中国からベトナムへのサプライチェーン移転の背景と日本企業にとってのチャンス

中国からベトナムへのサプライチェーン移転の背景と日本企業にとってのチャンス


情報センサー2020年12月号 Trend watcher


EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) Strategy
許斐建志

EYパルテノンにて、主に経済分析やテクノロジーセクターの戦略コンサルティング業務等に従事。同時に地政学問題を扱うEYのグローバルな組織であるGeostrategic Business Groupに所属し、アジア圏の地政学問題等の分析も行っている。EYパルテノン シニア・アソシエイト。

Ⅰ 中国からの移転理由:関税や人件費の上昇等

これまで多くのグローバル企業は中国での生産活動を積極的に行ってきましたが、米中貿易摩擦や新型コロナウイルス感染症の流行等を受けて、徐々にサプライチェーンの一部を他のアジア諸国等へ移転させつつあります。
その背景には、米中間の緊張の高まりや突発的な自然災害など、将来の不確定な事象に対する備えとして、ポートフォリオを分散させるという意図があると思われます。また、それと同時に、中国では次に挙げるようにさまざまな面で生産に係る経済的コストが増大して企業収益を圧迫しており、各社の経営判断に非常に大きな影響を与えていると考えられます。

1. 米中間の関税率の上昇

米国の対中関税の平均税率は、米中間での関税引き上げの応酬が行われる前の2018年1月には3.1%でしたが、その後、大きく上昇し、19年12月に米中貿易交渉での一次合意がなされた後でも19.3%と依然高い水準で維持されています。これは中国で生産を行い、米国へ輸出する企業にとっての大きな利益押し下げ要因となっています(<図1>参照)。



2. 生産コスト等の上昇

また、中国の人件費は近年大きく上昇しており、製造業の中心地である深センの製造業での一般工の月額賃金は、08年に204ドルとおおむね他のアジア諸国と同水準でしたが、18年には490ドルまで上昇し、他のアジア諸国(200~400ドル程度)に比して、一段高い水準となっています(<図2>参照)。



さらに不動産コストについても、1m²の工業団地月額借料(18年)が中国・深センでは3.2ドルであるのに対し、ベトナム・ハノイは0.2ドル前後と大きな差が生じています。
それに加え、税率の面でも法人所得税(表面税率)と、日本への配当送金課税(最高税率)がそれぞれ、中国・深センでは25%と10%、ベトナム・ハノイでは20%と0%であるなど、中国は他国に比べても収益の押し下げ要因が多い状況となっています。

 

Ⅱ ベトナムへの移転理由:低い生産コストや貿易構造の中国との類似性等

それらを受けて、グローバル企業のサプライチェーンの多様化は進んでいるとみられ、米国の国別輸入額の18年1Qから20年1Qまでの変化をみると、中国が▲37.6%と大きく減少する一方、ベトナムは+49.4%とアジア主要国の中で最も大きく増加し、サプライチェーンの移転先として、特にベトナムが選好されていることがうかがえます。また、JETROが行った中国で生産活動を行う日系企業に対する19年のサーベイでもベトナムが中国からの移転先候補国として1位にあげられています。
ではなぜ中国からの移転先としてベトナムが選ばれているのでしょうか。前項で述べたような地政学リスクや高い関税の回避、人件費等のコストの低さといったことに加えて、ベトナムはアジア主要国の中で中国と最も輸出品目や相手国等が類似しており、中国での生産を代替しやすいことが挙げられます(<図3>参照)。



また、それ以外にも、ベトナム政府の外資系企業に対する税制優遇措置や、人口の多さ、中国との地理的な近さ等も企業の判断に影響しているとみられます。

 

Ⅲ ベトナムでの日本企業のチャンス:一部の国の企業に偏重した輸出構造のバランサーとしての役割

このようにサプライチェーンの移転先として注目を集めるベトナムですが、同国経済の特徴として、韓国企業への依存度が非常に高いことが挙げられます。17年のベトナムの輸出に占める韓国企業の割合は約35%で、特に韓国企業Aの輸出割合はベトナム全体の約25%と突出した値となっています(<図4>参照)。



これは特定企業の製品の売上が一国の輸出に大きく影響を与え得るということであり、それはベトナム国内でも問題視され、ポートフォリオの分散のために日本企業からの投資を望む動きがすでに地方政府でみられています。
そのため、日本企業はベトナムにおいて投資を歓迎される立場にあり、今後、地方政府との交渉等を通じて有利な条件でビジネスを行えるケースもあり得ると考えられます。

Ⅳ おわりに

各社がサプライチェーンの多様化のために生産等の移転先国を選ぶ際には、関税率やコスト、産業構造等はよく注目されるものの、前項で挙げたような各国固有の状況と、それを生かした戦略などはやや見落とされがちです。今後、各社はサプライチェーンの多様化において、そのような日本企業の優位性なども生かしながら、サプライチェーン最適化戦略を立て、それを実行していくことが重要となるのではないかと思われます。

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2020年12月号

※ 情報センサーはEY Japanが毎月発行している社外報です。