EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) スポーツDXリーダー 岡田 明
国内コンサルティング会社、外資系IT企業を経て2020年にEYグループに参画。各業界のシステムコンサルティング経験をベースに、近年はスポーツを中心としたコンテンツビジネスや地方創生等のビジネスに従事している。専門はスポーツDX。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株)アソシエイト・パートナー。
スポーツは、よくコンテンツの王様といわれます。選手たちのおりなす渾身(こんしん)のプレイや筋書きのないドラマが人々の感動を呼び、競技場内外のファンの歓声も相まって大きな「熱量」を発生させます。
熱量は人により、もしくは映像などにより媒体を経由するなど、何かしら形を変え物理的な壁をこえて伝播し、共感という共通のプロトコルによってさまざまなコミュニティを形成していきます。
共感の経験欲求は購買行動を促進し、得られた利益を新たな価値創出のために再投資する。
これらを持続的に創出するエコシステムやサイクルを「スポーツによる価値循環モデル」として定義しています。
「スポーツによる価値循環モデル」とは、言い換えれば価値を創出するプラットフォームを、スポーツコンテンツを中心にステークホルダー間の連携によって作り上げるということにほかなりません。
スポーツコンテンツとは主にプロ野球や日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)などの球団や競技者を中心としたイベントなどをイメージすると分かりやすく、ステークホルダーとはスポンサーや自治体、さらにはファンを含めてスポーツコンテンツにひも付く関係者・団体が主に該当します。
また、プラットフォームとは有形・無形のエコシステムの集合体であり、その最たるものがスタジアム・アリーナです。
これらをより有機的に機能させるためには「地域」を中心に考えることが重要であり、地域企業や自治体、教育機関も含めてスポーツの価値を共有しエコシステムを構築する必要があります。(<図1>参照)
2021年4月に竣工した沖縄アリーナは、総工費170億円をかけ、こだわり抜いた機材やサービスによって本場NBAを感じさせる秀逸な空間を実現しています。
主要コンテンツであるバスケットボールチームの琉球ゴールデンキングス(B1、以下キングス)は04年の創設からご関係者のひたむきな努力によって地元ファンの共感を獲得し、国内男子プロバスケットボールリーグ(Bリーグ)でもトップクラスの人気と収益力を誇っています。
こうした住民の熱意に行政もいち早く呼応し、法制度の整備や補助金の獲得などキングスとの密な協力により「夢のアリーナ」を実現させました。
興行的な恩恵のみならず、周辺の飲食店や観光需要の喚起により地域経済の活性化につながり、住民が体感した熱量は人生におけるスポーツの原風景となり「誇り」として地域社会に無数の恩恵をもたらすことになるでしょう。
街の価値が高まることで固定資産税など税収面での効果も期待され、社会的・経済的価値の拡張の好事例になり得る大きな可能性を秘めています。
このようにスタジアムやアリーナは、人・物・金・情報が集まる「メディア」として、新たな投資余力の源泉を生み出すキーアイテムとして機能します。
また、ファンの熱量によって形成されたコミュニティやステークホルダーによるエコシステムも運営の一部となり、持続的に価値を創出するプラットフォームとして、担う役割は今後ますます大きくなるといえます。
前述のような考え方は特段新しいものではなく、欧米ではスポーツ文化を形成する過程で一般的に織り込まれてきたものであり、日本でも数十年以上前からこのようなイノベーションは存在しています。ただ日本ではスポーツを取り巻く一般的な常識として、スポーツ=神聖なもの的な考え方(いわゆる体育的発想)や、球団経営単体として捉えられることが多く、スポーツコンテンツとのさまざまな要素の「掛け算」がもたらす効果の理解やエコシステム形成など「面」で捉える視点が今一つ醸成されておらず、社会的・経済的システムの中で機能しきれていないのが現状です。
スポーツ文化醸成に際しては、「ステークホルダー間の相互理解」とそれぞれの「コンテンツ力の向上」が重要な要素です。掛け算を例えにしてきましたが、掛け算の係数が高ければ高いほどその数字は大きく=価値も高くなります。例えば、コンテンツ力がイチに満たない0.9のものにいくら数値の高いものを掛け合わせてもその数値は小数点を超えないのです。
地域課題の一つとして、「体育」的で根性論の象徴だった部活動の現場では小中学校教諭の「顧問」としての重労働問題が顕在化しています。プロチームが有するコーチング技術を活用した指導者派遣を制度化する議論が活発となっていますが、顧問の先生の負荷軽減とともにプロチームやコーチには経済的な恩恵があり、かつ子供たちの心身の発育にも有効な施策として注目が集まっています。プロチームが磨き上げた価値の高い技術と社会課題との面での掛け算がエコシステムとして機能するケースも見受けられるようになってきました。
「ありものの組み合わせ」は多くの場合「足し算」の域を脱しません。前述のキングスが織りなすエコシステムや指導者派遣のプログラムのように、ステークホルダー間の相互理解が共感を生み、それぞれが知恵を出し切磋琢磨(せっさたくま)して価値を磨き社会課題をも解決していく、そこには共感がもたらす「熱量」という、想定を超えた係数をはじき出すパーツの存在があることを理解しておく必要があるのです。
現在、日本国内ではスタジアム・アリーナ計画が相次いで発表されており、スポーツによる街づくりをロジカルに実践しようという動きが活性化しています。大事なことは地域によってステークホルダーの「コンディションが異なる」ということです。いかに状況を的確に把握し、それぞれが価値を磨き上げる仕組みをデザインできるのか。エモーショナルなスポーツコンテンツが織りなす熱量を原動力に据えた、価値循環のモデル構築が今後ますます重要になるでしょう。
EY Japanでは「長期的価値(Long-term value)」などさまざまなフレームワークやスポーツコンテンツホルダーとのパートナーシップを通して「スポーツによる価値循環モデル」の実現をご支援しています。