EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
日本のエンタメ産業における国際展開の重要性は、もはや議論の余地がありません。経済産業省の「第1回エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会」報告によれば、日本のコンテンツ産業の海外売り上げは2021年度で約4.5兆円規模に達し、過去10年で約3倍に成長しています。※1特にゲームやアニメは、この成長をけん引する主要分野となっており、日本の有望な産業となっています。
しかし、IPのグローバル展開において成功を収めるためには、単に優れたコンテンツを制作するだけでは不十分です。海外市場でユーザーを獲得し、長期的なエンゲージメントを構築するためには、戦略的なデジタルマーケティングが不可欠となる一方で、多くの日本のエンタメ企業は、デジタルマーケティング機能の最適化に苦戦しています。
本記事では、特にゲームとアニメのIPに焦点を当て、グローバル展開における効果的なデジタルマーケティング戦略の構築方法、業界トレンド、そして成功事例を紹介します。これにより、日本のエンタメ企業がグローバル市場で競争力を高めるための実践的な知見を提供することを目指します。
エンタメコンテンツのマーケティングにおいて、消費財などの他産業と大きく異なる点は、「誰に届けるのか」の大枠が、ジャンルやアートスタイルなどのIP特性を起点に決定されるということです。クリエイターやスタジオが創り出したIPの世界観が先にあり、それに共感できるオーディエンスを見つけ出すというプロセスを選択します。
この「IP起点のマーケティング」という特徴は、セグメンテーションの手法にも独自のアプローチをもたらします。エンタメコンテンツでは、従来のマーケティングで重要視される属性情報・地理情報のみならず、個人の趣味嗜好や文化的アイデンティティという心情や、ファンの関与度がより重要な切り口となります。このような多種多様な情報を収集し、IPの特性にフィットするユーザーセグメントを特定することが戦略立案の出発点となります。
例えば、ゲームIPの効果的なセグメンテーションにおいて、以下のような複数のプロダクト属性の軸を組み合わせて分析します。
属性軸に応じた場合分けを実施し、分析を通じて対象IPのポジションを多角的につかむことが重要です。
また、これらの分析結果に基づき発案・実行される施策は、初期に決定して終了ではなく、迅速な試行錯誤と学習を繰り返すアジャイル型のアプローチによって進化するという点もポイントです。
総アドレス可能市場(Total Addressable Market:TAM)の評価には、類似するIPの顧客数やジャンルの盛衰を詳細に分析していきます。この過程では、ゲーム・アニメ双方の業界において、以下のような情報源がしばしば活用されています。
ゲーム企業向け: Newzoo、Sensor Tower、SuperData、VG Insightなどのゲーム市場分析企業が提供するデータおよびSteam、App Store、Google Play、PlayStation Networkなどプラットフォーマーが提供する市場データ
アニメ企業向け: Parrot Analytics、Nielsen、GEM Partners、ビデオリサーチなどの視聴率分析企業が提供するデータやNetflix、Crunchyroll、Hulu、Disney+などプラットフォーマーが提供する視聴傾向データ
共通: 市場・顧客分析データ、SNS分析、ソーシャルリスニングツールの導入や、消費者調査機関の提供するデータ、ブランディング調査データ等
これらのデータ分析が内部の意思決定の重要なファクターになるとともに、ライセンシーや放送局・各プラットフォーマー企業との交渉材料にもなります。
ターゲティングについては、データを保有するプラットフォーム企業と、コンテンツ制作に特化した企業との間に大きな差が存在します。プラットフォーム企業や大手パブリッシャーは、詳細な顧客データを保有しており、以下のような先進的なアプローチを実施しています。
例えば、ある大手ゲーム会社では、購買履歴やプレイデータを活用し、ユーザーごとの次なるアクションを予測する仕組みの構築を進めています。具体的には、サブスクリプションの継続可否やジャンル嗜好、直近のアクティビティをもとに、最適な訴求メッセージや広告を自動で表示する機械学習ドリブンのパーソナライズ施策(いわゆる“Next Best Action”)の実装を試みた事例です。このような取り組みは、単なるセグメント分析にとどまらず、ユーザーの嗜好や状態をリアルタイムに捉えた一人一人に最適なタイミングと内容での接点提供を可能にする、先進的なデータ活用の一例と言えます。
海外の先進的な企業では、マーケティングチーム内にBIチーム(ビジネスインテリジェンスチーム)を設置し、マーケターが戦略的な問いを立て、データアナリストがそれに答える形での協業体制を構築しています。これにより、データに基づいた迅速な意思決定が可能になり、グローバル市場での競争力強化につながっています。一貫性のあるブランド管理と現地市場への適応の両立を図り、難易度の高いミッションを持つのがマーケティング部門であり、経営・開発・エンジニアリングに対し、強い影響力を発揮する必要があります。
また、プラットフォームを有していないコンテンツ企業が直接顧客と接点を確保しようとするトレンドも見逃せません。
例えばRiot Gamesは、2022年のeSports大会「League of Legends World Championship(Worlds 2022)」において、世界中のファンから自発的に投稿された写真・動画(User Generated Content:UGC)を収集・活用する取り組みを実施しました。※2ファンが投稿したコンテンツをSNSや会場演出に反映させることで、グローバルな一体感と当事者意識を醸成したことが注目を集めました。この事例は、Riot Gamesがプラットフォームを保有しないIPホルダーでありながら、ユーザーとの直接接点を構築しようとする姿勢を明確に示しています。すなわち、UGCを起点に、ファンを「コンテンツの受け手」ではなく「共創者」として巻き込むことにより、双方向かつ参加型のマーケティング体験を創出しています。さらに、こうしたUGCの蓄積・分析は、ファンの属性や関心を自社で把握・活用するための一次データ資産としても機能しており、Riot Gamesにとってはマーケティングの戦略立案やコンテンツ開発にもつながる重要な情報基盤となっています。これらの直接的な接点から確保したデータが有効に意思決定に反映されていきます。
エンタメIPのグローバル展開におけるデジタルマーケティングは、以下の方向性でますます進化していく必要があると考えられます。
この成長産業において、戦略的なデジタルマーケティングの重要性はますます高まるでしょう。
(参照)
※1経済産業省「第1回エンタメ・クリエイティブ産業政策研究会」、www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/entertainment_creative/pdf/001_04_00.pdf(2025年4月16日アクセス)
※2 “The Team Behind Worlds 2022 Esports Broadcast - League of Legends,” Riot games website, www.riotgames.com/en/news/meet-team-behind-worlds-2022-esports-broadcast(2025年4月16日アクセス)
【共同執筆者】
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
テクノロジー/メディア・エンターテインメント/テレコムセクター
四元 美緑 マネージャー
Irene Evbade dan シニアコンサルタント
※所属・役職は記事公開当時のものです。
エンタメ企業にとっては、デジタルマーケティング=広告最適化だけでなく、IPの価値を高める包括的な体験設計であるという視点が重要となります。そのために、マーケティングと開発・経営・データ分析チームの密な連携、海外のプラクティスに対する継続的学習が不可欠と言えます。
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