なぜ気候変動に伴い、より質の高い非財務情報の開示が必要になるのか

なぜ気候変動に伴い、より質の高い非財務情報の開示が必要になるのか


今後の監査では、企業が直面する気候リスクの評価の向上が急務となります。


要点

  • 財務情報だけでは企業の全体像を把握できない。そのため、強固な非財務の報告体制を求める声に応えようとする取り組みが数多く進められている。
  • 現在の開示要件では、企業がどのように気候リスクへ対応しているかを投資家は明確に把握できない。
  • 非財務情報開示の有用性は高まってきたものの、一貫性と柔軟性を兼ね備えた指標づくりという課題が残っている。

財務情報の開⽰だけではもはや企業の現状を包括的に把握できないことは、何⼗年も前から明らかでした。無形資産が企業の貸借対照表に占める割合が増えるにつれ、その企業の資産総額に占める監査済み財務諸表で保証される資産の割合は減ります。市場の観点から考えると、環境への影響、カバナンス⽔準、ブランド・スチュワードシップ、⼈的資本、サプライチェーンなど⾮常に幅広い分野に関する⾮財務情報の開⽰は時に、財務諸表よりも意思決定に重要な場合があります。

コーポレートレポーティングは、このような⻑期的な変化に対応するため進化を遂げてきました。重要な前進としては、気候関連財務情報開⽰タスクフォース(TCFD)のフレームワーク、Embankment Project for Inclusive Capitalism(EPIC)の取り組み、EYの⻑期的価値(Long-term value、LTV)フレームワークなどが挙げられます。しかし、より強固で⽐較可能な⾮財務情報の報告体制の要求に応じるには、取り組みを⼤幅に加速させなければなりません。その理由は、気候変動が転換期を迎えたことにあります。気候変動は、企業が直⾯している最も喫緊の⾮財務⾯の課題であり、EYメガトレンドレポート2020でもこれに焦点を当ててきました。

 

経済の劇的な変化

今後20年間に、かつてないほどのスピードと規模で気候変動が進むでしょう。すでに世界各地で気候変動が起きていますが、その背景には、産業⾰命前と⽐べて地球の平均気温が0.7℃上昇したことがあります。気候変動に関する最も意欲的な国際的⽬標は、今世紀末までの地球温暖化を1.5℃以内に抑制するというものです。この⽬標を達成するには、世界経済のあり⽅の劇的な変化が必要なことは⾔うまでもありません。20年〜40年以内に、発電や輸送の動⼒源として使⽤する化⽯燃料からの温室効果ガスの排出を全世界で⽌める必要があるほか、炭素隔離の⼤幅な拡⼤も必要となるでしょう。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡⼤で世界全体が変化を余儀なくされましたが、これが劇的な変化にプラスに作⽤する可能性があります。それは1つには、例えば旅⾏の回数など、⾃分の⾏動を変えることは思っていたよりは簡単で、⼤きな混乱は少ないとパンデミックで分かったからかもしれません。また、多くの国で打ち出された、新型コロナ経済対策に低炭素社会への移⾏の加速に焦点を当てた⼤規模な景気刺激策が盛り込まれていることもあります。

ただし、パンデミックによる排出量の削減幅は、最も厳しいロックダウンの実施期間でさえ、⻑期的な地球温暖化の流れを変えるには不⼗分だったことを認識しておかなければなりません。

気候変動の急激な加速を背景に、規制当局が温室効果ガスの排出を制限する動きを⾒せる中、企業が⼤きな移⾏リスクに直⾯していることは明らかです。それだけではありません。温暖化を1.5℃以内に抑制できたとしても、気候変動そのものにより事業に及ぶ物理的リスクは甚⼤です。それにもかかわらず、公開されている財務諸表には、こうした明らかなリスクがきちんと反映されていません。例えば、欧州連合内で電⼒・ガスに影響を与える気候関連の規制変更があり、企業の資産価値に対する市場の認識が変わった結果として株価が下落したとしても、必ずしも財務諸表の資産の減損が⾏われるとは限りませんでした。

財務報告基準と⾮財務情報開⽰の間にはずれが⽣じています。直⾯する気候リスクを反映させることが企業にとって急務です。そのため、企業の報告⽅法の変更と、それに伴う監査対象項⽬の変更が求められます。

情報開示が不十分

世界の投資家を対象に調査を実施した結果、投資家の間では企業から開⽰される⾮財務情報の質に対するいら⽴ちの⾼まりが示されましたが、こうした状況を踏まえるとこれはさほど驚くことではありません。EYが世界の投資家を対象に実施し2020年7⽉に発表した、企業のESGパフォーマンスについての5回⽬となる調査では、企業による環境リスクの開⽰に不満を抱いている投資家の割合が、2018年から14ポイント上昇していました。ただし、これは開⽰の質が低下していることを⽰しているわけではありません。投資家がこのリスクをますます重視するようになり、この分野におけるコーポレートレポーティングの質の向上がそれに追いついていないと感じているのです。この調査では、投資家の4分の3が、企業の気候リスク計画の厳密性に対し独⽴した第三者の保証を重んじると回答しています。

現⾏の財務報告基準の情報開⽰要件では、投資家は意思決定に際し参考にできるデータや情報を得ることはできません。気候変動など構造的な経済リスクや財務リスクの明確化、こうした構造的なリスクを各企業の状況や業績と結びつけるのは困難なのです。リスクが顕在化し、規制の変更法が成⽴、例えば、炭素価格制度の導⼊など、予想される規制の変更を反映させて、資産を再評価することが企業にはできません。また、気候変動の時期は不明確であるため、それによる財務への影響を把握することもできません。例えば、地球の平均気温の上昇幅が2℃に達するのは2030年ではなく2035年だと企業が想定した場合、それは財務諸表の現在のあるべき姿に⼤きく影響します。

財務報告基準と⾮財務情報開⽰は大きく乖離しています。直⾯する気候リスクの反映が企業にとっては急務です。そのため、企業の報告⽅法の変更と、それに伴う監査対象項⽬の変更が求められます。ステークホルダーは、企業が⾮財務リスクを適切に把握し、確かなツールとデータを利⽤して信頼性が⾼い前提でそのリスクをモデル化することの保証を必要としています。また、ステークホルダーはそのリスクの管理と対応に際し企業のパフォーマンスの保証も求めています。

そのためには、想定し得る成果の把握に必要な⼀連のシナリオをステークホルダーに提供しなければなりませ ん。TCFDが定めたフレームワークを⽤いるために、地球温暖化を産業⾰命前と比較して2℃未満に抑制するというシナリオを提案する企業もあるでしょう。その場合、属するセクターにより直⾯する移⾏リスクの種類と度合いに基づく影響を踏まえて情報を開⽰する必要があります。

⼀⽅、化⽯燃料の継続利用により地球の平均気温が4℃上昇した場合の第2のシナリオも必要となるかもしれません。このシナリオでは、規制変更により移⾏リスクが低下する反⾯、世界各国の平均気温上昇による影響で物理的リスクが⼀段と⾼まる可能性があります。どちらのシナリオがより妥当かに関係なく、ステークホルダーは企業が⽰す証拠について両⽅の状況に潜むリスクを測定し、対処していることを証明する保証を求めるでしょう。


非財務情報開示の進展と課題

⾮財務情報開⽰の質と有⽤性を⾼めることは喫緊の課題ですが、すでに重要な進展もみられます。TCFD フレームワークは、企業の気候リスクに関する報告の⽀援に向けての⼤きな⼀歩であり、⼀部の国や地域では義務化が進められています。しかし、投資家を対象としたEYの最新の調査からも明らかなように、⾮財務情報開⽰の堅固なシステムを構築するためには、さらなる取り組みが必要であると投資家が考えているのは間違いありません。


世界経済フォーラム(WEF)は、EYなどBIG4監査法⼈の協⼒を得て、「持続可能な価値創造のための共通の指標と⼀貫した報告を⽬指して(Towards Common Metrics and Consistent Reporting of Sustainable Value Creation)」を2020年9⽉に発表しました。このホワイトペーパー(白書)は、⾮財務情報開⽰のための「⼀般に認められた国際会計基準などの報告基準をはじめとした体系的なソリューションづくりに向けた進展を促すこと」を⽬的としており、重要なさらなる⼀歩です。

いかなる共通指数にも、各企業の多様なビジネスモデルと経営モデルに対応できるだけの柔軟性が必要です。投資家は、多数の財務指標から企業を⽐較評価します。⾮財務情報開⽰についても同様です。

この挑戦には⾮常に⼤きな課題があります。いかなる共通指数にも、各企業の多様なビジネスモデルと経営モデルに対応できるだけの柔軟性が必要です。投資家は、その企業や業界にとってどの問題が重要であるかにより、多数の財務指標から企業を⽐較評価します。⾮財務情報開⽰についても同様です。WEFは、マテリアリティ(重要課題)の問題から、「やがて、セクター別や企業別の指数を新たに策定する」必要性があるとみており、このような状況にはふさわしい認識です。

本質的には、財務情報開⽰と⾮財務情報開⽰を⽭盾なく、⼀貫性を持たせて結びつけることがこの取り組みに求められます。EPICの取り組みやEYのLTVフレームワークは、企業の無形資産を把握し、その価値を⾒極め、ステークホルダーが価値の共通基準と照合し、⽐較しやすくする仕組みです。企業のあらゆる⾮財務資産を把握し、その価値の⾒極めを可能にする報告基準の策定が⽬指すべきゴールであり、このフレームワークはその道筋に沿ったものであると⾔えます。このような取り組みが5〜10年後に、より⽐較しやすく、無形価値の主な要素に関するターゲットと焦点をさらに絞った情報を掲載したコーポレートレポーティングにつながるはずです。


サマリー

投資家が気候関連リスクへの企業の対応をより明確に把握することを望む中、気候変動の急激な加速により、⾮財務情報についての強固で⽐較可能な報告体制の整備が急務となってきました。気候関連財務情報開⽰タスクフォース(TCFD)やEmbankment Project for Inclusive Capitalism(EPIC)などの取り組みは正しい⽅向へと向かっていますが、財務情報開⽰と⾮財務情報開⽰を⽭盾なく、⼀貫性を持たせて結びつけるにはさらなる取り組みが必要です。


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