データを活用して給与計算業務を企業の付加価値につなげるには

データを活用して給与計算業務を企業の付加価値につなげるには


最先端テクノロジーを給与計算業務に実装することで、組織にも従業員にも大きなメリットが生まれます。


要約

  • 一般的に、給与計算は技術面で遅れがちであるが、デジタルトランスフォーメーションがもたらす潜在的なメリットは無視できないほど大きい。
  • 給与計算プロセスを完全にデジタル化することで、企業は人材強化や従業員体験の向上といった幅広い分野での意思決定が可能になる。
  • 給与計算業務の責任者が人事部門や財務部門の責任者と緊密に連携すれば、組織を大きく前進させることができる。

給与計算において業界が目指している未来はワンタッチです。人工知能(AI)と機械学習(ML)を活用することで、企業は給与情報を生成する全てのシステムをくまなくチェックし、膨大な量のデータを収集できるようになります。関連するあらゆる計算、必要な全ての法定調書の作成、そしていずれは支払いの開始や例外的な事象の管理までもテクノロジーで可能になります。
 

それに伴い、人が果たす役割も変わります。手間のかかる作業や問題解決は機械が代行し、給与計算業務の責任者がすべきことは作業内容の確認だけになるでしょう。しかも承認はワンタッチで終わります。さらに、全てのデータを把握できるということは、さまざまな意思決定や広範なビジネスの付加価値向上にもつながります。

少なくとも、それが理想的なシナリオです。ところがデジタルトランスフォーメーションが推進される時代にあって、給与計算はその対応に乗り遅れています。では、何が障害となっているのでしょうか。そして、その障害がなくなれば、どのようなメリットがあるのでしょうか?

遅れている理由はさまざまですが、主に、給与計算がデジタルトランスフォーメーションのイニシアチブの対象ではないことが問題でした。給与計算業務は、実際には人事または財務部門のどちらかが担当しますが、それぞれの部門には個別の機能があり、集中して取り組む必要のあるもっと重要な任務があると考えています。つまり、給与計算に対する関心が高くないのです。

さらに給与計算業務は、何か問題が発生しない限り、組織があまり注意を払うことのない分野の一つでもあります。給与計算業務が完璧に行われても、注目されることはありません。その一方、仮に問題が起きた場合はどうでしょうか? 従業員の士気と忠誠心が大きく損なわれ、組合幹部や政府の規制当局は神経をとがらせることになり、企業の評判と業績も悪化します。つまり給与計算とは、責任者がある程度リスクをとったとしても、ほとんど報われることのない業務だと言えます。

しかし、テクノロジーを活用して給与計算を変革することで得られるメリットは大きく、既に多くの企業がそれを理解していることが明らかになってきています。デジタルトランスフォーメーションを給与計算に取り入れるべき時期が来ているのです。
 


技術面のハードル

手作業による旧態依然とした給与計算の手法は終わるでしょう。開発者は市場をディスラプションに導くようなツールやテクノロジーの開発に熱心に取り組んできました。多数の外部プロバイダーが、給与計算業務の大部分を受託してモダナイズできるプラットフォームに注力し、開発しています。多くの中小企業にとっては、こうしたサービスが効果的なソリューションとなるでしょう。

新しいソリューションの導入が進む一方で、多様性に富む大規模なグローバル企業は、そうしたプラットフォームに容易に移行できないことが分かってきました。こうした企業は、広範な地域における給与データの集計、総支給額と差引支給額の計算を処理できる給与計算エンジンの実現を待ち望んでいます。

広範な地域の給与計算を処理できるケイパビリティの必要性は、新しい働き方がもたらす課題によってさらに顕著になります。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大をきっかけに加速した、場所にしばられない働き方やオフィススペースの「ホテル化」は、今後も進むと思われます。したがって、企業が大勢の従業員グループを地域ごとに分け、一律の給与体系をとることは減少するでしょう。

その代わり、ニューヨークやフランクフルトなど本社の従業員は、フィラデルフィア、ロンドン、北京、ブダペストに住むチームメンバーで構成されることになるでしょう。その結果、これまで同質だった従業員グループは解体され、個々人の大きな集合体となり、一人一人の税務要件と給与計算方法も異なってきます。

次に、拡大と変更が続く技術要件について考察します。給与計算にはコンプライアンスの順守が必須です。労働組合や政府、地方自治体に至るまで、あらゆる団体が規則や規制を課しますが、この変革の時代において、そうした規則や規制は能動的な役割を果たしています。これが、給与計算のニーズが高まっている理由です。

ところが、給与計算分野の初期のソリューションではグローバルなアプローチがとられておらず、急速に進化する給与計算の現状を反映したものとは言えません。むしろ多くのプロバイダーは、単一、あるいは一部の類似した地域や業界に特化したエンジンの開発に取り組み、給与計算には必要のない機能まで追加しようしています。このようなエンジンは、広く普及させるには難しいシステムです。事業内容が多岐にわたり、地理的にも分散していて、給与計算方法がそれぞれ異なる従業員を多数擁する企業にとって、これは大きな阻害要因となります。

そうした企業が、全従業員の給与計算を処理できる単一のソリューションを見つけるのは、不可能ではないにしても困難です。企業が抱える難題に対処するために、プロバイダーは広範な機能を備えたシステムではなく、基本的な給与計算業務に照準を合わせる必要があります。


「ワンストップ」アプローチ

企業やプロバイダーが給与計算の中核業務に特化して取り組むようになれば、技術的な機会が⽣まれ、変⾰がもたらされるでしょう。グローバルでは何が可能なのか理解を深めるために、EYが多くのクライアントの代わりにとっている、全てのデータを1カ所に集約する方法を紹介します。

給与データを集計し、総支給額と差引支給額を計算するには、あらゆる種類の情報が必要です。どのような給与計算サイクルであっても、多種多様なソースからさまざまなデータを収集しています。当然ながら、給与データの集計と総支給額・差引支給額を計算するプロセスでの役割に応じて、異なるデータセットは別々のルールで処理されます。現時点において、必要なデータの収集、集計、法定調書の作成を、主に手作業による大幅な回避策を講じることなく実行できるシステムはありません。

「ワンストップ」アプローチでは、企業が給与計算に関するあらゆるデータを収集し、スプレッドシートから⽣成したPDFやデータファイルなど全てを1カ所に集約することで、変⾰を促進します。第⼀段階では、信頼性の⾼い給与データの集計と総⽀給額の計算に注⼒する必要があります。実に、給与計算ミスの70%がこの段階で発⽣しています。つまり、このミスをなくすだけでも⼤きな前進と⾔えます。

このアプローチでは、何のデータなのか、データのソースは何か、データが正確であることをどのように確認するのか、こうしたこと全てが明確に特定されます。徹底的な精査を実施するプロセスであり、管理とガバナンスが確立されています。今は手動プロセスとデジタルプロセスが混在しているかもしれませんが、全ての情報が1カ所に集約されています。

これにより、企業はAI、ML、自然言語処理、RPA、その他関連するテクノロジーの導入が可能になります。データの整理ができるよう機械に学習させれば、どの要素が何に該当するかを識別したり、人が確認する必要のある相違点や不規則性を特定したりできるようになります。最終的には、三角測量を用いた適切なデータの処理が可能になります。

そしてこれは、既に実現していることです。多くの組織は初期段階にあるかもしれませんが、働き方を変革するためのこうした動きは既に始まっているのです。

給与データの集計と総支給額の計算に最適なグローバルオートメーションプロセスを開発できれば、差引支給額の計算に必要なワークフロー自動化への道が開かれます。このプロセスはずっとシンプルなものです。総支給額の計算が正しければ、税額やその他の支払いなど残りの計算はほぼ定型的なので、機械に学習させて実行することが比較的簡単だからです。


自動化のメリット

全ての手順が簡単になるわけではありません。給与計算そのものの自動化が進んでいない場合、必要な情報の下流に位置するソースデータの多くにも同じことが当てはまります。福利厚生、時間・勤怠管理システム、セールスプログラム、コミッションプログラムとの連携は総支給額と差引支給額の計算に大きく影響するものですが、その多くは時代に沿わなくなっています。

しかし先を行く企業は、人手を要しミスが発生しやすい作業を完全自動化するために、まずは給与データの集計、次に総支給額の計算、そして差引支給額の計算という順序で移行を進めています。こうした企業は、大幅なコスト削減を直ちに実現しています。しかし、それ以上に価値があるのは、目には見えない数々のメリットかもしれません。

まず、機械で処理できるプロセスは、その性質上、非常に内省的で高い応答性を備えています。つまり、不正行為など問題のあるパターンを識別して目立たせたり、何かの不足や欠陥を指摘したりするという点で、AIは人間よりも優れた能力を発揮します。

次に、給与計算プロセスを完全にデジタル化することで、単一データモデルという極めて重要な企業目標の実現につながります。これは、ソースデータからの情報収集が1回だけ実施されるということです。情報(データポイント)は明確に定義され、その出どころは認証されています。このデータは、地域間の人件費や不動産コストの比較など、企業が必要とするあらゆる分析で確信を持って共有できるようになり、立地の決定に関わる重要な洞察を得ることができます。

同様に、例えばどの拠点で新規採用を行うか、その人たちの給与は他の従業員と比べてどのくらいにすべきかといった判断をする上で、企業はより多くの情報を得られます。また、多くのサポートと経験を必要とする大勢の従業員に比べ、特定の従業員にどの時点で早いキャリアパスを与えるべきかといった決定を行うための洞察を、経営層が得ることもできます。

企業がより厳密なデジタル環境で給与計算を行えば、コンプライアンスの一層の徹底にもつながります。異常値を特定して調査する能力が上がり、重要で最新の意思決定を下すにあたり、高機能を備えたダッシュボードを活用することができるでしょう。

最後のメリットは、従業員と企業の関係にあります。給与は、従業員が会社で体験する他のどの要素よりも、従業員個人に密接に関わっています。デジタル化することで、企業はこの体験を大幅に改善することができます。

まずは品質と信頼性を向上させること。これによって計算ミスや遅延は大幅に減るでしょう。さらに、企業は容易に機能を追加できるようになります。例えば、携帯電話で利用できる給与アプリ。このアプリを使用して、従業員が個人情報を確認したり、源泉徴収税の調整を行ったり、住宅ローンなどの借入に必要な雇用データの証明書を請求したりできます。また、AIを活用したチャットボットを簡単に開発することもできます。これにより、従業員は24時間365日、必要な情報やサービスを利用できるようになります。

最後に、今日では世界的に従業員への給与支払い頻度を増やす傾向があり、日払いにすべきと主張する人もいます。最終的には、企業は従業員との関係から最も合理的な方法を決定することになりますが、既にデジタル化された給与計算プラットフォームを稼働させていれば、今後の変更には簡単に対応できます。

ここまで述べてきた理由から、多くの企業では給与計算のデジタルトランスフォーメーションが進んでいません。人事、財務、給与計算の責任者が一致協力し、今何ができるかをしっかりと見極め、組織を大きく前進させるための挑戦に取り組むことが重要だとEYでは考えています。

最終的に、デジタル化された未来で真に頼られる存在となるのは、規制とコンプライアンスの問題に深く精通し、コミュニケーションと顧客サービスにも秀でた給与計算の担当者です。給与計算を社内で行うにせよ、外部委託あるいは一部を委託するにせよ、基礎となるプロセスは自動化できます。ただし、企業や従業員のニーズを満たすためには継続的な見直しが必要です。

同時に、将来適用される規則を見据えながら、現在の規則に従って全て実行しなければなりません。問題を解決し、前に進み、必要な場合には今後の規則に向けた情報提供や働きかけを行うこと、これら全てが給与計算の未来にとって不可欠な要素です。給与計算が目指すワンタッチの未来は、今すぐ実現できます。このチャンスをしっかりとつかむことが大切です。


サマリー

革新的な最新テクノロジーを用いることで、給与計算業務のプロセスを真に変革する機会が訪れ、給与計算だけでなく、より広範なビジネスと従業員体験の向上にも大きなメリットが生まれます。


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