新たな収益認識基準が業種別会計に与える影響 第1回 小売業

新たな収益認識基準が業種別会計に与える影響 第1回 小売業


情報センサー2016年12月号 業種別シリーズ


小売セクター 公認会計士 荒川みどり

主に国内事業会社の監査業務に従事。業種は、百貨店やアパレルなどの小売、卸売など。主な著書(共著)に、『小売業のための基礎からわかるIFRSのポイント』(清文社)がある。


Ⅰ はじめに

2014年5月、国際会計基準審議会(IASB)はIFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」を公表しました。これを踏まえ、企業会計基準委員会(ASBJ)は日本基準の体系の整備を図り、日本基準を高品質で国際的に整合性があるものとするなどの観点から、収益認識に関する包括的な会計基準の開発について検討を進めています。
本連載では、こうした状況を踏まえながら、業種に特化した収益認識の論点などについて解説します。
なお、本稿の意見にわたる部分は、筆者の私見であることをお断りします。
 

Ⅱ 小売業における収益認識の論点

1. 消化仕入

(1) 現行の会計処理概要

消化仕入とは、テナント店との間で商品売買契約を締結し、商品が店頭において販売されたときに仕入れる取引方法※1であり、百貨店やスーパーをはじめとする小売業において特徴的な取引形態です。消化仕入の場合、販売価格の決定権や在庫の陳腐化リスクの負担などについてはテナント店にあることが一般的です。
現行の日本基準においては、ソフトウェア取引を除き、収益を総額で表示するか純額で表示するかについて一般的な定めはなく、百貨店やスーパーなどの小売業の会社では消化仕入形態での売上高および売上原価について総額で計上している実務も多くあると考えられます。

(2) IFRSにおける取扱い

IFRS第15号においては、企業が本人と判断されれば総額で、代理人と判断されれば純額で認識されることになります。本人か代理人かについては、「財又はサービスが顧客に移転される前に企業が当該財又はサービスを支配しているか」によって判断されます。
この判断に際しては、①商品の販売サービスの提供に関する「主たる責任を有していること」、②商品の滅失や陳腐化など「在庫リスクを有していること」、③販売価格の設定やセールでの値下げなど「価格決定権を有していること」が、本人として行動していることを示す三つの指標として例示されており、これらを総合的に判断することとしています※2
この点、消化仕入取引では、小売業を営む百貨店やスーパーでは商品が顧客に販売されるまでは仕入は行わず、商品はテナント店の管理下にあることが多いと考えられます。すなわち、百貨店やスーパーでは価格決定や商品の所有に伴う陳腐化リスクの負担はなく、これらはテナント店で担っていることが多いと考えられます。よって、百貨店やスーパーでは顧客への販売までに支配の移転がないと判断される場合があり、その場合には代理人と判断され、売上高は純額表示となることがあると考えられます。

(3) ASBJにおける検討状況

基準開発の出発点となるIFRSの収益認識の考え方をわが国の実務に適用した場合について、小売業界からは、消化仕入は多種類の契約が存在し、企業が商品の法的な所有権を有していなくても、あらゆる取引形態が存在するため支配についての判定が困難になる可能性や、取引先とのリスク負担割合がさまざまであることについて意見がなされました。これを受けて、ASBJでは、支配の原則およびそれを支援する三つの指標によって判断を行うことの難しさ、諸指標を全部満たすわけではない場合における総合的判断の困難さを課題として認識しています。
これに対応するため、前提条件を明確にした上で、考え方を整理した業界特有の取引について設例を作成することなどが、今後検討されていく予定です。

2. ポイント制度

(1) 現行の会計処理概要

小売業界では、家電量販店をはじめとして、ドラッグストア、スーパー、百貨店など多くの会社で多様な顧客の囲い込み戦略としてポイント制度を広く展開しています※3。付与するポイントも多種多様であり、売上金額に応じて一定割合を付与するポイントや入会特典ポイント、来店ポイントなどがあります。
現行の日本基準の下では、期末時点の未使用ポイント残高のうち将来使用が見込まれる分について、過去の実績などを勘案して引当金を見積もり計上する実務が多くみられます。

(2) IFRSにおける取扱い

IFRS第15号では、いわゆる「履行義務の識別」のステップにおいて、「商品やサービスの販売」と「ポイント交換による将来の商品の提供」を別個の履行義務として識別することが考えられます。
すなわち、売上の取引価格をこれら二つの独立販売価格の比で配分し、前者は顧客に引き渡したときなどに収益計上する一方、後者に対応する分は収益計上を繰延べ(負債計上)、ポイント使用時または消滅時などに収益計上を行うケースが多いと考えられます。
なお、商品やサービスの販売に伴って販売されるもの以外のポイントは対象外であり、入会特典ポイントや来店ポイントなどについては、IAS37号「引当金、偶発負債及び偶発資産」が適用されます。

(3) ASBJにおける検討状況

ASBJでは、近年複数企業による相互利用や電子マネーへの交換などが複雑化している現状から、IFRS第15号に従って会計処理するためには、業務プロセスの再構築の負担が生じる可能性があることを、適用上の課題として挙げています。
この点、意見募集で寄せられた小売業界からのコメントとしては、販売取引とポイント発行取引に取引価格を按分することの難しさやそれに伴う実務上の負担増大から、現行のポイント引当金の実務を考慮すべきとの意見、クレジット会社など他社発行のポイント付与について、販売促進費として会計処理することの適否の明確化の要望、また商品やサービスの販売に伴って販売されるもの以外のポイントについても、管理・使用は売上金額に応じて付与されるものと一体で行われる点の指摘など、多岐にわたり挙げられています。
今後、ASBJではこれらのコメントから課題を抽出の上、検討が行われていくことになります。
 

Ⅲ おわりに

小売業では、売上高を重要な経営指標の一つとしていることが多く、売上の認識金額に与える影響は最も関心の高いテーマであると言えます。今回取り上げた消化仕入の総額・純額表示やポイント制度の会計処理については、今後ASBJでも議論が進められていくことになります。そのような議論の動向を注視するとともに、各社において取引内容や業務プロセスを見つめ直す契機として、課題やあるべき姿の検討が必要だと考えます。
 

※1『業種別会計シリーズ 小売業』(第一法規)P200より引用
※2なお、従前指標として挙げられていた「信用リスク」および「対価の形式」については16年4月の改訂にて削除されている。
※3『業種別会計シリーズ 小売業』(第一法規)P73参考

「情報センサー2016年12月号 業種別シリーズ」をダウンロード


情報センサー
2016年12月号
 

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。