EY Firepower M&Aレポート:ライフサイエンス企業のM&A取引 – 2025年の傾向

ライフサイエンス企業の取引件数は安定しているものの、取引額は減少しています。未来に対する自信を高めるうえで、ディールの小規模化・スマート化はどのように役立つのでしょうか。

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ライフサイエンス企業が自信を持って未来を形作る上で、ディールの小規模化・スマート化はどのように役立つのでしょうか。



EY Japanの視点

2024年の製薬業界におけるM&Aでは、大型の買収よりも小規模化、スマート化という特徴を見ることができました。これは、企業ができる限り初期投資を抑えながら外部のイノベーションを獲得し、またAIを創薬やオペレーションにも活用することで、リターンを最大化しようとする戦略に基づく行動の結果であると考えられます。M&A由来の製品がバイオ医薬品大手企業全体の売上高における最大シェアを占めるようになった今日、日系製薬企業もアーリー段階のイノベーティブなバイオテックやAIスタートアップへの適切な投資により、成長エンジンを確保していくことが求められています。


EY Japanの窓口

大岡 考亨
EY Japan へルス・アンド・ライフサイエンス・ストラテジー・アンド・トランザクションリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 バリュエーション、モデリング & エコノミクス パートナー


ライフサイエンス企業の取引件数は安定しているものの、取引額は減少しています。2025年度版EY Firepower M&Aレポートでは、ライフサイエンス企業がよりスマートで小規模な取引により、自信に満ちた未来を確保する方法について詳しく考察しています。

2025年度版EY Firepowerの分析結果の主なポイント:

  • 2024年はリセットの年だったのか?ライフサイエンス企業が2023年の大型M&Aを中心としたディールから転換し、ボルトオン型など、それより規模の小さい戦略的ディールを重視するようになるなか、2024年は取引額が減少した。
  • やるのか、やらないのか?2025年の推進要因と制約要因ー業界は依然として成長ギャップが大きく、ファイヤーパワーの蓄えが豊富であり、また、米国新政権の誕生で政策面の追い風が期待できる一方、コストの高さと主要ターゲットの不足で、ディールメーカーが消極的になるかもしれない。
  • 2025年は期待の持てる年である。大型ディールが再び検討されるようになる可能性がある一方、業界は過去12カ月、価値を探求する取り組みを拡大させ、製品サイクルの早い段階から目を付け、AIがもたらす機会を戦略的に重視する姿勢を強め、中国の新興バイオテクノロジーエコシステムが起こすイノベーションの新潮流などの好機を生かしてきた。
  • ディールをライフサイエンス企業の戦略の中心に据えるべき理由とはーEYの分析結果から、ライフサイエンスセクターではM&Aが成長に不可欠であり、大手企業の収益の大部分がM&Aで取得した製品から生じており、企業が自信を持って未来を形作るには提携を成功させる必要があることが分かった。

これから、分析結果について詳しく説明していきます。特定のトピックのみ読みたい方は、該当するタイルを選択してください。そのトピックに直接飛ぶことができます。

2024年はリセットの年だったのか?

出典:Capital IQ、EYの分析結果


2023年の特徴であった、リスクの低い資産に目を付けた大型ディールから注目が離れるなか、2024年はライフサイエンス企業のM&A取引額が41%減少しました。前年に買収した企業の統合を進める医薬品大手にとって、2024年は「リセット期」となったのかもしれません。

米国で連邦取引委員会(FTC)の積極的な規制活動やインフレ抑制法(IRA)導入に伴う規制面の困難な問題が続いたことで、2024年はM&A活動が低調となった可能性もあります。1月に新政権が誕生して、2025年はこうした規制面の不確実性の一部が解消され、M&Aの新たな可能性が開かれるかもしれません。


やるのか、やらないのか?2025年の推進要因と制約要因

出典:Capital IQ、EYの分析結果


2025年を迎えた今、M&Aの投資収益が期待できる確かな構造的理由がある反面、規制面と政策立案面の一部で先行きの不透明感が残っています。

推進要因:

  • 業界ではファイヤーパワーの蓄えが依然として豊富で1兆3,000億米ドルに上る。つまり、ファイヤーパワーがNovo Nordisk社やEli Lilly社などに偏在しているとはいえ、大型のディールを行える手元資金があるということになる。
  • 特許切れでバイオファーマ企業トップ25社の成長ギャップが2030年までに2,400億米ドルに達する見通しであるなど、業界では成長ギャップが拡大することになる。
  • 大統領選の結果を受け、法人税率の引き下げや、全般的な規制緩和への移行の一環としてインフレ抑制法の薬価条項の内容や連邦取引委員会の介入姿勢が後退する可能性など、新たな政策が打ち出されることを企業が期待しており、M&A市場のセンチメントという面ですでに業界は大きな追い風を受けている。

制約要因:

  • 年が改まっても重要な資産の取得には相変わらずかなりの費用がかかり、望ましいターゲットには近年の平均を上回る高いプレミアムを乗せる必要がある。
  • 2023年のM&Aブームが去り、企業が取得できる質の高い低リスク資産は比較的少ない。AIやテクノロジー企業など従来とは異なるターゲットが、文化面や統合面で課題をもたらしている。
  • 投入コストが全体的に高止まりし、最終損益が影響を受け、資本配分戦略を萎縮させる可能性もあることから、利益率は依然としてライフサイエンス業界全体の懸念事項となっている。

2025年は期待の持てる年である

出典:Capital IQ、EYの分析結果


ディールの小規模化・スマート化

2024年は取引額が減ったとはいえ、ライフサイエンス企業がM&Aを敬遠していたわけではありません。買い手と売り手のバリュエーションギャップを埋めるため、企業が重点をシフトさせて、期間の長いM&A機会や、マイルストーン支払いを利用したディールを求めるようになるなか、取引件数は安定していたものの、ディールの平均規模は縮小しました。

リスクが低く上市の近い資産の取得に資金を投じるのではなく、開発サイクルの早い時点でイノベーションを活用しようとし、企業はアーリーステージ(フェーズIII前)アセットをターゲットとしていました。

企業はまた、新たなAI分野など、従来とは異なる成長機会も模索しています。

ライフサイエンスAIは好機

出典:Capital IQ、EYの分析結果


AI関連の提携と買収はこの5年間で急増しました。これは、このテクノロジーがライフサイエンス企業に好機をもたらすことを物語っています。最も注目されているのは、AIを利用した創薬と医薬品開発の最適化です。とはいえ、それにとどまらず、AIは業務運営からビジネス戦略まで、バリューチェーン全体に利益をもたらします。

ライフサイエンス企業は、AIがバリューチェーン全体にもたらす機会に着目していますが、今後最大の課題の1つとなるのが、ライフサイエンス業界のニーズに合わせて、テクノロジー企業をうまく統合する方法を見いだすことです。EYのCEOコンフィデンス指標の結果から、ライフサイエンス企業のCEOが、AIなどの最新テクノロジーを人材獲得と並び、今後12カ月間の最大の混乱要因(ディスラプター)と考えていることが分かりました。これは、イノベーションのこの新たな波がライフサイエンスセクターに、いかに大きな機会と課題をもたらすかを物語っています。急速に拡大するAIセクターは、ディスラプションを起こす可能性を秘め、またディスラプションを起こすような人材を擁しています。そのため、ライフサイエンス企業がこうしたセクターと協働するにあたっては、自らのマインドセットと業務アプローチを柔軟に変えて、セクターをまたいだ提携のメリットを最大限引き出す必要があるでしょう。ライフサイエンス企業に特に求められるのは、以下のようなケイパビリティの構築です。

  • 最適なデータ戦略:AIにはデータが必要だが、ライフサイエンス企業のデータには大きな規制がかけられており、企業はこの点について賢く交渉する必要がある。
  • AIの徹底的な利用:AIを1つの問題を解決するための「使い捨て」ツールとして利用するのではなく、さまざまなプロセスやワークフローに組み込まなければ最大限の効果を得ることはできない。
  • 教育:ライフサイエンスチームはAIを信頼して利用できるという自信と確信を持つ必要があるが、同時にアウトプットとフィードバックを批判的な目で見て、ワークストリームを最適化できるようになる必要もある。
  • 統合:企業はITシステムから人材や文化まで、あらゆるレベルで統合を果たす必要がある。テクノロジー企業とライフサイエンス企業はお互いに教育し合い、真の融合を実現しなければ、相互のメリットを最大限引き出すことはできない。
医薬品会社との提携を真剣に検討しているAI企業は、業界が何を期待しているのかを把握する必要があります。

中国:イノベーションの価値を探求する取り組みを拡大

出典:Capital IQ、EYの分析結果


ライフサイエンス企業は、イノベーションの従来の領域にとどまらず、新たなバリュードライバーを探求する取り組みを拡大させています。抗体薬物複合体(ADC)関連のM&A投資額が数十億ドルに達した2023年以降、次世代の放射性医薬品から多重特異性抗体まで、まったく新しい治療手段がM&Aのターゲットとして注目を集めています。

デジタル技術とAIがヘルスケアの新境地を切り開いています。研究開発も、イノベーション発信地としてこれまで知られてこなかった中国をはじめとする国・地域で活況を呈しています。ADCなどまったく新しいがん療法のライセンスイン(導入取引)を求める企業にとって、ターゲットとしての中国の重要性が高まってきました。

一方、中国のライフサイエンス・イノベーション経済の成長を阻む最大の課題の1つが、対象となる中国企業との取引を2032年までに終了することを義務付ける米国のバイオセキュア法です。これにより、国境を越えた協業を行う企業の能力が制限される恐れがあります。とはいえ、新政権の誕生で米中関係の先行きが不透明となっている今、ライフサイエンス・イノベーションは、今後、新たなワーキングモデルの交渉が必要な領域の1つにすぎません。

この業界は、革新的な研究開発パイプラインを備え、自己改革をし続ける必要があります。

ディールをライフサイエンス企業の戦略の中心に据えるべき理由とは


  • バイオ医薬品大手全体の売上高を見ると、M&Aで取得した製品が占める割合が最も高い(2023年は45%)。
  • 10年前は、社内研究開発から生まれた製品が最大の収益源だったが、M&Aで取得した製品の売上高は本源的売上高(オーガニックレベニュー)の伸びを追い越し、10年間の年平均成長率(CAGR)が6.9%に上る。
  • アライアンス・JV(ジョイントベンチャー)から生まれた製品の成長はさらに著しく、10年間のCAGRが6.9%で、2023年には会社の売上高全体の20%を占めた。
  • 予測によると、バイオ医薬品会社ではM&Aやジョイントベンチャー(JV)、アライアンスで取得した製品が売上高全体に占める割合が2028年までに3分の2(68%)を超える。
  • M&Aが成長の鍵を握る状況が続く見通しであることから、ライフサイエンス企業が自信を持って未来に向かって進むには、先を見越した、ダイナミックな提携戦略が必要となる。

結論:

  • ディールが今後もライフサイエンス戦略の中心であることに変わりはなく、企業が将来も確実に成長するためには、強固な提携アプローチが必要となる。
  • 敏しょう性を備え、こうした戦略的機会をうまく生かすことができる企業は、ディールの小規模化・スマート化で、大きな投資リターンを得られる可能性がある。
  • M&Aでは疾患領域の重視が引き続き主な優先事項となる。また、ポートフォリオの優先順位付けも続けられ、企業は非中核資産を売却する一方、優先分野に投資をすると予想される。
  • AI関連のスタートアップ企業や中国のバイオテック企業など、イノベーションの従来の技術領域や地理的地域以外の企業とのM&Aにより、今後も成長を加速させる道筋を付けることができる。
  • どのM&A戦略においても、大きな投資リターンを実現するには、文化と変革体験をエグゼキューション戦略の中心に据えた、徹底的なエグゼキューションが欠かせない。
  Subin Baral

企業は、ターゲットの選定からエグゼキューションまで、M&Aを適切に進めることに注力し、自信を持って未来を形作ることを可能にする提携戦略を策定する必要があります。

Subin Baral
EY Global Life Sciences Deals Leader

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2024年3月5日 Subin Baral
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