AutomotiveからMobilityへ――地域モビリティを持続可能にする共創とデジタル活用

【後編】AutomotiveからMobilityへ――地域モビリティを持続可能にする共創とデジタル活用


人口減少や高齢化が進む中、モビリティに求められる役割は大きく変わりつつあります。本記事では、セミナー「Automotive から Mobility へ」の後編として、行政だけでなく地域企業や住民、地域外の人々が移動を支える愛媛県松山市、静岡県三島市、JR東日本の実践事例と、持続可能な地域モビリティに向けた方向性を紹介します。


要点

  • 愛媛県松山市の「おすそわけ交通」は、行政補助に依存せず約300社の地域企業の協賛によって成り立ち、行政だけでなく企業や住民も参画しながら地域交通を支える新たなモデルを示している。
  • 伊豆ファン倶楽部やご当地Suicaの取り組みでは、デジタル技術を活用して観光客を関係人口へと発展させ、地域との継続的なつながりを生み出す仕組みづくりが進められている。
  • 持続可能な地域モビリティには、利便性だけでなく、住民の主体性や「仲間意識」、「居場所」といった感情的な価値、そして多様な主体が共通の目的を持ち役割を分担する共創が欠かせない。

ネッツトヨタ瀬戸内株式会社 執行役員 モビリティ事業部 部長
大石 一浩 氏

5 現場の実践

「地域の移動」は誰かの仕事ではなく、地域みんなで支えるもの
~愛媛県松山市・おすそわけ交通モデル~

地域主体の実践例として、ネッツトヨタ瀬戸内の大石氏が、愛媛県松山市久枝地区で展開されている「おすそわけ交通モデル」を紹介しました。

 

この取り組みの背景には、2018年にトヨタ自動車が掲げた「モビリティカンパニーへの変革」という大きな方向転換があります。

 

「これまで自動車販売店の役割は、自動車を販売・整備し、車を所有するお客さまのカーライフを支えることでした。しかし、人口減少や高齢化が進む社会では、免許返納後の高齢者や、さまざまな理由から自由に移動できない人々を含め、「地域に暮らすすべての人のお出かけの自由を担保する」という新たな役割が求められています」と大石氏は述べます。

 

大石氏は、地域交通によって生まれる便益は、地域全体に広がっているにもかかわらず、その維持を行政と交通事業者だけが担っている現場に課題意識を抱いたと説明。「移動は行政や交通事業者だけが担うものではなく、地域で暮らす私たち自身の問題ではないか。行政セクター、民間セクター、市民セクター、三者が3分の1ずつ自分事として責任を分担するのが理想的な形ではないか」と感じた経験を語りました。

 

こうした考えのもとで始まったのが、「おすそわけ交通」です。地域住民によるNPOが運営主体となり、ネッツトヨタ瀬戸内やタクシー事業者が運行を担う仕組みで、特徴的なのは行政補助に依存せず、地域企業からの協賛によって成り立っている点です。

 

交通サービスから直接利益を得ない企業も数多く参画しています。大石氏は、「地域企業から『もし道端でおばあちゃんが倒れていたら助けますよね。それと同じですので協賛します』と言われ、勇気をもらった」と紹介しました。現在では、建設会社、金融機関、小売業、飲食店など、業種を問わず約300社の地域企業がこの活動を支えています。

 

さらに、企業から提供されるものは資金だけではありません。高齢者向けのスマートフォン教室や地域イベントの運営支援など、それぞれの企業が持つ知識や強みを「おすそわけ」しながら地域交通を支えています。

 

大石氏は、「おすそわけ交通」は単なる移動サービスではなく、地域に存在する人や企業、知識、場所、想いなど、さまざまな地域資源を持ち寄りながら、地域全体の助け合いによって移動を支える新しいコミュニティモデルであると説明しました。この事例は、人口減少時代において、地域交通を行政サービスとして維持するだけではなく、「地域全体の共通課題」として捉え直す新たな地域交通の姿として注目されています。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
自動車・モビリティ・運輸・航空宇宙・製造・化学セクター  ディレクター
加藤 雄貴

6 観光客から「関係人口」へ デジタル技術が生み出す地域との新しいつながり

~静岡県三島市・伊豆ファン倶楽部の取り組み~

続いて、EY 加藤が、静岡県三島市を中心に展開されている「伊豆ファン倶楽部」の取り組みについて紹介しました。

 

三島市は、伊豆半島の付け根に位置し、富士山周辺の観光地や御殿場、箱根、伊豆などへのアクセスに優れた交通のハブです。また、富士山の湧き水による清流や楽寿園、三嶋大社など、豊富な地域資源にも恵まれています。一方で、多くの観光客が訪れるものの、地域との継続的な関係構築に十分につながっていないという課題を抱えていました。

 

そこで三島市では、地域の魅力を再認識し地域活性化につなげること、さらに地域の魅力を発信して広範なファンを創出することをテーマに「伊豆ファン倶楽部」の取り組みを進めています。

 

当初は地域ポイントアプリを活用し、インセンティブで来訪や地域活動への参加を促す仕組みを設計しました。しかし、初期登録者数は伸びたものの、継続的に利用するアクティブユーザーの拡大には課題がありました。

その後、三島市、熱海市、函南町は、伊豆地域のファンとの継続的な関係をつくるため、トークンを活用したコミュニティ形成へ取り組みを発展させています。デジタル上で広範なユーザーを集め、コミュニティを形成し、地域への共感や応援の気持ちを高めながら、その熱量をリアルなイベントや地域活動につなげる仕組みです。「デジタルとリアル」「行動と価値」の循環を生み出しています。

 

具体的には、地産品の商品開発に関する投票や、商品パッケージのシール貼り作業への参加など、生産活動の一部に関わる機会を設けることで、地域との接点を深めています。現在は、参加者が共同で畑を利用する、地域の農家と連携した「伊豆ファンビレッジ」の取り組みも始まっています。

 

参加者を単なる消費者や観光客として捉えるのではなく、地域づくりの担い手として役割を持たせることで、地域への思い入れが生まれ、再訪などの行動変容につながっています。

 

加藤は、「参加者が地域に自分ならではの役割や関わり方を持つことで、より深いファンになっていく」と説明。今後も、広範なファンの獲得とファンの熱量向上を両立させながら、地域活性化につなげていく考えを示しました。

東日本旅客鉄道株式会社 マーケティング本部
Suica Renaissance ユニットリーダー 濵 貴之 氏

7 交通サービスを超え、地域生活全体を支えるデジタル基盤へ

~MaaSとご当地Suicaが描く地域未来創生戦略~

デジタル基盤の観点から、JR東日本の濵氏が登壇し、「MaaSやご当地Suica等を通じた地域未来創生戦略」をテーマに、鉄道事業者が目指す新たな地域価値創造について紹介しました。

 

濵氏は、JR東日本の地方創生に取り組む背景として「人口が都市部に集中する中、このまま地域の衰退が進めば、日本全体の活力低下につながるという危機感がある」と説明しました。同社では鉄道を単なる移動手段ではなく、人の移動を通じて地域と地域をつなぎ、日本全体の活性化に貢献する社会基盤であると位置付けています。

 

こうした考えのもとで進められている取り組みの一つが「ご当地Suica」です。

 

従来、Suicaは、鉄道やバスなどの運賃決済を便利にするためのサービスとして発展してきました。しかし濵氏は、「人口減少や高齢化が進むこれからの地域社会に求められるのは、移動の利便性向上だけではない」と指摘します。

 

濵氏は、地方における課題として、移動手段をはじめとした生活に必要なサービスが十分に行き届いていない現状を挙げました。そこで、JR東日本では、モバイルSuicaを基盤として、交通、行政、生活サービスを一つのデジタルプラットフォームにつなげる構想を進めています。

 

例えば、地域のバスなど公共交通との連携に加え、高齢者割引・住民割引など自治体独自のサービスをデジタル化する取り組みが始まっています。行政窓口に足を運ばなくても、スマートフォンを通じてさまざまなサービスを利用できるようになることで、住民の利便性向上と自治体業務の効率化の両立を目指しています。

 

また、これまで別々に発展してきたSuicaとMaaSについても、地域生活を支える共通基盤として、一体的に展開していく考えを示しました。Suicaの利用基盤を生かし、新たなアプリを増やすのではなく、誰もが日常的に利用できるサービスとして地域への浸透を図っています。

 

さらに濵氏は、地域課題の解決には地域住民だけでなく、地域外の人々との関係構築も重要であると説明しました。観光を入り口として、関係人口、二地域居住、さらには定住へと行動変容を促す必要性を強調しました。

 

ご当地Suicaは「地域との関係性を持ち帰るツール」としての役割も担っています。利用者同士のコミュニティ形成や、デジタルアンテナショップのような新たな地域との接点創出を目指しています。

加えて、2026年2月に締結したJALとの連携協定も紹介し、鉄道と航空という従来の業界の垣根を越えながら、広域観光や関係人口の創出、新たなサービス開発に共同で取り組む考えを示しました。

 

講演の最後に濵氏は、「どれだけ優れたサービスであっても『知らない』『使いにくい』では利用は広がらない」と指摘しました。利用者の声を基にサービスを改善し続けること、そしてJR東日本だけではなく、自治体や企業など多様なステークホルダーと共通目的を持ちながら連携することが、地域未来創生の実現には不可欠であると述べました。濱氏は、交通を地域価値創造の基盤として育てていく重要性を強調しました。


8 持続可能な地域モビリティの実現

地域住民の主体性と多様な主体の連携が持続可能なモビリティを生み出す

第2部のクロストークでは、地域モビリティを持続的なものにしていくために必要な条件について議論が交わされました。

議論の中でまず挙がったのは、地域住民の主体的な参加の重要性です。

大石氏は、地域住民の「もっと便利に外出したい」「このまま外出できなくなると体が弱っていく」といった声は多くの地域に存在すると説明しました。その上で、個人の移動課題にとどまらず、「このままでは地域で暮らし続けることが難しくなる」という地域の将来に関わる危機として共有することが、住民主体の取り組みにつながると述べました。

また、持続的な取り組みを実現する上では、利便性だけではなく、人と人とのつながりも重要な要素であるとの意見が共有されました。

濵氏は、人の行動変容は利便性だけでは生まれず、「仲間意識」や「居場所」といった感情的な価値が大きな役割を果たすと説明しました。地域との関係性やコミュニティへの参加を通じて、自分の役割や居場所を感じられることが、継続的な関係性につながるとの考えを示しました。

さらに、地域課題の解決には、行政、民間企業、住民など、多様な主体が、それぞれの役割を果たすことが必要であるとの認識も共有されました。

濵氏は「無理やり進めるのではなく、関係者それぞれがメリットを実感できる仕組みを構築することが必要」と指摘しました。そのためには、立場の異なる主体が共通の目的を見い出すことが不可欠であると強調しました。

また大石氏は、行政の役割について「予算措置や制度設計といった基盤整備の役割が求められる」と説明しました。その一方で、「地域の実情に合わせた具体的な活動を進める役割は民間や市民セクターが担うことで、より柔軟で持続可能な取り組みにつながる」との考えを示しました。

これらの議論から、持続可能な地域モビリティの実現には、制度やサービスの整備だけでなく、地域住民の主体性やコミュニティの力、多様な主体による共創が欠かせないことが改めて示されました。また、モビリティは単なる移動手段ではなく、人と地域、人と人とをつなぐ社会基盤としての役割を担いつつあることが共有されました。


※所属・役職は記事公開当時のものです。




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サマリー 

交通空白の解消は、移動手段の確保にとどまらず、医療・福祉・教育・地域経済など地域全体の課題につながっています。国の政策の方向性と三重県玉城町「元気バス」の事例から、地域交通を「コスト」ではなく「地域への投資」と捉える視点が問われています。



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