事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト   セルサイド財務DDの効果── カーブアウト財務情報の作成と分析 #5

事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウト

セルサイド財務DDの効果 ──
カーブアウト財務情報の作成と分析 #5


カーブアウトディール実行前に売主が行うセルサイド・デューデリジェンス(DD)。その先鋒(せんぽう)として、クロージング時点やスタンドアロン後の対象事業の姿を想定してカーブアウト財務情報を作成し、精緻な分析を加えて財務面から具体像を描き出すのが「セルサイド財務DD」です。

本稿は、事業ポートフォリオ変革のためのカーブアウトシリーズの第5回目です。
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要点

  • カーブアウト財務情報は、管理会計上の財務情報を基礎に、カーブアウト分析で導き出したオペレーティングモデルを道しるべとして作成する。事業計画におけるPL構造との整合性に留意。
  • カーブアウト財務情報は、前提となる時点とオペレーションモデルを明確に設定した上で作成することが肝要。ディールプロセスを通じて財務情報の精度を段階的に高めていく。
  • セルサイド財務DDの実施により、ディールの重要論点および対象事業のバリュエーションに関連する財務指標を事前に把握する。DDプロセスの負担軽減だけではなく、買主との協議を売主主体でリードすることに活用できる。

カーブアウトディールに不可欠な基礎資料

前回は「セルサイド・デューデリジェンス(DD)」の有用性について、カーブアウトディールのさまざまな局面を例証しながら解説しました。複雑で多岐にわたるカーブアウトディールを成功に導くために、セルサイドDDは、買主との交渉に入る前の最も重要なプロセスの1つといえます。その対象は、財務、税務、人事、ITなどと広範囲にわたりますが、中でもセルサイド財務DDは、切り出す対象事業における過去の業績(財務数値)や、スタンドアロン(独立した事業体)として運営される際に見込まれる経営成績や財政状態、キャッシュ・フローの状況などを分析する重要なミッションです。

 

これらの財務情報は「カーブアウト財務諸表」として可視化されます。カーブアウトが自社の経営や事業ポートフォリオに及ぼす影響を把握し、間違いのない意思決定をするために、また対象事業の価値を適正に評価し、説得力をもって買主候補と協議するために、必要不可欠な基礎データとなります。今回はそうしたカーブアウト財務情報の作成とセルサイド財務DDの全体像について見ていきます。

 

カーブアウトディール実行前の財務DDには、大きく分けて次の2つのタスクがあり、それぞれ適切なタイミングにおいて実施します。

① カーブアウト財務情報の作成 [一次プロセス開始までに]

管理会計上の情報などを基に、対象事業のこれまでの財務数値を割り出し、カーブアウトの対象範囲に即した財務諸表、つまり損益計算書(PL)や貸借対照表(BS)を試作します。その時期は、カーブアウトディールの一次プロセスが始まるまで、すなわち複数の買主候補に対して、対象事業の情報をまとめた書類(インフォメーション・メモランダム)を開示するまでに作成します。

② カーブアウト財務情報の分析 [二次プロセス開始までに]

作成した財務情報を基に詳細な財務分析を進めていく、いわば本格的なセルサイド財務DDの作業です。買主候補は売主から提示されたカーブアウト財務情報などを基に買収の是非を検討し、その意志があれば「一次意向表明書」を提出します。そこから買主候補との個別具体的な交渉が始まるため、この二次プロセス開始までをめどに分析を進めるのが実務的なタイムラインです。

カーブアウト財務情報 作成のポイント

では、カーブアウト財務情報とはどのようなものか。その要諦と作成実務のポイントについて見てみましょう。

財務情報の精度は徐々に高める

まず、カーブアウト準備の初期段階ではまだ、完成された財務情報を作成するのは困難である、ということを念頭に置いてください。カーブアウトの対象範囲や切り出し方法などの方針が明確になる前の段階で、無理に財務情報を作り込んでしまうと、かえって中途半端なものになり、のちのち買主側で行う財務DDとの間に齟齬(そご)が生じるなどして、交渉の行方にマイナスの影響を与えかねません。そこで、一次プロセス開始までに作成する初期のカーブアウト財務情報は、買主候補が検討するのに必要な情報を一定レベルで満たしていれば十分と考えます。その後、二次プロセス開始までに精度を上げていくのが一般的なタイムラインです。


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基礎となる財務情報を特定する

カーブアウト財務情報を作成する上での重要な第一歩は、基礎となる財務情報を特定することです。カーブアウト財務情報は、本社機能に依存するコストなどを部門ごとに配分した管理会計上の情報をベースに作成するのが一般的です。その際、外部ステークホルダー向けに公表している制度会計上の数値との整合性を確認することが重要です。また、内部向けに策定された管理会計上の費用配分は必ずしも実態と合致しない場合があり、カーブアウト財務情報として信頼性を確保できるよう調整する必要があります。どのような管理会計上の財務情報が利用可能なのか、また当該財務情報についての限界を理解し、調整が必要な領域を特定することが最初の工程となります。

事業計画との整合性を検討する

カーブアウト財務情報の基礎となる財務情報を特定する上で、事業計画との整合性も重要な確認事項です。カーブアウト財務情報には、事業計画を評価するための過去実績を示す役割があるため、両者の構造・前提がそろっている必要があります。事業計画は通常、管理会計上の財務数値を基礎に作成されますが、事業計画を立てやすくするようPL、BS構造が調整されているケースが多くあります。このような場合は、管理会計に基づく財務情報から事業計画への調整過程を理解し、カーブアウト財務情報の基礎となる財務情報におけるPL、BS構造を決定することになります。

カーブアウト財務情報作成の前提を定める

カーブアウト財務情報の基礎となる財務情報を決定したら、具体的にカーブアウト調整、プロフォーマ調整を入力する準備を進めることになります。この際に重要なのが、対象事業のどの時点におけるオペレーティングモデルを想定するかという点です。

通常のM&Aでは、新オーナーの下へ支配権が移った時点(クロージング時点:Day 1と呼ぶ)までが検討範囲ですが、カーブアウト案件の場合、Day 1では対象事業が完全にスタンドアロンで運営できるケースはまれです。前回までに述べた通り、Day 1で事業運営に足りない機能については、売主が買主に対して提供するサービスをもって一定期間代用するTSA(Transition Service Agreement)契約を活用する場合が多々あります。完全なスタンドアロンでのオペレーションが達成される(Day 2と呼ぶ)までにはDay 1から1年以上、案件によっては3~5年かかることも珍しくありません。

カーブアウト財務情報についても、どの時点の財務情報を作成するかを関係者間で認識を合わせておくことが重要です。Day 2のオペレーションを想定したカーブアウト財務情報を最初から作成することは難しいため、実務的にはまず、Day 1のオペレーションモデルを前提にカーブアウト財務情報を作成することが現実的です。Day 2のオペレーションモデルに移行した際の財務情報への影響は見積もりの要素が多くなることが多いため、カーブアウト財務情報に直接反映するのではなく、別途整理してカーブアウト財務情報の評価の際の調整項目として示すことが有用なケースもあります。

カーブアウト財務情報の作成

カーブアウト財務上の基礎となる財務情報や、どの時点のオペレーションモデルを前提にするのかが決まったら、実際にカーブアウト財務情報の作成に取り掛かります。詳細な作業の積み上げになりますが、概要は下図の通りです。

そのポイントは、①カーブアウト調整(財務情報をカーブアウト対象範囲と整合させるための調整)と、②プロフォーマ調整(前提としたオペレーションモデルを想定した調整)を区分して検討し、カーブアウト財務情報に反映することです。プロフォーマ調整は想定したオペレーションモデルの変化により変動しますので、明確に区分しておくことが求められるのです。

プロフォーマ調整については、一般的にはバックオフィス業務のTSA化・スタンドアロン化によるセパレーションコスト(ワンタイムコスト)やランニングコストの変化に論点が集中します。しかし、集中購買からの離脱、商流の変更、共用資産に関する賃借料の発生、移管されないIP(無形資産)に関するロイヤルティの発生など、営業活動そのものに関連して損益水準や運転資本の水準に重要な影響が生じることがあり、検討が漏れてしまわないよう注意が必要です。

セルサイド財務DD 役割と利点

カーブアウト財務情報を基に、財務・会計上の問題点の洗い出し、適正な事業価値を割り出すバリュエーションのための財務分析、Day 1後に安定的に事業を回すのに必要な資金・運転資本水準や資金繰りの検討、などを行うのがセルサイド財務DDの役割です。

財務DDは買主側でも主に二次プロセスにおいて、アドバイザーを起用して必ず実施することになります。しかし、それに先んじて売主側で財務情報を分析し、評価の視点や方向性、論点などを整理しておくことで、買主から受ける財務DD対応の負担や時間を軽減できるだけでなく、分析結果に関する売主側のポジションを買主に示すことにより、買主の分析目線をこれに合わせ、協議・交渉のアプローチを売主主体でリードできる利点があります。

また、セルサイド財務DDを先行して実施することで、事業構造に起因する収益性の低さや、キャッシュ・フローの安定性の問題、BSには表れない偶発的な債務といった財務・会計上の重要イシューを発見し、あらかじめ対応策を検討しておくことも可能になります。例えば、重大クレームに関する製品保証や品質問題は、買主側のディールに対する関心を大きく低下させる可能性がありますが、これらをカーブアウトの対象から外して売主が責任を負うといった対応も考えられ、潜在的な問題に対する売主のポジションを買主へ明示することで、ディールに対する買主の関心、モメンタムを維持することが期待できます。

バリュエーションでは、正常収益力、運転資本、ネット・デット(純有利子負債)、設備投資などさまざまな観点と複数の手法を組み合わせ、Day 1およびDay 2の状況を踏まえて検討します。PL面、正常収益力の分析が重要なのはもちろんですが、カーブアウトディールの場合、キャッシュ・フローの観点も重要です。商流変更に伴う在庫保有額の変化による運転資本水準の変動や、Day 1における売掛金の取り扱い、キャッシュ・マネジメント・システム(CMS)からの離脱といった事象を考慮して、Day 1における必要資金額およびDay 1以降の資金繰りに必要な資金支援の要否、金額を分析しておく必要があります。

以上、カーブアウト財務情報の作成とセルサイド財務DDの実行は、オペレーションの側面から対象事業の成り立ちを調査・検証するカーブアウト分析と並び、カーブアウトディールの前提・条件の協議およびカーブアウト後の将来像を描き出す上で、極めて重要なプロセスといえます。それぞれのタスクで整理された論点を両輪として、実現可能性の高い「前提」に基づく実態と整合した財務情報をつくること、またそれを土台に精緻な財務分析を行い、買主候補とのカーブアウトディールに備えることが肝要です。

次回は、カーブアウトスキームの選定にも深く関係する税務上の留意事項について紹介します。




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サマリー

何を前提として、どこまでの完成度を目指すのか。カーブアウト財務情報やセルサイド財務DDにまつわる「勘所」は、対象事業の状況次第で個別具体に変容します。売主の目線でありながら、買主の立場にも立った分析が求められ、交渉相手が事業会社か投資会社(プライベートエクイティファンド)かによってもスタンスは異なります。それぞれの事情に精通しているプロフェッショナルのアドバイスにも耳を傾けることをお勧めします。


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