EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY-Parthenonは、EYにおけるブランドの一つであり、このブランドのもとで世界中の多くのEYメンバーファームが戦略コンサルティングサービスを提供しています。
今回は、各種IT資産を含むIT環境の分離・再構築に伴う課題を整理するための「ITカーブアウト分析」の具体的なステップと、コストと時間等のディールへの影響度を見極めるためのポイントについてまとめます。
本稿は、事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウトシリーズの第8回目です。
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要点
一般に、M&Aで発生する費用の約半分はIT関連のコストで占められるといわれます。カーブアウトにおいても、対象となる事業にひも付くさまざまな業務システムやデータ、ネットワークやホスティング場所などのITインフラストラクチャを分離、移管するためのコストは、経営者が予想していた以上に膨らむことが多いと評価しています。また、買収価格にも影響を及ぼしうるため、そうしたコストに対する買手候補の関心も高く、売主としても事前におおよそのコスト・ディールへの影響度を把握しておくことが推奨されます。
加えて、ITシステムの分離や再構築には長い期間を要します。売主が提供してきたITシステムのリプレイスをDay 1までには終えられないことの方が多いため、売主と買手の間でTSA(Transition Service Agreement)を交わし、一定期間、売主が提供してきたITシステムやITサービスを継続して受けられるよう便宜を図ることが通例となっています。その場合でも、社名変更に伴う煩雑な更新作業、各種データへのアクセス権の分離など、Day 1に向けて必要な準備作業が相応に発生することに留意が必要です。
本稿では、このようなコストと時間に対する認識を踏まえ、IT領域におけるカーブアウト分析のポイントについて概観します。カーブアウト分析とは、対象事業が独立した事業体(スタンドアロン)として運営されるのに必要な要素と課題を洗い出し、その後の準備や買手候補との交渉をスムーズに進められるよう情報収集・整理・分析を行うことをいいます(本シリーズ第3回参照)。その範囲は業務、財務、人事、資産など多岐にわたり、ITも重要テーマの1つです。事前の分析によってIT関連の課題がどこにあり、その解決にどれだけのコストと時間がかかるかを把握することは、買手との交渉戦略上のプランを練るためにも不可欠な作業といえます。
IT領域のカーブアウト分析は、他の領域と同様、対象となる事業をどのように切り出すかを把握することから始まります。対象事業だけを売却する事業譲渡(Asset Deal)なのか、グループ会社ごと売却する株式譲渡(Share Deal)なのか。事業譲渡の場合、いったん新会社を設立し、そこに対象事業を移転してから売却する「分社化」を伴うケースもあります(本シリーズ第6回参照)。対象事業に関わる国内拠点、海外拠点をどのように分割するかも課題となるでしょう。それらの方針に応じて、各種IT資産(アプリケーション、ITインフラ、データなど)をどの範囲でどう切り出すかが変わってきます。
IT資産の切り出し方を検討するには、現状それらがどのように利用されているかを知らなければなりません。アプリケーションでいえば、生産管理や販売管理、在庫管理、顧客情報、受発注、会計、給与計算など、対象事業が関係するプロセスに多数利用されており、それらにひも付くデータベースや基盤となるOSがあり、さらにそれらを搭載しているサーバや利用するパソコンなどのハードウェアが存在します。さらに、それらが設置されるデータセンターやクラウド環境、それらをつなぐネットワークについても検討が必要です。
もし対象事業だけで独立運営している子会社を売却する計画であり、IT資産の所有や契約関係もその子会社だけで完結しているのであれば、会社ごと売却すればよいので、ITカーブアウトの観点では比較的単純といえます。しかし現実には、会計システムや人事関連のシステムなど、親会社やグループ会社などと共通で利用していて単純には切り分けられないケースが多々あります。所有者や契約主体が判然としない場合も多く、IT領域でもそうしたカーブアウトに伴う種々の課題、いわゆるITカーブアウトイシュー(またはITスタンドアロンイシュー)の識別が急務となります。
カーブアウトイシューの識別は、ITに限らず、関係各所から収集した資料の分析に加え、関係者へのインタビュー調査なども交えて行います。ただし、情報漏洩防止や秘密保持の観点から情報統制は重要であり、限られたメンバーを中心に、必要に応じて関係者間でNDA(秘密保持契約)を結んで作業を進めるなど、特に対外公表前の調査には細心の注意が必要です。なお、調査対象はITのほぼ全領域にわたります(図参照)。
EYの関連サービス
戦略的な売却やスピンオフ(分社化)を通じて、事業ポートフォリオを再編し、未来を形づくるための支援を行っています。EY-Parthenonのチームは、適切なリスク管理と迅速なサポートを提供し、ダイベストメント(事業売却)の計画から実行までをより効率的に導くことで、貴社の長期的価値創出を支援します。
続きを読む現状とITカーブアウトイシューを把握したら、Day 1時点で想定されるIT領域のオペレーティングモデルについて検討します。買手の下で新たに対象事業が動き出すDay 1までに、どのようなIT環境を構築するかを描き出す作業です。卑近な例では、社名が変わり、ドメイン名が変われば、メールアドレスやWebサイトも変えなければなりません。請求書などの帳票類も一新するため、それらに関するシステムの改修が必要です。また、ライセンスの関係で、Day 1までにリプレイスをする、もしくは、ライセンスを購入し直すアプリケーションもあるかもしれません。こうしたことはIT領域だけでなく、業務や財務、税務、法務、人事などにも影響を及ぼすことから、各部門と連携しながら進めていきます。
ネットワーク環境については、Day 1から売主側との情報を遮断しなければならなくなる可能性があるため、必要となった場合は、各システムへのアクセス権を見直したり、ネットワークにセグメンテーションを設けたりすることになります。事業譲渡で分社化を伴う場合、例えば、Day 1後に対象事業を1つのエンティティとして決算が回るよう改修しなくてはなりませんし、会計システムをはじめとする基幹システム(ERP)の論理的な分離は極めて重要なタスクとなります。会計システムは通常、複数事業の財務情報を1つに集約するよう設計されているため、そこから対象事業のデータのみを抽出し、論理的に設定した別の箱に移行しなければなりません。また、他のシステムについても同様の検討が必要となり、さらに、周辺のシステムの連携がされていれば、そのデータ連携のプログラムも全て改修が必要となり、その試行と検証には多くの労力と時間を要し、1年以上を要するケースも珍しくありません。対象事業以外の事業が混在する拠点が国内外にある場合は、それら全てに対して同様の分離作業を行うことになります。
検討・策定したITのオペレーティングモデルに基づき、Day 1までに必要な作業に目星がついたら、次にそれにかかるコストと期間を試算します。その額によっては当初想定していた売却金額との間に大きな差異が生じ、買手候補との交渉に影響が及ぶことにもなりかねません。期間の見込みについても同様であり、可能な限り早期に見通しを立てることが大切です。
前述の通り、社名変更に伴うさまざまな更新作業、各種データへのアクセス権の分離、ネットワークの論理的な分離など、Day 1に向けて必要な準備作業が発生するため、その対応に必要なコストを試算することが必要です。さらに、TSAとしてサービス提供ができないアプリケーションがある場合、Day 1までにリプレイスするコストも発生するため、Day 1以降にTSAで提供できるサービスを想定しておくことも必要となります。TSAは前述の通り、買手の手に渡った対象事業/対象会社が、その後一定期間、売主側のシステムやアプリケーションを継続使用するための措置ですが、ベンダーとの契約によっては無条件でTSAとしてのサービス提供ができないことがあります。また、連結対象の法人のみに使用が許されたシステムやアプリケーションは、Day 1後、新たなライセンスの購入を求められるケースもあります。そうした費用も含めて、Day 1に向けて必要な準備作業にかかる総コストを試算します。
さらに、売主側でTSAを終了するために必要なIT関連のコストを試算する場合もあります。これは本来、買手主導で行われることであり、買手がどのようなITシステムを構築しようとしているかによって金額も大きく変わるため、売主側では試算にまで踏み込まないことが多いものの、買手の都合で左右される金額であるだけに、買収価格の交渉にも影響を及ぼすものと考えられ、さらに、買手によっては、売主の責任で完全にスタンドアロン化してから売却して欲しいといわれるケースもあり、売主としてあらかじめ予測を立てておくことは決して無駄にはなりません。その場合、完全分離に際して一度だけ発生するOne-time Costと、その後の運用に継続してかかるRecurring Costの2つに分けて検討します。
IT関連のコストの試算と並行し、TSAに基づき提供するIT関連のサービスの内容とその期間、費用、サービスレベル等の検討を進めます。これも実際には、買手候補との交渉過程において双方の事情を擦り合わせて最終決定することとなりますが、カーブアウト分析によって導き出される種々のイシューを踏まえ、売主としての腹案を固めておくことが交渉を円滑に進めるうえでも重要です。
TSAに基づき提供されるIT関連サービスの識別は、対象事業に関わるアプリケーションやハードウェアなどのIT資産が売主側の社内でどのように共有されているかなど、Step1で識別したIT領域のカーブアウトイシューの情報を起点に行います。そこから、対象事業が移管される新会社/対象会社がDay 1後もそれらを利用する必要があるか否かを個別に判定しながら提供すべき業務を洗い出し、TSAサービス一覧としてまとめます。その際、ベンダーとの年間契約を途中解約する場合の支払い残額の取り扱いや、TSA期間内にベンダーの価格改定があった場合の措置、売主が対象事業のために開発したシステムの機能にかかる償却費の扱い方など、細かな要件まで考慮して進めます。
ベンダーとの接触には留意が必要です。前述したように、連結対象から外れた法人にTSAに基づく継続使用が認められるか、どのような条件であれば可能かなどをベンダー側に確認する必要がある場合、対外公表前に接触すれば情報漏洩につながる恐れもあります。その是非やNDA契約の必要性も含め、専門家の助言も交えて検討を進めます。
また、売主側が逆に対象事業が移管される新会社/対象会社からIT関連サービスの提供を受ける「リバースTSA」の仕組みを利用するケースも考えられます。例えば、切り出される対象事業や対象会社側が所有権や管理権を持つシステムに他の事業も依存しており、売主側で新たに自前の環境を整えるまでに時間を要する場合などにこれを利用します。TSAをまとめていくには、そうした可能性も含めた検討が必要となります。
以上、カーブアウト準備フェーズにおけるIT領域の課題について見てきました。このようにして分析した結果に基づき、Day 1に向けて実施すべき具体的なIT領域のタスクを列挙し、ワークプランに落とし込んで実行していきます。
次回(最終回)は、買手候補への打診とクロージングまでのポイントについてまとめ、本シリーズの締めくくりとします。
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IT関連領域の分析、分離、再構築には多くの時間と費用を要するため、買手側の関心度は高く、カーブアウトディールの過程で、売主は多くのケースで買手候補によるデューデリジェンス(DD)を受けることになります。万全の備えでこれに対応するためにも、双方の共通認識となる情報を整理しておくことが肝要です。
事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト 全9回
#1 なぜ今、カーブアウトなのか ── 事業切り出しの必然性とアクティビズム 事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト
企業が戦略的に自社の事業の一部を切り出し、売却や譲渡によって事業ポートフォリオの最適化を図る「カーブアウト(carve out)」。資本効率を高めるための一手として、グローバル企業を中心にその実践例が増加しています。どのようにして成功に導くのか。売主の立場から見た重要なポイントを、連載シリーズでお届けします。
#2 カーブアウトの準備と手続き ── 譲渡完了までの要諦と全体プロセスを知る 事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト
企業カーブアウト(事業切り出し)の効果と具体的な実行スキームについて知る連載シリーズの第2回。今回は、日本の大企業が直面するコングロマリット・ディスカウントの実情を踏まえ、カーブアウト実行に向けた準備と手続きのポイントとおよび全体プロセスについてまとめます。
#3 カーブアウト分析の進め方 ── オペレーティングモデルの現状分析と将来設計 事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト
カーブアウトにまつわる複雑なスキームを滞りなく進め、望ましいオーナーを得て事業価値を高めるには、精緻な分析と準備が欠かせません。その鍵を握るのが、対象事業が独立運営するために解決すべき課題の特定と対策を検討する「カーブアウト分析」です。
#4 カーブアウトディールの留意点 ──セルサイド・デューデリジェンスのすすめ 事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト
カーブアウトの対象となる事業の範囲に目星がついたら、次にどのようにカーブアウトを進めるか、その手法や必要な手続きを検討することになります。そこで有意義なのが、「セルサイド・デューデリジェンス(DD)」。法務や財務、税務、人事、ITなど、各方面にわたる売主自身による詳細な調査です。
#5 セルサイド財務DDの効果 ── カーブアウト財務情報の作成と分析 事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト
カーブアウトディール実行前に売主が行うセルサイド・デューデリジェンス(DD)。その先鋒(せんぽう)として、クロージング時点やスタンドアロン後の対象事業の姿を想定してカーブアウト財務情報を作成し、精緻な分析を加えて財務面から具体像を描き出すのが「セルサイド財務DD」です。
#6 税務の視点で見る事業分離──カーブアウトスキームをどう選ぶか 事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト
事業だけを売却するか、新会社に事業を移して切り出して新会社を売却するか、あるいは売りたくない事業を別会社に移して既存の会社を売却するのか──。カーブアウトの手法によって、売主と買主、そしてカーブアウト後の対象事業を運営する法人の三者が検討すべき税務上の課題が大きく変わってきます。買主候補との価格交渉にも影響する重要な視点「税務の目」から見たカーブアウトの留意事項をまとめます。
#7「人の移管」という最重要課題──カーブアウトを成功に導く人材戦略 事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト
カーブアウトの準備・交渉過程において、対象事業の自律的な運営と成長を支えるための「人材の確保」は最重要課題の1つです。その核となる「従業員移管」のプロセスは、売主、対象従業員、残留従業員、そして新オーナーという四方のステークホルダー全てにとって、合理的なものでなければなりません。本稿ではその望ましい進め方について、3つの「場面」に視点を置いて解説します。
#8 IT領域のカーブアウト分析──価格交渉をスムーズに進めるために 事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト
カーブアウトディールにおけるIT環境の切り出しは、予想以上のコストと時間を要する極めて複雑なプロセスです。今回は、各種IT資産を含むIT環境の分離・再構築に伴う課題を整理するための「ITカーブアウト分析」の具体的なステップと、コストと時間を見極めるためのポイントについてまとめます。
EYの関連サービス
CEOやビジネスリーダーは、この変革の時代に、ステークホルダーにとっての価値を最大化するという任務を負っています。私たちは常識に疑問を投げかけ、収益性と長期的価値を向上させる戦略を構築し、実行します。
続きを読む年々増加するアクティビスト活動への対応および備えとして最も重要なことは、株主との建設的な対話(エンゲージメント)を通じて得られた意見を取り入れながら成長戦略を描き、着実かつ迅速に実行することによって中長期的な企業価値向上を実現し、資本市場からの信任を獲得することです。
続きを読む財務アドバイザー(FA)として、貴社の利益の観点からM&Aの組成からエグゼキューションまでを戦略的な助言によりバックアップ。FAとしての高い専門性発揮はもちろんのこと、グローバル・ネットワークと隣接領域の充実したサービスラインアップ(DDなど)を生かしてのシームレスな案件遂行をお約束します。
続きを読むバリュエーションと財務モデリングを緊密に連携させ、企業が事業への影響について理解を深められるようサポートし、クライアントの企業価値向上における取り組みを支援します。
続きを読むM&A取引における税務、法務、人材の問題を扱うEYのチームが、ビジネスを変革し、取引価値を最大化するお手伝いをします。
続きを読むEYのトータルリワード(人事制度・福利厚生・働き方)のプロフェッショナルは、人材に関する戦略の一環として、総合的な報酬の評価、またはその再構築や再設計の支援を行います。詳しい内容を知る
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