事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト 「人の移管」という最重要課題 ──カーブアウトを成功に導く人材戦略 #7

事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト

「人の移管」という最重要課題──
カーブアウトを成功に導く人材戦略 #7


カーブアウトの準備・交渉過程において、対象事業の自律的な運営と成長を支えるための「人材の確保」は最重要課題の1つです。

その核となる「従業員移管」のプロセスは、売主、対象従業員、残留従業員、そして新オーナーという四者のステークホルダーすべてにとって、合理的なものでなければなりません。本稿ではその望ましい進め方について、3つの「場面」に視点を置いて解説します。

本稿は、事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウトシリーズの第7回目です。
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要点

  • 事業譲渡(個別同意)か会社分割(包括承継)かのスキーム選択を踏まえ、客観的かつ合理的な基準のもとで、移管対象となる従業員を特定することが出発点となる。
  • 売主としての「送り出し責任」を全うすべく、新体制下での処遇条件やリテンション施策について新オーナーとともに協議し、従業員の不安解消に努めることが重要。
  • 法的・時間的制約を考慮しつつ、移管対象者・残留従業員・労働組合のそれぞれに対して誠実なコミュニケーションで応対し、誰もが納得する移管を戦略的に実行する。


カーブアウトスキームに応じた従業員の特定と移管

前回(第6回)の記事で見たように、どのようなカーブアウトスキーム(対象事業を切り出す手法)を選択するかによって税務課題が大きく変わるのと同様に、人事面においてもまた、スキームの違いが大きな影響を与えます。カーブアウトに伴う人事面の課題としては、新オーナーのもとへ移管する従業員の特定や移管方法をはじめ、報酬や評価、社会保険などの人事制度の問題、それらの運用に関わる人事システムの移行などが挙げられますが、本稿では主に「人材の移管」について見ていきます。

 

まず、対象事業の切り出し方の違いによって、人材移管に関する法的位置付けや実務上の留意点がどう変わるのか。【1】「事業譲渡」によるカーブアウト、【2】「会社分割」によるカーブアウト、この2つのスキームに分けて整理してみましょう

【1】事業譲渡の場合……個別同意に基づく転籍

事業譲渡の場合、これまでの従業員との労働契約が、カーブアウト後も自動的に承継されることはありません。従業員にとってカーブアウトは、今まで在籍した売主の会社をいったん退職し、新オーナーとなった会社に新しく雇用されるという、いわば転職の形を取る(いわゆる「転籍」)ことになるからです。したがって、売主としては、対象事業とともに移管される従業員一人ひとりから個別に同意を得て、個別に転籍の手続きを行う必要が生じます。

このスキームによる人材移管上のメリットは、労働契約法等が定める「不利益変更禁止」の原則に必ずしも縛られることなく、新オーナーのもとでの労働条件を柔軟に設定できることにあります。対象従業員の同意さえ得られる見込みがあるならば、仮に不利益変更に該当するような労働条件でも提示可能であるということです。一方で、当該従業員としては、「今の会社を辞めて新しい会社に転職する」という大きな決断を迫られる以上、魅力的な条件でなければ安易に同意できないでしょう。「送り出し責任」という観点からは、仮に不利益変更に該当するような内容であったとしても、当該従業員にとって将来も含めてトータルでポジティブになるような条件の提示を引き出すことが、重要なポイントとなります。

特に、対象事業に関わるキーパーソンの移管がカーブアウトの成否を左右するような場合は留意が必要です。買主候補との交渉によっては、キーパーソンの転籍同意が取引成立の条件とされるケースもあり、丁寧かつ慎重なプランニングが求められます。
 

【2】会社分割の場合……労働契約の包括承継

会社分割によるカーブアウトを選択する場合、対象事業に主に従事する従業員との労働契約は原則として包括的に承継されます。つまり、個別同意や労働契約の結び直しを経ることなく、契約内容の一切がそのまま新オーナーに引き継がれます。これは労働契約承継法等の法令に基づくもので、①労働組合や従業員代表への説明(7条措置)、②移管対象となる従業員との個別協議(5条協議)、③労働契約を承継する従業員への通知(2条通知)という3つのステップを通じて手続きがなされます。

一般に、これらの手続きは労働契約承継法等に基づいて、意思決定のタイミング(株主総会決議や取締役会決議)により期間や期限が定められているため、上記①②③のステップをいつ実行するかのスケジュールもその決議のタイミングによる制約を受けます。したがって、事業・法務・人事などの各部門が連携して綿密なスケジュール管理を行った上で、事業譲渡の場合と同様に、従業員とのコミュニケーションを密に進める必要があります。なお、会社分割の場合でも、包括承継の手法によらず、個別同意に基づく転籍によって従業員を移管することは可能です。ただし、その場合でも、上記の労働契約承継のステップに基づく手続きは必要です。


移管の対象となる従業員の特定

このようなスキームによる移管方法の違いを理解した上で、次に必要になるのは、誰を移管対象とするかの特定作業、いわゆる「切り取り線(ペリミター)」の設定です。一般的に、以下に示す3つの類型ごとに客観的な判断基準を設けて行います。

① 主従事労働者:対象事業の業務に主として従事している従業員。組織上、対象事業部門に所属することが明確であれば、容易に特定できる。

② 従従事労働者:対象事業と他の事業を兼務している従業員。対象事業の業務に費やす労働時間や役割の重みなどから、移管の対象として含めるかどうかを総合的に判定する。

③ 不従事労働者:対象事業の業務に関わっていない従業員。原則として、移管の対象にはならない。

特に複雑な組織構造を持つ企業では、間接部門などを中心に主従事か従従事かの判断が難しい場合もあり、従業員に対して説明責任を果たせる合理的かつ客観的な判断基準を定めることが重要です。


「送り出し責任」を果たしうる処遇条件の設定

移管対象となる従業員に対して売主が負う責務は、新オーナーに対象事業が引き継がれる「Day 1」と同時に終了します。それ以降の処遇条件の維持や移行措置、不足する機能の代替措置などに関する検討は、原則として新オーナーの責務となります。しかし、それはあくまで形式上のことであり、売主としては従業員に対する「送り出し責任」を全うすべく、カーブアウト後も従業員が望ましい労働条件の下で働けるよう、新オーナーと協議・検討を行うことが一般的です。その主なポイントは以下の2点です。


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スタンドアロン・イシューの洗い出しと対策

「スタンドアロン・イシュー」とは、対象事業が独立事業体として運営される際に発生する課題やリスクの総称ですが、主たるものとしては、人事や経理・財務など、本社のコーポレート機能や傘下のシェアードサービス会社に依存するなどして事業とともに切り出すことが難しく、カーブアウト後の新体制に不足することが予測される機能や制度が挙げられます。人材移管についていえば、会社分割で労働契約を包括承継する場合、原則としては現行の処遇条件が維持されることが必須です。一方で、現物給付や特定の福利厚生制度(健康保険組合、退職給付制度など)等について新オーナー側で同等の制度を準備できないケースがあります。これがスタンドアロン・イシュー該当します。

売主はできるだけ早い段階でこうした課題を特定し、新オーナーに対してどのような移行措置や代替措置が想定されるかを示し、協議・検討を行わなければなりません。実際には、新オーナーが決まって取引契約が成立した以降でなければ、具体的な制度の比較検討に着手することは困難です。しかし、少なくともディールの準備段階において、カーブアウト分析(第3回記事参照)の一環として「要検討事項」を整理しておくことは必要です。

リテンション施策とインセンティブの検討

転籍にしても包括承継にしても、従業員にとっては所属企業が変わることになる重大な転機です。移管に伴う不安を可能な限り払拭することに加え、事業の分離という通常業務を超えた負荷を負ってもらうことに対して何らかの保障を行うことも、売主の送り出し責任といえます。そのため、Day 1までの雇用確保・引き留めと従業員のモチベーション維持を目的に、「リテンションボーナス」を支給するケースが増えています。欧米企業では月額基本給の半年〜1年分とする高額事例もありますが、日本企業は現状、1〜2カ月分の支給が一般的となっています。

留意したいのは、過度に手厚い条件や特例をインセンティブに設定すると、それが「前例」となり、今後も同じようなカーブアウトなどの組織再編が生じた場合の制約要因となりかねないことです。経営の柔軟性を損なわないためにも、将来の再編への影響を見据えたリスク管理と、適切な移管プロセスの整備を両立させる視点が重要です。


戦略的な従業員コミュニケーションの実行

繰り返しになりますが、カーブアウトは従業員の人生に関わる一大事です。従業員とのコミュニケーションをおろそかにすれば、会社への不信感が高まり、買主候補とのディールに悪影響を及ぼすことにもなりかねません。会社が決めたことを単に伝達するのではなく、一人ひとりの従業員との間で「認知・理解・納得」の受容プロセスが適切に進むよう、以下の点に留意して、コミュニケーションプランの戦略的立案と実行を行いたいものです。

あらゆる制約を想定したシミュレーションを

情報漏えいを未然に防ぐ観点から、カーブアウトディールは一部の限定されたメンバーによって遂行するのが定石です。そのため、従業員の大半が事業譲渡や会社分割の事実を知るのは、株主総会や取締役会等の意思決定機関における正式な決議を経て、新オーナーとの合意が法的に成立した時点で対外公表がなされるのとほぼ同時であることが一般的です。従業員とのコミュニケーション・プロセスはその後一気に加速するため、事前の準備とシミュレーションが極めて重要です。労働契約承継法をはじめとする法的制約、説明会や個別面談の実施に関わる人的リソースや時間の制約など、あらゆる制約条件を想定したプランニングとシミュレーションで備えておきます。

従業員区分に応じたアプローチを

ディールの公表後、全従業員を対象とする説明会の開催や質疑応答の機会の提供、個別の問い合わせに応じる窓口の開設などが必要です。この段階でまだ移管対象となる従業員が特定できていない場合は早急にその作業を進めつつ、移管対象者と残留する従業員の双方に対し、それぞれにとって最適なコミュニケーションプランを実行します。

① 移管対象者に対して:

前述のとおり、事業譲渡による転籍の場合は個別同意が必須です。売主側での転籍承諾に加え、新オーナー側での労働契約への合意という両面を押さえる必要があります。また、個別同意の縛りがない会社分割による包括承継の場合でも、労働契約承継法にのっとる個別協議(5条協議)が義務付けられます。労働契約が維持されること、不足する部分は代替措置が検討されること、業務内容は原則として変わらないことなどを説明し、一人ひとりの理解を得なければなりません。なお、従従事労働者には異議申出権が認められるため、実質的な同意を得るための丁寧な対話が必要です。

② 残留従業員に対して:

残された従業員に対して説明責任を果たすことも重要な課題です。カーブアウト後の会社がどのようなビジョンの下、どのように成長していくのかを説明し、不安を払拭しなければなりません。また、対象事業に主に従事していながら移管対象から外れる従業員には、異議申出権があるため、実質的な同意も必要になります。これらの従業員や従従事労働者にとっては、これまで従事していた対象事業に関わる業務がなくなるため、それに代わる業務の説明が必要になるでしょう。

労働組合との誠実な対話を

売主側に労働組合が存在する場合、組合との労働協約等にのっとって対応することが原則です。労働契約承継法の7条措置に基づく説明だけにとどまらず、組合幹部との間で守秘義務契約(NDA)を締結した上で、できるだけ早期に事前協議を始めるよう調整することが一般的です。従業員の移管に関して労働契約における特段の定めがない場合でも、友好的に協議を進め、組合員全体の理解を得るために、誠実なコミュニケーションが求められます。

以上のように、対象従業員と残留従業員それぞれの立場に配慮しつつ人材の移管をスムーズに進めることは、カーブアウトの成否に関わる最重要事項の1つです。切り出しスキームの選択に影響を受ける要素が大きく、またスキームの決定時期も買主候補との交渉のゆくえに左右されるため、さまざまなケースを想定した事前準備が欠かせません。いつ何をどのような順序でどう進めるか。まさにケースバイケースであるだけに、法務や組織再編の知見を持つ部門や専門家との連携が重要な役割を果たします。

次回は、ITシステムの移管に関する課題について説明します。




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サマリー

カーブアウトに伴う人材の移管は、労働契約承継法などに基づく法的な対応はもとより、送り出し責任の果たし方や、従業員区分に応じた最適なコミュニケーションの在り方など、多くの検討事項が山積するミッションです。それらを俯瞰し、統合的かつ戦略的にプランを描き実行することが、カーブアウトの成功へとつながります。


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