エネルギー安全保障はネットゼロ追求の妨げとなるか

執筆者
Ben Warren

EY Global Power & Utilities Corporate Finance Leader

Adviser on procurement, regulatory policy and mergers and acquisitions across the entire energy, waste and water value chains.

Arnaud de Giovanni

EY Global Renewables Leader

Future-focused thinker with over two decades of experience guiding power and utilities businesses through transformation.

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2022年7月29日

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RECAI 59︓電⼒市場が不安定になり、天然ガス価格が⾼騰する中、グリーンテクノロジーと代替燃料がエネルギー安全保障に貢献できるかはまだ未知数です。

本稿は、Renewable Energy Country Attractiveness Index(再生可能エネルギー国別魅力指数:RECAI)第59号の抜粋です。 

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要点
  • 新たな技術とグリーン燃料が、世界的な天然ガス依存に対する低減とエネルギー安全保障の強化の鍵となる。
  • 再生可能エネルギーの新たな供給源の需要増加に伴い、浮体式技術とグリーン水素が主流になる可能性がある。
  • 中南米は、政情不安や資金調達難などの成長に対する障壁を克服することができた場合、注目すべきグリーンエネルギー市場になるだろう。

 EY Japanの視点

今日の世界的な情勢を背景に、エネルギー供給源の分散かつ多様化という側面から、エネルギー安全保障の重要性が再認識されています。脱炭素化の旗手である欧州でも、足元の課題への対応として、一定期間における石炭火力の有効活用やLNG関連設備(貯蔵設備、再ガス化設備)への投資の動きが出てきました。一方、脱炭素化に向けた新たな技術を通して得られる相対的コスト競争力の向上に加え、天然ガスへの依存度低減の必要性にも迫られており、再生可能エネルギー開発や既存電源の脱炭素化に資する新興技術、グリーン燃料への投資が急加速しています。

エネルギー自給率が低い日本では、これまでにも増してエネルギー安全保障の重視と脱炭素化への動きという両トレンドを踏まえた取り組みが求められています。新たな技術では、浮体式技術を洋上風力発電に活用することが期待されます。海底地形が急しゅんな日本でも、北海道や東北だけでなく北陸や中国、九州で洋上風力発電開発のポテンシャルが大きく広がるでしょう。欧州での浮体式技術に向けた投資加速の動きにより、日本のエネルギープレーヤーが技術・ノウハウを獲得し、日本市場への導入のチャンスも広がると考えられます。

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ストラテジー・アンド・トランザクション

パートナー 岡本 卓也

ディレクター 斉藤 直毅

再生可能エネルギーがこれほど必要とされたことは、かつてありませんでした。天然ガス市場での前例のない不安定な状況と地政学的ショックに対応するため、各国リーダーは、⾃国のエネルギーミックスの多様化と天然ガスへの依存度の低減を早急に進めています。ネットゼロに対する期限も刻⼀刻と近づいているため、各国政府はこの供給ギャップを再⽣可能エネルギーで埋めることに意欲的です。これを実現させるために、再⽣可能エネルギー産業には⼤きな⾶躍につながる新たな技術と市場が必要です。

天然ガス価格の⾼騰により、新技術の相対的なコストは天然ガスと⽐較して低下しており、開発事業者にとって再⽣可能エネルギーへの投資は、短期的には魅⼒が増しています。新興グリーンテクノロジーがニッチ市場から主流市場に移⾏する機会が到来していることは明らかです。

これは、浮体式洋上風力発電や太陽光発電の変曲点になる可能性があります。新たなグリーンエネルギー供給源に対する需要の高まりは、R&Dやコスト低減に関する技術の向上に拍⾞を掛けています。浮体式洋上⾵⼒エネルギーはグリーン⽔素の製造にも使⽤できます。つまりエネルギー転換におけるゲームチェンジャーとなる⼤きな可能性を秘めているという事実と相まって、投資環境は熟してきていると考えられます。

エネルギー安全保障を強化するために、新興市場が再⽣可能エネルギー供給において、より⼤きな役割を果たすことが必要になるでしょう。RECAIレポートでは、世界のさまざまな市場の主要な動向と課題を取り上げ、再⽣可能エネルギーの投資機会と導⼊機会の魅⼒度に基づいて、世界の上位40カ国を順位付けています。エネルギー市場の不安定化を背景に、各国政府はネットゼロへの取り組みを加速させる意欲を新たにしています。一方で、再⽣可能エネルギーのグローバル化の前に克服すべき障壁があります。

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第1章

分析:世界的なエネルギー危機

分散と多様化が、再生可能エネルギー市場発展の加速とエネルギー安全保障の改善につながるでしょう。

過去1年間、天然ガス市場はジェットコースターのように激しく変動してきました。ウクライナ情勢が変化する以前から価格は⾼騰しており、多くの国々のリーダーがロシア産天然ガスへの依存度の低減を急務と考えているため、この不安定な状況は継続するとみられます。

ガソリン価格の急騰には多くの要因があります。中南⽶では、季節的な⼲ばつのために⽔⼒発電の供給能⼒が低下しました。アジアでは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるロックダウンからの経済回復において、天然ガス需要が高まりました。また、欧州・アジア間の液化天然ガス(LNG)をめぐる競争が激化しており、さらに、天然ガス⽣産者間においても供給と輸送の制約が⽣じています。これらすべてが要因となって、現在のパーフェクトストーム(最悪の事態)が⽣じたのです。

この状況における早急な解決策は残念ながらありません。浮体式LNG貯蔵再ガス化設備(FSRU)によるLNG⽣産量の増加などの主要インフラプロジェクトには、⻑期間のリードタイムが必要となります。天然ガスパイプラインの完成には数年を要する場合もあり、第三国を横断するとなると、非常に複雑な問題が⽣じる場合もあります。原⼦⼒発電の段階的廃⽌を今後数年間遅らせることも容易ではなく、これは地元住⺠の感情に影響を受け、世論を⼆分する問題ともいえます。

このような状況にもかかわらず、ガス供給源の多様化とエネルギー安全保障の改善は、インフラ建設が既に進⾏していることもあり、2020年代半ば以降には実現すると期待されています。その頃までには、その他の燃料や技術をより広範囲に組み合わせて利⽤することも、⼀層容易になると予想されています。また、バイオマスや⽔素燃焼タービンなどの代替燃料・技術への補助⾦により、これらの燃料・技術のコストが⼤幅に削減される可能性もあります。

電力価格上昇の圧力に直面している需要家にとっては、⻑期的な価格の確実性・予見性が確保できる電力購入契約(PPA)1 が一つの解決法となり、またそれに伴い開発事業者の収益性も保証されることにより、新しい再生可能エネルギーの導入が促進されることが期待できます。

天然ガス価格が高騰する中、EUは新たな野心的再生可能エネルギー目標とともに、エネルギー政策2の抜本的な見直しを提案しています。エネルギー戦略の見直しに向けた提案は近日中に公表される予定です。英国3 とドイツ4 は既に再生可能エネルギーの導入を加速させる計画を発表しており、より多くの国がそれに続く可能性があります。

エネルギー安全保障を強化し、欧州のロシア産天然ガスへの依存度を下げることは容易ではないでしょう。しかし一方で、再生可能エネルギーやその他の燃料・技術の導入を加速させるためには、今後数年間にわたる多様な戦略が必要となります。

エネルギー安全保障はネットゼロ追求の妨げとなるか

 

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第2章

主要な進展

陸上風力発電の3倍増に始まりグリーン水素への投資に至るまで、再生可能エネルギー分野の現状とは?

世界中の政府においてエネルギー安全保障は優先事項リストの最上位を占めるようになり、この不安定で予測不可能な状況に対してエネルギー輸入依存度の低減を目指すべく、再生可能エネルギーの取り組みを加速し、範囲を拡大しようとしています。

技術に特化したスコアの詳細については、 RECAIトップ40ランキング(PDF、英語版のみ) をダウンロードし、ランキングとスコアの決定方法の詳細をご確認ください。

RECAI第59号では、エネルギー安全保障の重要性が高まる中、10の市場における再生可能エネルギー拡大に対する興味深く多様なアプローチの一例を取り上げています。

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第3章

コーポレートPPA指数

コーポレート電力購入契約(PPA)市場の継続的な成長に伴い、パワーバランスは変化しています。

電力市場価格の急騰と不安定化、およびCOP26後の企業の新たな野心的な目標を背景に、PPA市場の成長が続いています。しかし現在、サプライチェーンにおける供給遅延や、計画承認および送配電網への接続遅滞などが成長を遅らせる障壁になっています。そのため、着工準備が整っているプロジェクトが不足しています。PPA需要の増加、プロジェクトの減少、設備コストの高騰の結果としてPPA価格の上昇と、売り手と買い手市場のパワーバランスの均衡化が進んでいます。多くの地域では経済は依然として堅調ですが、低く固定されたPPA価格は、高くて予測不可能な卸売価格に比べて魅力的です。

RECAI 59 PPA指標プレースホルダー

EYのコーポレートPPA指数は、4つの主なパラメーターから、各国のコーポレートPPA市場の潜在成長力を分析し、順位を決定します。データと方法論の詳細については、 EYコーポレートPPA指標(PDF、英語版のみ)をダウンロードしてご確認ください

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第4章

注目すべき地域:中南米

課題を克服できれば、再生可能エネルギー発電が大きく進展するでしょう。

中南米は、豊富な日射量、膨大な水力発電の可能性、陸上風力発電の好立地に恵まれており、いわば、再生可能エネルギーセクターの眠れる巨人です。

ブラジルの再生可能エネルギー生産能力と発電量は、他の中南米市場をはるかに上回っており、水力発電においては世界的なリーダーです。しかし一方で、水力発電への過度の依存により、干ばつの影響を受けやすくなっています。太陽光発電においては、開発事業者が銀⾏から⻑期融資を受ける際に障害になることの多いローカルコンテント(現地調達率)要求が開発の妨げとなっています。また、同国の為替レートも、ソーラーパネルを輸入しようとする企業にとって問題となっています。しかし、最近では米ドル建てのプロジェクトファイナンスを可能にする動きがあり、これが多く実現すれば再生可能エネルギー開発事業者を後押しすることになるでしょう。

チリは、再生可能エネルギーの入札価格が非常に低く、この地域の成功事例となっており、太陽光発電では中南米最大の可能性を持つ国でもあります。チリは現在、グリーン水素の分野で指導的地位に立つことを目指しており、チリ政府が用いている調査5 によると、2030年までに1キログラムあたり1.05米ドルでグリーン水素を生産できるようになる見込みです。

チリはLNGの輸入国であり、欧州の輸入率の上昇に伴い市場での競争激化に直面しているため、再生可能エネルギー産業の発展がさらに重要となる可能性があります。

アルゼンチンは、大規模な風力発電・太陽光発電プロジェクトの開発支援に関するRenovAR6などのプログラムを導入してきました。しかし、政権交代に伴う優先事項の変更により、これらのプロジェクトは推進力を失っています。また経済的課題・資⾦不⾜のため、市場では海外からの投資拡⼤が求められています。その中で中国がアルゼンチンの再⽣可能エネルギーセクターへの最⼤の投資国となっています7 。中国は、開発の推進力を失っていた80億⽶ドル規模のアトーチャ原⼦⼒発電所3号機建設契約に署名しました8

メキシコは太陽光発電において世界有数の可能性を有していますが、政府が電力部門を再び国の管轄下に配置しようとしており9、憲法改正が再生可能エネルギーセクターの障害となる可能性があります。これまでのところ実現していませんが10、憲法改正により、電力公社であるメキシコ連邦電力庁(CFE)が再び電力セクターを管轄する可能性があります11。メキシコの風力発電・太陽光発電の業界団体の見積もりによると、クリーンエネルギーの目標を達成するためには、2024年までに再生可能エネルギーに100億米ドルの追加投資12が必要になります。前述の憲法改正案のために投資が敬遠されていることから、これを達成するのは難しいとみられています。

中南米各国はさまざまな課題に直面していますが、エネルギー安全保障を強化するために多様なアプローチが取られています。これらの課題の一部を克服できれば、再生可能エネルギーを大きく進展させることができるでしょう。

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第5章

インサイト:浮体技術

発電コストの高騰に伴い、浮体式洋上風力発電や浮体式太陽光発電の開発が加速する可能性があります。

脱炭素化を加速させるためには、新たな技術が主流となるようブレークスルーが必要になります。再⽣可能エネルギーの導⼊拡⼤において、⼤きな役割を担うことができる技術の1つが、浮体式の発電技術です。

浮体式洋上風力においては、深海地域周辺での強く定常的な⾵を利⽤でき、かつタービンを深い海底面に固定するための⾼いコストも不要であるため、開発事業者は浮体式洋上⾵⼒への関⼼を強めています。欧州の潜在的な洋上風力発電の80%13 、米国の58%が、水深が60mを超える海域であることを考えると、技術の進歩が莫大な発電容量を解き放つ可能性があります。

浮体式太陽光においては、特に小国のような農業や利便性のために⼟地利⽤することが多い地域での地上固定の太陽光発電への反対という⼤きな問題を回避できるため、関⼼を集めています。

しかし、この双方の発電方法において、克服しなければならない技術上の課題があります。⾵⼒タービンは、⾵⾬や海⽔による衝撃に対処できる堅牢性が必要なため、適切な場所に浮かせることが難しい場合があります。⼀⽅の浮体式太陽光では、荒天時に転覆しやすいという問題があります。

どちらの技術もエネルギー生産コストが高いため、まだ本格的に普及していません。ただ浮体式洋上風力発電は、特に現在の状況では実現可能性が高まりつつあるとみられます。過去1年間、欧州の卸売電力価格は200ユーロ/MWh(217米ドル/MWh)前後で推移してきました14。一方、浮体式洋上風力発電のエネルギーコストは約200米ドル/MWhで推移しています15。技術研究とイノベーションへの投資の拡大が生産コストの低減につながるでしょう。

浮体式洋上⾵⼒発電は、グリーン⽔素の⽣成にも活⽤可能です。ケルト海およびスコットランド沖の双⽅で、浮体式洋上⾵⼒発電プラットフォームにおける電気分解、淡⽔化およびグリーン⽔素⽣産を組み合わせたプロジェクトが既に計画されています。2027年に最初に稼働を開始するのは、Source Energie社とERM Dolphyn社の合弁事業であるProject Dylan16となっています。

浮体式技術が主流になるにはまだ時間を要するものの、発電コストの⾼騰に伴い、幅広い電源の導⼊加速につながりうる魅⼒的な投資環境が形成されています。

SDGsカーボンニュートラル支援オフィス

サマリー

天然ガス市場は、需要増と供給の制約のため、この1年間、前例のない不安定な状況にありました。ウクライナ情勢によって欧州諸国は、ロシア産天然ガスへの依存度の低減を早急に検討することになりました。天然ガスの需要減少と世界のエネルギー安全保障の強化に向け、再⽣可能エネルギー導⼊の加速や、浮体式洋上⾵⼒発電やグリーン⽔素などの新たな技術や新燃料の開発は鍵となるでしょう。

この記事について

執筆者
Ben Warren

EY Global Power & Utilities Corporate Finance Leader

Adviser on procurement, regulatory policy and mergers and acquisitions across the entire energy, waste and water value chains.

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