2026年3月期 有報開示事例分析
第6回 人的資本に係る開示分析

EY新日本有限責任監査法人
公認会計士 須賀 勇介

Question

2026年3月期決算に係る有価証券報告書(以下「有報」という。)の人的資本に係る開示状況を知りたい。

Answer

【調査範囲】

  • 調査日:2026年8月
  • 調査対象期間:2026年3月期
  • 調査対象書類:有報
  • 調査対象会社:以下の条件に該当する189社
    ① 2026年4月1日現在、JPX400に採用されている
    ② 3月31日決算である
    ③ 2026年6月30日までに有報を提出している
    ④ 日本基準を適用している

【調査結果】

1. 解説

2026年2月20日に令和8年内閣府令第5号「企業内容等の開示に関する内閣府令及び特定有価証券の内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」が公布・施行され、「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下「開示府令」という。)が改正されたことにより、人的資本に関する有報の開示が拡充された。

(1) 記載項目及び記載箇所

当該改正により、これまで有報の「第1【企業の概況】」において記載することとされていた「従業員の状況」は、「第4【提出会社の状況】」に新設された「従業員の状況等」において記載することとされた。「従業員の状況等」では、記載箇所が変更された「従業員の状況」(開示府令第三号様式(記載上の注意)(39-3)、第二号様式(記載上の注意)(58-3))に加えて、新たに「人材戦略に関する基本方針等」(開示府令第三号様式(記載上の注意)(39-2)、第二号様式(記載上の注意)(58-2))の開示が求められている。

ただし、「人材戦略に関する基本方針等」と「サステナビリティに関する考え方及び取組」に記載する事項に重複が生じる場合は、「人材戦略に関する基本方針等」に参照する旨の記載をしたうえで、「サステナビリティに関する考え方及び取組」にまとめて記載することも認められている(開示府令第三号様式(記載上の注意)(39-2)、第二号様式(記載上の注意)(58-2)c)。

また、使用人その他の従業員のみを対象としたストック・オプション制度や役員・従業員株式所有制度を導入している場合に、その制度の概要を「従業員の状況」に記載する場合、その旨を記載することで、「新株予約権等の状況」や「役員・従業員株式所有制度の内容」の記載を省略することができる(開示府令第三号様式(記載上の注意)(19)、(27)、第二号様式(記載上の注意)(39)f、(46)c)。一方、これらの開示について、「新株予約権等の状況」や「役員・従業員株式所有制度の内容」に記載し、「従業員の状況」では、その旨を記載し当該開示を省略することもできる(開示府令第三号様式(記載上の注意)(39-3)、第二号様式(記載上の注意)(58-3)g)。

(2) 人材戦略に関する基本方針等

「人材戦略に関する基本方針等」では、連結会社の人材戦略を「経営方針、経営環境及び対処すべき課題」に記載する経営方針・経営戦略などに関連付けて具体的に記載すること(以下「企業戦略と関連付けた人材戦略」という。)や、連結会社の従業員の賞与を含む給与、その他の給付の額及び内容の決定に関する方針を記載すること(以下「従業員給与等の決定方針」という。)が求められている。なお、当該方針については提出会社に係るものに限定することが認められているが、提出会社が主として子会社の経営管理を行う会社(持株会社)である場合には、提出会社及び最大人員会社(外国会社を除く連結子会社のうち従業員数が最も多い会社、同社の従業員数が連結従業員数の過半数を超えない場合は次に従業員数が多い会社も含む。)についての方針の記載が必要となる(開示府令第三号様式(記載上の注意)(39-2)、第二号様式(記載上の注意)(58-2)a、b)。

(3) 従業員の状況

「従業員の状況」では、従来から行われている提出会社の従業員の平均給与額などの開示に加えて、「平均年間給与の対前事業年度増減率」(以下「給与増減率」という。)の開示が求められている。なお、持株会社については、最大人員会社についても当該記載が求められている(開示府令第三号様式(記載上の注意)(39-3)、第二号様式(記載上の注意)(58-3)b、d)。

2. 開示状況の調査結果

(1) 有報内の参照先

調査対象会社(189社)を対象として、「従業員の状況等」における有報の他の箇所への参照の記載状況を分析した結果は、<図表1>のとおりである。「人材戦略に関する基本方針等」から「サステナビリティに関する考え方及び取組」を参照する旨を記載している会社が91社(48.1%)と最も多く、次いで「従業員の状況」から「役員・従業員株式所有制度の内容」を参照する旨を記載している会社が53社(28.0%)と多かった。なお、「従業員の状況」から「その他」を参照している15社(7.9%)のうち10社は、「管理職に占める女性労働者の割合、男性労働者の育児休業取得率及び労働者の男女の賃金の差異」の連結子会社のうち主要な連結子会社以外のものについて「その他の参考情報」を参照していた。

<図表1> 従業員の状況等の有報内参照先に関する記載状況
 

参照先① 人材戦略に関する基本方針等② 従業員の状況
会社数比率会社数比率
サステナビリティに関する考え方及び取組91社48.1%22社11.6%
新株予約権等の状況0社0.0%8社4.2%
役員・従業員株式所有制度の内容4社2.1%53社28.0%
その他6社3.2%15社7.9%

(※)複数の参照先を記載している場合は、それぞれ1社としてカウントしている。

(2) 企業戦略と関連付けた人材戦略

2026年2月20日に金融庁から公表された「『企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令』(案)等に対するパブリックコメントの概要及びコメントに対する金融庁の考え方」(以下「金融庁の考え方」という。)では、経営方針・経営戦略などに関連付けた人材戦略は会社によってさまざまであり、各企業の実態に応じた開示充実の観点からは記載例を示すことは適当でないとされている一方で、2025年12月25日に「記述情報の開示の好事例集2025」(以下「好事例集2025」という。)が公表されており、好事例集の収集・公表などを通じて開示の浸透を図るとされている(金融庁の考え方No.136)。

好事例集2025で示されている投資家・アナリスト・有識者が期待する主な開示のポイントを参考に、調査対象会社(189社)を対象として、「人材戦略に関する基本方針等」における企業戦略と関連付けた人材戦略の記載状況を分析した結果は、<図表2>のとおりである。戦略に関連したエンゲージメントスコアや人的資本への投資額などの定量情報を開示している会社は、過半数の107社(56.6%)あった。また、価値創造プロセスや図表を用いて経営戦略と人材戦略の関係を可視化している会社や、時系列での変化と継続的取組を開示している会社も一定数あった。

<図表2> 企業戦略と関連付けた人材戦略の記載状況
 

記載状況会社数比率
定量情報を開示107社56.6%
価値創造プロセスや図表で可視化64社33.9%
時系列での変化と継続的取組を開示53社28.0%

(※1)複数の内容を記載している場合は、それぞれ1社としてカウントしている。
(※2)有報内の参照先に記載している場合も集計している。

(3) 従業員給与等の決定方針

従業員給与等の決定方針については、基本給・賞与といった給与の構成、ジョブ型か職務能力型かといった給与の考え方、給与水準のベンチマーク、給与の決定プロセス、給与体系の考え方などを記載することが想定され、「役員の報酬等」の項目の記載内容を参考にすることも考えられるとされている(金融庁の考え方No.141)。

「役員の報酬等」の項目の記載内容を参考に、調査対象会社(189社)を対象として、「人材戦略に関する基本方針等」における従業員給与等の決定方針の記載状況を分析した結果は、<図表3>のとおりである。役員報酬における固定・変動報酬の割合の開示に相当する給与の構成・体系(基本給・賞与・その他給付の構成比や設計思想を含む。)について記載している会社が143社(75.7%)と最も多かった。また、経営戦略・業績との連動(経営戦略の達成に向けた給与体系の設計思想や、重点領域の人材確保のための処遇方針を含む。)、給与水準の決定方法(同業他社とのベンチマーク比較や外部データの活用状況を含む。)、役員報酬における報酬委員会の説明に相当する決定のガバナンス・プロセス(社内の決定の仕組みや職務、役割又は職能に対応した決定方針を含む。)について記載している会社のいずれも過半数を占めていた。

<図表3> 従業員給与等の決定方針の記載状況
 

記載状況会社数比率
給与の構成・体系143社75.7%
経営戦略・業績との連動119社63.0%
給与水準の決定方法114社60.3%
決定のガバナンス・プロセス96社50.8%

(※1)複数の内容を記載している場合は、それぞれ1社としてカウントしている。
(※2)有報内の参照先に記載している場合も集計している。

(4) 給与増減率

調査対象会社(189社)を対象として、「従業員の状況」における業種別の給与増減率を分析した結果は、<図表4>のとおりである。提出会社のみで集計した場合、調査対象会社全体の給与増減率の平均値は4.3%であった。調査対象会社数が5社以上の業種のうち、給与増減率の平均値が上位の3業種は、海運業(10.2%)、建設業(7.4%)、非鉄金属(6.5%)であった。なお、提出会社及び最大人員会社の増減率を用いて集計した場合も、平均値に代えて外れ値の影響を受けにくい中央値を用いた場合も、上位の3業種は同じであった。

また、調査対象会社(189社)について給与増減率の分布を分析した結果は、<図表5>のとおりである。累計比率に着目すると、給与増減率が4%以上の会社は96社(50.8%)と半数を超えており、10%以上の会社も22社(11.6%)あった。一方、0%未満の会社は24社(12.7%)であった。

なお、給与等の決定方針と実際の給与増減率とに差異が生じる場合には、その旨を注記することも考えられるとされている(金融庁の考え方No.174、175)。給与増減率について変動理由を記載している会社は16社(8.5%)あり、給与増減率は、賃金改定だけでなく、業績連動報酬、人員構成の変化、又は従業員の算定範囲の変更などの影響を受けることが読み取れる補足説明となっていた。このことからも、前述の分析結果が賃上げ率を直接示すものではない点には留意が必要である。

<図表4> 給与増減率の業種別分析
 

業種調査対象会社数増減率の平均値増減率の中央値
提出会社(※1)提出会社及び最大人員会社(※2)提出会社(※1)提出会社及び最大人員会社(※2)
海運業5社10.2%10.2%8.6%8.6%
建設業11社7.4%7.5%8.6%8.6%
非鉄金属5社6.5%6.7%7.8%7.8%
銀行業10社5.4%5.1%5.1%5.0%
情報・通信業10社5.3%5.4%4.1%4.1%
不動産業10社5.1%5.6%5.0%5.1%
電気・ガス業9社5.1%5.1%4.8%4.8%
小売業9社5.0%4.8%3.5%3.3%
サービス業7社4.0%4.0%4.5%4.2%
その他金融業7社3.9%3.9%3.9%3.9%
機械10社3.8%3.7%4.8%4.8%
陸運業15社3.7%4.1%2.6%2.9%
電気機器13社3.3%3.4%2.4%3.0%
卸売業13社3.1%3.7%2.2%2.2%
化学11社3.0%3.1%2.9%2.9%
食料品8社2.4%2.2%1.4%1.4%
その他製品7社1.7%5.1%3.8%4.1%
その他(※3)29社3.3%3.3%3.3%3.0%
全体189社4.3%4.5%4.1%4.1%

(※1)提出会社の給与増減率を記載している187社を対象として算定している。
(※2)調査対象会社ごとに、提出会社及びすべての最大人員会社の増減率の単純平均を用い、最大人員会社の記載がない場合は提出会社の増減率を用いている。
(※3)調査対象会社数が5社未満の業種を「その他」に集約している。
(※4)各分析項目の上位3業種及び下位3業種に網掛けしている。

<図表5> 給与増減率の分布
 

給与増減率(※1)会社数比率累計比率(※2)
10%以上22社11.6%11.6%
8%以上10%未満17社9.0%20.6%
6%以上8%未満18社9.5%30.2%
4%以上6%未満39社20.6%50.8%
2%以上4%未満44社23.3%74.1%
0%以上2%未満25社13.2%87.3%
0%未満24社12.7%100.0%
合計189社100.0%-

(※1)提出会社の給与増減率を用いている。ただし、提出会社について給与増減率の記載がない2社は、最大人員会社の給与増減率を用いている。
(※2)累計比率は、当該区分以上の比率を累計している。

(旬刊経理情報(中央経済社)2026年9月20日号 No.1787「2026年3月期「有報」分析」を一部修正)

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