情報センサー

金融庁金融審議会「ディスクロージャーワーキング・グループ」の議論の動向

2022年1月5日 PDF
カテゴリー 会計情報レポート

情報センサー2022年新年号 会計情報レポート

EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室/品質管理本部 会計監理部 公認会計士 前田和哉

監査事業部において、国際財務報告基準(IFRS)適用企業の会計監査業務に従事するとともに、品質管理本部 会計監理部において、会計処理及び開示制度に関する相談業務などに従事。2018年から2020年の間、金融庁企画市場局企業開示課に在籍し、開示府令の改正、記述情報の開示の好事例集の公表や財務諸表等規則の改定の業務に従事していた。

Ⅰ はじめに

2021年6月25日に開催された第46回金融審議会総会において、近年の企業経営におけるサステナビリティの重視やコロナ後の企業の変革に向けたコーポレートガバナンスの議論の進展等といった経済社会情勢の変化を受け、投資家の投資判断に必要な情報を適時に分かりやすく提供し、企業と投資家との間の建設的な対話に資する企業情報の開示の在り方について幅広く検討を行うことが諮問されました。

この諮問を受けて、金融庁ではディスクロージャーワーキング・グループ(以下、DWG)を設置し、サステナビリティをめぐる企業の取組みとその開示、コーポレートガバナンスの議論の進展、IT活用や重要な契約、英文開示や提供情報の適時性等のその他の個別課題について議論することとしました。

DWGは21年10月末現在、3回の議論が行われており、サステナビリティをめぐる企業の取組みとその開示の議論を中心に行われています。本稿では、現在DWGで議論されているサステナビリティ情報に関する開示の議論について解説します。文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

Ⅱ サステナビリティ情報の開示の動向

1. 国際的な動向

近年のサステナビリティ情報の中でも特に環境社会をめぐる動向として、15年の国連総会におけるSDGsの採択、COP21におけるパリ協定の採択といった背景を受けて、17年に金融安定理事会により設置された気候関連財務情報開示タスクフォース(以下、TCFD)が、企業による自主的な開示を促すための提言を公表しています。

米国では、21年3月に証券取引委員会(以下、SEC)が気候変動の開示に関するルールを見直すための意見募集を実施し、英国では、財務省が20年11月にTCFDに沿った開示の義務化に向けた今後5年間のロードマップを示すとともに、21年1月より、ロンドン証券取引所のプレミアム市場の上場企業に対して、コンプライ・オア・エクスプレイン方式によるTCFDに沿った開示が要求されています。欧州委員会においても上場企業及び一定の要件を満たす非上場企業に対してサステナビリティ情報の開示を要求する「企業サステナビリティ報告指令案」(以下、CSRD)が21年4月に公表されています。

また、サステナビリティ情報の開示の重要性が増すにつれて、国際的に比較可能で一貫した基準のニーズが高まっており、その緊急性が高くなっています。この点について、国際財務報告基準(以下、IFRS)を策定する国際会計基準審議会(以下、IASB)を傘下にもつIFRS財団が、サステナビリティ報告において一定の役割を果たすことへの幅広い支持を得ており、そのような背景を受けてIFRS財団は国際的なサステナビリティ情報の開示フレームワークの設定主体となる新審議会「国際サステナビリティ基準審議会」(以下、ISSB)を21年11月に創設しました。今後ISSBは22年内に気候変動に関する開示の基準の最終化を目指す予定となっています。

2. 日本における動向

日本においては、主に任意の開示書類においてTCFDに沿った開示の取組みが進んでいるとともに、21年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂では、補充原則3-1③において、上場企業は経営戦略の開示に当たって自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきとされています。また、プライム市場上場企業は、TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく気候変動に関する開示の質と量の充実を進めるべきとされています。国際的なサステナビリティ情報の開示の充実に向けた取組みが活発になっている中、日本としてもサステナビリティ情報に関する開示の在り方の検討が必要となっています。

【改訂コーポレートガバナンス・コード】

補充原則3-1③(新設)

上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。

特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。

Ⅲ 有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の開示

国際的なサステナビリティ情報の開示に関する動向を踏まえ、日本におけるサステナビリティ情報の開示の在り方についてDWGで議論が行われています。これまでの議論では、サステナビリティ情報を有価証券報告書において開示する必要性があるか、サステナビリティ情報を有価証券報告書に開示する場合、どのような情報をどのように開示すべきかといったことが中心に議論されています。

1. サステナビリティ情報の有価証券報告書での開示の必要性

DWGでは、現状、統合報告書やサステナビリティレポート等、主に任意の開示書類において開示が行われているサステナビリティ情報について、有価証券報告書で開示する必要性があるか否かの議論が行われています。

サステナビリティ情報が主に開示されている統合報告書やサステナビリティレポート等の任意の開示書類の発行企業数は、規模の大きい企業が数多く占めており、579社程度※1と考えられています。一方で、上場企業は約3,800社※1存在していることから、任意の開示書類での開示は一部の企業に限られている状況です。

任意の開示書類は、企業の創意工夫による情報開示が行いやすいですが、記載項目や記載場所が各社によって異なることから比較可能性に課題があるという指摘があります。

有価証券報告書でサステナビリティ情報の開示を要求する場合、企業内容等の開示に関する内閣府令(以下、開示府令)において開示項目が定められることになります。このため、すべての上場企業が開示府令に定められたサステナビリティ情報に関する内容を様式に従って開示することになり、比較可能性や総覧性が担保されると考えられます。一方で、有価証券報告書での開示とすると、将来情報の開示について、その後に判明した実績と乖離(かいり)が生じた場合、虚偽記載に問われるのではないかという作成者側の懸念があるという指摘があります。また、開示府令に定められることによって、開示の自由度が低下し、企業の創意工夫による開示が行われにくいといった指摘もあります。

DWGでは、任意の開示書類での開示と有価証券報告書での開示の双方のメリットを踏まえ、例えば、有価証券報告書での開示を軸としつつ、有価証券報告書での開示を補完する情報を任意の開示書類において開示する等、それぞれの開示媒体の位置付けも検討しながら、サステナビリティ情報の有価証券報告書における開示の必要性についての議論が行われています。

その議論の中では、既に任意の開示書類においてサステナビリティ情報の開示が進んでいる企業が存在する現状を踏まえ、有価証券報告書から任意の開示書類への参照についても検討が行われています。ただし、参照先の任意の開示書類の開示内容に誤りがあった場合、その誤りが有価証券報告書の虚偽記載となるか否かは明確ではないため、参照での開示を推奨するにあたっては、法令上の整理が必要という意見があります。

将来情報に関する記載と虚偽記載の責任については、19年1月の開示府令の改正時の金融庁におけるパブリックコメントへの回答において、「提出日現在において、経営者が企業の経営成績等の状況に重要な影響を与える可能性があると認識している主要なリスクについて、一般に合理的と考えられる範囲で具体的な説明がされていた場合、提出後に事情が変化したことをもって、虚偽記載の責任を問われるものではないと考えられます」との見解が公表されており、DWGにおいても紹介されています(<資料1>参照)。

資料1 将来情報に関する記載と虚偽記載の責任

また、近年、有価証券報告書においても、記述情報の開示の原則に基づき、「経営方針、経営環境及び対処すべき課題等」や「事業等のリスク」などにおいてサステナビリティ情報に関する開示を行っている企業が増加しています。金融庁が公表している「記述情報の開示の好事例集2020」では、「ESG」に関する開示例として、気候変動に関する情報を有価証券報告書に開示している例が示されています。

このように、既に有価証券報告書において気候変動に関する情報を開示している企業の取組みや開示内容については、サステナビリティ情報の有価証券報告書での開示の要否を判断する際の考慮事項になると考えられます。

2. 開示すべきと考えられる項目

DWGでは、サステナビリティ情報を有価証券報告書において開示する場合、開示対象とすべき重要なサステナビリティ情報をどのように判断すべきかについて議論が行われています。また、サステナビリティ情報として、気候変動に関する情報が取り上げられることが多くありますが、その他にも人権や多様性等、さまざまなテーマがあります。サステナビリティ情報に関するさまざまなテーマが存在する中、どのようなテーマを有価証券報告書に開示すべきかについても議論が行われています。加えて、有価証券報告書にサステナビリティ情報を開示する場合、どのように開示すべきかについても議論が行われています。

(1) 開示の重要性の考え方

開示の重要性の考え方としては、以下があります。

  • 企業の発展、業績、財政状態等、投資家が意思決定するために必要な範囲の情報を報告するシングルマテリアリティの考え方
  • シングルマテリアリティに加えて企業が環境や社会に与える影響についても報告するダブルマテリアリティの考え方
  • 時間の経過とともに企業価値に影響を与え、財務諸表に取り込まれるものとするダイナミックマテリアリティの考え方

CSRDではダブルマテリアリティの考え方が採用されていますが、グローバル・レポーティング・イニシアチブ(GRI)やサステナビリティ会計基準審議会(SASB)等ではダイナミックマテリアリティの考え方が採用されています。

有価証券報告書における記述情報の開示については、「記述情報の開示に関する原則」の記述情報の開示に共通する事項において、「記述情報の開示の重要性は、投資家の投資判断にとって重要か否かにより判断すべきと考えられる」とされています。

DWGでは、有価証券報告書における開示の重要性の考え方については、「記述情報の開示に関する原則」の考え方を踏襲し、「投資家の投資判断にとって重要な情報か否か」によって整理すべきであり、また、「投資家の投資判断にとって重要な情報か否か」は、企業価値への影響を考慮して判断すべきといった議論が行われています(<資料2>参照)。

資料2 記述情報の開示に関する原則:重要な情報の開示

(2) サステナビリティ情報の開示

サステナビリティ情報には、気候変動に関する情報や人権、多様性等、さまざまなテーマがあります。その中でもISSBでも優先的課題としている気候変動に関する情報の開示の必要性について議論が行われています。また、米国SECにおいて開示が義務付けられ、英国においても開示の充実が図られている人的資本に関する情報の開示の必要性について議論が行われています。

その他については、企業によって重要なテーマが異なると考えられることから、各企業で投資家の投資判断にとって重要なテーマとなる場合、当該テーマを開示することが望ましいといった議論が行われています。

① 気候変動に関する情報開示

気候変動に関する開示については、TCFDにおいて「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という枠組みが示されており、これらの四つの開示項目それぞれに推奨する開示内容が提示されています。

DWGの議論では、TCFDの四つの開示項目を参考に有価証券報告書における気候変動の情報に関する開示の議論が行われています。例えば、「ガバナンス」と「リスク管理」については、すべての企業に対して開示を求める一方で、「戦略」や「指標と目標」については、企業にとって気候変動が重要な場合に開示を求めることも考えられるといった議論が行われています。特に、「ガバナンス」や「リスク管理」に分類される重要な事項を特定するプロセスに関する開示は重要と考えられています。これは、「戦略」や「指標と目標」については、気候変動が企業にとって重要な事項であると判断した場合に策定されるものと考えられ、企業の気候変動への捉え方を理解するためには、重要な事項を特定するプロセスを把握することが重要と考えられていることが背景にあります。

また、「戦略」のシナリオ分析は難しく、「指標と目標」については、確定した測定方法が必ずしも存在するわけでもないため、これらの開示は、現段階では有価証券報告書での開示に馴染(なじ)むのかが疑問といった議論も行われています。

その他、ISSBで検討されているサステナビリティ基準における気候変動に関する情報開示では、TCFDの四つの開示要求項目(<表1>参照)を取り込み、かつ、比較可能性が担保される方向で検討が行われていることから、ISSBが公表する基準に基づく開示を求めることも考えられるといった議論も行われています。

表1 TCFDが開示を推奨する四つの要素と11項目の気候関連情報
② 人的資本等

現在の有価証券報告書での人的資本に関する開示は、開示府令に基づいて、提出会社(単体)の従業員数や平均年齢、平均勤続年数、平均年間給与(賞与含む)を開示しているほか、経営方針の中で経営戦略に絡めて人的資本に関する考え方や取組みを開示する例もみられます。

米国では従業員の人数を含む人的資本についての説明や企業が事業運営する上で重視する人的資本の取組みや目標に関する開示が求められており、例えば、人材の育成、確保、維持に対処する施策または目標が開示例として示されています。その他、労働安全や健康、多様性と包摂性等の開示を行っている企業も存在しています。

英国では、FRCが従業員の開示について、TCFDの四つの開示項目に沿って人的資本について期待される開示内容を説明し開示を促しており、例えば、「戦略」の観点では、従業員がどのように組織の価値を生み出すか、また従業員が提供する価値を高める機会があるか等といった開示内容が示されています。

この状況を踏まえ、DWGでは現状の開示に加え、女性管理職比率、労働生産性や労働分配率等の指標の他、指標の背景にある経営者の考え方等の開示も重要ではないかという議論が行われています。また、人的資本等に関する開示もTCFDの四つの開示項目の観点から整理するのが良いのではないかという議論も行われています。

③ サステナビリティ情報の記載欄の必要性

サステナビリティ情報は、有価証券報告書の記載欄のうち、経営方針、経営環境及び対処すべき課題等、事業等のリスク、コーポレート・ガバナンスの概要に関連すると考えられます。このため、サステナビリティ情報は、有価証券報告書のこれらの記載欄にどのように開示すべきかという整理が必要となります。

サステナビリティ情報の開示の前提には、企業による重要なテーマの特定があり、これは経営理念や経営方針に関係すると考えられるため、経営方針等の記載欄で開示することが望ましいという意見がある一方で、サステナビリティ情報の開示の促進、比較可能性の担保等を踏まえると、サステナビリティ情報として一つの独立した記載欄を設ける方が望ましいという意見もあります。また、それぞれの記載欄に相互参照する方法や経営方針等にはサステナビリティ情報の経営者の考え方等の大枠について開示し、詳細な開示内容については、独立した記載欄を設けて開示するといった方法も考えられるのではないか等、財務諸表利用者の利便性と企業の創意工夫による開示を妨げない開示方法についての議論が行われています。

Ⅳ ISSBの動向

DWGの議論においても注視されているISSBの動向について、21年11月にIFRS財団から設立が公表されました。

ISSBは、IFRS財団の傘下にIASBと並列に設置され、デュープロセス等はIASBと同等のプロセスとなります。また、22年6月までに、気候変動開示基準委員会(CDSB)及び価値報告財団(VRF)はISSBに統合されることになります。

ISSBの設立と同時に「気候関連開示」と「サステナビリティ開示一般要求事項」に関する二つの基準のプロトタイプがTechnical Readiness Working Group(TRWG)から公表されています。今後ISSBがこれらについて審議し、22年3月までにIFRSサステナビリティ開示基準として公開草案を公表し、22年内に最終化する予定となっています。

IFRSサステナビリティ開示基準は、包括的なグローバルベースラインであり、各国当局が適切と考える要件を追加できるとされています。また、IFRSサステナビリティ開示基準は、IFRS会計基準適用企業に対して適用が強制されるものではなく、また逆に、IFRS会計基準以外の基準適用企業もIFRSサステナビリティ開示基準を適用することが可能となります。

日本におけるIFRSサステナビリティ開示基準の適用の可否や適用方法等については、今後のDWG等の議論の動向に留意が必要です。

Ⅴ おわりに

過去、DWGで議論された内容については、その後報告書が取りまとめられ、その報告書に基づいて開示府令の改正等が行われています。

21年10月末時点では、まだDWGの議論の途中であり、またISSBの設立など海外の動向も注視する必要があることから、サステナビリティ情報を有価証券報告書で開示を求めるといった結論が出たわけではありません。しかし、海外の動向を踏まえると、日本においてもサステナビリティ情報に関する開示を促進することは重要と考えられます。このため、DWGの今後の議論について注意が必要です。

※1 DWG第2回事務局説明資料②(サステナビリティに関する開示(1))34ページ

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