下で統治されていますが、過密とデブリというリスクが高まるにつれ、このオープンアクセスは問題となってきています。米連邦通信委員会(Federal Communications Commission)など各国規制当局とITUがアクセスを制御していますが、国益と商業的な利益が集団責任より優先されることが多く、軌道上の行動を取り締まる裁判所も、実効性のあるグローバルメカニズムもありません。

宇宙への進出を計画する国が100を超える今、連携と体系的な規制の重要性が増しています。加えて、発展途上国と77カ国グループ(G77)を中心に、宇宙活動で得られる便益の公平な共有を求める声が強まっています。

軌道資源管理に対する現行のアプローチは、持続可能なものではありません。「対策のほとんどは、個々の問題に特化したもので、システムレベルの総合的なアプローチが欠如しています。政府、民間企業、学界、国際組織をはじめ、全てのステークホルダーを考慮に入れる総合的思考が必要です」とVyas氏は言います。

一方、Freeland氏は「今後は、宇宙のガバナンスへのグローバルな『概観的』アプローチをさらに強化する必要があります。そのためには、規制当局が、従来のように国内での役割を果たすだけでなく、宇宙での因果関係やバランスにも対処することが不可欠です。宇宙のケイパビリティ構築は、いまだに比較優位性という観点から検討されることが多いため、自国の規制当局の視野を広げ、慎重に立ち止まるよう各国を説得することは簡単ではありません。それは、考え方を大きく変えることになります。一方、主要な宇宙進出国は現在、こうした思考の転換が国益にかなうとはみていません。そのため、他国からの強い要求がなければ、自主的に転換を図ることはないでしょう。これをグローバルな問題にしていく必要があります」と述べています。

企業と政府がとるべき対応

  • 宇宙インフラを打ち上げたり、利用したりしている企業は、軌道のサステナビリティ、デブリの低減、そして自らの活動が及ぼす幅広い影響についてよく考える。規制の枠組みは進化し続けているが、利害の大きさを踏まえると、企業は法律が現状に追いつくのを待つべきではない。ベストプラクティスと責任あるイノベーションが今すぐにでも求められている。
  • 依存状況を可視化する:宇宙発の混乱に対する潜在的脆弱性を認識せずに宇宙資産に依存する産業が多い。企業はリスク管理の枠組みに宇宙を組み込み、宇宙ベースのサービスへのサプライチェーンの依存状況の把握を含めてそのリスクを評価し、レジリエンスを構築する。
  • 戦略的洞察の対象に宇宙を加える:企業はシナリオ分析と逆算プランニングを行い、今後5年間、10年間あるいは25年間に宇宙開発がどのような影響を自らの産業に及ぼし得るかを予測する。具体的には、未来の宇宙市場に対応するための研究開発投資や製品イノベーションの検討などを行う。
  • 政府は地政学的競争が激化する中にあっても、地球軌道のサステナビリティを推進するには、多国間プロセスをどのように進めればいいかを検討する。潜在的なメリットとデメリットが大きいことを踏まえると、地球軌道での一致協力した取り組みは、自国の利益追求にもなる。

本記事の執筆にあたっては、Dr. Thomas Graham(Senior Consultant, Oceania Assurance AI, Ernst & Young Services Pty Limited)、Angie Beifus(Lead Metals & Mining Analyst, Ernst & Young Services Pty Limited)、Bhavya Agarwal(Senior Mining & Metals Analyst, Ernst & Young LLP)が協力してくれました。この場を借りて、感謝の意を表します。

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サマリー

どのフロンティアでも、地球深部、深海、北極圏、地球軌道を持続的に統治するにはどうすればいいかという問題が表面化しています。多国間主義が衰退する中にあってもガバナンスギャップに対処できる革新的なアプローチが必要となるでしょう。多極化が進み、地政学的競争が激化しても、国家は、自国の利益にも資する一致協力した取り組みの促進において不可欠な役割を果たすことになります。企業も、経済・環境的に持続可能な成果を掲げるか、実際に成果を出すことにより、ガバナンスギャップの解消で重要な役割を果たすことになるはずです。

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