近づく軌道コモンズの悲劇
1967年の宇宙条約が宇宙を「全人類の活動領域(province of all mankind)」であると宣言する一方、ITU憲章第44条は、地球軌道が有限の資源であることに留意するよう忠告しています。実際に、有限の資源である軌道を誰でも自由に利用できるようにしたことでコモンズの悲劇が生まれつつあります。コモンズの悲劇とは、個人の利益の追求が、共有資源の価値を低下させる、あるいは破壊する状況です。
「(ロシアの人工衛星)スプートニクの打ち上げ以来、宇宙の天然資源に分類される軌道を私たちは活用してきました。しかし、膨大な量のデブリ(宇宙ゴミ)が今、未来の宇宙活動を脅かしていることからも分かるように、宇宙環境のサステナビリティという問題に十分な注意が払われてきませんでした」と指摘するのは、ウェスタンシドニー大学およびボンド大学のSteven Freeland氏です。国連宇宙空間平和利用委員会(United Nations Committee on the Peaceful Uses of Outer Space)のWorking Group on Legal Aspects of Space Resource Activitiesの議長も務めています。スプートニク時代以降に軌道に乗せられた人工物は約1万5,000個に上り、それが推計1億4,000万個の軌道デブリを生んでいるのです。しかも、そのうちほんの一部しか追跡することができません。
その結果、私たちは今、ケスラーシンドロームが起きるリスクに直面しています。メガコンステレーションで何万基もの人工衛星が軌道投入されて、人工衛星の数が指数関数的に増えているため、このリスクは高まる一方です。
「制御不能な衝突の連鎖が経済に壊滅的な打撃を与えると考えられ、軌道を何世紀にもわたり使用できなくし、場合によっては、私たちが地球から宇宙に行く能力を制限するデブリ帯を生み出す恐れもあります。すでに人工衛星の壊滅的な衝突が数件起きていますが、今のところ、その影響は限定的です。これほど大量の宇宙ゴミが蓄積する中、雪片が雪崩を引き起こすように、あと1回の衝突によって制御不能なケスラーシンドロームが発生するかもしれません。私たちが宇宙に投入する物体が増え続けるにつれ、危険性は高まる一方です」とDuffy教授は言います。
ケスラーシンドロームが起きるリスクに寄与するその他の要因
- 衛星破壊実験に関する国際政策の欠如。
- 軌道上に中央「交通管制」が存在しない:運用事業者同士で、衝突を避けるための話し合いをしなければならない。
- 有効なデブリ除去策の欠如:レーザー、ハープーン(もり)、ネット(網)など、デブリを軌道から除去するテクノロジーは検討が進められているが、その大部分の有効性がまだ確認されておらず、政策やイニシアチブも進んでいない。
- 人工衛星の軌道離脱に関する米国の「5年ルール」18の問題点:多くの人工衛星は寿命末期に制御不能となり、大気圏への再突入は多大な環境インパクトをもたらしかねない。
- 気候変動:温室効果ガスは熱を吸収して、上層大気を冷却、収縮させる。それにより、古い人工衛星やデブリに対する大気抵抗が減少し、落下して燃え尽きる速度を遅くする19。
宇宙デブリは、ケスラーシンドロームに至らないまでも、問題を引き起こしています。中国の宇宙船「神舟20号」は先ごろ、小さなデブリが衝突したため、宇宙飛行士の地球への帰還が遅れました。
地球軌道の混雑は、それ以外にもサステナビリティインパクトをもたらしています。ITUは無線周波数も「有限の天然資源」と定義していますが、地上での利用に加え、増え続ける人工衛星コンステレーションにも割り当てているため、周波数の不足が深刻化しています。無線周波数を利用できなければ、人工衛星は通信を行うことができません。
「通信からナビゲーション、気候モニタリングまで、あらゆることに周波数スペクトルを利用しているため、その持続性(サステナビリティ)確保は不可欠です。宇宙にアクセスすることを望む次世代の人たちや国々に不利益を与えることなく、この資源を活用しなければなりません」とITU事務局長の諮問機関「Youth Advisory Board」のメンバーであるRoser Almenar氏は強調します。
大規模な人工衛星コンステレーションは、科学・文化面でも問題をもたらしています。
- 光害:人工衛星の反射光で画像に光の筋が映り込み、公費で行われる地上天文観測に支障を及ぼしている。
- 無線妨害:人工衛星通信が、電波望遠鏡の微弱な信号の受信をますます妨げるようになっている。「それはまるで、天空のシンフォニーに耳を傾けているのに、隣人がドラムンベースを大音量で流しているようなものです」とDuffy教授は表現する。
- 文化的損失:暗い夜空の喪失は、科学だけでなく、先住民族コミュニティを中心に、文化的・精神的慣習にも悪影響を及ぼしている。
地政学的利害:宇宙における戦略的プラットフォームだが、不安定化を招く恐れも
地球軌道では、国家主体の活動は制約を受けません。しかし、軌道上のインフラは不可欠かつ極めて有益であると同時に、脆弱です。
少なくとも20カ国が偵察衛星や軍事衛星を保有しています。米国、中国、ロシアの三大国の保有数は、合わせて約500基です。地上の緊張と競争が宇宙に波及するのに伴い、これらの資産は潜在的なターゲットとなっています。それは、極めて重要なインフラサービスを提供する商業・公共サービス衛星も同じです。
米国、ロシア、中国、インドの4カ国は、デブリ発生の要因となる、物理的な衛星破壊実験を行ってきました。オーストラリア、フランス、日本、イラン、イスラエル、北朝鮮、韓国、英国も対宇宙技術の開発を進めています20。
米国のミサイル防衛構想「ゴールデンドーム」では、追跡センサーとして、また場合によってはミサイル迎撃機としても機能する大規模な人工衛星コンステレーションを含む宇宙コンポーネントを展開するとしており、事態をさらにエスカレートさせる可能性があります。仮にこのミサイル防衛システムが配備されれば、反撃能力の構築を余儀なくされていると感じる国も出てくるかもしれません。
偶発的な破砕事象のリスクの高まりと、意図的な事象のリスクの高まりが重なり合うことで、地政学的に不安定になる恐れがあります。GPSや通信、観測の機能を停止させるデブリの発生原因を迅速かつ権威をもって特定することは難しいと思われ、地上での地政学的情勢の影響を受けた戦略的誤算を招きかねません。
ガバナンス:多極化時代に求められる多国間主義
宇宙に関する基本的な国際条約が1960年・1970年代に起草、締結されたとき、その立案者は地球軌道の商業利用が爆発的に増え、プライベートセクターが宇宙産業を席巻することを予見できませんでした。
宇宙は「誰もがアクセスできる」という原則の下で統治されていますが、過密とデブリというリスクが高まるにつれ、このオープンアクセスは問題となってきています。米連邦通信委員会(Federal Communications Commission)など各国規制当局とITUがアクセスを制御していますが、国益と商業的な利益が集団責任より優先されることが多く、軌道上の行動を取り締まる裁判所も、実効性のあるグローバルメカニズムもありません。
宇宙への進出を計画する国が100を超える今、連携と体系的な規制の重要性が増しています。加えて、発展途上国と77カ国グループ(G77)を中心に、宇宙活動で得られる便益の公平な共有を求める声が強まっています。
軌道資源管理に対する現行のアプローチは、持続可能なものではありません。「対策のほとんどは、個々の問題に特化したもので、システムレベルの総合的なアプローチが欠如しています。政府、民間企業、学界、国際組織をはじめ、全てのステークホルダーを考慮に入れる総合的思考が必要です」とVyas氏は言います。
一方、Freeland氏は「今後は、宇宙のガバナンスへのグローバルな『概観的』アプローチをさらに強化する必要があります。そのためには、規制当局が、従来のように国内での役割を果たすだけでなく、宇宙での因果関係やバランスにも対処することが不可欠です。宇宙のケイパビリティ構築は、いまだに比較優位性という観点から検討されることが多いため、自国の規制当局の視野を広げ、慎重に立ち止まるよう各国を説得することは簡単ではありません。それは、考え方を大きく変えることになります。一方、主要な宇宙進出国は現在、こうした思考の転換が国益にかなうとはみていません。そのため、他国からの強い要求がなければ、自主的に転換を図ることはないでしょう。これをグローバルな問題にしていく必要があります」と述べています。
企業と政府がとるべき対応
- 宇宙インフラを打ち上げたり、利用したりしている企業は、軌道のサステナビリティ、デブリの低減、そして自らの活動が及ぼす幅広い影響についてよく考える。規制の枠組みは進化し続けているが、利害の大きさを踏まえると、企業は法律が現状に追いつくのを待つべきではない。ベストプラクティスと責任あるイノベーションが今すぐにでも求められている。
- 依存状況を可視化する:宇宙発の混乱に対する潜在的脆弱性を認識せずに宇宙資産に依存する産業が多い。企業はリスク管理の枠組みに宇宙を組み込み、宇宙ベースのサービスへのサプライチェーンの依存状況の把握を含めてそのリスクを評価し、レジリエンスを構築する。
- 戦略的洞察の対象に宇宙を加える:企業はシナリオ分析と逆算プランニングを行い、今後5年間、10年間あるいは25年間に宇宙開発がどのような影響を自らの産業に及ぼし得るかを予測する。具体的には、未来の宇宙市場に対応するための研究開発投資や製品イノベーションの検討などを行う。
- 政府は地政学的競争が激化する中にあっても、地球軌道のサステナビリティを推進するには、多国間プロセスをどのように進めればいいかを検討する。潜在的なメリットとデメリットが大きいことを踏まえると、地球軌道での一致協力した取り組みは、自国の利益追求にもなる。