2026年3月期 有報開示事例分析
第10回 インフレ関連の開示分析②(退職給付関係)

EY新日本有限責任監査法人
兵藤 伸考

Question

2026年3月期決算に係る有価証券報告書(以下「有報」という。)の退職給付関係の注記における割引率及び長期期待運用収益率等のインフレに関連する開示の状況を知りたい。

Answer

【調査範囲】

  • 調査日:2026年8月
  • 調査対象期間:2026年3月期
  • 調査対象書類:有報
  • 調査対象会社:以下の条件に該当する189社
    ① 2026年4月1日現在、JPX400に採用されている
    ② 3月31日決算である
    ③ 2026年6月30日までに有報を提出している
    ④ 日本基準を適用している

【調査結果】

1. 解説

2026年3月期は、日経平均株価の上昇、金融政策の正常化に伴う金利の上昇、円安や労務費の上昇による物価上昇など、国内の経済環境に大きな変化が生じた。これらの経済環境の変化は、2026年3月期決算の有報における退職給付関係の注記の開示内容にも影響を及ぼしているものと考えられる。

そこで、退職給付関係の注記における割引率及び長期期待運用収益率等の開示状況について、インフレに関連する項目を分析した。


2. 開示状況の調査結果

(1) 退職給付関係の注記における割引率及び長期期待運用収益率の開示状況

調査対象会社(189社)を対象に、2026年3月期決算の退職給付関係の注記における割引率が2025年3月期決算の割引率と比較して変動しているか分析した結果は、<図表1>のとおりである。なお、調査対象会社189社のうち14社は、確定拠出年金制度や簡便法のみであること等から、具体的な割引率の記載がなかった。

<図表1>退職給付関係の注記における割引率の変動状況
 

変動会社数比率
上昇している151社86.3%
下落している4社2.3%
変動していない20社11.4%
合計175社100.0%

(※1)「●%~●%」と記載している事例については上限値と下限値の単純平均値に基づき比較している。
(※2)国内会社と在外子会社を区分している事例は国内会社の割引率を集計している。

2026年3月期決算の割引率が2025年3月期決算の割引率と比較して上昇していた事例は151社(86.3%)であり、国債等の利回りが上昇したことに伴い、多くの会社の適用する割引率が上昇し、その結果、期末の退職給付債務は減少したものと考えられる。

一方、2025年3月期決算の割引率と比較して増減していない事例が20社(11.4%)あったが、企業会計基準適用指針第25号「退職給付に関する会計基準の適用指針」30項では、割引率等の計算基礎に重要な変動が生じていない場合には、これを見直さないことができるとした重要性基準が認められており、割引率等の計算基礎に重要な変動が生じていないことから割引率を見直さなかった等の要因が考えられる。また、割引率が下落している事例については、注記上、国内会社と在外会社の割引率を区分しておらず、在外子会社の退職給付債務に係る割引率が含まれていたこと等が要因として推察される。

(2) 退職給付関係の注記における長期期待運用収益率の変動状況

調査対象会社(189社)を対象に、2026年3月期決算の退職給付関係の注記における長期期待運用収益率が、2025年3月期決算の長期期待運用収益率と比較して変動しているか分析した結果は、<図表2>のとおりである。なお、調査対象会社のうち31社は、退職給付関係の注記において長期期待運用収益率の記載がなかった。

<図表2>退職給付関係の注記における長期期待運用収益率の変動状況
 

増減会社数比率
上昇している30社19.0%
下落している15社9.5%
変動していない113社71.5%
合計158社100.0%

(※)「●%~●%」と記載している事例については上限値と下限値の単純平均値に基づき比較している。

2025年3月期決算の長期期待運用収益率と比較して上昇している事例が30社(19.0%)のみであり、変動していない事例が113社(71.5%)であることから、多くの会社は2026年3月期において長期期待運用収益率は見直していなかったと考えられる。前連結会計年度である2025年3月期においても日経平均株価等のインデックス指数の上昇がみられたものの、2026年3月期の退職給付費用の計算に用いられる長期期待運用収益率が当期損益に重要な影響があると認められる場合に該当しないと判断していたこと等が考えられる。また、日経平均株価等のインデックス指数の上昇がみられたが、国内債券等の年金資産に対する安全資産の保有割合が高い等の資産構成による影響も推察される。

(3) 数理計算上の差異の発生状況の事例分析

調査対象会社(189社)を対象に、退職給付関係の注記において退職給付債務及び年金資産の数理計算上の差異の当期の発生状況を分析した結果は、<図表3>及び<図表4>のとおりである。なお、調査対象会社のうち30社は数理計算上の差異の記載がなかった。

 <図表3>のとおり、退職給付関係の注記における退職給付債務の数理計算上の差異について、数理計算上の差異の当期の発生分が有利差異であった事例が159社(90.9%)と大多数であった。<図表1>のとおり、2026年3月期決算の割引率が2025年3月期決算の割引率と比較して上昇していた事例が多く、期末の割引率を見直した結果、期末の退職給付債務が減少し、数理計算上の差異の当期の発生分が有利差異となったものと考えられる。

また、退職給付債務の数理計算上の差異の当期の発生分が不利差異であった事例16社のうち10社は割引率が下落している又は増減していない会社であった。

<図表4>のとおり、退職給付関係の注記における年金資産の数理計算上の差異の当期の発生分については、有利差異であった事例が147社(92.5%)と大多数であった。半数以上の会社は2026年3月期決算において長期期待運用収益率は見直していなかったが、多くの会社で年金資産の実績運用利回りが長期期待運用収益率を上回っていたためと考えられる。

また、年金資産の数理計算上の差異の当期の発生分が不利差異であった事例が12社(7.5%)あったが、当該事例の年金資産の主な内訳として現金預金や一般勘定の保有率が高い会社がみられた。

<図表3>退職給付関係の注記における退職給付債務の数理計算上の差異の発生状況
 

差異の発生状況会社数比率
有利差異(※1)159社90.9%
不利差異(※2)16社9.1%
合計175社100.0%

(※1) 期初の予測と比較して退職給付債務が減少
(※2) 期初の予測と比較して退職給付債務が増加

<図表4>退職給付関係の注記における年金資産の数理計算上の差異の発生状況
 

差異の発生状況会社数比率
有利差異(※1)147社92.5%
不利差異(※2)12社7.5%
合計159社100.0%

(※1) 期初の予測と比較して年金資産が増加
(※2) 期初の予測と比較して年金資産が減少
(※3)1社は長期期待運用収益率の記載を省略しているため<図表2>と合計が相違する。

(旬刊経理情報(中央経済社)2026年9月20日号 No.1787「2026年3月期「有報」分析」を一部修正)

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