EYメガトレンド

変わり続ける世界で、どうしたら資本配分が資本主義のバランスを取り戻せるのか


資本を再配分し、価値を最大化する。レジリエントな社会への新たな市場メカニズム。

要点
  • 富の集中と次世代の不信感が、資本主義の持続可能性に大きな課題を突きつけている。
  • 6つの軌道修正により、市場原理を損なうことなくより持続可能で包摂的な資本主義への道を切り開くことができる。
  • これらの変革の兆しは、すでに世界経済の一部で見られるものの、システム全体で実装・定着させるには政府による政策的な後押しが求められる。

EY Japanの視点

資本主義の再均衡-今後のあるべき姿と企業経営への示唆

本稿は、資本や富の集中が資本主義の持続可能性に課題をもたらしているとの問題意識のもと、投資の分散・多様化や長期的価値創造への転換の必要性を提言しています。企業が持続的な成長を実現するためには、パーパスを起点とした経営と中長期的な戦略の強化が重要な基盤になると考えられます。
 
日本では、終身雇用やメインバンク制度に代表される雇用・金融慣行により、短期的な利益を求める資本市場からの圧力は比較的限定的でした。しかし、グローバル競争の激化や資本市場の国際化が進む中、巨大な資本力を持つ企業との競争が避けられない状況となっています。加えて、資本市場のルールや評価軸がグローバルに収れんする中で、従来型の経営モデルだけでは競争優位を維持することが難しくなっています。また、世界有数の機関投資家が長期的価値創造や社会的価値を重視する姿勢を示していることは、資本市場の変化を示すものとして注目に値します。こうした環境下では、人材やイノベーションへの再投資、短期収益と中長期価値の両立、さらにはステークホルダー価値を反映した経営指標の整備が重要です。EYは、企業が長期的価値創造と競争力強化を両立できるよう、資本戦略、ガバナンス改革、価値指標・開示の高度化を支援してまいります。
EY Japanの窓口

本記事は、「EYメガトレンド」シリーズの1つです。

資本主義は、繁栄しています。資本主義は、現行の制度設計によって与えられたインセンティブに忠実に反応し短期的な収益最大化に向けて効率的に資本配分しています。また、規模の経済や市場での優位性を持つプレーヤーほど大きな恩恵を受ける構造を可能にしてきました。

資本主義は長年にわたり、他の追随を許さない成功を収めてきたのです。2026年は、アダム・スミスの『国富論』出版250年という節目の年に当たります。同書は、自己利益の追求が競争と道徳感情によって制御されることで、社会全体の繁栄を生むことのできるシステムを描いたものでした。『国富論』出版を経た1800年代初めには、何世紀も続いた不況を抜け出し、1人あたりの世界GDPは拡大し始めました。1820年の1,500米ドルから順調に増えて、現在では2万4,000米ドルを超えています1。それに伴い世界の貧困率も低下し、1820年には世界人口の約87%が貧困状態にありましたが、現在はわずか約16%です2。

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ただ、ここ数十年は、このシステムの欠陥が目立つようになってきました。2008~09年の世界金融危機は、金融工学に伴うリスクと透明性の欠如を浮き彫りにし、それを受けて、資本主義と経済格差に反対する抗議行動が支持を集めました。気候変動問題は、資本主義は市場が評価しないコストを見過ごすという構造的課題を映し出しています。

 

また、若年層が現行システムを支持していないことを示すデータもあります。複数の国を対象とした調査によると、18~34歳の55%が、資本主義は利益より不利益が多いと回答しました3。自由市場経済の代表国とされる米国でさえ、この年齢層で資本主義に肯定的な見方を示しているのはわずか43%です4。

 

変化が非線形かつ加速的に進行し(Nonlinear/Accelerated)、変動が激しく(Volatile)、相互に関連したリスクや影響が連鎖的に波及していく(Interconnected)現在の状況「NAVIワールド」において、現行の資本主義システムが抱えるこうした問題に早急に対応する必要があります。このような経営環境では、世界的な危機に備えてレジリエンスを構築することが不可欠です。しかし、現在の資本主義におけるインセンティブは、レジリエンスの強化や長期的な価値創造と一致していません。

 

その不一致が、今や重大なリスクをもたらしているのです。サプライチェーンを例に取ると、この10年間、世界的な危機が相次いで起こり、世界経済がいかに脆弱であるかが露呈し、コロナ禍や地政学的緊張、気候変動に起因する混乱を受けて、効率的なジャストインタイム型のサプライチェーンモデルが疑問視されるようになりました。企業は、単一のサプライヤーや国・地域への過度な依存が組織全体の脆弱性を生むことを、多くの場合は痛みを伴いながら学んだのです。多くの企業がそれを踏まえ、サプライチェーンの多様化を図り、効率性をある程度犠牲にしたレジリエンスの向上に取り組んでいます。

とはいえ、サプライチェーン以外の領域では、経済の集中は続いています。資本、富、市場支配力、さらにはテクノロジー基盤がごく一部の企業や個人に集中する傾向が強まり、資本主義システムは世界的な危機というリスクに対してますます脆弱になっているのです。世界の上位0.001%の富裕層が、下位50%の3倍の富を保有し5、市場では、MSCI構成銘柄の上位10社の時価総額が全体の25%を占めています6。

レポート全文をダウンロードする(英語版・PDF)


BlackRock社の会長兼CEOを務めるLarry Fink氏は、2025年の投資家向け年次書簡で次のように述べています。「市場は、人間が作った全てのものと同様に完全ではありません。それは私たち自身の反映であり、未完成で、時に欠陥もありますが、常に改善の余地があります。そうした市場から目を背けることは解決策ではありません。市場を拡大し、400年前に始まった市場の民主化を完成させ、周辺で生まれている成長の果実をより多くの人々が手にすることが解決策なのです7」


こうした変化を生じさせる圧力が高まっています。地政学的分断が加速し、貿易介入と産業政策がモノ、資本、人材、イノベーションのグローバルな流れを変えつつあるのです。人口動態の変化で労働市場がひっ迫する国もあれば、機会が制約されている国もあり、現時点で、「ビジネスニーズを満たす上で必要なグローバル人材の確保は容易である」と回答した経営者(雇用主)は全体の52%8にとどまっています。気候変動と生物多様性に関する境界を越えつつあり、それに伴い物理的リスクが直接経済コストとなり、異常気象により世界経済が過去10年間に被った被害は2兆米ドル以上です9。また、特にAIのようなテクノロジーは、「ひとり勝ち」の構造によるネットワーク効果の拡大を、制度の対応を超えるスピードで進めています。2025年には「マグニフィセント・セブン」と呼ばれる巨大AI企業が、S&P500社の時価総額の33%10、そのリターンの40%以上を占めました。

一方、こうした資本主義システムにのしかかる圧力が、変革に必要な環境、そして変革の芽も生み出しつつあります。取締役会、経営幹部、投資委員会、公的機関の間で、レジリエンスと多様化、長期的価値の創造の重要性がかつてないほど高まっているとの認識が広がっています。企業はサプライチェーンの再編成を進め、投資家は集中リスクの再評価を進め、政府は公的資金をどのように投入すれば実質的な成果を長期的に出し続けられるかについて、再検討を進めています。

以降では、資本主義が社会の変化に適応して進化するための、ある道筋を詳しく説明していきます。利益の最大化という考え方を否定するのではなく、それを補完するアプローチです。政府は国民、インフラ、経済への長期的投資に注力し、投資家は分散化、レジリエンス、長期的利益を重視しながら、より幅広い資金配分を行い、企業は、全てのステークホルダーにとっての価値を最大化するという、より広範な使命を担うことになります。その結果、資本主義システムはバランスを取り戻し、より広範な長期的価値の創造に向けた、資本と資源の配分の最適化が図られるでしょう。

資本主義が生み出す価値を評価する

現在、世界各地にはさまざまな形態の資本主義が存在しています。政府の介入や国有財産が多い国もあれば、規律や社会的セーフティネットが充実した国もあります。このような違いがあるものの、あらゆる資本主義システムに共通する特徴があります。

EY-Parthenon Chief Economist, Ernst and Young LLPのGregory Dacoは、資本主義を次のように定義しています。「資本主義とは、市場メカニズムが経済活動を決定するシステムです。資本の私的所有、競争市場、価格による需給不均衡の調整、そして利益の追求を資源配分のメカニズムとしていることが特徴です」

資本主義は投資の喚起、イノベーションの促進、効率性の向上において極めて大きな効果を発揮することを証明してきました。競争圧力と価格シグナルが、イノベーションを起こし、コストを削減し、資源を最も生産的な用途に配分することを企業に促すのです。

一方、Dacoは「価値が長期的な性質を持つ場合や、拡散する場合、あるいは価値の収益化が難しい場合は、レジリエンス、サステナビリティ、人的資本、社会インフラに十分な投資が行われないおそれもある」と指摘します。

これは資本主義そのものの欠陥ではなく、現在のインセンティブ構造が企業や個人の行動をそのように誘導している表れなのです。資本主義のインセンティブ構造が本来の目的にかなっているのかという疑問が高まっています。

「資本主義は、利益を得ながら社会課題を解決するための仕組みであり、社会課題そのものから利益を得るよう設計されたものではありません。しかし、いつの間にかその違いが見失われてしまいました」とEY Global New Economy UnitのNadia Woodhouseは説明します。「問題は、資本主義が価値を創造しなくなったことではありません。過剰な搾取によって利益の私有化が進む一方、損失が社会化されていることが問題であり、そうした不均等が、資本主義システムの正当性を損ねているのです」

EY Global Entrepreneurship and EY Entrepreneur Of The Year™ program leaderのStasia Mitchellも同じ意見です。「ビジネスの目的は利益の最大化だけではありません。利益を得ながら現実の問題を解決し、より大きな問題を生まないことです」

資本主義システムが、経済・社会・環境保護のそれぞれの即面で人々の期待に応える成果を生み出しているのか。その疑問に対する懐疑的な見方が、世界で広がっています。制度への信頼も低下しています。現在の子どもたちが成長したとき、親世代よりも経済的に豊かになると考える人は平均で全体の38%11しかいません。


若年層に特に、「現行のシステムは果たして自分たちのためになるのか」という懐疑的な声が聞かれます。そうした気持ちを浮き彫りとしたのが、2025年に複数の地域で繰り広げられた若者主導の大規模な抗議運動です。現行の資本主義システムは、裾野の広い成長の実現ではなく、それを抑圧する傾向を強めているとの見方もあります。それらが相まって、怒りやポピュリズム、是正を求める声を、粗雑あるいは不安定化を招く形で助長しています。

「資本主義のバランスを取り戻す」とは、利益や市場を否定することではありません。成功を再定義して、実体経済・社会的価値を財務リターンに反映させることなのです。

注目すべきは、こうした批判が利益や市場を全面的に否定するものではなく、より具体的な部分を問題視している点です。利益の最大化は、資本主義システム全体にもたらされる成果から乖離(かいり)すると、経済格差の拡大、環境の悪化、社会の分断といった二次的問題をますます引き起こします。こうした問題が安定性、繁栄、長期的価値の創造を揺るがすことになります。

Triodos Bank チーフエコノミストのHans Stegeman氏は、そうした状況を次のように表現します。「資本主義は資本の蓄積という面では大いに成功を収めてきました。しかし、目標が幅広いウェルビーイングであれば、成功とはとても言えません。金融は実体経済の成果から乖離しています。『資本主義のバランスを取り戻す』とは、利益や市場を否定することではありません。成功を再定義して、実体経済・社会的価値を財務リターンに反映させることなのです」

明確な事例がすでに複数あります。目的、レジリエンス、循環性をビジネスモデルに組み込みながら現実の問題を解決して利益を出し、競争力を維持し、短期的なリターンをもたらしている企業がいくつかあるのです。EY New Economy Unitは「Beyond sustainability as usual」(PDF)の中で、こうした事例を複数紹介しています。例えば、オランダに本拠を置くTriodos Bankのビジネスモデルは、利益より効果を最大化することを基本とし、また、グローバル床材メーカーのInterface社はイノベーションに投資をし、製品ライフサイクル全体に循環・再生の実践を組み込みました。この2つの事例は、資本主義がこれまでとは異なる形で機能し得ることを示しています。とはいえ、システム全体で見れば、依然として例外的な事例にとどまり、経済を動かす主流の動きにはなっていません。

資本主義の将来シナリオを探る

したがって、資本主義を別のシステムに変えれば問題が解決するわけではありません。必要なのは、どこでバランスが大きく崩れたのか、そしてバランスを取り戻すにはインセンティブをどのように設計し直せばいいのかを把握することです。もはや問われているのは、資本主義が社会の変化に適応するべきか否かではなく、どのように適応し、いつ実行に移すかなのです。

このことは、理念的ではなく実践的な問いにつながります。「もし市場がインセンティブに応えるよう正しく機能しているのなら、企業、投資家、そして政府の行動を方向付けるインセンティブをどのように見直せば、より良い方向へ資本や資源の配分ができるのか」


資本主義を別のシステムに変えれば問題が解決するわけではありません。必要なのは、どこでバランスが大きく崩れたのか、そしてバランスを取り戻すにはインセンティブをどのように設計し直せばいいのかを把握することです。資本主義が社会の変化に適応するべきかどうかではなく、どのように適応し、いつ実行に移すかなのです。


経済システムを変えるためにインセンティブを変更する方法はいくつかあります。極端なシナリオにおいては、格差の拡大とAIを活用した「ひとり勝ち」の構造、突然の気候変動、制度への信頼低下が重なり、社会的抗議行動と政治革命を引き起こします。そして最終的には資本主義システムそのものが崩壊します。こうした急激な大変動が、これまで生み出されてきた価値の多くを破壊するのです。

もう1つのシナリオにおいて、政府は経済安全保障や自立性の確保をより重視し、その実現に向けて市場や資本の流れにこれまで以上に積極的に関与するようになります。産業政策、貿易・投資規制、国の中核企業の育成、国営企業の設立という形を含めた政府による経済介入は、今後も世界各地で拡大し続ける可能性があります。そうなれば、その国の資本主義システムでは、政府が経済活動を誘導し、あるいは重要な生産資源を所有することになり、価値創造においてプライベートセクターの果たす役割が縮小するかもしれません。

第3のシナリオも存在します。それは、社会の変化に適応したインセンティブに変えること、つまり、資本配分の多様化と、金融・人的・自然資本への幅広い投資へのシフトとして、すでに生じている機運を踏まえ、その流れを加速するよう、旧式のものを廃止して新たなインセンティブを設計するというシナリオです。バランスを取り戻した資本主義は、その市場で価格付けされるシステムの領域を拡大しながら、市場と価格の中心的役割を維持します。また、短期的利益と長期的価値の創造の両方を促進する資本配分に関わるインセンティブを拡大します。

本記事では、こうした資本主義の変革を実現させ得る軌道修正について掘り下げていきます。

 creating a colorful tapestry across the landscape, Lisse, South Holland, Netherlands.
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第1章

資本配分の再均衡に向けたインセンティブの拡大

政府・投資家・企業間のインセンティブと行動における3つの軌道修正が、長期的価値の創造に向け、資本配分を変えると考えられます。

資本は現在、ごく一部の企業と資産、テーマに偏って流れています。グローバルポートフォリオが相変わらず株式に著しく偏っており、その株式についても、時価総額の集中が進んでいることは財務データから明らかです。ベンチャー資金の調達パターンがこうした傾向を強める要因となっています。投資資金と資金調達額が企業の創設より速いスピードで増え、投資が集中しているのです12。企業を可能な限り急成長させることが求められることと、市場平均を上回るリターンを求める投資家の姿勢が主な要因となっています。

BlackRock社の会長兼CEOであるLarry Fink氏は、2025年の投資家向け年次書簡で次のように述べています。「私たちは、金融の黎明期と同じ過ちを繰り返しています。豊富な資金があるにもかかわらず、その配分先があまりにも限定的なのです13」

EY Global Vice Chair for SustainabilityのColm Devineの見解も同じです。「資本配分には非構造的バイアスがかかっていて、資本が常に規模拡大と集中へと流れるのです」

資本配分を生産的な形に変え得る軌道修正が3つあります。この3つの軌道修正により、資本主義のインセンティブが拡大して、多様化とレジリエンス、長期的リターンに関わる目標が掲げられるようになり、それが短期的利益の最大化と財務リターンを補完すると考えられます。そして、このようにインセンティブが追加されることで、資本主義は、長期的価値の創造の最大化を図り、より幅広い個人、セクター、市場に機会を広げることができるようになるでしょう。

「市場は、自らが測定するものに価値を与えます」と主張するのは、米ペンシルベニア大学ウォートン校でVice Dean and Faculty Director, Impact, Value, and Sustainable Business Initiativeを務めるWitold Henisz氏です。「価値の対象が拡大すると、資金の流れが変わってくるのです。創出された価値の総量を測定しなければなりません。株主へのリターンだけではなく、人的・自然資本への効果も測定する必要があります」

軌道修正1:政府の予算編成が、支出として捉える考え方から投資として捉える考え方へ移行する

第1の軌道修正は、政府の予算編成です。財政の持続可能性を測る従来の尺度では、予算額、財政赤字、債務比率を重視しているため、政府の支出で実際に国民や経済全体にプラスの効果をもたらしているのかどうかを把握できません。EYチームと公的通貨金融機関フォーラム(Official Monetary and Financial Institutions Forum:OMFIF)との共同制作レポートで(ey.comのカナダサイトで公開)言及するように、各国政府は、支出を実際の成果と結び付けることにより価値を測定できるようになります。

市場は、自らが測定するものに価値を与えます。価値の対象が拡大すると、資金の流れが変わってくるのです。創出された価値の総量を測定しなければなりません。株主へのリターンだけではなく、人的・自然資本への効果も測定する必要があります。

EY Global Public Finance Management Leaderで、上記のレポートの共同執筆者でもあるMark MacDonaldの説明によると、「現在のシステムは資本を短期間で効率的に配分しますが、投資を長期的な社会経済的成果に結び付けることがなかなかできません。公共支出の多くは、投資ではなく支出として扱われており、長期的効果ではなく、すぐに目に見える成果の最大化が図られているのです」

この軌道修正を図るには、国の長期的生産能力に投資をして、資源の配分先をより価値の高い成果に変える必要があります。例えば、国際通貨基金(IMF)の調査によると、GDPの少なくとも1%をあまり生産的ではない用途からインフラや教育に振り向けることで、先進国では経済生産を1.5%から3.5%上昇させることができ14、新興国と開発途上国では最大6%押し上げることができます。EYが実施した類似の調査によると、生産性向上と経済成長は今後、技術インフラへの公共投資と深く関係し、その投資に対して3倍のリターンとなる見通しです15。

政策当局は、成果連動型の予算編成や、技術的資本、インフラ、人的資本に対する複数年度の資本会計など、投資ベースの財政枠組みを政府財政に組み込むことで、インセンティブを軌道修正できると考えられます。また、「EYメガトレンド」レポートの2020年版(PDF)で掘り下げているように、効果を実証できる、GDP成長率を超える経済指標を新たに開発することも可能です。

政府の予算編成を、短期的な支出重視から長期投資戦略に軌道修正することで、政府予算への経済的リターンが向上する可能性があります。一方、「EY 2026 Global Economic Outlook」(ey.comの米国サイトで公開)で述べているように、膨らむ債務負担と支払利息の増加が政府の負担となっている国が多く、そのことが国債利回りの上昇圧力を高め、財政の柔軟性を制限しているのです。世界全体の債務残高は、世界のGDPの235%を超えており16、コロナ禍後の是正が限定的であったことを示唆しています。

EY Global Tax Policy LeaderのAruna Kalyanamが指摘するように、政府がどのように収入を確保するかについても軌道修正が必要となるかもしれません。「税制は、インセンティブのバランスを取り戻すために政府が利用できる最も強力な手段の1つです。しかし、税制の多くは、収入が(デジタル分野を含め)どのように発生しているか、複雑な租税規則が税金の徴収をいかに難しくし得るか、収入ニーズがどのように高まってきているかといった現状に対応できていません」とKalyanamは言います。「言うまでもなく、納税者と国家の利益を両立させ、ウェルビーイングと公平性を向上させることは常に課題が伴います。そこに競争力の問題が絡んでくると、なおさらです」

政府の収入を増やして長期的投資に資金を投入する方策は基本的に3つあります。「経済基盤を成長させて税収を増やす」、「国・地域を越えた連携など、脱税対策を強化して税務コンプライアンスを向上させる」、「商業活動、所得、消費に課す税金の引き上げや新たな税制の導入を行う」です。税金の引き上げは、公平性向上を推進する可能性があるものの、一般的に政治的に実現が最も難しい方策です。各国の政策担当者は、実行可能な方策を模索し、コンプライアンスや複雑性に関し過度な負担をかけないシンプルなシステムで、長期的な経済成長を支える投資に必要な財源を政府が確保できるようにする必要があります。

予算に制約のある政府が、長期的投資のための資金を調達するもう1つの方策は、経済インフラ整備への民間資本の活用を模索することです。ただ、民間資本は国家資本に比べ、世界規模で移動性が高く、投資先を選別する傾向も強いため、リスク調整後の市場リターンが最も高い国・地域に流れていきます。そのため、従来型の官民連携(PPP)モデルを、よりきめ細やかで商業的な民間資本の資金調達構造に変える必要があるかもしれません。

軌道修正2:投資家が短期的利益と長期的リターンのバランスを取る

第2の軌道修正は、投資家がより長期的な視点を持つことです。すでに、構造的に長期の投資を行う投資家もいます。具体的には年金基金、政府系ファンド(SWF)、さまざまなファミリー企業などです。特にSWFは長期投資家としての存在感を増しており、その資産は過去15年間で3倍に増えました17。こうした投資家の多くは長期目標を立て、数四半期ではなく、数十年にわたり財務リターンをもたらしてくれる企業や資産に資金を配分しています。

投資期間の長期化も一般化してきました。米国では2025年にプライベートエクイティ(PE)の保有期間が6.4年に達しました18。これはこの20年間で最長です。世界的に見ても、バイアウト支援を受けた企業で、保有期間が4年を超えるのは全体の61%19で、過去10年間の平均である53%を大幅に上回りました。この変化の背景には複数の要因が考えられますが、投資期間が長期化していることは間違いありません。

資金の配分で、短期的な財務リターン以外の要素を考慮に入れる姿勢に軌道修正しつつある投資家もいます。例えば、「EY 2024 Institutional Investor Survey」によると、この10年間にわたって、機関投資家が環境・社会・ガバナンス面の要素を重視し、これを意思決定に組み込む姿勢を強める傾向が見られます。同様に、直近のMorgan Stanley調査によると、今後2年間にサステナブルファンドが自らのポートフォリオに占める割合が増えると予想する資産保有者は86%20に上り、すでに高水準であった前年の79%をさらに上回りました。

欧州を中心に、投資家が取締役会と経営陣にサステナビリティ問題も重視するよう圧力をかけています。「2025 EY Long-Term Value and Corporate Governance Survey」によると、欧州企業の91%が持続可能な事業慣行の推進加速を求める投資家からの圧力を感じており、78%が同様の圧力をアクティビスト(物言う株主)から感じていました21。

これは、多くの投資家が、短期的な責務を果たしながら、長期的な成果への期待の高まりにも応えなければならないことを意味しています。FCLTGlobal(Focusing Capital on the Long-Term:長期志向経営推進国際イニシアチブ)が指摘するように、これは、保有期間が極めて長い投資家であっても複数の時間軸にまたがる管理を求められるということであり、しかし、多くの場合、長期的な成果を測る指標について、体系的な支援やガイダンスが整備されていません22。

イノベーション戦略の専門家であるLarry Keeley氏は次のように指摘します。「1つのイノベーションでシステムを変えることはできません。必要なのは、インセンティブ、オーナーシップ、リーダーシップ、ナラティブにまで至る協調的な変化です」

社会全体にわたる構造的な変革には、これらの新たな動きのいくつかをシステムレベルで制度化するための政策と規制の軌道修正が必要となるでしょう。具体的には、保有期間の長期化を促すガバナンス体制の確立と情報開示規則の制定、複数年の価値創造に整合させた役員報酬制度とスチュワードシップ義務の導入、サステナビリティ関連のリスク要因の受託者責任・報告基準への組み込み、短期的市場圧力の軽減などです。このような規制の軌道修正によって、新たな投資家行動を、任意あるいは周期的なものにしておかずに、システムレベルで制度化することができると考えられます。

軌道修正3:企業が株主価値からステークホルダー全体の価値へ拡大する

第3の軌道修正は、株主価値の最大化に向けた企業の努力を補完しながら、株主以外のステークホルダーにも価値を提供することです。企業は常に利益の最大化を最も重要な目標としてきました。一部主要市場で株主価値の最大化だけを重視する動きが起こったのは、1980年代のことです。その動き自体は、経営陣のそれまでの企業目的に対する理解からの軌道修正でした。資本主義のバランスを取り戻すのであれば、その軌道修正を元に戻して、対象の狭い株主価値最大化モデルから、幅広いステークホルダーの価値の最大化へと対象を拡大させる必要があるでしょう。それにより企業は、短期的な財務リターンの追求に加え、金融・人的・自然資本への長期的リターンも重視する意欲を高めると考えられます。

 

ステークホルダー価値の最大化は、財務リターンや、経営幹部が株主に対して負う受託者責任の軽視を意味するものではありません。むしろ、価値創造をより包括的に理解して、現行の指標を向上させ、経営幹部が受託者責任を長期間にわたり果たすことを意味します。例えば『Green Gold』の著者らは、環境・社会・ガバナンス面の要素の財務的価値を計算する手法を示して、これらの要素がM&A取引の財務的価値にどのような影響を及ぼすかを実証しました23。

 

コーポレートガバナンスとオーナーシップのモデルについても、より多くのステークホルダーを考慮する方向へ軌道修正できるでしょう。その1つの選択肢として、従業員オーナーシップモデルは、人的資本と従業員の定着率を改善しながら、従業員の財務的価値を高める可能性があります。こうしたオーナーシップモデルは富を広く配分し、経営陣と従業員の連携を強化する上でも有効です。


Ownership WorksのCEOを務めるAnna-Lisa Miller氏は次のように主張します。「米国で1989年以降、貧富の差が拡大している一番の要因は株式の所有権の集中です。低・中所得世帯にとって、この巨大な富の源泉へのアクセス拡大は不可欠であり、その最も効果的な方法の1つが従業員持ち株制度です。従業員が自社の株を保有すると、財務・文化・業務運営面全体でパフォーマンスが向上します」

Ownership Worksのネットワークにおける初期データによると、どの共同所有プログラムでもより良い成果がありました。プログラム導入後、企業の77%で離職率が低下し、75%で安全性が向上しました(低下率の中央値は30%)。注目すべきは、従業員持ち株制度のある企業の100%が、内部収益率において同等の投資案件を上回ったことです。

PE(プライベート・エクイティ)企業では、投資先企業の利益享受者に、より多くの労働者を含める傾向がすでに見られます。PEの価値創造に幅広い労働者を参加させるこの動きが、従業員持ち株制度を投資先企業に浸透させ、さらには、こうしたインセンティブアラインメント・モデルの拡大を後押ししているのです。

B Corp認証企業(パーパス、説明責任、透明性について、より高い基準にコミットする、修正された法的義務を適用する伝統的な企業)もまた、こうした軌道修正の実例です。B Corp認証企業の数は、2007年から2024年にかけて世界全体で131%増えました24。ただ、ここ数年はその増加率が鈍化しています。その一因と考えられるのが、B Corp認証企業の枠組みが先ごろ改定され、認証のハードルが大幅に引き上げられたことです。効果に関する要件がさらに厳格化されただけでなく、現場に多大な負担を課す内容となっています。


B Lab Australia & Aotearoa New ZealandのCEOであるAndrew Davies氏は次のように述べています。「企業の目的とは、自ら別の選択をしない限りは、利益の最大化です。企業が利益を上げながら社会的目標を掲げることを可能にするのが、パーパス・ステートメントであり、それにより企業がなぜ事業を行うのかについて理解できるようになります。パーパス・ステートメントがなければ、『なぜ』は単に利益の最大化です」

他のコーポレートガバナンスのメカニズムも重要です。例えば、経営者報酬を短期的な業績ではなく複数年の価値創造に連動させることや、レジリエンス指数に応じて付与される株式、自社株買いより利益の事業への再投資を支持するインセンティブなどは、長期的な財務成果と持続可能な成長へ向け経営判断のバランスを取り戻すと考えられます。

重要なのは、こうした軌道修正が全て、利益を企業目標とすることを放棄していないことです。むしろリターンや価値創造といった目的を、単なる短期的な株主価値から、短期・長期双方を見据えたステークホルダー価値へと拡大しています。

その一方で、ケンブリッジ大学ジャッジビジネススクールのChristopher Marquis教授は次のように説明します。「変革を起こすには、プライベートセクターもパブリックセクターも両方必要です。プライベートセクターはイノベーションを起こし、ビジネスケースを確立し、スケールを実証することができます。一方で、パブリックセクターは全てを政策に落とし込むことが求められます」

一部の国・地域ではすでにこのステークホルダー価値というシステムの片りんが見られます。ガバナンスモデルの進化で、国・地域により道筋が異なることが明らかになりました。例えば、日本は株主重視とステークホルダー重視を融合させた、ハイブリッド型のコーポレートガバナンス・システムへと移行しつつあります。経営者は株主より従業員の利益を優先し、それが概して、利害対立と代理人問題の減少につながっています25。欧州には、労働組合が企業での労働者の権利を主張し、重要なビジネス上の意思決定に関与する国もあります。

こうしたシステムは、他国の政策当局がてステークホルダー価値を最大化させるために自らの政策・規制の枠組みを軌道修正させる際に参考にできる事例となります。具体的な制度設計は国・地域により異なるものの、最終的な目標は、コーポレートガバナンスに関する規則と法令改革の整合性を取り、それによって企業が金融・人的・自然資本全体における価値創造を、短期・長期の双方の観点から測定するインセンティブを高めることです。

Workers build the frame of a new house project.  Bare plywood and beams as it is framed up from the foundation.  High lumber costs have affected the building process.  Shot in Washington state, USA.  High angle drone point of view.
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第2章

資源配分の見直しを促すインセンティブの再設計

外部性を価格に織り込むこととインフラ・イノベーション・人材への投資により、レジリエンスと長期的成長を支えるための資源配分の見直しが可能です。

希少な資源の支配または資源へのアクセスを巡る地政学的競争が激化しています。この「希少性を巡る地政学」では、国と企業がサプライチェーンをコスト削減と効率化の観点から最適化することを図った、冷戦後のグローバル化時代からの根本的なシフトを示しています。最適化の目的は今や、リスクの軽減とレジリエンスの向上です。

 

このシフトが、重要鉱物を含めた資源配分のより根本的な軌道修正のきっかけとなるかもしれません。とはいえ、それには「参入障壁の低下が世界的な資源争奪戦にとって意味するものとは」で述べた、経済的機会とサステナビリティ、ガバナンスの相互作用が必要です。希少性が圧力となり、政策当局や投資家、企業に3方向からの軌道修正を促し、経済全体における資源への投資の在り方を見直すきっかけになる可能性もあります。

 

軌道修正4:外部性を価格に織り込むことによって天然資源を維持する

第4の軌道修正は、現行のシステムでは無視されています。EY New Economy Unitが指摘するように、Stockholm Resilience Centreの推計によると、「生態系の安定性とレジリエンスを維持するための安全な活動領域」を定義する9項目の地球の限界のうち7項目が限界点を超えており、企業と家庭の両方が依存する天然資源が危機にひんしています。

 

天然資源は有限です。元国連事務次長兼国連開発計画(UNDP)の元事務次長兼副総裁で、現在は複数の委員会理事を務めるUsha Rao-Monari氏は次のように説明します。「課題は、空気や水などの天然資源が有限であると認識しながら、自然資本への投資を可能にするインセンティブを構築することです。パブリックセクター、プライベートセクター、慈善事業セクターが提供するさまざまなタイプの金融手段を組み合わせ、そうした仕組みが公平性を考慮した資本配分を実現するのであれば、ブレンデッド・ファイナンスは解決策の1つとなり得ます」

 

そのため、天然資源に投資すると同時に、自然資本の最大化を支援する方向へ軌道修正するための最も強力な手段の1つは、大気・水質汚染や、天然資源やインフラの過剰利用といった負の外部性を市場価格に織り込むことです。この軌道修正は、価格が資本主義に不可欠な要素だという認識に立っており、価格で需給を調整する市場は効率的であるだけでなく、効果的でもあります。

 

このアプローチの例がカーボンプライシングです。2005年以降、炭素税や排出量取引制度(ETS)の対象となる排出量が世界全体でほぼ5倍に増え26、中国国内のETSだけでも、世界的なカバー範囲を大きく押し上げました。


一方、現在の炭素市場には、実装上の課題がまだいくつか残っています。EY Global Vice Chair for SustainabilityのColm Devineは次のように指摘します。「大気中から炭素を除去するには、年間に数兆ドルもの資金を気候ファイナンスに投じる必要があります。炭素市場が大規模な効果を及ぼすには、国・地域を越えた標準化とデータ統合の進展と整合的でなければなりません」

これらは克服できない課題ではありませんが、克服するには、炭素と(自然の喪失、汚染、水の過剰消費といった)その他の負の外部性について価格を設定し、その市場を規制するための、実効性のあるルールとシステムを政策当局が策定することが不可欠です。カーボンプライシングを義務化する強固なメカニズムがあれば、国・地域で炭素市場を立ち上げることができると考えられます。ただし、国・地域を越えて相互運用できる排出量取引システムを実現させるには、グローバルレベルでの連携も必要となるでしょう。現在の高まる地政学的緊張が、多国間イニシアチブの推進を難しくしていますが、この軌道修正を全面的に支援するには、こうした取り組みが求められると考えられます。

軌道修正5:人的資源を強化するインフラに投資をする

第5の軌道修正は、経済的機会へのアクセスの不平等に伴う懸念に、人的資源への投資拡大で対処するものです。人的資源なしに市場は機能しませんが、多くの先進国では少子高齢化が急速に進んでいます。また、国際労働機関によると、世界の労働力人口は構造的に減少傾向にあり、労働力参加率が今後、毎年およそ0.2%ずつ低下していく見通しです27。

AIなどのテクノロジーによって、より少ない労働者で経済成長が可能になるかもしれませんが、今後も人的資源が不可欠であることに変わりはありません。「移住インフラが次なる競争優位となり得る理由」で掘り下げているように、一部の国・地域では、移住者が人的資源の源泉の一つになっています。ビザ申請処理・資格認定・住宅供給・社会統合の仕組みといった移住インフラの整備状況によって、その国が人口動態の圧力を経済的な強みに変えられるかどうかが決まります。このインフラを構築するには、官民と市民社会が一致協力して行動することが不可欠です。

同じことが、その国・地域の将来の人的資源を強化する教育インフラにも言えます。教育の投資利益率が高いことを示すエビデンスがあります。世界銀行によると、就学年数が1年増えることは年9%のリターンをもたらします28。マクロの視点では、成人識字率の世界平均は2000年の81%から、現在では88%に上昇しました29。公平な競争環境の整備と人々の機会拡大に寄与する進展です。

移住インフラと同様、教育インフラへの効果的な投資においても、官民連携が必要となる場合があります。例えば、EY World Entrepreneur of the Year (WEOY) 2022を受賞した、Alephグループ社の創業者兼CEOであるGaston Taratuta氏は、新興国の企業と世界有数のデジタルプラットフォーム企業との協業でデジタル広告に革命を起こしました。また、Alephは教育プログラムに投資をして、新興国の人々が、人材確保が追いつかない成長産業のデジタルメディアにおいてキャリア形成する支援をしています。

欧州の一部諸国の職業訓練システムは、長年用いられてきた人的資源に投資する手段の一例であり、別の国・地域にとってモデルケースとなるかもしれません。これは、学校と企業が連携して座学と応用学習、実習を組み合わせたシステムです30。そのため、卒業生が仕事に就く効率的な道を開くと同時に、経営者に対して技能人材を継続的に供給する人材パイプラインの構築を可能にしています。

人的資源全体に十分な投資を行うには、人的資源を中核的経済インフラと位置づける政策・ポリシーと規則が必要になると考えられます。この点は、政府予算を投資して長期的リターンを得るという第1の軌道修正に関連しています。教育への公共投資に加え、協調的な移民制度の枠組みや官民連携による人材育成パートナーシップを促進するインセンティブを含みます。

軌道修正6:イノベーションと人材への投資によって、知的資源を拡大する

第6の軌道修正は、プライベートセクターによるイノベーションと人材への投資拡大を促すことを目的とした、インセンティブのシフトです。2008~09年の世界金融危機以降、企業は歴史的低水準の資金調達コストと堅調な企業収益性を享受してきましたが、純投資額は低迷したままです31。OECDの分析によると、短期的なインセンティブに起因して、株主に短期的な財務リターンを提供するために、企業は配当金の支払いや自社株買いに多くの資金を投入してきました。人材とイノベーションの投資への軌道修正を図れば、企業の知的資源は拡大し、成長の新たな道を切り開くことができるはずです。

「なぜ人間とAIの知的協働が、人材を再定義しつつあるのか」で述べているように、従来の人材パイプラインは、採用し、育成し、定着させ、昇進させるという考え方に基づくもので、スキルの変化が緩やかで、業務の内容もおおむね予測可能な時代を前提に設計されていました。しかし、そのような労働環境は、すでに過去のものとなっています。バランスを取り戻した資本主義システムでは、人的資源へのより継続的かつ機動的な投資が必要です。

世界の企業研修市場は、現在の3,526億6,000万米ドル規模32から、2030年までCAGR 11.7%で成長する見通しです。その背景には、経営者が労働者のコアスキルの39%33が2030年までに変わるとみていることがあります。包括的な研修プログラムに投資をしている企業は、大きなリターンを得ており、従業員1人あたりの利益が、正式の研修プログラムを実施しない企業を218%34上回っています。

同様に、複数の調査35で、研究開発(R&D)への支出が企業のレピュテーションを高め、競争優位性を獲得する一助となり、それが収益性の向上と継続的な価値創造につながる可能性があることが示されています。また、最新の調査「EY Top 500 R&D」36から、研究開発費の多い企業トップ500社では、その投資額が2024年に6%増えていることが分かりました。ただ、こうした資源は均等に分布しているわけではありません。企業の研究開発集約度(売上高に対する研究開発費の比率)は米国が平均7.7%であるのに対し、欧州が5.7%にとどまっています。

政策当局は、特にAIなど新たなテクノロジーにおいて、研究開発の優遇税制の拡充、長期イノベーションを伴うビジネスモデルの支援、従業員の継続的リスキリングを対象としたインセンティブの策定で、この軌道修正を後押しできると考えられます。コーポレートガバナンスの枠組みを刷新して、短期的な視点での金融工学の活用ではなく人材やイノベーションへの再投資を優先させることも、知的資源投資への全社的な軌道修正につながるはずです。

EY-ParthenonチーフエコノミストのGregory Dacoは、こうした取り組みがイノベーションエコシステムでどのように進展し得るかを強調しています。「大学の研究室とシンクタンクへの支援や、企業の研究開発投資に対する優遇税制など、イノベーションの普及を助けるインセンティブの策定が、その国・地域の継続的なイノベーションと成長の基盤構築に資するのです」

Auvergne-Rhône-Alpes, France
3

第3章

資本主義がバランスを取り戻すことにより拡大される機会と価値創造

資本の集中が緩和されることで、企業活動が拡大し、信頼が強化され、生産性向上が加速し、経済全体に価値創造が拡大します。

総合すると、前述の6つの軌道修正は、より多くの個人、企業、市場に機会を広げるために市場メカニズムの力を活用します。また、よりレジリエンスの高い長期的価値の創造を支え、金融・人的・自然資本全体にリターンをもたらすことにもなるでしょう。このように資本主義のバランスを取り戻すことで、3つの重要な機会が生まれると考えられます。

機会1:起業家精神を成長ドライバーにする

資本配分の多様化によって、起業家の資金調達機会が拡大する可能性があります。零細・中小企業はすでに世界経済で極めて重要な役割を果たしており、雇用総数に占める割合も約70%です37。米国だけを見ても、小規模企業は2019年以降、純新規雇用数の70%以上を創出してきました38。また、起業家は地域経済とのつながりが強いため、地域固有の問題を的確に把握し、収益性を伴いながら解決できます。

「起業家は、資本主義がバランスを取り戻すことと社会的価値創出の原動力です。彼らはパーパスを長期的に価値を創造する、継続的に拡大できる事業モデルへ結び付けているのです」とEY Global Entrepreneurship LeaderのStasia Mitchellは述べています。

例えば、EY World Entrepreneur Of The Year™を2020年に受賞した、Biocon社の創業者兼執行会長であるKiran Mazumdar-Shaw氏は、創業当初の10年間、銀行、雇用市場、ベンチャーネットワークといった正式な資本システムから十分な支援を得られない状況を経て、その後、Bicon社をインド最大のバイオ医薬品企業へと導きました。同社の従業員は1万6,000人を超え、質の高い医薬品を手頃な価格で大規模に供給しています。Mazumdar-Shaw氏は「思いやりの資本主義」という表現を用いていますが、それは持続可能な価値を高めるために社会的インセンティブをビジネスモデルに組み込まなければならないという彼女の信念を反映したものです。

起業家精神はすでに勢いを増しています。G20諸国では、アーリーステージの起業活動に従事する18~64歳の個人の割合が2005年から倍近く増えました。また、2025年4月の「EY Entrepreneur Ecosystem Barometer」(ey.comの米国サイトで公開)によると、起業家の95%が継続的な成功を見込んでおり、大多数が2025年初めの時点で成長と収益増加を報告していました。一方、共通する阻害要因となっているのが資金調達です。例えば、米国では事業に必要な資金の調達を目指す起業家のうち、実際に資金を確保できたのは3分の1にとどまりました39。

特にこれまで十分な機会を得られなかった層や新興市場により多くの資本を起業家に配分することで、金融資本と人的資本の間で好循環を生み、イノベーションを雇用創出や新たな価値へ転換することができます。

Usha Rao-Monari氏は次のように説明します。「起業家とプライベートセクターは、社会全体の目標と連動することで長期的な経済変革を加速させる、資本とイノベーションという2つの重要な資産をもたらします」

機会2:信頼がより強力な資源になる

「企業が信頼を資産と位置づけて変化に対応し、成長機会を創出するには」でも紹介していますが、EYの調査によると、信頼は、消費者が製品やサービスを利用するかどうかを決める要因の中で、企業ブランドや家族・友人などからの推薦を上回り、トップにランクされました40。バランスを取り戻した資本主義において、組織は全てのステークホルダーへのリターンを最適化し、信頼は複利的に増大する資源となると同時に無形の資本の一つとして位置づけられることになるでしょう。

 

「2026年版エデルマン・トラストバロメーター」によると、不安感と不信感の高まりには地政学、技術の変化、格差の拡大など複数の要因があります41。また、企業は、長期的な地域社会プロジェクトへの投資、想定していなかった組織との連携、課題解決に向けた協力の促進、従業員内で共有される文化の醸成により、信頼を構築します。これらはいずれもバランスを取り戻した資本主義への軌道修正と関連付けられるものです。

 

この点について、Stasia Mitchellは次のように強調します。「成果を出し存在意義を維持する上で、利益の確保が不可欠であることに変わりはありません。しかし、事業を営むために必要なものが大きく変わってきているのです。今や信頼を築くには、その企業が誰を真に重視しているのかを明確に示し、従業員を共同所有者と位置づけ、地域社会についても、管理すべき外部性ではなく、価値創造に不可欠なエコシステムと位置づける必要があります」

 

労働力構成が変化するにつれ、信頼を醸成する上で世代間の視点が重要な要因となっています。先に述べたように、若年層の過半数は現行の資本主義システムを支持していません。新たな世代の労働者、起業家、資本家の期待だけではなく、その理想や志にも応えるには、世代を超えて信頼を築くことが鍵となるでしょう。

 

Illinois Tech Institute of Designのイノベーション戦略修士課程で教鞭(きょうべん)をとるLarry Keeley氏は、次のように指摘します。「組織は、次に何を目指すのかについて明確なナラティブを示さなければなりません。それは、次世代リーダーの活躍を後押しするとともに、一貫した方向性で未来を共創することで、信頼が時間をかけて築かれていくことを反映したものでなければなりません」

機会3:生産性向上を拡大させる

経済学の研究によると、金融資本の集中が価格シグナルをゆがめ、大規模な主体に偏って大量の資金が流入します。ここ数十年で集中が進んだことで生産性向上が鈍化し、投資率も低下しました42。財源が一握りの支配的な企業やアセットクラス、テーマに集中しなくなれば、価格シグナルがより正確に機能し、投資をより多様な企業、資産、市場に向かわせることができるでしょう。

こうした再配分で、起業家や新規参入組を含むより幅広い企業が資金を調達し、イノベーションを起こし、再配分が行われなければ資金不足に陥っていた可能性のあった、生産性向上の取り組みの規模を拡大できるようになると考えられます。

資金調達の幅を広げるシステムにより、生産性向上を加速させる可能性が開けます。「生産性の再定義が価値をどう変えるか」で掘り下げた要素が、その基盤になると思われます。この要素では、焦点が質と創造性にシフトします。情報、インサイト、イノベーションを持続的な経済的価値に変える組織の能力の重要性が高まっていることに、スーパーフルイド・エンタープライズ(組織の壁をなくし、価値創出資源が自在に循環する企業)の出現が加わったことで、このシフトがさらに加速しています。

この環境では、生産性向上の効果はコスト削減にとどまりません。企業が利益をより高い価値のある活動に再投資することで、複利的に向上していきます。重要なのは、そうした成果を人材とテクノロジーへの新規投資に振り向ければ、「新興テクノロジーで実現する人間と機械のハイブリッド経済とは」で述べているように、機械が担う業務範囲を拡大して、人間が判断、創造的業務、問題解決に集中できるシステムの実現が加速するということです。

その結果、資本配分の多様化が生産性向上を促し、生み出された成果が再投資に回され、それがレジリエントな成長と長期的価値の創造を加速させるという好循環が生まれます。

マデイラ島の山頂から夕日を眺める観光客
4

第4章

資本主義の再均衡へのビジョンと道筋

資本主義を、市場原理に基づき短期と長期の双方を最適化し、金融・人的・自然資本全体のリターンを最大化するシステムに変えるには。

現在の資本主義は、インセンティブの対象となる成果をもたらすシステムです。ところが、圧力の強まりを受けて、ひずみが次第に表面化しています。資本主義のインセンティブが、現在多くのステークホルダーが期待する成果と乖離した場合、経済の脆弱性が生じ、国民の反発を受けます。その結果、価値を創造するのではなく壊す事態になりかねません。

デジタルパワーを監視する信頼できる体制がなければ、反発は強まり、反市場主義の政治的な動きや過度な規制強化を加速させることになるでしょう。社会の変化に適応する規制は、社会的信任の維持という意味で、資本主義にのっとった対応です。

資本の配分を変え、資本主義システムのバランスを取り戻すには、政策当局と投資家、企業に対するインセンティブを変える必要があると考えられます。先に挙げた6つの軌道修正で、資本配分を促すインセンティブを拡大するとともに、資源の配分先を変えることができます。こうした軌道修正の多くは一部の国・地域ですでに起きつつあり、それがテストケースとなり、規模拡大の機会を生んでいます。この6つの軌道修正がシステムレベルで起きれば、多くの場合、政策と規制の変更が求められるでしょう。

Global Energy Alliance for People and Planet(GEAPP)の会長であるRavi Venkatesan氏は次のように指摘します。「私たちは工場、公共事業、銀行に対して規制を行っています。しかし、プラットフォーム、データの独占、アルゴリズム、AIシステムについては、規制方法をまだ模索している最中です。目指すべきは、強引な介入ではありません。正当性、ガードレール、そして信頼です。デジタルパワーを監視する信頼できる体制がなければ、反発は強まり、反市場主義の政治的な動きや過度な規制強化を加速させることになるでしょう。社会の変化に適応する規制は、社会的信任の維持という意味で、資本主義にのっとった対応です」

そのため、資本主義システムのバランスを取り戻すには、官民の連携深化が不可欠です。パブリックセクターはバランスの回復に必要な環境整備とインセンティブを提供でき、プライベートセクターは利益を上げながら、政府の目的達成を支援する新たな製品とサービスを開発できます。例えば、慢性疾患を治療する医薬品の研究開発は、国民の健康維持と生産的雇用確保に役立ち、金融資本と人的資本の両方で価値を創造する役割を果たします。

資本主義システムのバランスの回復は、成長を抑制するのではなく、成長の幅を広げることにつながります。それは資本主義を、市場に基づき短期・長期双方を見据えた最適化を図り、より多様な資源へ投資し、より幅広い金融・人的・自然資本全体へのリターンを最大化するシステムへと変えることに他なりません。

こうした変革は、起業家精神を大幅に拡大し、信頼を競争優位性の永続的な源泉にするとともに、より適切な資本配分や、人間と機械の協働により生産性向上を再び加速させることができると考えられます。それに伴い、長期的なパフォーマンスを犠牲にすることなく人々の参画を促し、利益を否定することなくレジリエンスを強化できるはずです。

世界的な危機により、痛みを伴うであろう軌道修正を強いられる前に、先を見越して、このようなインセンティブの拡大へと軌道修正を図ることは、現行の資本主義システムの安定に寄与するだけでなく、国・地域と組織が投資をし、成長を遂げやすい将来の環境づくりにも役立つでしょう。

パブリックセクターのリーダーにとって意味するものとは

パブリックセクターのリーダーは現在、世界の分断化と競争激化に直面しており、経済的な相互依存関係が徐々にリスクとみなされる状況にあります。EY-ParthenonのGeostrategic Outlook 2026年版で掘り下げているように、その結果、多くの政府が国家介入主義に積極的に取り組み、経済的主権・レジリエンスを重視する流れへの転換の一環として、サプライチェーンの強靱化と国内生産・投資の強化を図ってきました。

同時に、政府当局は近い将来、世界中の先進国・新興国双方で、生活費の高騰と格差に対する認識の高まりを巡り、軌道修正点を迎えるかもしれません。こうした要因は、政府の債務負担が増大し続ける中で、公共サービスに大きな負担をかけており、財務の持続可能性と社会の信頼の両方が試されています。

パブリックセクターのリーダーがこの2つの課題を解決する上で役立つと考えられるのが、資本主義システムのバランス回復への軌道修正です。こうした変化は、国家の役割を拡大すること自体を目的とするものではありません。求められるのは、長期的な公共目的に沿って市場を再調整することです。公共投資に力を入れて、イノベーションを起こし、金融・人的・自然資本に投資をするプライベートセクターの意欲を高めながら、国内経済の長期的強みを強化することで、より多くの国民に機会を広げ、経済的活力を高めることができると考えられます。

政策のどのような変更が必要かつ適切であるかは、その国・地域や社会によって異なるはずです。パブリックセクターのリーダーは、以下の3つの政策領域について総合的かつ慎重に検討し、自国・地域で資本主義のバランスをどのように取り戻すかを判断する必要があります。

1. 政府の支出と投資

パブリックセクターのリーダーは、政府の予算編成と人的資源向けインフラへの投資に関わる軌道修正を一体的に検討するべきです。この予算編成とインフラ投資はいずれも、パブリックセクターがどのように財政規律を守りながら、長期的な経済成長・繁栄に必要な環境を整えるかに関わるテーマです。

  • 投資。政府の予算サイクルや予算編成プロセスをどのように変えれば、投資ベースの財政構造を国家財政に組み込むことができるのか。パブリックセクターのリーダーが経済インフラの資金を調達するために、民間などの資金源の評価と呼び込みを強化し、投資意欲を高めるにはどうすればいいのか。
  • 社会の賛同。こうした軌道修正がどのようなトレードオフを伴い、どのようなスケジュールで進み、どのような成果をもたらすと考えられるかについて、国民や有権者に具体的に何を伝える必要があるのか。

2. 税制

外部を価格設定に織り込むことや、企業資本を再配分しイノベーションや人材へと向ける軌道修正では、多くの場合、各国の税制の見直しが必要となるでしょう。政策当局は、現行の租税政策が天然資源と知的資源に投資するプライベートセクターの意欲を十分に高めているかを見極めると同時に、税の公平性を確保して、税負担を適切に配分しなければなりません。前述した公共投資に必要な資金を政府が調達するには、実効性のある税制と、過度な負担を課さない、適正かつシンプルで公平な法律が不可欠です。

  • インセンティブ。現行の税法は、企業の資本配分に対するどのようなインセンティブとして機能しているのか。政策当局がどのような変更を行えば、資本主義のバランスを取り戻し、ウェルビーイングと経済成長の推進という2つの目標を同時に達成する役割を果たすのか。
  • 収入。現行の税制は政策当局に、自国経済と国民への長期的投資に必要な収入をもたらしているか。支出を最適化して、ウェルビーイングと経済成長の推進という2つの目標を同時に達成するには財政赤字をどのように管理すべきか。
  • 今後の見通し。将来必要となる収入と、税制設計のバランスをどのように取っているのか。

3. 規制

前述の通り、長期投資やステークホルダー資本主義に関わる軌道修正を支える傾向がすでに見られます。ただ、現在こうしたトレンド傾向はおおむねプライベートセクターによる自主的な動きです。政策当局は、社会の変化に合わせて規制の枠組みをどのように変え、資本主義のバランスをより幅広く取り戻すにはどうすればいいかを検討すべきです。

  • コーポレートガバナンス。コーポレートガバナンスに関する現行の規則は、プライベートセクターの組織において金融・人的・自然資本を長期的に最適化する意欲を高めているか。他国・地域のコーポレートガバナンス体制のどのような点を取り入れ、あるいは応用することができるか。
  • 受託者責任。企業の取締役および機関投資家のインセンティブや義務と、長期的価値の創造の整合性をどのように取っているか。短期・長期双方にわたり、金融・人的・自然資本の醸成を受託者責任により適切に組み込むにはどうすればいいのか。

プライベートセクターのリーダーにとって意味するものとは

プライベートセクターのリーダーは現在、NAVIワールドに適応し、不確実性を特徴とする未来に備えるべく、組織の根本的な見直しを進めています。利益と効率性は依然必要ですが、もはやそれだけでは十分ではありません。こうした現状を見逃すリーダーは、組織を失敗に追い込むリスクを負います。


現在のリーダーシップに求められるのは、確実性をもって事業運営を行うことではありません。リーダーに求められるのは、万華鏡を回し、最終的な絵が分からないままでもレンズをシフトさせることです。つまり、どのように変化するかが明確になる前に、新たなビジネスモデルやガバナンス構造、インセンティブシステムを模索する勇気が必要となります。

 

それぞれが担う任務を考えると、経営陣にも取締役会にもリーダーシップが求められます。EY EMEIA Center for Board Matters LeaderのAndrew Hobbsは次のように主張します。「組織では、多くの人々が同じ方向に向かって船をこぐ必要があります。船が航路から外れないために必要であり、あらゆる波や氷山をうまく避けて進まなければならないからです。したがって、取締役会はもっと現場に触れ、戦略的ガイダンスにもっと関与する必要があります。こうした変革では、全員が当事者なのです」

変革を主導する組織となるのか、変革に後追いで対応する組織にとどまるかを分けるのは、次の3つの取り組みです。

1. 全体的なシフトがどのような影響を及ぼすかを予測する

政府の予算編成と外部性を価格設定に織り込むことに関する軌道修正では、状況の能動的なモニタリングに加え、戦略的プランニングへのそのシナリオの組み込みを含めた、会社の戦略とビジネスモデルの先を見越した位置づけが不可欠です。リーダーは、次の2つの問いを自らに投げかけて、こうした全体的なシフトが組織にどのような影響を及ぼし得るかを予測し、戦略を見直さなければなりません。

  • 状況とディスラプション(破壊的変化)。組織のエコシステムを形づくっているのはどのような市場要因と社会的要因か。ディスラプションが起きる可能性が最も高いのはどこか。
  • 地政学的戦略。世界のどの市場で事業を展開すべきか。地政学的要因、社会・政治的動向、規制は、その選択にどのような影響を与え得るか。

2. 資本戦略の位置づけを変える

投資家が長期的な非財務指標を自らの資金配分判断に反映させるようになり、企業の金融工学的な手法に頼る動機が弱まると、取締役会と経営幹部は資金調達と投入の方法を見直す必要が出てくるでしょう。資本戦略で見直す必要が生じる可能性のあるポイントはいくつかあります。

  • 資産構成。金融・人的・自然資本全体で効率性とレジリエンスのバランスを取るには資産基盤をどのように再構築すべきか。
  • 財務。資本コストや投資家の期待、時間的制約を踏まえ、資産構成に必要な資金をどのように調達するのか。
  • 指標。短期的な経済的利益以外で、どのように達成状況を逐次把握すべきか。人的・自然資本の維持・創出状況はどのような指標で把握できるか。長期的価値の創造はどのように測定できるか。

3. 現行のガバナンスモデルと人材モデルを見直す

人的資源への投資を増やし、ステークホルダー価値の最大化に注力する姿勢に軌道修正するには、グローバルな人材パイプライン、コーポレートガバナンス、指標、報告の在り方を変える必要があると考えられます。リーダーは従業員のオーナーシップモデル、ステークホルダー諮問体制、取締役会の責務拡大など、代替のガバナンスの仕組みを評価すべきです。取締役と経営陣は、以下の問いに対する答えについて認識を合わせる必要があります。

  • 目的と目標。組織の経済的・社会的目的は何か。それらの目標はどのように互いを強固なものに(あるいは制約)しているか。
  • 戦略の焦点と整合。組織の優先課題の中で最も重要なのはどれか。人材と投資家を含め、どのステークホルダーを積極的に取り込むべきか。
  • コーポレートガバナンス。突然の混乱を吸収できるほど強靱でありながら、経営環境の変化に対応できるだけの柔軟性も持ち合わせているのは、どのようなガバナンスモデルか。社会の変化に合わせて、オーナーシップ構造とインセンティブ構造をどのように変えるべきか。
  • リーダーシップ。資本主義のバランス回復への持続的な変革を、個人として、また組織として主導していくには何が必要となるか。

本記事は下記の2名に加え、Jessica Cunningham、Lakshita Chadha、Michael Wheelockも執筆しています。


サマリー

規模の拡大、効率性の向上、株主リターンの最大化を追求する経済モデルは、技術の飛躍的進歩、生活水準の向上、さらには10億人を超える人たちを貧困から救うなど、極めて大きな恩恵をもたらしました。その一方で、格差の固定化や環境破壊を加速させたのも事実です。近年、さまざまな市場の欠陥がより顕在化し、あるいは、一段と大きな影響をもたらしています。こうした中、新たなパラダイムが出現しつつあります。経済システムがバランスを取り戻すことで、長期的価値の創造に向けて資本・資源配分が最適化され、より幅広い個人、セクター、市場に機会を拡大することができるかもしれません。

EYによる「Futures Reimagined」レポート

8つのシナリオに基づくメガトレンドを考察し、企業、テクノロジー、人間のケイパビリティの進化を展望するものです。複数の未来が交錯する中で、リーダーが確信を持って先手を打つための示唆を提示します。



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