テクノロジーの利用によって、より効果的で使いやすいウェルビーイングテクノロジーが開発され、利用者の健やかなライフスタイルの実現を支援していくことが重要です。「アテンションエコノミー」という現代の社会状況の中で、企業は「使っていることを感じさせないテクノロジー」を活用し、顧客が離れることなく、むしろ引きつける形を追求するべきです。テクノロジーがあらゆる掛け算をもたらし、その結果として顧客ロイヤリティを高め、製品・サービスを最適化することが可能となります。
ウェルビーイング学会 代表理事、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野 隆司氏は「幸せな人は、社会関係資本が整っていて人間関係が良い状態にある、やりがいや生きがいがありやる気に満ちあふれている、主体性がありチャレンジ精神や個性の発揮がある、といった特徴があげられる。ウェルビーイングテクノロジーは、感性を生かすこと、つながり、やりがいなどにつながるテクノロジーであるべきだ」と述べられています。
ウェルビーイングテクノロジーが支える超高齢化社会
高齢化が進行するわが国。65歳以上の高齢者人口は2023年9月15日時点で過去最高の約3600万人2 となり、全人口に占める高齢者の割合も29.1%と、いわゆる「超高齢化社会」へと突入しています。超高齢化社会が抱えるさまざまな課題、それは例えば介護問題や労働力不足、孤独感の増大など、多岐にわたります。日本の超高齢化社会が抱える課題に対して、ウェルビーイングテクノロジーが果たす役割・効果については以下のようなものが考えられます。
- 健康維持・増進:ウェルビーイングテクノロジーは、ウェアラブルデバイスやモバイルアプリを通じて健康情報を収集し、健康状態の監視や早期発見に役立ちます。また、AIを利用したパーソナライズされた健康アドバイスやリハビリテーションプログラムの提供も可能となり、高齢者の健康維持・増進に寄与します。
- 介護負担の軽減:ロボットテクノロジーやAIを利用した介護支援が進んでいます。物理的な介助から、記憶の補助、会話パートナーとしての機能など、さまざまな側面で介護の質を向上し、人間の介護負担を軽減します。
- 医療・介護サービスの効率化:テレヘルスやオンライン診療、リモートモニタリングなどを通じて、遠隔地にいる人々にも医療・介護サービスを提供し、無理なく利用することが可能となります。これらは地域による医療・介護格差を縮小する役割も果たします。
- 社会参加と孤独感の軽減:デジタルデバイスやSNSを介して、高齢者がコミュニティに参加し、人々との交流を保つ機会を支援します。社会的孤立の防止やコミュニティへの参加は、メンタルヘルスの保持に非常に重要です。
- 労働力不足の解消:高齢者自身が活躍できる労働環境をテクノロジーが支援します。テレワーク、リモートワークの普及は、高齢者が働き続ける環境を提供する一方、職業訓練や再教育のプラットフォームがスキルの継続的なアップデートを可能にします。
ウェルビーイング学会 代表理事、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野 隆司氏は、ウェルビーイングテクノロジーのメリットとして「広い意味で言えば、健康寿命が延び、いきいきと生きることができるようになり、人生の最大の目的である幸せに寄与することである」と述べられています。
一方で、超高齢化社会におけるウェルビーイングテクノロジーの活用には、以下のような課題も浮かび上がっています。
- デジタルリテラシー:多くの高齢者にはデジタルデバイスを操作する技術や知識が不足しています。また、新しいテクノロジーへの理解が難しく、導入障壁になることがあります。例えば、スマートフォンやタブレット端末を使用して健康状態をモニタリングするアプリを利用する際、操作方法や情報の読み取りが困難な場合があります。そのために、高齢者向けのシンプルで使いやすいインターフェースや、デジタルリテラシーを向上させる教育プログラムが必要です。パナソニックホールディングス ロボティクス推進室 室長 安藤 健氏は、高齢者の利用しやすいウェルビーイングテクノロジーに必要なこととして「使用しているかどうかを意識させないようなテクノロジー」だと述べられています。
- プライバシーとデータセキュリティ:健康情報などの個人データがどのように管理・使用されるのかについての懸念があります。高齢者は特にセキュリティに対する意識が低い傾向があり、情報漏えいのリスクが高まります。特に、健康情報は非常に個人的で繊細な情報であるため、その取り扱いには十分な配慮が必要です。
- 適切な支援・ガイドラインの欠如:テクノロジーの適切な利用には継続的なサポートが必要ですが、それが十分に提供されない場合があります。例えば、デバイスのセットアップやトラブルシューティングなどの支援が必要です。また、医療機関や介護施設の設備やシステムが充実していない、デジタル化に関する適切なガイドラインや規制が整っていないなどの問題が存在します。また、ウェルビーイングテクノロジーは科学的根拠に基づくものであるべきですが、疑似科学的な主張をする製品があるかも知れません。これらの情報に誘導されることで、使用者は誤った判断をする可能性があります。
これらの課題を克服し、ウェルビーイングテクノロジーを一層活用していくためには、利用者のニーズと困難に対する理解、教育・支援体制の充実、データプライバシーとセキュリティの確保、および技術の普及とアクセシビリティの向上などの取り組みが重要となります。
日本企業がウェルビーイングテクノロジーを活用した商品やサービスを提供する際の成功の要諦
このような課題がある中、企業はウェルビーイングテクノロジーを用いた商品やサービスを提供する際に、どのような点に留意するべきでしょうか?
日本企業がウェルビーイングテクノロジーを活用した商品やサービスを提供する際に成功するためには、以下の4つのポイントに留意することが重要です。
- パーソナルデータ活用によるユーザー中心の設計(サービス設計):
ウェルビーイングテクノロジーを活用した商品やサービスの設計では、顧客のニーズを正確に把握し、それに合わせた解決策を提供することが重要です。例えば、適切なユーザーインターフェースや使いやすさ、個別のニーズに合わせたパーソナライズ機能など、ユーザー体験を重視した設計が有効でしょう。また、ウェルビーイングの目標を具体化し、利用者が進捗や成果を確認することができるメカニズムも重要です。高齢者の能力や利用習慣、デジタルリテラシーのレベルに合わせた使いやすいインターフェースや機能を備え、ユーザーが自分自身で操作できるようにすることが必要です。テクノロジーの観点からは、パーソナルなデータ取得を起点に、センサーやデバイスを通じたデータ入力や、ロボットによる生活支援が重要となります。また、このデータを基にアルゴリズムを設計し、個々の顧客に適したパーソナライズされたサービスを提供することが要求されます。このようなアプローチにより、個々人の健康を最大限サポートし、適切なウェルビーイングエコシステムを形成することが可能となります。そして、これらを元にパーソナライズされたサービスを設計し、それぞれのユーザーが必要とする具体的な商品・サービスを提供することで、ウェルビーイングを最大限に高められるでしょう。
- プライバシーとセキュリティの確保(データ):
ウェルビーイングテクノロジーは、センサーやAIなどの技術を活用して膨大なデータを収集・分析します。成功するためには、データの収集・管理・解析のプロセスを確立する必要があります。適切なデータ収集や保管方法、暗号化技術の導入、アクセス制限や厳格な認証プロセスの実施など、セキュリティ対策を徹底しましょう。また、透明性のあるプライバシーポリシーを提供し、ユーザーに安心感を与えることも大切です。パナソニックホールディングス ロボティクス推進室 室長 安藤 健氏は「本来的なサポートを行おうとするとどうしても個人に関する情報の取得が必要となる。メーカー側がすべきことは、法的に必要な対応を行うのはもちろんのこと、ユーザーに対し個人データを提供したときに得られるメリットやサービスについて説明責任をしっかり果たすことだ」と述べられています。
- エコシステムの構築:
ウェルビーイングテクノロジーの成功には、さまざまなステークホルダーの協力が欠かせません。産業界、医療関係者、政府、保険会社など、関連するパートナーとの協力関係を築くことが重要です。エコシステムを構築することで、データやノウハウを共有し、新たなビジネスチャンスやマーケットを開拓することができます。協力関係を築くためには、相互の利益と価値を理解し、共通の目標に向けて連携することが必要です。
- 心の健康と社会的つながりの促進:
一般的には健康であることは重要視されますが、社会とのつながりの少なさややりがいの欠如などが、死亡リスクを高める要因であることに多くの人が気づいていません。高齢者の健康を支えるには、やりがいを感じる活動や趣味の提供、コミュニティへの参加の促進、孤独感の軽減など、心の健康と社会的な絆を深める取り組みも重要な役割を果たします。したがって、企画担当者はウェルビーイングテクノロジーの検討時に、このような要素への着目を忘れずに行うべきです。その商品やサービスを利用していくうちに、自然とそれぞれのコミュニティに参画できるような工夫が必要です。ウェルビーイング学会 代表理事、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授 前野 隆司氏は「専門家として言うと、例えば健康のために血圧や体重に気を配るのと同様に、やりがいを持つ、つながりを持つ、孤独でないこと、心の幸せや心の健康に関することも非常に重要で、急務の社会課題である。ウェルビーイングテクノロジーを検討する際は、こういった視点も持ってほしいと願う」と述べられています。
これらの要素を統合し、ユーザー中心の設計、データの収集・解析とプライバシーとセキュリティの確保、エコシステムの構築、そして心の健康と社会的つながりの促進を行うことが、ウェルビーイングテクノロジーを活用した商品やサービスが超高齢化社会で成功する秘訣(ひけつ)です。
ウェルビーイングテクノロジーが描く未来:日本企業の新たな挑戦
ウェルビーイングテクノロジーを取り巻く環境は、日本企業にとって多くの優位性を生み出しています。社会面では、日本は先進国中でも特に高齢化が進んでおり、この問題解決に向けた技術や商品、サービスに対するニーズが大きく、市場自体が拡大しています。そのため、日本企業はこの市場においてユーザーのニーズを深く理解する強みを生かすことができます。また、技術面でも、ロボティクス、素材科学、製造品質など、日本企業は高い技術力と品質保証能力を有しています。これらの強みを生かせば、ウェルビーイングテクノロジーの精度向上や、品質の高い商品やサービスを提供することが可能です。
ウェルビーイングテクノロジーは、企業活動と社会貢献を連動させる可能性を秘めています。これを用いて新たな市場の開拓や従業員の健康、幸福の確保、投資家に好まれる企業を実現することは、企業と経済全体の健全な成長を促す一方で、社会全体のウェルビーイングも向上させると言えるでしょう。
日本企業は、超高齢化社会という大きな社会ニーズと、高度な技術力とを併せ持っています。これらはウェルビーイングテクノロジーを活用し、優れた製品・サービスを生み出すための大きな原動力となり得ます。未来へ向かうわれわれの船出は、ウェルビーイングテクノロジーと共に。これからの挑戦が、健康で幸せな社会を創出するための第一歩となりますように。