EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
FAAS事業部 CCaSSグループ 中村友子
環境マネジメントコンサルティング、通信業および外資系アパレル業のCSR部門において、ISO14001導入支援、CSR報告書第三者保証、コミュニティー・インベストメント、倫理的調達のサプライチェーンへの導入に従事。2015年6月より、現職にて倫理的調達のサプライチェーンへの導入を支援。
昨年、日本で就労する外国人は100万人を超えました。日本で不足する現場の単純労働力と、途上国から出稼ぎを望む人との需給一致により、労働力の移転が盛んに起きています。一方、こうした流れは、雇う側による労働搾取、強者から弱者への人権侵害に発展することがあります。
本稿では、日本における外国人就労を取り巻く人権問題を例に、企業における人権リスクの新たな潮流を紹介します。
国連を中心に構築された人権保護の国際スキームでは、基本的に国家に人権保護義務を課しています。しかし、企業における従業員や取引先、地域コミュニティーに対する影響力は、一部で中小国よりも大きく、人権課題でも問題解決は企業の関与が不可欠という考えから、「国連ビジネスと人権に関する指導原則」(以下、UNGP)にて、ビジネスが引き起こす人権への負の影響に対し、企業は責任を有するとの新たな考え方が共有されました。
この責任範囲には、意図して人権侵害を行うだけでなく、劣悪な労働環境の委託先企業に発注するなど、結果として加担した場合も含みます。事例として、強制労働、児童労働、長時間労働、安全でない労働環境による死亡や健康被害などが挙げられます。
欧州では、欧州連合(EU)を中心に、一定規模以上の大企業に対して人権を含む非財務情報開示を義務付け始めたほか、年金基金などの機関投資家が、ESG(環境・社会・ガバナンス)を投資意思判断に活用する流れが強まっています。こうした投資家は、サプライチェーンを通じて人権に適切に対応していない企業を高リスクと見なし、投資対象から除外するなどの行動をとり始めています。
また、英国では2015年に「現代奴隷法」が施行され、英国でビジネスを行う主要企業は、奴隷人身取引に関する声明の公表が義務付けられました。脅し、賃金不払い、監禁、搾取などの現代版奴隷労働は、世界的に多く存在します。国際社会では、公正な競争の場の確保という観点からも、強制労働の廃止が共通課題と認識されています。
こうした視点で国内に目を転じると、近年増加傾向にある外国人労働者には多くのリスクが存在します。不法就労への関与は企業のコンプライアンス違反ともなり得ますが、仮に合法であったとしても、企業は弱者となり得る労働者の権利に注意を払う必要があります。
単純労働力確保の一翼を担っているのが、外国人技能実習生です。途上国への技術移転のための実習として、中国・東南アジアなどから約21万人が3年間限定で来日し、生産現場で実習していますが、実態は実習というより単純労働の提供が多いといわれています。
当該制度を利用した労働搾取例が後を絶たず、実習先での低賃金・長時間労働の強制などから、国連人権委員会、米国国務省の国別人身売買報告書などで、強制労働と批判されてきました。昨年新法が制定され、不適切就労の監視制度の変更などが決定されましたが、根本的解決ではないとの声が上がっています。
学習目的の在留資格にもかかわらず、就労が主な目的となっている外国人もいるといわれています。
文部科学省の「留学生30万人計画」により、大学や専門学校、語学学校は、学生集めの好機として、東南アジアを中心に留学生を積極的に増やしました。留学生は、資格外活動許可を得て、業種業務の制限なく、学期中週28時間の就労が可能です。
学校の中には、学習の一環として就労を単位認定し、また、学費・生活費を賄うために派遣会社などを通じて組織的な就労あっせんを行う例もあります。一方、学生側も、出稼ぎを目的としたケースがあるといわれています。1社で就労制限を厳守しても、その学生が複数の仕事を掛け持ちし、就労制限を超えた場合、不法就労となります。予想よりも稼げず、帰国したくともあっせん業者や学校への初期費用などが負債となり、身動きが取れない状況となった場合、強制労働と見なされる可能性があります。
また、難民申請制度も出稼ぎに利用されている可能性があるといわれています。日本政府は国際人道上の観点から難民申請を認め、申請は増加傾向にあります。その背景には、外国人が支援業者を使って日本に当座入国可能な在留資格で入国して難民申請を行い、難民申請者が申請後半年で就労可能なルールを利用し、日本で継続的に出稼ぎする事例があるといわれています。このような申請は、本来の難民申請手続を阻害する可能性があります。また出稼ぎ目的であっても、危険な労働環境の強制、低賃金や搾取は、人権上認められません。
企業が人権リスクを把握し対応する取り組みとして、UNGPに基づく人権デュー・デリジェンス(以下、人権DD)があります。人権DDとは、企業が国際社会で共有されている人権を理解した上で企業活動を通じてステークホルダーに与える人権上の負の影響を把握し、それを緩和(事態によっては救済)して情報開示するPDCAマネジメントです。しかし、こうしたマネジメントシステムを構築しても、完全に人権侵害への加担を防ぐことは困難です。企業に求められることは、人権DDを通じた人権リスク軽減のための説明責任であると言えます。
新たな人権リスク要素は、数年のうちに大きく変化します。その対策を講じる際、法的コンプライアンスのみを追求すると、企業はブランド保護を優先し、保護を訴える労働者を排除するなど、人権尊重の観点から、その対策が必ずしも適切とは言えない可能性もあります。
人権DDを機能させるには、数年を要するかもしれません。しかし成果として、外部委託先も含めた透明性の向上、人権リスクの早期発見、適切な対応策の早期立案などが実現し、ブランドや将来の資産価値毀損(きそん)の予防が可能となります。そのためには、まずは関与する可能性がある人権問題を多角的に把握し、中長期的な対応計画を幅広い利害関係者と協議しながら立案・推進し、管理する手法の確立と実行が必要です。EYでは、このような人権リスクへのDD対応支援を行っています。