7 分 2022年10月20日
あなたの未来を再構築する。ガラス張りのオフィスビルと山の景色
EYグローバル気候変動リスクバロメーター2022

いつになれば、気候情報開示が脱炭素化にインパクトを与えるのか

執筆者 Matthew Bell

EY Global Climate Change and Sustainability Services Leader

Climate change and sustainability leader. Engaging in purposeful change and creating long-term value for global organizations. Savvy in science and technology.

EY Japanの窓口

EY新日本有限責任監査法人 CCaSS(気候変動・サステナビリティ・サービス)事業部 エグゼクティブディレクター

気候変動関連サービス・脱炭素化サービスを担う。家族に手作り料理を振る舞うことが趣味。

7 分 2022年10月20日

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  • いつになれば、気候情報開示が脱炭素化にインパクトを与えるのか(PDF)

EYグローバル気候変動リスクバロメーター第4版では、企業の気候情報開示が、依然として具体的な行動につながっていないことが明らかになりました。

要点
  • 気候変動リスクを開示する企業は増加しているが、企業が直面する課題について意味のある開示はなされていない。
  • 調査対象企業の過半数(51%)は、シナリオ分析を実施していないか、分析結果を開示していない。
  • 気候関連事項を財務諸表で定性的・定量的に言及している企業は、調査対象企業のうちの29%に過ぎない。 
Local Perspective IconEY Japanの視点

企業が気候変動のリスクと機会にどのように対応するかは、自社と地球の将来展望に長期的な影響を与える重要な戦略的検討事項と位置付けられています。多くの企業が気候変動シナリオ分析を行い、ネットゼロエミッションの達成という野心的な目標を掲げていますが、今後は、これらのシナリオ分析から得られた知見を財務管理、リスク管理、戦略設定に反映させることが極めて重要になってまいります。

EYでは、取締役会や経営陣が気候変動開示の取り組みについて考え、世界経済の脱炭素化に向けた組織の戦略を実現するために、「グローバル気候変動リスクバロメーター」を毎年発表しています。

2022年度第4版では、47カ国1,500社以上の気候変動関連実務と開示を包括的に分析したレポートをご提供します。各国企業が気候変動に関する開示の範囲と質を改善し続けている傾向が読み取れ、特に日本はカバー率96%、品質56%で英国に次ぎ僅差で2位になっています。一方で、直面する課題に関して意味のある開示を行うことに苦労している傾向も読み取ることができるでしょう。

 

EY Japanの窓口

山口 岳志
EY新日本有限責任監査法人 CCaSS(気候変動・サステナビリティ・サービス)事業部 エグゼクティブディレクター

企業が気候関連情報の開示に費やす時間は増加する一方であり、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の開示勧告への準拠も進む一方です。しかし、それが脱炭素化加速に向けた現実的な戦略に結び付いていないのは、なぜでしょうか。 EYグローバル気候変動リスクバロメーター(pdf:8.5MB)第4版では、47カ国にわたる1,500社超の企業が行った開示を包括的に分析し、この問題を詳しく分析しました。

本稿はEYの「CFOが直面する喫緊の課題シリーズ」の1つです。本シリーズでは、財務のリーダーが自社の未来を再構築する際に役立つ重要な見解や知見を提供しています。

カバー率と質は向上しているが、格差は残る

本調査は、厳正なスコアリング手法に基づいて実施されました。調査対象企業の報告を分析した結果、TCFD勧告のカバー率に関するスコアは84%で、2021年の70%から大きく改善したことが分かりました。カバー率は高スコアでしたが、質の平均スコアは44%に過ぎず、昨年の42%から微増にとどまりました。カバー率と質の間に存在するこの大きな格差は、気候変動リスクを開示する企業が増加している一方で、企業が直面する課題について意味のある開示がなされていないことを示唆しています。

興味深いことに、TCFDフレームワークのうち、本年度開示の質が著しく向上した要素の1つは戦略でした。戦略の質の平均スコアは2021年の38%から42%に上昇しています。この結果は、企業が開示を巡る政治状況・規制環境の変化を認識していることを反映しているとみられます。例えば、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が提案したサステナビリティ開示に関する最初の2つの基準は、どちらも戦略を重要な要素として取り上げています。

先行企業と後発企業は、セクターや地域によって大きく異なる

本調査では、気候情報開示に関して特定の市場および特定のセクターが明らかに先行しており、他の市場は大きく出遅れていることが明確に示されました。市場の点から見ると、英国はカバー率(99%)と質(62%)の双方で最上位になりました。これに僅差で続いた日本では、カバー率が 96%、質は 56%でした。このような高いスコアは、これらの市場で開示が義務的要件であることを示唆しています。中東ではESG報告の規制枠組みが成熟していないことを受け、カバー率と質の双方で最下位になりました。

業種別セクターでは、当然ながら、移行リスクの影響を最も受けるセクターは、総じて開示スコアが比較的高くなりました。エネルギーセクターのカバー率スコアは93%で、最上位になりました。質のスコア(51%)では、保険セクターと最上位を分かち合いました。エネルギー企業は、脱炭素化戦略に関する透明性の向上を求める投資家の要求に応えるため取り組みを続けています。「エネルギーセクターは、低炭素化のための重要な基盤と捉えられるべきです。このセクターは、投資家や規制当局、そしてより広範な市場の期待に応えようとしています」とErnst & Young LLPのClimate Change and Sustainability PrincipalのMatt Handfordは述べています。

エネルギーセクターは、投資家や規制当局、そしてより広範な市場の期待に応えようとしており、低炭素化のための重要な基盤と捉えられるべきです。
Matt Handford
Principal, Climate Change and Sustainability, Ernst & Young LLP

農業・食品・林産物セクターは、開示のカバー率と質の双方で他のセクターの大半に後れを取っています。このセクターが気候変動の影響に対して脆弱性が高いことを考えると、懸念される状況です。これは、このセクターが依然として、慎重な配慮を要する移行計画の問題や、気候関連のリスクと機会がビジネスに及ぼし得る影響への対処に奮闘していることを示唆しています。

金融サービスセクターも、気候変動リスクにより大きな影響を受ける可能性があります。地球温暖化が加速すれば資産価格が暴落し、その結果、銀行や資産運用会社のバランスシートが悪化し、金融システム全体の安定性が損なわれる可能性があります。さらに、保険業界は、極端な気象事象により経済的損失を負うリスクにさらされています。

彼らが直面するリスクの深刻さを考えれば、保険会社と金融資産の保有者・運用会社が共に、気候関連情報開示のカバー率と質の双方で、年々大幅な改善を示している理由が説明できるでしょう。また、資産運用会社は、自ら前向きな模範を示すことが、投資先企業の気候変動リスクに関する包括的な報告を効果的に促すことを理解しています。「気候関連の財務情報開示を改善することは、投資家が、気候情報開示の質の向上について『言行一致』の姿勢を示す機会になります」と、EY Oceania Climate Change and Sustainability PartnerのEmma Herdは説明しています。

気候関連の財務情報開示を改善することは、投資家が、気候情報開示の質の向上について「言行一致」の姿勢を示す機会になります。
Emma Herd
EY Oceania Climate Change and Sustainability Partner

リスク分析により新たな機会が明らかに

本年度のバロメーターでは、調査対象企業の半数近く(49%)がシナリオ分析を実施したと回答しており、2021年の41%から大幅に増加しました。最も多く参照されたシナリオは、RCP 8.5(高排出シナリオ)とRCP 2.6(低排出シナリオ)であり、これは、企業が事実上最悪のシナリオと最善のシナリオに沿って計画していることを示しています。

調査対象企業の4分の3(75%)がリスク分析を実施しており、企業は物理的リスクと移行リスクにほぼ等しく力を注いでいます。企業の3分の2近く(62%)が機会分析を実施し、最も多く挙げられた機会は「製品とサービス」でした。

エネルギーセクターの企業は、他のどのセクターの企業よりも、脱炭素化戦略の開示実施度が高く、これは、低炭素経済への移行において、同セクターが極めて重要な役割を果たしていることを反映しています。調査対象となったエネルギー企業の5分の4以上(81%)が、固有のネットゼロ戦略、移行計画、脱炭素化戦略のいずれかを開示したのに対し、全セクターの平均は61%でした。 

取締役会と経営陣は、開示を活用して、自社のステークホルダー、特に投資家に対し、実際にリスクをどのように把握し、管理しているかを伝えるべきです。
Dr. Matthew Bell
EY Global Climate Change and Sustainability Services Leader

開示が企業の財務に影響を及ぼすのはまだ先のこと

企業は気候情報開示のカバー率と量を向上させていますが、気候情報開示と財務諸表との統合について進展は限定的です。この重要な事実が、明らかになったことにより、開示行為が脱炭素化を加速できない原因が分かるようになりました。つまり、開示の財務上の関連性が明確ではないのです。バロメーターによると、財務諸表において気候関連事項を定性的および定量的側面として言及しているのは、調査対象企業の3分の1未満(29%)です。 

企業が財務諸表上で気候関連事項に言及することに消極的になる理由は幾つかあります。第1に、財務部門には、財務諸表における気候変動リスクの位置付けを理解するための知識が備わっていない可能性があります。第2に、財務諸表は比較的短い期間を対象としているのに対し、気候関連リスクははるかに長い期間に関するものであるため、対象となる期間が一致しません。最後に、気候シナリオに伴う不確実性と変動性のため、これらのシナリオを財務モデルに組み込むことが挙げられます。それにもかかわらず、開示は重要な一歩だと、EY Global Climate Change and Sustainability Services LeaderのDr. Matthew Bellは指摘しています。「取締役会と経営陣は、開示を活用して、自社のステークホルダー、特に投資家に対し、実際にリスクをどのように把握し、管理しているかを伝えるべきです」と彼は説明しています。

開示がどのように脱炭素化の加速を促すのか

開示は、それを通じて企業が自らおよび社外に対し説明責任を負うことになるため、脱炭素化プロセスを促す大きな要因となります。しかし、開示だけでは脱炭素化は実現できません。脱炭素化実現の可否は、究極的には、具体的で現実に即した企業の行動にかかっています。その行動とは、次のようなものです。

  • 意味のある目標を設定し、それに対する進捗状況を追跡する
  • シナリオ分析により仮定をストレステストし、戦略を定期的に再評価する
  • パートナーとの協働により野心的な脱炭素化目標の達成を目指す
  • 排出量を削減するとともに、事業ポートフォリオ変革の機会を探る

また、企業は、以下に挙げる3つの具体的な方法により、脱炭素化戦略達成に向けて開示を活用することができます。

  1. 重要性に応じて優先順位を付ける:すべての基準と指標に力を注ぐのではなく、気候変動がビジネスにもたらす財務上のリスクと機会について、明確で総合的なストーリーを伝えることに集中する。
  2. 同業他社に対するベンチマークの開示:顧客、競合他社、サプライヤーの開示情報を調査し、気候変動がもたらす機会とリスクにどのように対応しているかを把握します。
  3. ISSBの新しい基準の実施に備える:ISSBによるサステナビリティ開示のグローバル・ベースラインの国際的な採用に伴い、監視の目がより厳しくなるとみられます。企業は、これに対応するため、自社に適切なプロセスとガバナンスが備わっていることを確認するべきです。

脱炭素化の取り組みを推し進めなければならない

今はまだ、企業の気候情報開示は、投資家、規制当局、その他のステークホルダーが望むほどには包括的ではありません。また、開示が脱炭素化を加速させているようにも見えません。
事実、国際エネルギー機関(IEA)によると、世界のエネルギー関連の二酸化炭素排出量は、2021年には6%増加して363億トンとなり、過去最高水準に達しました。1

企業がネットゼロという野心的な目標を達成するのであれば、TCFDフレームワークの下で実施している開示と変革に向けた自社の取り組みとのずれを解消する必要があります。気候変動リスクの開示は、チェックマークを付けて確認していくような作業ではなく、企業変革のための強固な基盤であるべきです。

サマリー

TCFDに基づく企業の気候情報開示は、投資家、規制当局、その他のステークホルダーが望むすべての情報を網羅するには至っておらず、その質も、十分な水準ではありません。また、開示が脱炭素化プロセスを加速させているようには見えません。

企業がネットゼロの目標達成を望むのであれば、実施している開示と脱炭素化に向けた変革とが整合していない状況に対処する必要があります。 

この記事について

執筆者 Matthew Bell

EY Global Climate Change and Sustainability Services Leader

Climate change and sustainability leader. Engaging in purposeful change and creating long-term value for global organizations. Savvy in science and technology.

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EY新日本有限責任監査法人 CCaSS(気候変動・サステナビリティ・サービス)事業部 エグゼクティブディレクター

気候変動関連サービス・脱炭素化サービスを担う。家族に手作り料理を振る舞うことが趣味。