サプライチェーンとファイナンスの密な連携で、不確実な時代を乗り切る

サプライチェーンとファイナンスの密な連携で、不確実な時代を乗り切る


SCMとFP&Aの連携による統合型経営管理の実践-組織・プロセス・システムの要点-(2022年10月25日開催)



要点

  • 不確実な時代に事業を成長させるためには、サプライチェーン組織と本社のファイナンス戦略を密につなぐことが不可欠である。そのためには、事業部門に対して経営視点のファイナンスアドバイスを行う「FP&A」が重要な役割を果たす。
  • FP&A組織と本社CFOとの情報連携を進めるためには、「統合型経営管理」と呼ばれるプラットフォームと情報処理のプロセスが必要である。
  • レジリエンスなサプライチェーンを実現するためには、情報のバケツリレーを脱し、情報が連動する「ITプラットフォーム」が不可欠である。


市場ニーズの不確実性が高まる中、サプライチェーン部門は需要計画だけでなく、供給リスクについても予測し、安定供給に向けた施策を提起する必要があります。一方ファイナンス部門には、サプライチェーン部門に寄り添って将来の財務インパクトを見通し、CEO、CFOの意志決定を支援していく役割が求められています。今、必要なCFO組織とサプライチェーンの連携について、ストラットコンサルティング株式会社の代表取締役社長でFP&A(Financial Planning & Analysis)・経営管理アドバイザーの池側千絵氏、キナクシス・ジャパン株式会社 ビジネスコンサルティング部門 ディレクターの杉山勲氏、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ファイナンス  ディレクターの山森慎也が講演しました。


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事業とお金の関係を説く専門集団「FP&A」のつくり方

日本企業は本社部門と事業部との間でファイナンスの管理が分離しており、経営戦略と生産・販売現場の間にギャップが生じています。この溝を埋め、業績達成の精度を高めるには何が必要でしょうか。外資系製造業のファイナンス責任者を歴任した専門家が解説します。

EY アジアパシフィック ピープル・アドバイザリー・サービス 日本地域代表 パートナー  鵜澤 慎一郎

ストラットコンサルティング株式会社 代表取締役社長
FP&A・経営管理アドバイザー
池側 千絵 氏
 

池側氏はP&G、マクドナルド、レノボなど外資系企業の日本子会社で財務部門を担当し、CFOを含む財務部門の責任者を歴任しました。その経験から、日米の経営管理、財務部門の違いについて研究を深め、独立。現在はFP&A・経営管理のアドバイザーとして、企業を支援しています。

池側氏は「一般的な日本企業は、個別の法人ごとに事業を組み立てており、地域や機能ごとに子会社を作って管理しています。CFOは『経理財務担当役員』であり、経営企画、事業企画、事業管理などとは別の部門です。中期経営計画は経営企画部が作り、決まった予算に基づいて経理部門が進捗管理を始めます。そのため、経理部門は目標が達成可能なのか判断できません」と語ります。

さらに、事業の進捗管理、業績予想をするのは各事業部門であり、その予想を経理部が集めてCFOに報告します。そのため、経営管理と現場との間に時間と距離のギャップが生じており、意志決定の材料を集めるためにかなりの時間がかかるといいます。

一方、グローバルに事業を展開する米国企業は、縦にファイナンス、人事、マーケティングなどのファンクションを並べ、横に事業部を配置したマトリクス構造の組織形態を採用しています。本社のCFOは、自分の部下である事業CFOを各事業部に置き、さらにその配下にFP&Aと呼ぶ経営管理・管理会計の専門家を多数配置し、情報がCFOに直接集まる体制を確立しているのです。

FP&Aとはどういう人材でしょうか。池側氏は「事業を理解した会計とファイナンスのプロフェッショナル」と説明します。具体的には「戦略と整合した計画策定」「業績目標達成支援」「日々の意志決定の質を高める」という3つの能力を備える財務の専門家です。

リーダーの意志決定は、勘で下されるものではありません。合理的な判断をするための情報が必要です。FP&Aが、課題を明確にして複数の案をリーダーに提示し、代替案についても経済性の評価を実施します。情報は全て数字で示すことで、客観性を持たせることができます。

「FP&A組織をつくることで、経営管理と計数管理の2つの組織が統合し、本社と事業部門、子会社がつながります。その結果、全社視点を持った会計とファイナンスのプロが経営判断を支援することができ、結果的に業績目標の達成度が高まるのです」(池側氏)

最近では日本企業の中でも、意志決定を迅速にするFP&Aの必要性が高まっており、CFOの下に経営管理の組織を集める動きが始まっています。

FP&A組織を企業のどこに持つかは、自社の都合に合わせていくつかのアプローチがあると池側氏は語ります。

「例えば、本社の経営企画自体が子会社とつながることで、FP&Aの機能を持つ形があります。別に、経理部門が事業に近づくことでFP&Aになることもできます。計数管理は経理主体で行い、経営企画は全社の司令塔になることを目指す形です。もちろん、米国企業と同じようにCFOの配下に経営企画、経理財務、事業企画を統合した組織をつくってもいいのです」

また、FP&Aの組織を確立することで、ファイナンス人材のキャリア形成にもメリットが生まれます。

日本企業の場合、これまではファイナンスの専門家としてどういうスキルを習得すればいいのか、またどういうキャリアを積めばいいのかが明確ではありませんでした。

米国企業では、CFOの直下に経理とFP&Aの人員をまとめ、経営管理業務は全て1人のCFOの下で行われます。そのため、専門職としての人材育成がしやすくなっています。スキルを学ぶためのフレームワークも確立されており、資格制度も整備されています。池側氏はこうした体系の資料を日本語訳し、日本企業に紹介しています。

FP&Aは、職種によっても専門分野が細分化されています。池側氏は過去に「サプライチェーンファイナンス」という立場で調達、生産などサプライチェーン部門の社員と協業することもあったといいます。

「FP&Aは、事業部門のお金にかかわる全ての問題について、ファイナンスの専門家としてアドバイスすることで、業績目標の達成を支援します」と、池側氏はその重要性を語りました。


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サプライチェーン組織と連携するファイナンス組織の構築で「統合型経営管理」を実現する

サプライチェーン全体から情報を素早く収集し、財務インパクトを分析、経営の意志決定に必要な正確な情報を提供するには、ファイナンスとサプライチェーンを整合する「統合型経営管理」が必要です。その構築法を、EY Japanのコンサルタントが解説します。

EY アジアパシフィック ピープル・アドバイザリー・サービス 日本地域代表 パートナー  鵜澤 慎一郎

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ファイナンス ディレクター
山森 慎也
 

山森は最初に、同社が実施したCFO調査の結果を紹介しました。それによると、約7割のCFOが現状の財務分析から得られるインサイトの活用が不十分と回答しています。また8割以上が、今後5年以内にこの状況の改善、およびインサイトの活用が必要だと考えています。CFOにとって、FP&Aの情報を活用していくことは喫緊の課題となっていることが、調査結果からも明らかになっています。

CFOが経営判断を下すためには、質の高い見通し情報が必要です。しかし、多くの企業では、精度、期間、鮮度点で問題があると山森は語ります。そのため意思決定が遅れ、販売の機会ロス、余剰在庫などの問題を起こしているのが実情です。

この課題の対策として、EYでは、足元のオペレーションと中長期のアクションプランを統合する「統合型経営管理(Integrated Business Platform=IBP)」を実現する必要があると提唱しています。

統合型経営管理とは、財務計画とオペレーション計画を整合して構築する意志決定基盤と、実施プロセスを指します。本社部門が策定する事業計画、財務計画、事業部門のオペレーション計画の間に位置して、両者をつなぐプラットフォームです。

統合型経営管理は、5つのプロセスで構成されます。まず、①製品ポートフォリオの見直し、次に②需要計画レビューおよび③供給計画のレビューによって、④受給の調整、課題解決の検討を行います。その結果を、⑤経営判断に上げて、意思決定の判断材料とします。

山森は「これらのステップを経た意思決定を繰り返すことで、各部門ですり合わせた事業戦略と統合されたアクションプランを策定することができるようになる」と説明します。

統合型経営管理の導入には、ファイナンス部門とサプライチェーン部門のプロセスを同期させることが重要です。EYでは導入に際し、関係部門の業務を徹底的に調べ、1つの年間計画表の中で、日時ベースで整合させていく手法をとっています。それを基に、いつの会議でどの予算を決定するかなど、細かい計画を立案します。

次に山森は、同社が経営統合管理の導入を支援した、グローバル消費財メーカーA社の事例を紹介しました。

この会社は、国内のほか北米、欧州、アジアの各地域に統括販社を設けており、地域ごとの販社から小売店などに商品を販売しています。また工場は商品ごとに異なり、国内または海外の工場で製造しています。

A社では、S&OP(セールス&オペレーション)プロセスとファイナンスプロセスが独立して運営されていたため、データの不整合が発生し、迅速な意志決定ができずにいました。

そこで、グローバルで計画データと財務データを統合することを目的に、グローバルCFOの直下でプロジェクトを開始。新製品の開発、商品ポートフォリオ、需要計画、供給計画の策定と需給調整、四半期P/L作成までのプロセスを一気通貫につなぐプラットフォームを構築しました。

プラットフォーム構築の効果はすぐに表れました。従来は、地域販社が作成した販売計画を1カ月かけて統括販社がレビューし、またその1カ月後に本社にて四半期P/Lにまとめていました。つまり、2カ月前のデータを基にした計画しか立てられていませんでした。また連絡もメールにスプレッドシートなどを添付して送る方法で、手間と時間がかかっていました。

それに対して新しいプロセスでは、グローバルで統一した情報基盤によって、前月の販売計画を基にした四半期P/Lの作成が可能になりました。

さらに、本社と現場の情報の乖離を解消し、データ分析ツールの導入によって、販社と地域統括、本社が同じ画面を見ながら議論する会議が実現しました。業務工数の大幅な削減とともに、各部門の役割も明確化し、漏れや抜けも減ったといいます。

EYでは、こうしたプロジェクトの実績をもとに、これから統合型経営管理を導入する企業に対して「成熟度」を診断するツールの提供を開始しています。

山森は、ファイナンスとサプライチェーンの連携に課題を感じている企業に対して、このツールで現状判断を行い、具体的に何から始めるべきか確認することを推奨しました。


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35年の実績に裏打ちされた、サプライチェーン管理のクラウドプラットフォーム

サプライチェーンを形成する各部署は個別に進化し、使われるツールもバラバラです。その不整合を人の手で埋める努力が続けられてきました。今こそこの状況を変革し、共通プラットフォームを構築することで、計画の圧倒的な精度向上が実現します。

EY アジアパシフィック ピープル・アドバイザリー・サービス 日本地域代表 パートナー  鵜澤 慎一郎

キナクシス・ジャパン株式会社
ビジネスコンサルティング部門 ディレクター
杉山 勲 氏
 

キナクシスは、カナダの首都オタワに本社を置くサプライチェーン計画のソリューションを提供する企業です。1984年に設立し、日本法人は2002年設立。35年以上、サプライチェーンの課題解決一筋に努めてきました。IT調査会社の評価では8年連続、リーダーとして高く評価されています。

同社は「RapidResponse」という製造業向けのサプライチェーンソリューションを提供しています。2006年からいち早くSaaS(Software as a Service)によるクラウドサービスも開始しました。世界有数の製造業が、サプライチェーン計画の基盤として利用しています。

杉山氏は、顧客企業から聞くサプライチェーンの実態を次のように説明します。

「社内では需給の計画機能ごとにシステムが乱立しており、社員がエクセルデータをメール添付して、バケツリレーで情報をつないでいます。これでは、意志決定プロセスの策定に時間がかかり、ビジネス環境の変化に追従できません」

この状態を改め、データ収集には最低限の人員と時間で対応し、議論と意志決定に関わる部分に多くの資源を投入できるようにすることが求められています。

そのためには、意識、組織の改革と共に、道具(ITツール)の見直しも必要だと杉山氏は語ります。

「シングルプラットフォームによって、エンド・ツー・エンドでデータがリアルタイムに連動することが条件です。また、統合計画を立案したときに、サプライチェーンのどこでひずみが発生しているか、影響範囲や金額的なインパクトなどが分かる透明化も必要です」

また、このプラットフォームには、サプライチェーン全体にわたったシミュレーションの能力が求められます。既存のサプライチェーンプランニングのツールで膨大なデータを処理する場合は、バッチ処理によって結果が出るまでに数時間を要していました。しかしそれでは迅速な判断が下せません。常に計画全体の再計算が可能な「Always On」であることが重要だと、杉山氏は説明します。

通常シミュレーションをする場合、IT部門にデータベースを用意してもらい、そこにテストのデータを入れる必要がありますが、RapidResponseではツール内で簡単にシナリオを作って、シミュレーションを行うことができます。

例えば、需要増加によって納期遅延が発生しそうな場合、対応策として生産を増強することが考えられます。その場合、どれだけ増強すれば納期遅延を解消できるかを、サプライチェーン全体のデータを瞬時に再計算して割り出すことができます。これがAlways Onの機能です。

計画を変更する場合に、複数の代案をスコア化して比較し、全社基準で評価することもできます。「各部門の都合を考えていると、どの策がベストか分からないことがあります。そこで、各部門の重み付けをして、企業全体でスコア化することによって、意志決定の判断材料として使うことができます」

サプライチェーンは“チームプレイ”だと杉山氏は語ります。キナクシス社は、情報のバケツリレーを廃し、各部門のデータを連動させる「コンカレントプランニング」という考え方で、組織間のチームプレイを推進しています。

「自部門の変更が他部門にどう影響するかを即座に知ることで、他部門と相談して、いっしょに対応策を検討するようになります。その結果、能動的な連携で問題を予見し、素早く対応できる組織に変わっていくと考えています」と、杉山氏は語りました。


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FP&A組織のあり方を模索する視聴者から、数多くの質問が届く

本セミナーでは、オンライン視聴者からの質問も数多く寄せられ、講演の最後に設けられた質疑応答の時間では、3名の登壇者が質問に回答しました。進行は、本セミナー全体でも司会進行を担当した、EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サプライチェーン&オペレーションズ アソシエートパートナーの伊藤亮が務めました。

EY アジアパシフィック ピープル・アドバイザリー・サービス 日本地域代表 パートナー  鵜澤 慎一郎

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
サプライチェーン&オペレーションズ アソシエートパートナー
伊藤 亮
 

最初に、「計数管理機能を各部門からFP&Aチームに統合することができれば、意志決定の質を高めることができるのか」という質問がありました。

これに対して池側氏は「FP&Aチームのメンバーはファイナンスのプロなので、各事業部の社員は事業を伸ばすことに集中できるメリットがあります。また、全社視点でアドバイスできるので、安心して仕事ができます」と答えました。

「FP&Aの設置には、事業部門からの抵抗はないのか」という質問もありました。

池側氏は「事業部長は、長年自分の部下に会計管理をさせていたため、最初は部外の人間に任せることに抵抗がある場合があります。ですが、一度試していただくと、そのメリットに気づくことが多いと思います。FP&A側の人材も、経験を積んでいくことが必要なので、長期的な考えで臨んでいただきたい」と回答しました。

社内の抵抗は、統合型経営管理の導入に際しても起こりえます。どう対処すべきかという質問も出ました。

これについて山森は「統合型経営管理のコンセプトには賛成だが、日々の業務がどうなるのかが不安で、実施に踏み切れないという声があります。それに対しては、講演でお話ししたように、現状の業務が日時でどう変わるのかという資料を作成して、紙芝居のような形で見せました。さらに、模擬会議も行って、導入後のイメージをつかんでもらうよう務めました」と話しました。

また伊藤は「SCM(サプライチェーンマネジメント)サイド、ファイナンスサイドの両方に組織変革が必要です。一気に目的地まで持っていくことはなかなか難しく、無理をすると混乱によって従前よりも悪くなるおそれもあります。過去の事例でも、段階を踏んで進めていくことで成功につながっています」と付け加えました。

「SCMとFP&Aの統合はテクノロジーの進化によって実現しているが、テクノロジーでは解決できない課題は?」という質問もありました。

これについて杉山氏は、テクノロジーの進化によって従来は不可能だったことが実現している側面を認めます。「例えば自動車メーカーでは、これまでは部品点数が数億点あり、所要量の展開などは簡単にはできませんでしたが、今では20分ほどで完了するようになっています。テクノロジーの進化は確実にサプライチェーン管理を高度化しています」

一方で、統合型経営管理の実現は、技術だけでは成し遂げられない部分もあると話します。

「既存のシステムからデータを吸い上げて集約する際に、コード体系がバラバラではうまくいきません。そこは各部門が話し合い、統合していかなければいけません。また、テクノロジーの進化は続くので、システムを一度入れたら終わりではなく、システムの管理をするチームを作り、技術をキャッチアップして、自社の要件に合わせた改革を続けていく必要があります」と語りました。

盛況だったセミナーの最後に伊藤は「気候変動、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、国際情勢などによって、市場ニーズの不確実性が常態化しています。今回のセミナーでは、その環境下で企業が成長を続けるための、ファイナンス部門とサプライチェーン部門に求められるチャレンジを紹介しました。少しでも皆さまのビジネスのお役に立てば幸いです」と、本イベントをまとめました。

サマリー

予測不可能な事態が頻発する現代、企業が生き残るには、変化に迅速に対応し続けるレジリエンスなサプライチェーンが必要です。その構築には組織、人材、ツールの変革が求められますが、ツール選びには状況変化への対応力が重要なポイントになります。


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