情報センサー

eDiscovery対応の概要と平時の取り組みについて 前編


情報センサー2020年7月号 Topics


Forensics事業部 公認不正検査士 松原 努

10年超にわたり、医薬、電気機器、自動車、自動車部品、精密機器、食品、化学、ゴム、商社、機械、海運等の幅広い業種の日系企業に民事訴訟、当局調査などにおけるeDiscovery対応支援を提供。Forensic & Integrity Services eDiscovery対応チームのリーダー、シニアマネージャー。


Forensics事業部 米国弁護士 Daryl Osuch

外資系法律事務所の弁護士として、日系企業を含む多くのクライアントのeDiscovery対応戦略の立案から、データ収集、データ処理と分析、ドキュメントレビュー、プロダクション、関連する供述の計画、実行および支援などの業務に従事。自動車、自動車部品、化学、金融、物流等の業界に精通。Forensic & Integrity Services eDiscovery対応チーム シニアマネージャー。

Ⅰ はじめに

外務省の「海外在留邦人数・進出日系企業数の調査結果(平成30年要約版)」※1によれば、2017年の10月時点で海外に進出している日系企業の総拠点数は7万5,531拠点(前年比3,711拠点の増加)となっており、過去最多を更新しています。こうした流れの中で、日系企業が進出先の国々で訴訟等に巻き込まれる事案も散見され、大きな脅威となっています。本稿ではこのような訴訟対応の中から、米国の民事訴訟におけるeDiscovery対応を取り上げて、その概要と平時の取り組みについて解説します。

 

Ⅱ eDiscoveryとは?

1. eDiscoveryとDiscovery制度

eDiscoveryという言葉は「Electronic Discovery」の略語ですが、広義と狭義の二つの意味で用いられます。広義の場合、「米国の民事訴訟の本審理の前に行われる、訴訟の当事者が相手方や第三者から訴訟に関連する情報を取得するための手続き全体(証言録取、質問書、事実認否の要求、身体および精神の鑑定、文書提出要求など)」を指し、これは従来のDiscovery制度(証拠開示制度)を代替する意味になります。狭義の場合、前記の中の「文書提出要求に対して電子データを中心とした証拠を開示する対応」を指します。本稿では、eDiscoveryという言葉を狭義の意味で使用します。

2. Discovery制度の歴史

米国でDiscovery制度が制定されたのは、1938年の連邦民事訴訟規則(Federal Rules of Civil Procedure:FRCP)※2改正までさかのぼりますが、06年12月の改正で対象範囲に電子ファイルが含まれることが明文化され、eDiscoveryという言葉が広く用いられるようになりました。その後、15年12月に負担の軽減や効率化を目的とした改正が行われましたが、企業にとっては依然として大きな負担となっています。また、米国以外でもコモン・ローの流れをくむ法体系を持つ国の民事訴訟や独占禁止法違反や海外腐敗行為防止法違反などの政府系調査に際して、類似の手続きが求められる場合があります。

 

Ⅲ eDiscovery対応の基本ルール

eDiscovery対応に関するFRCPの条文は非常に抽象的で難解なため、ここでは特に重要なポイントに絞って、eDiscovery対応の基本ルールを平易な言葉で解説します。

1. 開始タイミング

訴訟が合理的に予見される段階になると、当事者は訴訟に関連する可能性のある全ての情報を特定し、保全する措置を速やかに実施し、eDiscovery対応を開始しなければなりません。「訴訟が合理的に予見される段階」の典型的な例は、訴状の受領になりますが、警告書の受領や訴訟を予期した弁護士への業務の委任なども、同様に「訴訟が合理的に予見される段階」と判断される可能性があります。当事者が実際に予見していたかどうかではなく、客観的な状況で判断される点に注意が必要です。

2. 開示対象

訴訟に関連する全ての情報が開示対象となる可能性があります。代表的なものは、紙ベースの情報(名刺、手帳やノートに記載された手書きメモなど)、会社の保有している資産(会社から貸与されたパソコン、スマートフォン、外部記憶媒体、サーバー、業務システム、バックアップテープ等)に保管された電子ファイルなどですが、仕事に関係するメールや電子ファイルが個人所有のパソコン、スマートフォン上にしか存在しない場合は、それらの情報も提出対象となる可能性があります。ここで「可能性」という言葉が何度か使われているのは、開示対象は関連する問題や証拠の重要性、情報へのアクセスの容易さ、金銭的な影響の大きさ、開示による利点と当事者による負担の均衡性などによって総合的に判断されるためです。

3. 開示対象の例外

開示対象の例外として、米国の民事訴訟では弁護士依頼者間秘匿特権(以下、秘匿特権)とワークプロダクトの法理(以下、ワークプロダクト)が認められています。秘匿特権は弁護士と依頼者とのコミュニケーションの機密性を確保するためのものであり、「法的助言を受ける目的でなされた依頼者と弁護士間のコミュニケーション」「機密として保持することを意図した、あるいは実際に機密として保持しているもの」などの要件を満たす必要があります。保護対象の情報がeDiscovery対応によって相手側に開示されてしまった場合、秘匿特権が放棄されたとみなされる可能性がありますので、全ての情報を慎重に取り扱わなければなりません。ワークプロダクトは、訴訟の当事者または弁護士等の代理人が訴訟または審理を想定して作成された書類等を開示対象の例外として保護するものです。

4. 制裁

FRCPに違反した場合、訴訟の勝敗に関係なく制裁が科される場合があります。制裁についてはFRCPのRules 37.に規定があり、裁判所の命令に従わなかった場合、電子データの保全義務に違反した場合、開示手続きへの協力を怠った場合などが一般的ですが、違反者に悪意があったと判断されると訴状の取り下げや懈怠(けたい)判決などの重たい制裁が与えられます。また、違反行為によって発生した相手方の弁護士費用の賠償を命じられることもあり、訴訟に敗訴するよりも大きな負担となる場合もあります。

本稿では、「eDiscovery対応の概要と平時の取り組みについて」の前編として、eDiscoveryの歴史や対応の基本ルールについて解説しました。次号の後編では、eDiscovery対応の流れ、制裁事例、平時における取り組みのポイントについて解説します。

※1 www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_006071.html

※2 FRCPは米国の最高裁判所(United States Supreme Court)によって公布された米国の地方裁判所(United States District Courts)における民事訴訟の手続きに関するルールを規定したもので、訴訟の開始に始まり、証拠開示、本審理、判決、救済措置などのカテゴリで構成されている。

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2020年7月号

スポーツキャスター 宮下純一氏によるコラムの第3回となる今号では、失敗から学び次に生かすことの大切さについて語られています。