EHS(環境・労働安全衛生)の改善に向けて

EHS(環境・労働安全衛生)の改善に向けて


EHS(環境・労働安全衛生)リスク管理の見直しが、組織の生産性改善につながります。成熟度曲線を上る方法とはいかに。

EHS(環境・労働安全衛生)リスクは今や、国や地域を問わず、職場の生産性の根幹であると考えられています。EHS活動の一環として、組織の決まりや法規制を順守する必要性はずっと以前から認識されています。しかしながら、広がるEHSリスクに対するその組織の対応についての成熟度を必ずしも読み取れるわけではありません。各企業は、EHSパフォーマンスの効率的、効果的管理に目を向ける必要があります。 

十分対処できていない可能性のある領域の一つが、従業員のモチベーションです。従業員にとっての外的動機のみを利用しようとし、もっと効果が大きく、持続可能な内的動機が手つかずのままになっているケースは少なくありません。

  1. 外的動機は、ルールや手順に従う意思に関係し、つまりは「そうしなければならない」ことが行動の理由です。頼りは外からの力。例えば、誰かが見ている時にルールに従うことによってトラブルを避ける、といった場合です。
  2. 内的動機は、その人にとってのその状況の価値を根本的に理解した結果と言えます。この場合の頼りは内からの力。例えば、自分が安全に仕事をすれば、家族の元に帰る機会が得られる、といった場合です。

もっと効果が期待できる新しい方法でEHSリスクに対応する次の段階へと前進するには、今こそ変化を起こし、従業員の内的動機の力を生かす時かもしれません。EHS対応を継続的に改善し、外的動機以上の要因を生かそうと考える組織は、EHSパフォーマンスの改善を目にするのはもちろん、EHS部門が効果的な組織パフォーマンスの原動力の一つになっているはずです。

したがって、課題は、組織が、もっと具体的に言えば組織のリーダーが、従業員の内的動機に後押しされたEHSの将来像に向けて変革を仕掛けるためにどうすべきか、ということです。その答えは、EHS成熟度の評価方法に目を向けるところから始まります。

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第1章

将来のEHS成熟度

組織のリーダーには、より進歩的な道筋を設定する前段階として、EHS部門の現状評価手法が必要です。

考え方の変化がすでに始まっていることを示す証拠があります。現在では、多くの組織リーダーたちが、一定水準のEHS部門の設置に必要不可欠な法令順守が終わりではないことを理解し、EHS領域には組織の成熟度やパフォーマンスを次の段階へと押し上げる力のある側面が含まれていることを認識しています。

課題は、EHSの安定期を超え、より進歩的な道筋を設定するために、組織リーダーにはEHS部門の現状を評価するための手段が必要であるということ。今日のビジネス環境と将来のEHSに則した手法でなければなりません。EHSのさまざまな観点を考慮し、リーダーシップをその軸とする手法であれば、従業員の内的動機を生かす最も効果的手段になります。

リーダーたちはなぜ組織でのEHSの有効管理を重要視するのでしょうか。リーダーが知識を共有し、自分の行いや自分が知らないことを率直に打ち明け、情報を包み隠さず提供すれば、信頼が築かれます。リーダーへの信頼が高ければ、もっと精度の高い良質な情報が集まるようになり、情報源が増えてより的確な意思決定が可能になり、リーダーシップへの信頼がさらに強まります。

信頼や知識の流れの分かち合いに力を注ぐ組織は、EHS部門やそのパフォーマンスの向上に向けた内的動機に後押しされて、従業員同士の連携性が高まることが期待できます。私たちはEYでのこれまでの経験を踏まえ、信頼を分かち合い、知識の流れを促すために活用できる七つの要因を特定しました。

この七つの要因は、EHS成熟度モデルの土台として用いることができます。EHS成熟度モデルは、組織全体のEHS成熟度をもっと意味ある形で包括的に把握するため、さらには効果的、効率的EHS部門への進化の道筋を見据えるためのサポートツールです。

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第2章

実用的な七つの要因

EYでは信頼を分かち合い、知識の流れを促すために活用できる七つの要因を特定しました。

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1. 戦略

具体的なビジネス目標の達成に向けて組織の主なリソースの配置場所、使用方法、相互関係を示した大まかな計画。慎重に組み立てられ、組織構造を支えに実行される戦略は、EHSパフォーマンスを高め、常時チェックし、評価するための土台になります。

2. 人

物事の考え方・行動・知識・スキルに関する組織に組み込まれた価値観、ガバナンス、戦略の表れ。全階層の連携性が反映されます。従業員に働きかけ、その潜在能力を高めることは、信頼、協調、学びの原則を土台に前向きに連携したEHSカルチャーを醸成し、持続させるための根幹です。

3. リーダーシップ

前向きで効率性の高い職場環境を築き、ビジョンを実現し、理解とコミットメントのカルチャーを推進するために、リーダーが戦略を行動で示すこと。変革力のあるリーダーシップ行動は、従業員がEHSをどの程度重要視するか、前向きなEHSカルチャーの醸成、改善維持にどの程度積極的かに影響します。

4. ガバナンス・アシュアランス

共通目標を設定し、組織体制の定着を支え、業務体系の効率性、有効性を確認するための監視・意思決定フレームワーク。取締役、シニアリーダー、EHS責任者の互いの関係性や、EHSに関する組織的課題・機会に対する理解、努力によって、効果的EHSリスク管理の基準が決まります。

5. リスク・機会

リスクとリスク軽減策を明らかにし、ビジネス戦略の効果的実行に適した機会を突き止めるための主な部門管理フレームワーク。従業員の健康や安全を向上させ、損失の軽減または機会の改善によって業績を上げる体系的リスク管理と継続的改善を行うのは、どの組織にとっても主な責務の一つです。

6. 制度・体制

組織構造を支えに、組織がどのような活動を行うのか、所定の手法および基準においてそれをどのように行うのかを示したもの。容易に理解でき、従業員が組織のコアビジネスをもっと安全、効率的、効果的に進める助けとなる、統合された確固たるEHSの仕組みとポリシー。

7. デジタルテクノロジー

組織内のあらゆる該当領域をデジタルプラットフォーム上に統合する手段。手作業または反復的作業の自動化や、リスク管理・継続的改善活動の情報源に用います。デジタルテクノロジーやデジタルアナリティクスを導入し、有効活用する組織には、組織目標の達成やEHSパフォーマンスの改善に向け、より精度の高いスマートな意思決定をより迅速に行える手段が備わることになります。

これら七つの要因の現在の水準を把握することによって、組織リーダーはそれぞれの要因に内在する機会を先回り的、戦略的に生かすことができ、従業員の内的動機に働きかけて、法令順守を超えた段階へと押し上げ、その結果、変化に直面しても都度柔軟に適応し、常にEHSパフォーマンスの改善と持続に取り組めるEHS部門へと進化を果たすことができます。

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第3章

内的動機を高める三つの方法

強いリーダーシップ、ガバナンス・アシュアランスフレームワーク、デジタルテクノロジーは、EHS全体の効率性、有効性のある改善に向けて効果を発揮します。

現在の世界的動向が、変化し続けるビジネス環境の中でうまくかじ取りするために組織リーダーたちが知っておくべき三つの重要ファクターをまさに指し示しています。この3つのファクターは、急速に進化するビジネス環境における健全なEHSの実現と密接に関係しています。

1. リーダーシップとレポーティング

リーダーは、信頼と知識の流れを分かち合う企業文化の担い手です。こうした文化が築かれれば、スタッフの足並みがそろい、EHS方針が自分たちの意思として実践されます。これまでは、組織のトップ自らが適切な姿勢を示すことに力が注がれていましたが、トップから適切な方向付けを行うことが現在の流れです。その一方で、より成熟した組織はさらに一歩進み、取締役、シニアマネジメントを含めたリーダーたちに以下について徹底しています。

  • 目に見える形で誠実にEHSに取り組み、職場での望ましい行動を自ら模範として示し、主導する。
  • EHSの問題にスタッフとともに取り組み、前向きなEHSカルチャーを推進、醸成する。
  • 各役割の職務内容とひも付きけた簡潔明瞭なパフォーマンス期待事項を示し、指導や知識の共有によってサポートする。
  • EHSのビジョンや組織の価値観に則した行動は一貫性を持って評価し、報い、導入されている評価・報奨制度の価値をスタッフが感じられるようにする。
  • EHSパフォーマンスや、組織のアシュアランス活動に関するリスク、結果について確かな重要情報を遅滞なく受け取り、パフォーマンス指標(先回り型、追跡型、成果型)を用いてパフォーマンス測定を行う。

成熟した組織では、次のようなパフォーマンス指標を組み合わせて用いています。

  • 追跡型:一般にはインシデントに関係する過去データに照らしたアウトプット測定(例:休業を伴う労災件数など)
  • 先回り型:その結果が間もなく起きるであろうことを示すインプット測定(例:ヒヤリハット事例予測など)
  • 成果型:管理システムのコンプライアンス測定(例:監査完了、トレーニング受講率、安全カルチャー調査結果など)

2. ガバナンス・アシュアランス

リーダーシップの重視と組織トップからの方向付けの次に組織が取り組むべきは、リーダーシップを支えるガバナンス体制とアシュアランスフレームワークの構築です。成熟した組織には次のような特徴があります。

  • EHSリスクを反映し、説明責任を明確に定めた明確なガバナンス体制がある。
  • 取締役会や経営幹部が業務活動に付随する有害・危険事項やリスクを把握し、EHSのビジョンや目標の設定や周知に貢献している。
  • 明確に考えられ、定義付けされたアシュアランスフレームワークがある。「三つのディフェンスライン」と、組織の活動に伴うEHSリスクが考慮されている。
  • 然(しか)るべきスキルや資格、経験を持つEHSアシュアランス担当者が選任されている。
  • EHSアシュアランス活動の結果を意思決定の情報源にし、結果に効果的に対処し、結果を継続的改善に生かすことができるプロセスがある。

EHSアシュアランスフレームワークの中で体制、活動範囲、アプローチ、リソース調達の考え方を明確に示すための適切な手法がある。

  • 体制-アシュアランス活動が組織構造や社内部門のどこに位置するか
  • 活動範囲-アシュアランス活動の範囲。業務リスクと戦略的リスク、拠点別リスクと組織全体リスクなど
  • アプローチ-アシュアランス活動の計画、実行、モニタリング、レポートに用いる手法
  • リソース調達-アシュアランスプログラムの実行モデル(共同調達、外注など)

3. テクノロジー

何がわからないか把握できない状態は組織にとって大きなリスクです。リーダーや取締役会の盲点を明らかにするために欠かせないEHSデータを適切に収集し、分析する必要があります。EHSに関して成熟した組織では、次の点を確実にするデジタル戦略の構築が進められています。

  • デジタルテクノロジーの活用によって、EHS関連データ、情報を収集してより幅広い全社システムに統合し、EHSに関するパフォーマンス、行動、機能の動向や変化を突き止める。
  • スタッフがデジタルテクノロジーを有効活用し、パフォーマンス向上のための活用機会を見極める。
  • EHSテクノロジーによってデータの収集・分析や、将来のパフォーマンス、インシデント予測を行う。

組織のリーダーは、継続的、包括的アセスメントによってEHS活動の妥当性を問う必要があります。EYのEHS成熟度モデルは、人の内的動機を促し、活用する新しいEHSパラダイムの構築、推進に効果を発揮します。強力なリーダーシップ、確固たるガバナンス・アシュアランスフレームワーク、デジタルテクノロジーの活用が、現在から将来にかけてのEHSの効率性、有効性アップの鍵です。


サマリー

組織のリーダーは、継続的、包括的アセスメントによってEHS活動の妥当性を問う必要があります。EYのEHS成熟度モデルは、人の内的動機を促し、活用する新しいEHSパラダイムの構築、推進に効果を発揮します。強力なリーダーシップ、確固たるガバナンス・アシュアランスフレームワーク、デジタルテクノロジーの活用が、現在から将来にかけてのEHSの効率性、有効性アップの鍵です。


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