EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
今回は過去最大規模の10万人超の参加者を集め、期間中には1,000を超える公式イベントがニューヨーク市内各所で開催されました。今回、どのような議論があったのか。参加者の視点からレポートします。
要点
今年のNYCWのテーマは「Power On(パワーオン)」。気候アクションを「今すぐオンにする(始動する)」という決意が込められています。逆風もある中、気候変動対応について「困難に直面しても前進を強める」という粘り強い姿勢を示すスローガンであり、議論を超えて具体的実行に移すフェーズに入ったことを強調しています。
では、今年のNYCWは実際、どんな様子だったのでしょうか。まず、今年1月に第2次トランプ政権が発足し、パリ協定からの離脱を宣言して初めてのNYCWとなった点でも注目を集めました。NYCWと同時期に開催された国連総会で、トランプ大統領は「気候変動は人類最大の詐欺」との発言もしています。
NYCW主催者のクライメート・グループ(Climate Group)からも開催初日のスピーチで「今年はNYではできないかもしれない。カナダになるかもしれない」といった声(アメリカンジョーク?)があったと仄聞しています。私がNYCWに行くことをお話しした複数の日本企業のお客様からも「入国審査の際、NYCWへの参加というと入国できないのでは」といった声も聞かれました。
このように開催自体への不安の声も耳にしましたが、フタを開けてみると、実際には前年を超えるイベントの数とともに参加者が集まっており、各社のCxO・サステナビリティ関連部署の責任者のみならず、グローバルベースでのフレームワーク・基準等設定団体の決定権者(VIP)の姿も数多く見られ見られました。EYが主催する各種イベントにおいては、PRI(責任投資原則)、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)のトップ等の登壇もあり、イベント参加者との間で質疑応答等も含め実践的かつ活発な議論が繰り広げられていました。
では、今年のNYCWの各イベントではどのような議論が行われたのでしょうか。
まずISSBのチェアマンを招聘したイベントでは、ISSBがグローバルベースラインになっており、特に中国も採用したこと(最終化は2027年)が強調されています。ご案内の方も多いと思いますが、ISSBの適用により、投資家および企業の双方にとっても「比較可能性」と「保証(確実性)」の観点でメリットがあるということが改めて確認されたところです。また、米国内でのイシューとして、温室効果ガスと気候変動に関する財務影響の開示基準であるカリフォルニア州の上院法案SB 253(気候企業データ説明責任法)とSB 261(気候関連財務リスク法)がまもなく発効されるため、「州と国家のハーモナイズ」「ビジネス界でのサポートへの期待」も寄せられていました。
先進的な事例として、ある建設会社ではTCFDレポートを2021年から公表しており、それを進化させ、現在はSEC要件とカリフォルニア州とオーストラリアの基準に注力しているとの発言がありました。また、あるグローバル農業関連会社では、TCFDレポートとISSB基準を2022年から適用しており、財務マテリアリティとデータのクオリティがキーであることが述べられました。鉱物資源会社からの登壇者からは、取締役会のサポートの必要性、サステナビリティと会計部門の統合の必要性が強調されました。
猛暑が消費者ビジネスに与える影響については、カリフォルニア州では、温暖化の影響で、1家計あたり年間8,000~40,000米ドルの負担が増える見込みであり、AIプラットフォームがその解決策の一助となる期待が寄せられていました。また、企業はエコデザインに資する新商品の開発にあたり、気候変動に対するレジリエンス(強靭性)をデータ分析し、どのような要素を考慮する必要があるか検討が必要であるといった発言がありました。このような動きに対して、気候変動対応に関する信頼感の醸成と、課題解決のためのイノベーションが必要であるという方向で意見の一致が見られたところです。
今回は、COP30がブラジルのアマゾン地域で開催されるということもあり、ブラジルからの参加者も多く見られました。そのため、さまざまなイベントにおいて、気候変動とネイチャー(自然資本・生物多様性)の相互関連性がキーワードとして飛び交っていました。EYイベントでもTNFDのトップが登壇し、今夏にTNFDから公表された「取締役ガイダンス」の紹介がなされるとともに、コーポレートガバナンスや戦略面におけるネイチャーの重要性について、他のパネリストと熱い議論が展開されました。
具体的な例として、カリフォルニア州の山火事や欧州での洪水の事例が出され、気候変動は「リスク」から「レジリエンス」のフェーズに入っているという発言もありました。
取締役(会)に求められていることとしては、ネイチャーに関する統合的な戦略の必要性、リスクのモニター、地域特性に応じたアプローチが強調されました。
なお、期間中には、TNFDが2023年9月の開示推奨事項公表から2年を記念し、市場での実践状況を分析した初のステータスレポートを公表しています。当該レポートにおいて特徴的な点としては、中央銀行が「ネイチャー」をシステミックリスクと認識していること、投資家はリスク管理と機会の両面からネイチャーを評価し、そのような観点からのスチュワードシップ活動が進展中であるとしているところが挙げられます。
こうした動きの中で、今後、日本企業はどのように気候変動に対応していけばいいのでしょうか。
まず「気候変動に継続的かつ熱心に取り組むムーブメント」が強く存在することを認識すべきでしょう。私が見分した限りでは、今年のNYCWにおいて、そのような潮流の中で政治的な対立を特に強調するスタンス・感情的な議論展開はなされておらず、穏やかに、かつ真摯に「気候変動」「気候変動に相互連動するネイチャー」への実践的な取り組みについて議論・意見交換がなされていました。
昨年までのバイデン政権(民主党政権)時代は、「気候変動に継続的かつ熱心に取り組むムーブメント」と米国(連邦)のサステナビリティへのスタンスは(一部の共和党州を除き)おおむね同じ方向でしたが、共和党政権になってから、スタンスの隔たりが鮮明となり、かつ米国内でも連邦&共和党州と、民主党の州での政策・規制環境が異なる状況が顕在化しています。
そのため、グローバルに展開する日本企業は、グループベースでの「ポリシー(方針)」の策定・運用により一層の工夫が必要と考えます。
1つ目は、「何のためにサステナビリティに取り組むのか」「自社の存在理由・パーパスは何か」を今一度確認し、そこから方針を打ち出して運用していくことです。2つ目はローカライズ。気候変動対応に関する推進派と懐疑派の存在を踏まえ、自社が展開する国・地域の政策・顧客の志向などを踏まえ、一定のローカライズを許容する経営が求められるでしょう。
特に金融セクターについては、サステナビリティ方針(ポリシー)への政治的影響を考える必要があります。州政府への対応も慎重な検討が必要で、石油、たばこ、銃など特定セクターの融資制限については、大手金融機関も影響を受けています。実例として、石油会社への融資を拒否したところ、ある州での債券引き受けに影響が出た銀行があります。
また、現政権の影響下で、ESG揺り戻しのプレッシャーも強くなっています。もっともバイデン政権のIRA(インフレ抑制法)の取り組みでは、共和党州への恩恵も大きいので、経済的インセンティブが維持されるものと、政府支援が途切れて取りやめてしまったものとに分かれていくのではないでしょうか。逆に政府が推し進め、進展するセクターも一定程度見込まれます。
したがって、政府との折り合いとしては、各社内でビジネス上の判断とそのメッセージングが重要になってきます。
私と同じ時期にNYCWに参加したEY新日本有限責任監査法人のデビッド・フライバーグの言葉をここでご紹介します。
「政治的な不確実性がある中でも、市場は脱炭素化や低炭素経済への移行に強く関心を持ち、積極的に取り組んでいます。『サステナビリティの後退』という概念は、市場の一般的な実態を反映していません。リスクの軽減とレジリエントなビジネスモデルの構築が、サステナビリティ戦略を採用する原動力となっています。そのため、投資を控える企業は非常に少数です。価値の創造と維持が、先進的な企業や投資家がサステナビリティの取り組みを設計・検証する際の主要なテーマとなっています」
NYCWのEYイベントでは延べ2,000名以上の方々が訪れました。これもEYがサステナビリティの面でも幅広いコネクションを持つグローバル・プロフェッショナル・ファームとして認識いただいている表れだと思います。
なお、EYは、今年11月にブラジル・ベレンで開催されるCOP30において、「EY House」というセミナーハウスとともにレストランも併設した拠点を設置します。イベントスペースは複数あり、没入型の「EY Four Futures」体験、AIを活用したビジネス事例の紹介など多彩なイベントを開催する予定です。COP30終了後に当該施設は先住民のコミュニティ向けの事務局となりレガシーとなる予定です。COP30に関するレポート等も順次発行予定ですのでそちらも合わせてご覧いただけると幸いです。
第2次トランプ政権発足後、気候変動に関して「対応推進派」と「懐疑派」のスタンスの隔たりがグローバルベースで大きくなっています。米国内においても、連邦&共和党州と民主党主導の州について政策・規制環境が異なっています。こういった外部環境を踏まえつつ、グローバルに展開する日本企業としては、グループベースでのポリシー(方針)策定・運用に関してより一層工夫が求められます。具体的に1つ目は「何のためにサステナビリティに取り組むのか」を各社のパーパスを踏まえもう一度確認しつつ、場合によっては新たな方針を打ち出し、運用していくことが求められるでしょう。2つ目はローカライズ。推進派と懐疑派の存在をもとに、国や地域の政策・顧客志向を踏まえ、一定のローカライズを許容する経営が求められます。
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