2026年3月期 有報開示事例分析
第7回 中東情勢関連の開示分析

EY新日本有限責任監査法人
大浦 佑季

Question

2026年3月期決算に係る有価証券報告書(以下「有報」という。)の事業等のリスク、重要な会計上の見積りに関する注記、追加情報の注記の開示における中東情勢に関連する開示の状況を知りたい。

Answer

【調査範囲】

  • 調査日:2026年8月
  • 調査対象期間:2026年3月期
  • 調査対象書類:有報
  • 調査対象会社:以下の条件に該当する1,996社
    ① 東京証券取引所、札幌証券取引所、名古屋証券取引所、福岡証券取引所に上場している
    ② 3月31日決算である
    ③ 2026年6月30日までに有報を提出している
    ④ 日本基準を適用している

【調査結果】

1. 解説

2026年2月以降、中東情勢の緊迫化を背景として、ホルムズ海峡は事実上の封鎖状態となっていた。日本の原油輸入の大部分はホルムズ海峡を運航する船舶での輸入に依存しており、多くの日本企業にとって原油等のエネルギー価格の高騰や石油製品の一種であるナフサ由来の原材料等の調達難・調達遅延等の影響があったものと思われる。

このような中東情勢の緊迫化は、2026年3月期決算の有報における事業等のリスク、重要な会計上の見積りに関する注記、追加情報の注記の開示内容にも影響を及ぼしているものと考えられる。

そこで、これらの開示について、中東情勢に関連する記載を分析した。

2. 開示状況の調査結果

(1) 事業等のリスクにおける中東情勢の影響の開示状況

調査対象会社(1,996社)のうち、有報の「事業等のリスク」に中東情勢の影響を記載している330社(以下「中東情勢影響記載会社」という。)について、有報の「事業等のリスク」における中東情勢に起因するリスクの内容を集計した結果は、<図表1>のとおりである。また、記載数が50件超である各リスクの内訳に関する集計結果は、<図表2>から<図表5>のとおりである。

なお、リスクの内容の記載は一定程度分類して集計した。また、「中東情勢等の地政学リスク」といった記載や、一般的な影響にとどまると考えられる事例については、「具体的な記載なし」として集計した。

<図表1>「事業等のリスク」における中東情勢に起因するリスクの内容
 

リスクの内容記載数(件)
(※1)
比率
(※2)
価格変動リスク29890.3%
供給制約リスク17753.6%
需要減少・市場悪化リスク8425.5%
オペレーション停止・遅延リスク6018.2%
信用・金融リスク3610.9%
通商政策・制度リスク133.9%
その他41.2%
具体的な記載なし3510.6%
合計707‐

(※1)1社が複数のリスクを記載している場合は、それぞれリスクをカウントしたため、記載数の合計(707件)は中東情勢影響記載会社数(330社)を上回っている。
(※2)記載数の比率は330社を分母にして算定している。

<図表2>価格変動リスクの内訳
 

リスクの内容記載数(件)比率
原材料価格の高騰11739.3%
原油価格・エネルギー価格の高騰8628.9%
仕入価格・調達コストの上昇3511.7%
物流コストの上昇3110.4%
為替相場の変動155.0%
その他144.7%
価格変動リスク 合計298100.0%

<図表3>供給制約リスクの内訳
 

リスクの内容記載数(件)比率
原材料の調達難・調達遅延9252.0%
サプライチェーンの混乱4525.4%
供給制限・供給不安2413.6%
エネルギーの調達難・調達遅延137.3%
その他31.7%
供給制約リスク 合計177100.0%

<図表4>需要減少・市場悪化リスクの内訳
 

リスクの内容記載数(件)比率
国内経済・世界経済への影響2529.8%
取引先の業績悪化・支出抑制2226.2%
需要の変動・低下2125.0%
販売への影響89.5%
市場の低迷・景気後退89.5%
需要減少・市場悪化リスク 合計84100.0%

<図表5>オペレーション停止・遅延リスクの内訳
 

リスクの内容記載数(件)比率
物流の停滞・混乱3253.3%
生産調整・生産停止1321.7%
納期遅延915.0%
販売活動の制限610.0%
オペレーション停止・遅延リスク 合計60100.0%

「事業等のリスク」における開示状況を分析した<図表1>からは、価格変動リスク(298件)と供給制約リスク(177件)がそれぞれ中東情勢影響記載会社数(330社)の半数以上を占めていた点が分かる。それぞれのリスクの内容を分析した<図表2>及び<図表3>からは、特に価格変動リスクについては原材料価格の高騰、供給制約リスクについては原材料の調達難・調達遅延に関する内容が多かったことが読み取れる。中東情勢の不安定化によりホルムズ海峡を通過する石油タンカーによる調達難・調達遅延が懸念され、石油等の原材料の価格の高騰や調達難・調達遅延のリスクが多くの会社で影響していたものと考えられる。

また、供給制約リスクの内訳である<図表3>のサプライチェーンの混乱(45件)や、需要減少・市場悪化リスクの内訳である<図表4>の取引先の業績悪化・支出抑制(22件)にみられるように、自社に対する直接の影響だけでなく、取引先への影響や、自社・取引先が属するサプライチェーンへの影響といった間接的な影響も「事業等のリスク」として記載している事例もみられた。

さらに、<図表1>より信用・金融リスクは記載会社数の10%超を占めており、中東情勢の影響は会社の生産・販売面だけでなく、取引先に対する与信リスクや金融市場にも影響を及ぼしていることが分かる。

次に、中東情勢影響記載会社(330社)について、「事業等のリスク」において業種別に中東情勢に起因するリスクの内容を比較した結果は、<図表6>のとおりである。なお、業種別の中東情勢影響記載会社数が10社以上、かつ、業種別でリスクの内容の記載数が20件以上の業種を記載している。

<図表6>「事業等のリスク」における中東情勢に起因するリスクの内容の業種別分析
 

 サービス業卸売業化学機械銀行業
価格変動リスク16
(39.0%)
25
(47.2%)
30
(46.9%)
27
(42.9%)
2
(6.1%)
供給制約リスク8
(19.5%)
12
(22.6%)
16
(25.0%)
15
(23.8%)
1
(3.0%)
需要減少・市場悪化リスク9
(22.0%)
5
(9.4%)
6
(9.4%)
5
(7.9%)
4
(12.1%)
オペレーション停止・遅延リスク1
(2.4%)
6
(11.3%)
7
(10.9%)
6
(9.5%)
-
信用・金融リスク2
(4.9%)
-2
(3.1%)
1
(1.6%)
26
(78.8%)
通商政策・制度リスク1
(2.4%)
2
(3.8%)
-2
(3.2%)
-
その他-1
(1.9%)
1
(1.6%)
--
具体的な記載なし4
(9.8%)
2
(3.8%)
2
(3.1%)
6
(9.5%)
-
合計4153646233
 建設業小売業食料品鉄鋼電気機器輸送用機器
価格変動リスク13
(46.4%)
13
(52.0%)
20
(55.6%)
12
(44.4%)
30
(35.3%)
14
(43.8%)
供給制約リスク7
(25.0%)
7
(28.0%)
11
(30.6%)
9
(33.3%)
23
(27.1%)
7
(21.9%)
需要減少・市場悪化リスク3
(10.7%)
2
(8.0%)
2
(5.6%)
1
(3.7%)
12
(14.1%)
3
(9.4%)
オペレーション停止・遅延リスク4
(14.3%)
3
(12.0%)
-4
(14.8%)
12
(14.1%)
3
(9.4%)
信用・金融リスク1
(3.6%)
-1
(2.8%)
--1
(3.1%)
通商政策・制度リスク---1
(3.7%)
3
(3.5%)
1
(3.1%)
その他--1
(2.8%)
---
具体的な記載なし--1
(2.8%)
-5
(5.9%)
3
(9.4%)
合計282536278532

<図表6>より、小売業と食料品においては、5割超の会社で価格変動リスクを記載している。これは、これらの業種では包装資材等、販売商品にナフサ由来の原材料が多く使用され、販売単価も小さいことから、原材料価格や調達コストの影響を受けやすかったと推察される。

これに対して、銀行業において価格変動リスクを記載している事例は2件(6.1%)に留まり、一方で信用・金融リスクの記載が26件(78.8%)となっており、銀行業特有のリスクが最も表れているといえる。また、銀行業では自社への直接的な影響よりも、取引先企業の業績悪化に起因する影響が「事業等のリスク」として記載されている事例が多くみられた。

また、機械業においては「具体的な記載なし」の割合が9.5%と他の業種と比較して高くなっている。これは、機械業では原材料価格、調達コスト、燃料費、生産調整、取引先の需要など多くのリスクが混在するため、「中東情勢緊迫化等による当社への影響」といった包括的な記載に留まっていたためと考えられる。

(2) 重要な会計上の見積りに関する注記

調査対象会社のうち、有報の重要な会計上の見積りに関する注記に「中東」の記載がある会社は47社、55件であった。この47社について、重要な会計上の見積りに関する注記における記載項目(55件)を集計した結果は、<図表7>のとおりである。

<図表7>重要な会計上の見積りに「中東」と記載した事例の見積項目
 

見積項目件数(※)比率
繰延税金資産の回収可能性2138.2%
固定資産の減損1629.1%
貸倒引当金1018.2%
工事契約に係る収益認識23.6%
工事損失引当金23.6%
その他47.3%
合計55100.0%

(※)連結と個別で同一の項目を記載している場合には1件とカウントした。

<図表7>より、繰延税金資産の回収可能性、固定資産の減損において中東情勢の影響を記載している会社が多い。「事業等のリスク」に記載された価格変動リスクや供給制約リスクが会社の将来の収益性に影響し、これらの見積りにも重要な影響を与えているものと考えられる。

次に、貸倒引当金を記載している10件のうち、9件は銀行業及びその他金融業であり、金融業においては「事業等のリスク」において信用・金融リスクを記載している会社が多いこととも整合している。

また、工事契約に係る収益認識(2件)と工事損失引当金(2件)については、いずれも建設業の会社が記載しており、建設業の会社では原材料の高騰や調達遅延の影響により利益率や工事の進捗率の見積りに重要な影響を与えていたことが推察される。

(3)追加情報の注記

調査対象会社のうち、追加情報において中東情勢について記載しているのは4社であった。このうち2社は重要な会計上の見積りの注記においても中東情勢の影響を記載していた。残る2社のうち、1社は重要な会計上の見積りの注記ではなく追加情報でのみ中東情勢の影響を説明しており、もう1社は中東情勢の影響が会計上の見積りに重要な影響を及ぼす可能性は低い旨を記載していた。

(旬刊経理情報(中央経済社)2026年9月20日号 No.1787「2026年3月期「有報」分析」を一部修正)

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