為替相場変動時の会計上の留意事項

為替相場変動時の会計上の留意事項


情報センサー2022年12月号 会計情報レポート

EY新日本有限責任監査法人 品質監理本部 会計監理部 公認会計士 服部 拓郎

金融機関のアドバイザリー業務や会計処理および開示に関して相談を受ける業務等に従事。2018年から20年まで金融庁で企業開示に関する制度の企画・立案等を担当。


EY新日本有限責任監査法人 品質監理本部 会計監理部 公認会計士 廣瀬 由美子

品質管理本部 会計監理部において、会計処理および開示に関して相談を受ける業務、ならびに研修・セミナー講師を含む会計に関する当法人内外への情報提供などの業務に従事している。

 

Ⅰ はじめに

2022年10月には32年ぶりの円安水準となる1ドル151円台まで円相場が下落する等、昨今、為替相場が大きく変動しています。海外で積極的に事業展開する企業や、海外からの部材調達が多い企業では、財務数値に対する為替エクスポージャーの増大をもたらす等、為替リスクがビジネスに与える影響が高まっています。グローバルに事業を展開する企業にとって、為替相場の変動が連結業績に与えるインパクトは大きく、財務数値にも重要な影響をもたらす場合があり、為替リスクへの対応が主要な経営課題の1つになっています。

企業が年間の損益予算を策定するにあたっては、主要通貨について想定為替レートを設定し、外貨建取引や在外連結子会社の損益数値を当該想定為替レートで換算することで予算数値を算定することが一般的と考えられます。その上で、為替予約等のデリバティブ取引を用いて為替リスクをヘッジすることで、為替リスクによる財務上のインパクトを一定の範囲内に収めるオペレーションが取られる場合があります。為替相場の変動が財務数値に与える影響は、企業が置かれている経営環境やグループの事業展開方法等により異なりますが、本稿では、為替相場変動時の会計上の留意事項として、ヘッジ会計をはじめ、外貨建有価証券や固定資産の減損、在外子会社等の財務諸表の換算に関する<表1>の留意事項について解説します。

表1 為替相場変動時の会計上の留意事項

Ⅱ ヘッジ会計

1. ヘッジ会計の適用要件

為替変動リスクに対してデリバティブ取引によるヘッジを行う場合、ヘッジ会計を適用する際に、ヘッジ会計の適用要件に留意する必要があります。ヘッジ対象及びヘッジ手段(デリバティブ取引)から生ずる純損益の計上時期が一致する場合には、ヘッジ取引の効果が自動的に当期純損益の計算に反映されます。一方、そうでない場合には、ヘッジ会計を適用し、ヘッジ対象とヘッジ手段から生じる損益を同一の会計期間に認識することによって、ヘッジ取引の効果(ヘッジ対象から発生した損益をヘッジ手段から発生した損益によって相殺しているという効果)を反映させることが可能です。

ただし、ヘッジ会計の会計処理は通常の会計処理とは異なります。また、ある取引がヘッジ取引に該当するか否かは、企業ないしは個々の状況によって異なります。すなわち、同様の取引であっても、ある企業にとってはヘッジ取引に該当し、他の企業にとってはヘッジ取引に該当しないことがあります。また、同一の企業で行われる同一の取引であっても、ある場合にはヘッジ取引で、他の場合には非ヘッジ取引であることがあります。

そのため、事後的にヘッジ会計を選択・非選択することによる利益操作を防止する観点から、ヘッジ会計の適用にあたっては、事前(ヘッジ取引開始時)に、当該ヘッジ取引が企業のリスク管理方針に従ったものであるかどうかを検討する必要があります(=事前テスト)。また、ヘッジ会計の濫用(損益認識時点等を自由に操作すること)を防止するため、事後(ヘッジ取引開始時以降)において、ヘッジの高い有効性が継続的に保たれている場合にのみ(=事後テスト)、継続してヘッジ会計を適用することが認められています。

デリバティブ取引開始時にヘッジ指定を行わなかった場合であっても、ヘッジ会計の要件が満たされている限りにおいて、先行して取得しているデリバティブ取引をヘッジ手段として事後的に指定し、ヘッジ会計を適用することは認められるものと考えられます。ただし、事後的な判断による利益操作を防止する観点から、遡(そ)及的にヘッジ指定することは認められません。したがって、例えば、期末時点でのデリバティブ取引の含み損を不当に繰り延べる目的で、過去にさかのぼってヘッジ指定することは禁止されます。また、期末日後の相場変動を見た上で、決算処理においてヘッジ指定することも認められないことに留意する必要があります。

2. 予定取引のヘッジ

昨今の状況を踏まえて、将来の売上・仕入取引(予定取引)に係る為替リスクをヘッジするために為替予約を締結することを検討するケースが考えられます。この場合、ヘッジの効果を財務諸表に反映させるため、時価評価されているヘッジ手段(為替予約)に係る損益をヘッジ対象(将来の売上・仕入取引)に係る損益が認識されるまで繰延ヘッジ損益として繰り延べる会計処理が認められています。ただし、将来の売上・仕入取引の発生時期、金額等の主要な取引条件が合理的に予測可能であり、かつ、それが実行される可能性が極めて高いことが当該取引をヘッジ対象とできる要件とされています。

予定取引に該当するかの判断にあたって検討すべき項目は会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」第162項に例示されています。

① 過去に同様の取引が行われた頻度
② 企業が当該予定取引を行う能力を有しているか。
③ 当該予定取引を行わないことが企業に不利益をもたらすか。
④ 当該予定取引と同等の効果・成果をもたらす他の取引がないか。
⑤ 当該予定取引発生までの期間が妥当か。
⑥ 予定取引数量が妥当か。

昨今の状況を踏まえて将来長期にわたって為替リスクをヘッジすることを検討するケースが考えられます。この場合の留意点として、「⑤当該予定取引発生までの期間が妥当か」に関して、「金融商品会計に関するQ&A」Q55-2において包括的長期為替予約によるヘッジに当てはめて検討しており、外貨建輸入取引に係る為替予約については、過去の取引実績等から考えて長期的に予定取引が発生し得る場合においても、1年以上のものは、輸入見合いの長期の円建売契約がある場合を除き、原則として会計処理上は投機目的と考えられるとしています。その上で、1年以上の予定取引について、(a)為替相場の合理的な予測に基づく売上と輸入(輸入品目を特定する必要がある)に係る合理的な経営計画(通常3年程度)があり、かつ、損失が予想されない場合、又は、(b)輸入予定取引に対応する円建売上に係る解約不能の契約があり、かつ、損失とならない場合にのみ、当該予定取引をヘッジ対象とすることは妥当と認められる場合も考えられるとしています。為替相場の変動等により、損失の発生が見込まれるために取引が実行されなくなる可能性を含め、将来の売上・仕入取引が実行される可能性が極めて高いといえるか慎重に検討する必要があります。

なお、予定取引が実行されないことが明らかになったときは、ヘッジ会計の適用を終了することとなり、この場合、その時点まで繰り延べられていたヘッジ手段に係る損益を当期の純損益として処理します。

Ⅲ 外貨建有価証券の評価額の引下げ

外貨建有価証券については、期末に保有目的に応じた評価をする必要があります。

1. 外貨建有価証券の決算時の円貨額と評価差額の会計処理

外貨建売買目的有価証券の決算時の円貨額は、外貨による時価を決算時の直物為替相場により換算して算定し、評価差額は損益に計上することになります。外貨建満期保有目的の債券については、償却原価を決算時の直物為替相場により円換算し、評価差額は為替差損益として計上します。また、外貨建その他有価証券については、原則として外貨による時価を決算時の直物為替相場により換算し、評価差額を純資産の部に計上しますが、市場価格のない外貨建株式等については、取得原価を決算時の直物為替相場により換算し、換算差額は純資産の部に計上します。外貨建子会社株式及び関連会社株式は時価評価せず外貨による取得原価を取得時の為替相場により換算して算定します(外貨建取引等の会計処理に関する実務指針(以下、外貨建取引実務指針)第12項~第17項)。

2. 外貨建有価証券の評価額の引下げ

ここで、売買目的有価証券以外の外貨建有価証券については、時価の著しい下落又は実質価額の著しい低下の事実が生じている場合には、外貨建有価証券の評価額の引下げが必要となります(外貨建取引実務指針第18項、第19項)。

外貨建有価証券の評価額の引下げについては、市場価格の有無により異なります。

市場価格のない外貨建株式については、実質価額の著しい低下がある場合に外貨建株式の評価額の引下げが求められています。

一方、時価のある外貨建有価証券については、時価が著しく下落した場合には、外貨建有価証券の評価額を引き下げることが求められています。

また、外貨建有価証券の時価又は実質価額は、外国通貨による時価又は実質価額を決算時の為替相場により円換算した額とされています。実質価額の著しい低下により評価額の引下げが求められる市場価格のない外貨建株式は、算定された実質価額を子会社株式及び関連会社株式であっても決算時の為替相場により円換算し、換算差額は当期の有価証券の評価損として処理することになります。

なお、連結財務諸表上では外貨建の連結子会社及び持分法適用会社の純資産の為替相場の変動による影響は為替換算調整勘定として計上されたままとなりますが、個別財務諸表上は当該影響が評価損益として実現することになります。

評価額の引下げの必要性の判断は、<表2>のようになります。

表2 評価額の引下げの必要性の判断

ここで、円安の進行によって、円建では株式や有価証券の実質価額や市場価格が取得原価と比べて50%程度以上下落していない場合であっても、引下げの必要性の判断は外貨建で行うことになり、評価額の引下げが必要となるケースがあることに留意が必要です。

例えば、市場価格のない外貨建株式を100千ドル、為替相場1ドル=100円で取得した場合、円貨の取得原価は10,000千円となります。ここで、期末の実質価額及び為替相場が、45千ドル、1ドル=140円であった場合、円貨による実質価額は、6,300千円であるため、37%の低下((10,000千円-6,300千円)÷10,000千円)であり、50%程度以上の低下には該当しません。しかし、市場価格のない外貨建株式の実質価格の著しい低下の判断は、外貨建の実質価額と外貨建の取得原価を比較することとされているため、低下は55%((100千ドル-45千ドル)÷100千ドル)となり、50%程度以上低下していることから、外貨建株式について、3,700千円(10,000千円-6,300千円)評価額の引下げが必要となります。
 

Ⅳ 固定資産の減損に係る外貨建で見積った将来キャッシュ・フローの換算

資産又は資産グループに減損の兆候がある場合には減損損失を認識するかどうかの判定を行う必要があり、減損損失の認識の判定において、割引前将来キャッシュ・フローの総額を見積ることになります(固定資産の減損に係る会計基準の適用指針(以下、減損適用指針)第18項)。ここで、将来キャッシュ・フローが外貨建で見積られる場合、減損適用指針第18項及び第19項に基づいて算定された外貨建の将来キャッシュ・フローを、減損損失の認識の判定時の為替相場により円換算し、減損損失を認識するかどうかを判定するために見積られる割引前将来キャッシュ・フローに含めるとされています(減損適用指針第20項)。したがって、外貨建で将来キャッシュ・フローを見積っている場合には、将来キャッシュ・フローの円貨額の見積りに際しては、将来の為替相場の予想に基づく、円貨の予算値を利用することや、将来の為替相場を予想するのではなく、減損損失の認識の判定時の為替相場により円換算するとされていることに留意が必要となります。

例えば、認識判定時の為替相場が想定より円安である場合、原材料の仕入価格が外貨建であるケースでは、将来の仕入に係るキャッシュ・アウト・フローについても認識判定時の円安の為替相場で円換算されることから、将来キャッシュ・フローを見積っている期間における為替相場が現在の為替相場より円高になると想定している場合には、想定以上に減損損失を認識・測定するケースがあると考えられます。一方で、製品の販売価格が外貨建となっているケースでは、将来の売上に係るキャッシュ・イン・フローを円安の為替相場で換算するため、想定より減損損失を小さく認識・測定するケースも出てくると考えられます。

Ⅴ 在外子会社等の貸借対照表項目の換算に適用する決算時の為替相場

在外子会社等の決算日が連結決算日と異なる場合、在外子会社等の貸借対照表項目の換算に適用する決算時の為替相場は、在外子会社等の決算日における為替相場とするとされています(外貨建取引実務指針第33項)。

ただし、外貨建取引実務指針第33項なお書きでは、在外子会社の決算日後、連結決算日までの間に為替相場に重要な変動があった場合には、連結決算日時点での在外子会社等の円貨表示による財政状態を連結財務諸表に反映させる目的から、在外子会社等は連結決算日に正規の決算に準ずる合理的な手続による決算を行い、当該決算に基づく貸借対照表項目を連結決算日の為替相場で換算するとされています。

例えば、連結決算日が3月末で、在外子会社の12月末の正規の決算を基礎として連結決算を行っている場合、12月末と3月末の為替相場に重要な変動があると認められる場合には、3月末の正規の決算に準ずる合理的な手続による決算数値に基づき、3月末時点の為替相場による換算が必要となります。

このため、在外子会社等の決算日の為替相場と連結決算日の為替相場に重要な変動があったと認められる場合には、12月決算の子会社の正規の決算をそのまま用いることができず、決算スケジュールに大きな影響が生じる可能性があります。また、3月末時点の為替相場により換算する必要があるため、財務数値に大きな影響を及ぼす可能性があるため、現在のように為替相場が不安定な状況では、在外子会社等の決算日後の為替相場に重要な変動がないか留意が必要となります。


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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

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