「製造業が直面する変革の時代における調達戦略/業務改革の革新-韓国LGグループの事例をもとに」セミナーレポート(2025年6月17日開催)

「製造業が直面する変革の時代における調達戦略/業務改革の革新-韓国LGグループの事例をもとに」セミナーレポート(2025年6月17日開催)


地政学リスクの高まり、サプライチェーンの分断、脱炭素対応、関税対策や価格変動の激化ーー企業を取り巻く環境は、かつてないほどに複雑化しています。こうした“先の読めない時代”において、調達部門には従来のコスト重視の発想を超えた、戦略的な判断と柔軟な対応力が求められています。

LGグループからゲストをお招きし、グローバル規模で進められている調達改革と、LGグループの業務ノウハウが反映されたSaaSソリューションであるSINGLEXの概要について解説していただきました。


要点

  • 不確実性が高まる中、調達戦略は単なるコスト・供給安定だけでは不十分。リスクを経営・調達・貿易に3分類、それらの安定性に注視し、実際のアクションへの落とし込みが不可欠である。
  • LGでは、グループ各社でバラバラだった調達業務を「SINGLEX」ソリューションで標準化。プロセスを再設計し、属人化や重複投資を解消、全社で共有できるベストプラクティスを体系化した。
  • 市況情報、過去の見積もり・入札履歴、ESGや地政学的リスクなどをデータベース化し、AIで予測・分析し透明性を向上させることにより、リスクマネジメントで先手を打つことができる。

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Section 1

不確実性の時代における調達戦略策定の要諦

EYストラテジー・アンド・コンサルティングでサプライチェーン&オペレーションズ領域をリードするパートナーの宮前勇一が、不透明さが激増するとともに従来の前提が揺らぐ経営環境において、調達戦略策定のアプローチはどうあるべきか、いま何を重視すべきかについて要点をまとめ、半導体企業の事例を交えて解説しました。

調達部門への期待が高まる背景

企業の調達環境は、かつてないほど不透明さを増しています。サプライヤーの経営リスクや自然災害といった従来の懸念だけではなく、地政学的リスク、物流・貿易規制、GHG排出規制、エシカル調達といった新たな要素も加わり、調達戦略を取り巻く前提が大きく揺らいでいます。

こうした中、EYストラテジー・アンド・コンサルティング パートナーの宮前は、「調達部門に対する社内外の期待は年々高まっている」と語りました。安定調達だけでなく、コスト最適化や自社製品・サービスの価値向上、さらにはスコープ3を中心としたGHG排出量削減など、担うべき課題が複合化している状況について言及しました。
 

「安定調達」を主眼に置いた戦略策定アプローチ

本セッションでは、半導体メーカーにおける戦略策定の事例を取り上げました。この企業では、調達リスクの高まりを踏まえ、まず重要品目を特定することから実施。リードタイムの長さや代替の難しさといった観点から、重点的に管理すべき対象を洗い出しました。

次に、安定調達を脅かすリスクを整理。天災、紛争、貿易規制、海上輸送、経営リスク、為替変動など、多様なリスク要因が挙げられ、それぞれに対して「どのような情報を、どの目的で取得すべきか」を定義しました。例えば、天災リスクに対しては、気象・交通情報に加え、サプライヤーの製造拠点やサプライチェーン情報を活用。一方で、サプライチェーンをどこまで把握するか(何次サプライヤーまで対象とするか)は、品目や業種に応じた検討が必要です。

さらに、貿易規制への備えとして、各国政府・議会の動向を注視するだけでなく、規制が発動された場合の影響と対応策(マルチソース化、在庫の積み増し、代替技術の開発等)を事前に想定する重要性について指摘しました。

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 サプライチェーン&オペレーションズ パートナー 宮前 勇一
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
サプライチェーン&オペレーションズ パートナー
宮前 勇一

リスクを「分類」し、「注視点」を定義する

リスクの全体像を把握する上で、注視すべき事項を以下3つに分類し定義するアプローチが有効です。

  1. 経営状況の安定性(サプライヤーの操業継続可能性)
  2. 調達の安定性(部材・原材料が供給されるか)
  3. 貿易の安定性(製品が輸送されるか)

さらに、品目特性ごとに注視点を仮説立てし、例えば製造装置においては「米国が強い装置群」などに分け、リスクごとの影響度と対応を明確化するアプローチが取られました。こうした多層的な分析を行うことで、事前の備えや迅速な対応ができるかどうか、またその対応できる幅や質が大きく変わります。
 

戦略は、アクションに落とし込まれてこそ意味を成す

宮前は、「調達戦略がアクションにつながっていること」が最も重要だと強調しました。目標数値の設定に終始する戦略は、実行されない限り成果が生まれません。業種や品目によって求められる水準は異なるとはいえ、どの企業にも共通するのは、実効性のある戦略設計が今まさに求められている点です。」と強調しました。
 

調達戦略を“実行する”ための基盤とは?

調達戦略は不確実性を前提とした多層的な設計が求められます。そして戦略を実現するためには、部門をまたいだ組織間連携や、継続的なモニタリングといった “仕組みとしての実行力”が欠かせません。次のセッションでは、こうした調達戦略の実行を支えるSaaS型基盤「SINGLEX」の誕生につながったLGグループの取り組みについて解明します。

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Section 2

LGグループにおけるグローバル調達改革の軌跡

グループ各社に分散していた調達業務を統合し、標準化・効率化を実現したLGグループの調達改革。SaaS型プラットフォーム「SINGLEX」による業務プロセスの再構築や、データに基づく意思決定体制の確立など、LGにおける全社規模の調達DXの取り組みに迫ります。

「SINGLEX」が意味するもの

LG CNSでSaaS事業を統括するキム・デソン氏は、「「SINGLEX」というブランド名には、「シンプル(Single)」と「複雑(Complex)」という相反する言葉が込められています。複雑化する製造業の業務プロセスを、一つの統合プラットフォームで効率的かつシンプルに管理したいーーそんな思想が、この名称に詰まっているのです」と、述べました。
 

製造業の調達業務が抱える“見えない非効率”

LGグループには家電、ディスプレイ、バッテリー、電子部品など多岐にわたる製造事業があり、各社が似通った調達業務を独自のプロセス・システムで進めていた過去から、重複投資やノウハウの分断が慢性的な課題となっていたと言います。キム氏は「一つのシステムを作っても、翌年にはすでに現場に合わなくなります。これではグローバル競争に勝てません」と語ります。こうした危機感から、LGグループは共通業務の標準化を柱とした改革プロジェクトに2019年から着手しました。
 

改革の3本柱は標準化、データ活用、そしてSaaS化

LGグループの調達改革は、3つの明確な方針によって推進されました。

第1に、業務の標準プロセス化。調達業務における役割や意思決定のフローを明確に定義し、グループ内でベストプラクティスを共有。第2に、データドリブンな業務へのシフト。従来、調達の意思決定には経験や勘が大きく影響していました。価格や需給の変動予測をデータで管理・分析することで、再現性の高い業務遂行が可能になりました。そして第3に、SaaS基盤の導入。業務の変化に柔軟に対応し、機能追加やアップグレードが容易なSaaSの特性を生かし、全社的な調達プロセスの高度化を図ったのです。
 

調達DXを支援するコアプラットフォーム「SINGLEX」の誕生

こうした取り組みの集大成が「SINGLEX」ソリューションです。約4年にわたる開発プロジェクトを経て、分析・予測、開発購買、戦略購買、設備・工事という4つの調達・購買領域をカバーする51の標準プロセスを構築しました。本システムには、業務担当者のUXを重視したポータル機能、ERPとの柔軟な連携、サプライヤーリスク管理などが備えられています。

キム氏は、「特に注目すべきは、原材料価格の未来予測や、見積もり・入札履歴を活用した価格交渉支援など、高度な分析・予測機能を実装している点です。AIを用いた価格分析モデルの導入も始まり、調達・購買業務の“インテリジェントオートメーション”が進んでいる」と強調します。

LG CNS SINGLEXビジネスユニット 常務 キム・デソン 氏
LG CNS SINGLEXビジネスユニット 常務
キム・デソン 氏

実務へのインパクト:変わる現場、見える成果

SINGLEXを導入することで実現された成果についても紹介されました。例えば、あるグループ企業では鉄・銅・アルミなど88種類の原材料データを管理し、価格交渉の精度が大幅に向上。また、金型のライフサイクル管理にスマートデバイスを活用することで、棚卸し作業の時間を従来の5日からわずか8時間に短縮した例もあります。さらに、AIによるリスクモニタリング機能によって、N次のサプライヤーに至るまで災害や供給障害を事前に検知できる体制も整備されました。
 

日本企業にとっての示唆とは

キム氏は、「業務のデジタル化は、単にITを導入することではありません。業務の本質を問い直し、プロセスそのものを再設計することが重要なのです」と指摘しました。製造業が抱える共通の課題に対し、実際に成果を上げているSINGLEXの取り組みから、日本企業も多くのヒントを得られるでしょう。また、業務を標準化し、インテリジェントに進化させるためのプラットフォームをどう選択していくべきか考える材料にできるのでははないでしょうか」と締めくくりました。

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Section 3

データドリブンな調達プラットフォームを生かした競争優位性の構築

LG CNSのクォン・ソンギ氏は、20年にわたるLGグループでの調達・購買分野のスペシャリストとしての実務経験を踏まえ、グループ企業横断で実践した業務改革について解説しました。多くの企業が抱える調達部門の課題――手作業の反復、属人化、予測不能な市況、調達リスク――に向き合った同社が先鞭(せんべん)をつけた調達DXジャーニーの成功要因が明らかにされました。

SINGLEX購買管理によるデータドリブンな変革

LGがグループ全体で断行した調達・購買業務の標準化とDXを支えたプラットフォームが、グループIT企業LG CNSが開発・提供しているSINGLEXです。繰り返し作業や属人化からの脱却、サプライチェーンの可視化、AIを活用した市場分析など、SaaS基盤を駆使した調達革新が着実に成果を上げています。特に、「調達業務の効率化」と「ガバナンスの強化」が注力ポイントです。
 

データ基盤が価格決定の客観性と透明性を向上

調達プロセスにおいて、原材料、金型、設備、工事など、目的別にテンプレートを設け、価格だけでなく品質・納期・施工能力といった非価格要素も評価に組み込む仕組みを確立。見積もり・入札プロセス全体をシステムで一元化し、進捗や履歴をリアルタイムで把握できる体制を構築しました。また、市況情報や過去の購買履歴をデータベース化することで、適正価格の算出や市場比較を自動化しました。これにより、意思決定の根拠が可視化され、調達機能の信頼性と公正性が大きく向上したのです。
 

サプライチェーン全体を“見える化”する可視性と追跡力

LGグループでは、「サプライチェーンの競争力=競争優位性」と捉え、調達の可視性を重視。技術評価と条件評価を分離した標準プロセスを導入することで、特に設備・工事調達の透明性を高めました。さらに、自然災害や地政学リスクへの対応強化策として、1次〜N次の仕入れ先まで管理するデータベースを整備しました。台風などの気象予測データと連携することで、影響を受ける地域・サプライヤーを即座に特定し、状況変化に対する迅速な対応ができるようになりました。

LG CNS コンサルティング・事業開発チーム 総括コンサルタント  クォン・ソンギ 氏
LG CNS コンサルティング・事業開発チーム 総括コンサルタント 
クォン・ソンギ 氏

AIと自動収集によるリスク検知と精度の向上

AIを活用したデータクローリングにより、約15,000に及ぶ情報サイトからESG・財務・地政学リスクなどを30分ごとに自動収集。カテゴリごとに分類・分析された情報は、ダッシュボード上で可視化され、調達業務における潜在リスクの把握と迅速な意思決定を支援しています。例えば、価格変動シミュレーションでは、市況価格の動きに基づいて仕入れ対象品目のコストへの影響を予測し、価格交渉戦略の立案に直接役立てることができます。また、これらが全て調達業務のスペシャリストに求められるスキル向上につながり、調達部門のケイパビリティとして蓄積され、グループ企業全体の調達競争力に反映されるのです。
 

業界別ニーズに対応した “公正かつ成果を出す”調達の実現へ

各プロセスの監視項目に基づき、単価の急変や未承認発注、長期未処理案件などの異常をリアルタイムに検知。これにより、意思決定の客観性と説明性を担保する体制を整えることができます。SINGLEXは業務標準化をベースとしながら、企業ごとの業種特性に対応した柔軟なカスタマイズも可能なハイブリッドSaaSサービスです。また、SaaSとして常に最新の環境が提供されるため、調達部門がサプライチェーン管理やガバナンス強化に集中し、データに基づいた公正な判断を下し、成果を出すことを助けるのです。



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製造業が直面する変革の時代における調達戦略/業務改革の革新-韓国LGグループの事例をもとに
(配信期間:2026年6月16日まで)
 


「製造業が直面する変革の時代における調達戦略/業務改革の革新-韓国LGグループの事例をもとに」セミナーレポート(2025年6月17日開催)

写真左より
EYストラテジー・アンド・コンサルティング サプライチェーン&オペレーションズリーダー パートナー 高見 幸宏
EYストラテジー・アンド・コンサルティング サプライチェーン&オペレーションズ パートナー 宮前 勇一
LG CNS SINGLEXビジネスユニット 常務 キム・デソン 氏
LG CNS コンサルティング·事業開発チーム 総括コンサルタント クォン・ソンギ 氏
EYストラテジー・アンド・コンサルティング テクノロジーコンサルティング 統括パートナー
 新坂上 治


サマリー

本セミナーでは、調達分野におけるDXの進化が、単なるコスト削減や効率化にとどまらず、サプライチェーン全体の可視化と意思決定の高度化を通じて、企業の競争力強化に直結することが示されました。LGグループにおける総力上げての取り組みから、不確実性が増す経営環境の中で、企業が調達部門の役割と可能性を再定義し、今後の戦略を策定あるいは修正軌道していく上で有益な示唆を得ることができました。


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製造業が直面する変革の時代における調達戦略/業務改革の革新-韓国LGグループの事例をもとに

不確実性が増す調達環境に必要な戦略とは何か?LGグループからゲストをお招きし、同社のソリューションを活用した業務改革事例を含めてご紹介します。

2025年6月17日 | 現地時間

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