IT領域のカーブアウト分析──価格交渉をスムーズに進めるために #8

事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト

IT領域のカーブアウト分析──
価格交渉をスムーズに進めるために #8


カーブアウトディールにおけるIT環境の切り出しは、予想以上のコストと時間を要する極めて複雑なプロセスです。

今回は、各種IT資産を含むIT環境の分離・再構築に伴う課題を整理するための「ITカーブアウト分析」の具体的なステップと、コストと時間等のディールへの影響度を見極めるためのポイントについてまとめます。

本稿は、事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウトシリーズの第8回目です。
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要点

  • 対象事業/対象会社のIT環境の現状把握を起点として、Day 1までの準備やその後の運用を見据えた精緻な分析により、IT環境のスタンドアロン化に向けた課題を洗い出す。
  • Day 1時点におけるITのオペレーティングモデルを構想し、ドメイン変更や基幹システムの論理分離など、Day 1までに実施すべき具体的なタスクをワークプランに列挙し、そのために必要なコストを試算する。
  • 識別されたITカーブアウトイシューを起点に、対象事業が移管される新会社/対象会社に提供するTSAサービスの内容・期間・費用についても検討。ベンダー契約の継続性、リバースTSAの必要性も併せて検討する。


IT領域におけるカーブアウト分析の必要性

一般に、M&Aで発生する費用の約半分はIT関連のコストで占められるといわれます。カーブアウトにおいても、対象となる事業にひも付くさまざまな業務システムやデータ、ネットワークやホスティング場所などのITインフラストラクチャを分離、移管するためのコストは、経営者が予想していた以上に膨らむことが多いと評価しています。また、買収価格にも影響を及ぼしうるため、そうしたコストに対する買手候補の関心も高く、売主としても事前におおよそのコスト・ディールへの影響度を把握しておくことが推奨されます。

加えて、ITシステムの分離や再構築には長い期間を要します。売主が提供してきたITシステムのリプレイスをDay 1までには終えられないことの方が多いため、売主と買手の間でTSA(Transition Service Agreement)を交わし、一定期間、売主が提供してきたITシステムやITサービスを継続して受けられるよう便宜を図ることが通例となっています。その場合でも、社名変更に伴う煩雑な更新作業、各種データへのアクセス権の分離など、Day 1に向けて必要な準備作業が相応に発生することに留意が必要です。

本稿では、このようなコストと時間に対する認識を踏まえ、IT領域におけるカーブアウト分析のポイントについて概観します。カーブアウト分析とは、対象事業が独立した事業体(スタンドアロン)として運営されるのに必要な要素と課題を洗い出し、その後の準備や買手候補との交渉をスムーズに進められるよう情報収集・整理・分析を行うことをいいます(本シリーズ第3回参照)。その範囲は業務、財務、人事、資産など多岐にわたり、ITも重要テーマの1つです。事前の分析によってIT関連の課題がどこにあり、その解決にどれだけのコストと時間がかかるかを把握することは、買手との交渉戦略上のプランを練るためにも不可欠な作業といえます。

 

Step 1 現状把握とIT領域のカーブアウトイシューの識別

IT領域のカーブアウト分析は、他の領域と同様、対象となる事業をどのように切り出すかを把握することから始まります。対象事業だけを売却する事業譲渡(Asset Deal)なのか、グループ会社ごと売却する株式譲渡(Share Deal)なのか。事業譲渡の場合、いったん新会社を設立し、そこに対象事業を移転してから売却する「分社化」を伴うケースもあります(本シリーズ第6回参照)。対象事業に関わる国内拠点、海外拠点をどのように分割するかも課題となるでしょう。それらの方針に応じて、各種IT資産(アプリケーション、ITインフラ、データなど)をどの範囲でどう切り出すかが変わってきます。

IT資産の切り出し方を検討するには、現状それらがどのように利用されているかを知らなければなりません。アプリケーションでいえば、生産管理や販売管理、在庫管理、顧客情報、受発注、会計、給与計算など、対象事業が関係するプロセスに多数利用されており、それらにひも付くデータベースや基盤となるOSがあり、さらにそれらを搭載しているサーバや利用するパソコンなどのハードウェアが存在します。さらに、それらが設置されるデータセンターやクラウド環境、それらをつなぐネットワークについても検討が必要です。

もし対象事業だけで独立運営している子会社を売却する計画であり、IT資産の所有や契約関係もその子会社だけで完結しているのであれば、会社ごと売却すればよいので、ITカーブアウトの観点では比較的単純といえます。しかし現実には、会計システムや人事関連のシステムなど、親会社やグループ会社などと共通で利用していて単純には切り分けられないケースが多々あります。所有者や契約主体が判然としない場合も多く、IT領域でもそうしたカーブアウトに伴う種々の課題、いわゆるITカーブアウトイシュー(またはITスタンドアロンイシュー)の識別が急務となります。

カーブアウトイシューの識別は、ITに限らず、関係各所から収集した資料の分析に加え、関係者へのインタビュー調査なども交えて行います。ただし、情報漏洩防止や秘密保持の観点から情報統制は重要であり、限られたメンバーを中心に、必要に応じて関係者間でNDA(秘密保持契約)を結んで作業を進めるなど、特に対外公表前の調査には細心の注意が必要です。なお、調査対象はITのほぼ全領域にわたります(図参照)。

ITセパレーションにおけるアプローチ戦略

現状/IT領域のカーブアウトイシューの把握の主なポイント

【アプリケーションなど】

  • 対象事業/対象会社で利用しているアプリケーションごとに、所有者や共有状況を把握。カーブアウトに際して、①譲渡対象となるもの、②譲渡対象とならないもの、③TSAとしてサービス提供が可能か、などの視点で分類整理を行う。OS、DBMS、ライセンスの観点でも分類整理を行い、さらに、年間契約を締結している場合など、場合によっては、契約時期についても把握することが必要となる。
  • 各アプリケーションのベンダーによるサポート終了時期を確認。TSA期間内にその時期を迎えるものを把握し、買手候補への開示やTSA費用への反映などを検討する。

【ネットワークなど】

  • ネットワーク、ホスティング(クラウド環境、データセンターなど)、認証基盤、コミュニケーションツールなどについて、親会社やグループ会社などとの共有状況を把握する。さらに、Day 1時点、TSA終了時点での分離・運営方針を検討する。

【ハードウェア】

  • 譲渡対象となるハードウェア(サーバ、パソコン、モバイル、ネットワーク機器など)を確認。①譲渡対象となるもの、②譲渡対象とならないものを整理し、さらに、サーバやアプリケーションの移設が必要かどうかを把握する。

【契約関係】

  • ソフトウェアライセンス契約、ITベンダーとの各種契約について、契約者、承継の可否、支配権変更、TSAとしてサービス提供可否に関する条件などの把握・整理する。
     

Step 2 Day 1時点におけるITオペレーティングモデルの検討

現状とITカーブアウトイシューを把握したら、Day 1時点で想定されるIT領域のオペレーティングモデルについて検討します。買手の下で新たに対象事業が動き出すDay 1までに、どのようなIT環境を構築するかを描き出す作業です。卑近な例では、社名が変わり、ドメイン名が変われば、メールアドレスやWebサイトも変えなければなりません。請求書などの帳票類も一新するため、それらに関するシステムの改修が必要です。また、ライセンスの関係で、Day 1までにリプレイスをする、もしくは、ライセンスを購入し直すアプリケーションもあるかもしれません。こうしたことはIT領域だけでなく、業務や財務、税務、法務、人事などにも影響を及ぼすことから、各部門と連携しながら進めていきます。
 

ネットワーク環境については、Day 1から売主側との情報を遮断しなければならなくなる可能性があるため、必要となった場合は、各システムへのアクセス権を見直したり、ネットワークにセグメンテーションを設けたりすることになります。事業譲渡で分社化を伴う場合、例えば、Day 1後に対象事業を1つのエンティティとして決算が回るよう改修しなくてはなりませんし、会計システムをはじめとする基幹システム(ERP)の論理的な分離は極めて重要なタスクとなります。会計システムは通常、複数事業の財務情報を1つに集約するよう設計されているため、そこから対象事業のデータのみを抽出し、論理的に設定した別の箱に移行しなければなりません。また、他のシステムについても同様の検討が必要となり、さらに、周辺のシステムの連携がされていれば、そのデータ連携のプログラムも全て改修が必要となり、その試行と検証には多くの労力と時間を要し、1年以上を要するケースも珍しくありません。対象事業以外の事業が混在する拠点が国内外にある場合は、それら全てに対して同様の分離作業を行うことになります。


Step 3 Day 1に向けたIT関連コストの試算

検討・策定したITのオペレーティングモデルに基づき、Day 1までに必要な作業に目星がついたら、次にそれにかかるコストと期間を試算します。その額によっては当初想定していた売却金額との間に大きな差異が生じ、買手候補との交渉に影響が及ぶことにもなりかねません。期間の見込みについても同様であり、可能な限り早期に見通しを立てることが大切です。

前述の通り、社名変更に伴うさまざまな更新作業、各種データへのアクセス権の分離、ネットワークの論理的な分離など、Day 1に向けて必要な準備作業が発生するため、その対応に必要なコストを試算することが必要です。さらに、TSAとしてサービス提供ができないアプリケーションがある場合、Day 1までにリプレイスするコストも発生するため、Day 1以降にTSAで提供できるサービスを想定しておくことも必要となります。TSAは前述の通り、買手の手に渡った対象事業/対象会社が、その後一定期間、売主側のシステムやアプリケーションを継続使用するための措置ですが、ベンダーとの契約によっては無条件でTSAとしてのサービス提供ができないことがあります。また、連結対象の法人のみに使用が許されたシステムやアプリケーションは、Day 1後、新たなライセンスの購入を求められるケースもあります。そうした費用も含めて、Day 1に向けて必要な準備作業にかかる総コストを試算します。

さらに、売主側でTSAを終了するために必要なIT関連のコストを試算する場合もあります。これは本来、買手主導で行われることであり、買手がどのようなITシステムを構築しようとしているかによって金額も大きく変わるため、売主側では試算にまで踏み込まないことが多いものの、買手の都合で左右される金額であるだけに、買収価格の交渉にも影響を及ぼすものと考えられ、さらに、買手によっては、売主の責任で完全にスタンドアロン化してから売却して欲しいといわれるケースもあり、売主としてあらかじめ予測を立てておくことは決して無駄にはなりません。その場合、完全分離に際して一度だけ発生するOne-time Costと、その後の運用に継続してかかるRecurring Costの2つに分けて検討します。


Step 4 TSAによって提供するサービスの把握

IT関連のコストの試算と並行し、TSAに基づき提供するIT関連のサービスの内容とその期間、費用、サービスレベル等の検討を進めます。これも実際には、買手候補との交渉過程において双方の事情を擦り合わせて最終決定することとなりますが、カーブアウト分析によって導き出される種々のイシューを踏まえ、売主としての腹案を固めておくことが交渉を円滑に進めるうえでも重要です。

TSAに基づき提供されるIT関連サービスの識別は、対象事業に関わるアプリケーションやハードウェアなどのIT資産が売主側の社内でどのように共有されているかなど、Step1で識別したIT領域のカーブアウトイシューの情報を起点に行います。そこから、対象事業が移管される新会社/対象会社がDay 1後もそれらを利用する必要があるか否かを個別に判定しながら提供すべき業務を洗い出し、TSAサービス一覧としてまとめます。その際、ベンダーとの年間契約を途中解約する場合の支払い残額の取り扱いや、TSA期間内にベンダーの価格改定があった場合の措置、売主が対象事業のために開発したシステムの機能にかかる償却費の扱い方など、細かな要件まで考慮して進めます。


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ベンダーとの接触には留意が必要です。前述したように、連結対象から外れた法人にTSAに基づく継続使用が認められるか、どのような条件であれば可能かなどをベンダー側に確認する必要がある場合、対外公表前に接触すれば情報漏洩につながる恐れもあります。その是非やNDA契約の必要性も含め、専門家の助言も交えて検討を進めます。

また、売主側が逆に対象事業が移管される新会社/対象会社からIT関連サービスの提供を受ける「リバースTSA」の仕組みを利用するケースも考えられます。例えば、切り出される対象事業や対象会社側が所有権や管理権を持つシステムに他の事業も依存しており、売主側で新たに自前の環境を整えるまでに時間を要する場合などにこれを利用します。TSAをまとめていくには、そうした可能性も含めた検討が必要となります。

以上、カーブアウト準備フェーズにおけるIT領域の課題について見てきました。このようにして分析した結果に基づき、Day 1に向けて実施すべき具体的なIT領域のタスクを列挙し、ワークプランに落とし込んで実行していきます。

次回(最終回)は、買手候補への打診とクロージングまでのポイントについてまとめ、本シリーズの締めくくりとします。




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サマリー

IT関連領域の分析、分離、再構築には多くの時間と費用を要するため、買手側の関心度は高く、カーブアウトディールの過程で、売主は多くのケースで買手候補によるデューデリジェンス(DD)を受けることになります。万全の備えでこれに対応するためにも、双方の共通認識となる情報を整理しておくことが肝要です。


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