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要点
2025年11月にブラジル・ベレンで開催されたCOP30(国連気候変動枠組条約締約国会議)。その前哨戦として開催前週にサンパウロで開かれた投資家・金融機関の集まりであるPRI in Personでのイベントの模様を中心にご紹介していきましょう。
COP30(11月22日に閉幕)は国家間で気候変動対策について協議するための場でしたが、自然・生物多様性についてもしっかりと含められたものとなっておりました。今回のCOP30は「実施のCOP」と位置付けられおり、6つの主要な柱と、それにひもづく30のアクション・アジェンダから構成されていました。そのうち2番目の柱として、「森林・海洋・生物多様性の保全」が取り上げられており、自然・生物多様性に関連するトピックが大きく入ることになりました。
いわゆる、ネイチャーポジティブの定義は、2030年までに生物多様性の損失を食い止めて回復軌道に乗せ、2050年までに自然を回復させていくことを示しています(その具体的な目標の1つとして、2030年までに陸と海の30%以上を保全すること<30by30と呼ばれている>などがあります)。ネイチャーポジティブな社会を実現させるためには、生態系の保全・回復だけでなく、気候変動対策や資源循環など、さまざまな分野の取り組みを連携させて進める必要があるとされています。「自然資本」に強靭性を持たせるものが生物多様性であり、持続可能な社会を築くための重要な基盤となっているのです。
今回はブラジルで主催されたものであり、ルラ大統領の肝いりでアマゾンの入り口であるベレンで行われたことは象徴的なことでした。まさに気候変動対策と自然・生物多様性の両方を推し進めるというメッセージであり、ブラジルの強い想いが伺われます。
このCOP30の開催前週にサンパウロで先駆けて開催された「PRI in Person」は、国連が提唱する責任投資原則(Principles for Responsible Investment: PRI)が開催するESG投資に関する世界最大規模の年次国際会議で、世界中の投資家や資産運用機関、政策立案者などがESG投資に関する最新の動向や課題について議論するものとなっています。
この中で興味深かったのは、米国からの参加者たちが口々に「ESGへの逆風」を訴えていたことでした。ESGやサステナビリティについて口にすれば、政府の標的にされたり、嫌がらせも受けたりするため、手を挙げることすらできない。日本にいる私たちが想像する以上に、「グリーンハッシュ」と呼ばれるほどESGの取り組みの公表を控えるシリアスな状況になっていると言われていました。
他方、欧州ではESGの規制強化がもめつつ揺れている状況である中で、アジアでは粛々と取り組みが進められる様子もあり、まさにESGに対する取り組みが三極化している状況だと言えます。
こうした状況の中、自然・生物多様性の観点から、今回のCOP30に合わせたルールメイキングの動きはどのようなところにあったでしょうか。一番大きかったのは、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が自然・生物多様性に関する基準草案を来年10月に開催されるCOP17(生物多様性条約第17回締約国会議)までに準備すると発表したことです。(ISSBには全般的な開示要求事項の「IFRS S1号」と、気候変動に特化した開示要求事項の「IFRS S2号」と2種類ありますが、S1で補強されるのか、あるいは、S3として新たに作られるのか、まだ不明な点もあります)
基準草案準備の発表に加え、ISSBではTNFD(自然関連財務情報開示)をフル活用していきたいということも発表しています。その翌日にはTNFD側がISSBに呼応する声明を出すなど今後、開示の世界では、気候変動の次が自然・生物多様性であることも決定されました。
一方、今回のCOP30に合わせてTNFDも多くの発表をPRI in Personのサイドイベントで行いました。例えば、自然関連の移行計画におけるガイダンスが最終化され、そのファイナル版では、企業内でどのような準備をもって変革していくか、より多くの事例を含めて発行されました。
もともとTNFDは企業がどのようにリスクを捉え、分析するかのといったガイダンスがある一方で、ビジネスを成長させる機会創出のガイダンスはほとんどありませんでした。今回注目すべきは、成功事例集とも言えるOpportunitiesのディスカッションペーパーを、やはりCOP30に合わせてTNFDが発表したことでしょう。企業として「守り」のネイチャーポジティブだけにとどまらず、「攻め」のネイチャーポジティブに打って出ていけるようにするガイダンスと言えます。今後はビジネスを成長させる機会を見つける「攻め」のネイチャーポジティブといったトレンドが生まれてくるのではないかと考えています。
また、COP30がブラジルで行われたこともあり、注目されたのが「TFFF」(Tropical Forests Forever Facility)の正式ローンチです。これは新たな金融メカニズムのコンセプトで、1,250億ドル規模のファンドを創設し、その運用益から投資家に還元しつつ、さらには熱帯林を維持・保全している国に対してその熱帯林の面積に応じて毎年インセンティブを支払うというものです。これまで森林の保全は単なるコストであるという発想から、維持していれば利益を生むものへと発想を変えるものです。これは森林に対する対価が付き始める動きの先駆けであり、言ってみれば「自然資本の可視化と価値化」と言えるかもしれません。それは当然ながらコストとして将来的にはさまざまな分野に返ってくるものです。今までわれわれが当然のように無償で恩恵にあずかっていた自然資本に対して、今後は対価を払わなければならなくなります。そのため、新たな経済感覚や価値観が生まれるかもしれません。外部経済が内部化され、大きなパラダイムシフトが起こる可能性もあります。自然資本を利用している企業はさらなる現状把握が必要となるでしょう。
では、日本企業はどの点に留意していけばいいのでしょうか。現状把握から自分たちが抱えるリスクを見つけて開示していくことは当然として、今後は既存のビジネスの延長線上以外でも機会を見つけていく必要があります。これから「攻め」のネイチャーポジティブ経営を行っていくためには、今一度、原点に立ち戻って、自然・生物多様性に対する自分たちのミッションや存在意義、つまり、やれること、やらなければならないこと、あるいは、役割や立ち位置をしっかりと見定めた上で、自分たちが持っている技術や人、経験や影響力などすべてのリソースを確認し、何ができるのかを考えるべきでしょう。
例えば、自然関連リスクを回避しつつネイチャーポジティブに資する金融商品を開発することもできれば、自社技術を用いて今後のネイチャーポジティブ社会で必要とする自然モニタリングに供するサービスを開発することができるかもしれません。また、自社のバリューチェーンにおける影響力をも用いれば、バリューチェーン全体をネイチャーポジティブに向かわせることも可能かもしれません。自然・生物多様性に対する存在意義を見つけ、そこからビジネスを成長させたりしていく方法もあるでしょう。これまでの既存ビジネスの延長線上ではないかもしれませんが、20~30年後も続けられるようなビジネスを見つけていくべきでしょう。
現在、TNFDのアダプターは733社まで増加しています。そのうち日本企業は約210社を占め、4分の1以上が日本企業となっています。それだけ自然・生物多様性に対する関心や開示に対する意欲が高くなっているのです。
日本企業のプレゼンスはますます高くなっています。ただ、既存ビジネスの延長線上でのリスク回避と自然回復に結び付く取り組みは限界に来ているのかもしれません。だからこそ、今までにないようなビジネス、あるいは、ネイチャーポジティブに絡めて何ができるのかを探していく必要があるでしょう。
気候変動対策は喫緊の課題ではありますが、それが自然劣化を進めるようなかたちであってはなりません。森林を破壊して、太陽光パネルを設置するのはトレードオフの側面があります。大きく見れば、自然の中にはさまざまな問題があり、その1つが気候変動として議論されていますが、本来は自然・生物多様性にももっと目を向けるべきでしょう。
その構造を理解しながら、企業として現状把握し、どんなリスクがあるのかを見極め、機会も見つけていく。それも既存のビジネスの延長線上にないところで、ネイチャーポジティブに寄与するものを見つけていくことが、今後企業が生き残っていく術になるだろうと考えています。
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現在、TNFDのアダプターは733社まで増加。そのうち日本企業は約210社を占め、4分の1以上が日本企業となっています。日本企業のプレゼンスはますます高くなっていますが、既存のビジネスにおける延長線上でのリスク回避と自然回復に結び付く取り組みは限界に来ています。だからこそ、今までにないようなビジネス、あるいは、ネイチャーポジティブに絡めて何ができるのかを探していく必要があります。自然の中での気候変動と自然・生物多様性を理解しながら、既存のビジネスの延長線上にないところで、ネイチャーポジティブに寄与するものを見つけていくことが、今後企業が生き残っていく術になるでしょう。
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