武田薬品におけるデジタル化とは
ケーススタディ
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武田薬品におけるデジタル化とは

タケダビジネスソリューションズ(TBS)は、「トップダウン」と「ボトムアップ」のコンビネーションを重視する革新的な取り組みでデジタル化を急速に進展させました。

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デジタルトランスフォーメーションの最善のアプローチは、トップダウンか? ボトムアップか?

武田薬品は、多くの組織の関心事でもある「どのようにDX戦略を推進すればよいのか」という問いに対する答えを見いだしたいと考えていました。

武田薬品工業株式会社(以下、武田薬品)は、日本に本社を置く、グローバルな研究開発型バイオ医薬品のリーディングカンパニーです。アジアで最大級の売上高を誇る同社は、グローバルでも製薬企業の売上収益トップ15に入っています。

武田薬品のグローバルCFO(最高財務責任者)であるCosta Saroukos氏は、従業員による「インサイトの提供と患者さんへの価値提供」をファイナンスビジョンとして打ち出しました。そして、事業部門のビジネスパートナーと連携してリソースの配置を見直すことで、財務コミットメントの履行と、データの利活用および自動化による組織全体の効率性向上を実現することを優先課題に掲げました。

そうした背景には、武田薬品の大規模買収・統合があります。同社は2018年にアイルランドの製薬大手シャイアーを買収・統合し、デジタルトランスフォーメーション(DX)を急速に加速させる必要性に迫られました。これは、「データとデジタルの力でイノベーションを起こす」という同社の企業理念に基づくものです。

武田薬品のファイナンスビジョンの実現を支えているのはタケダビジネスソリューションズ(TBS)です。同組織は、重要なビジネスパートナーとして、ファイナンス、調達、人事などの領域全般にわたりシンプルで革新的なソリューションを提供しています。TBSのソリューションは業務効率の向上に資するものであるため、従業員は患者にとってより付加価値の高いタスクに専念することが可能になります。そうしたソリューションの適用に際し、TBSは優れた従業員エクスペリエンスの創出に重点を置き、従業員がサポートを通じて働きやすさを感じ、ソリューションに対する信頼感を持つことができるよう取り組んでいます。

武田薬品のコミットメント達成に向けて、Saroukos氏は新たに任命されたシニアVP兼グローバルTBSヘッドのSanjay Patel氏と共に、「デジタルリテラシーの浸透とシチズンシップ型イノベーションの推進」を目指しました。TBSは、このビジョンの実現に向け、デジタルソリューション、人工知能(AI)、ロボティックス、自動化、アナリティクスなどの導入をサポートするイノベーションハブをグローバルデータ・デジタル&テクノロジー部⾨と協働で構築しました。

武田薬品のデータとデジタルファーストを軸とするDXアプローチの集大成と言えるのがCFOInUrpocket™という受賞歴のあるアプリケーションです。これは、グローバルな財務報告分析プラットフォームで、すべての関連ユーザーがノートパソコン、スマートフォン、タブレットなどからデータや分析ツールに直接にアクセスできます。同ソリューションは、製薬業界でトレンドとなっているアウトソーシングに依拠せず、社内のケイパビリティのみで構築されました。

このように価値創造に向けた取り組みへとかじを切る中で、Patel氏がデジタル化の飛躍的推進に向けて採用したアプローチは、非常に画期的なものでした。それは、先端テクノロジーを導入し適用するという従来の「トップダウン」アプローチと、テクノロジーを全社的に普及させて活用できるようにする「ボトムアップ」という比較的新しいアプローチをバランスよく組み合わせたもので、期待を超える成果をもたらしました。

デジタルファーストにフォーカスした取り組みにより、迅速に成果を上げることができました。例えば、グローバルな財務報告分析アプリケーションの導入により、関連従業員はデータに直接アクセスすることが可能になったのです。

The better the answer
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デジタルジャーニーは、偶然ではなく選択することから始まる

紆余曲折の先には、より大きなチャンスが待っている

状況および喫緊の課題を評価する

EYは2019年9⽉、財務分野における「the art of the possible(可能性の追求)」というテーマの下、ワークショップ「CFO Space」をフランクフルトで開催。これには武⽥薬品のファイナンス部⾨とTBSのリーダーシップチームが参加しました。本ワークショップで武⽥薬品のグローバル製造、供給、品質管理部門CFO兼SVPであるMike Zingg⽒は、次のように述べました。「武⽥薬品は、請求書処理などの定型的なファイナンス業務を各拠点とグローバル機能から切り離すことにより、同部⾨がファイナンスの観点から将来を⾒据えて付加価値を提供する戦略的ビジネスパートナーとしての役割を果たすことに専⼼できる態勢整備を⽬指しました」。このCFO Spaceセッションでは、デジタルがファイナンス機能にどんな破壊的変化をもたらしているのか、武⽥薬品は他社の成功事例をどのように⾃社の取り組みに落とし込んでいけばよいのか、ということに主眼を置いて理解を深めていただきました。

概して本ワークショップは、TBSが、運転資金、コスト、キャッシュフローだけでなく、ビジョンの達成や従業員エクスペリエンスの改善などの観点からもデータとデジタルに目を向ける良い機会となりました。

上記のワークショップに続き、2020年1月、Patel氏は、自動化テクノロジープロバイダーのUiPathとEYプロフェッショナルチームと共同で3日間の集中ラボをルーマニアのブカレストで開催し、デジタルジャーニーに向けたキックオフを行いました。同イベントで、参加者は日々の業務で抱えていたプロセス上の課題を共有し解決の糸口を探りました。Zingg氏は次のように述べています。「ファイナンス部門では、レガシーシステムや複数のオペレーション全般でプロセスが統一されていないことや、データ構造やガバナンスの一貫性が欠如していることが業務遂行の阻害要因となっていました。業務の一部をTBSに移管するに当たり、こうした問題を解決してデータの整合性を図ることが大きな課題となりました」

将来像を見据えてロードマップを作成する

CFOワークショップと集中ラボの後、TBSチームは、自組織の自動化に向けたロードマップを共同作成しました。このロードマップで目指したのは、TBS内の業務プロセスの自動化を強化するだけでなく、武田薬品全体でより多くの人々が自動化による恩恵を広く享受できるようにすることでした。

本自動化プロジェクトは、90日間のスプリントで実施されました。Patel氏を中心とする実行チームは、テクノロジーの専門チームをつくるのではなく、武田薬品のさまざまな分野の従業員がデジタルスキルを身に付け実務で活用できるようにすること、そしてさらなるスキル強化を図ることに注力しました。そうした取り組みの1つが、「デジタルチャンピオン」というゲーム化した研修プログラムで、デジタルに関する意識の醸成とスキルの育成を行い、それらを普及させることを狙いとしています。同プログラムに参加した従業員は楽しみながらプロジェクトに挑戦し、自動化の可能性を最大限に引き出すことができました。第1期生は2020年4月に始まったプログラムに参加し、21名のデジタルチャンピオンが生まれました。この取り組みは、瞬く間に全社的に注目され、Wiredや日経新聞にも取り上げられました。

上記の研修プログラムに関して、武田薬品のTBSストラテジー、プロセスエクセレンス、イノベーション担当ヴァイスプレジデントのVanessa Gleason氏は次のように述べています。「当社は、テクノロジーとイノベーションの民主化を重要課題に位置付けています。その実現に向けて育成に力を入れており、従業員一人一人がデジタル化の恩恵を確実に享受できるようにしたいと考えています」。TBSでは、Power BIなどのテクノロジーに加え、アジャイル手法、ビデオ制作、プレゼンスキルなどのラーニングコースも提供しています。

また、「Artificial Intelligence Discovery」シリーズの研修では、従業員は概念としてのAIやそのケイパビリティ、業務への適⽤⽅法などについて学び、RPAやAIを活⽤する新たな機会を⾒いだすために必要なスキルを⾝に付けることができました。研修の成果は、「AIアイデアソン」で具現化され、190に及ぶアイデアが⽣まれました。そのうちの6件は「AI Dragon’s Den」にノミネートされ、従業員によるアイデアのプレゼンテーションが⾏われました。最終選考では3件のアイデアが企業の優先課題として選ばれました。

アイデアのパイプライン

190

「AIアイデアソン」で生まれたアイデア数

外部要因に積極的に目を向け、対応する

2020年の初め、ファイナンス部門は、業務の効率性向上と患者への価値に関する潜在的可能性を見いだす、思いがけない機会を得ました。これはちょうど、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行による最初のロックダウンが実施され、従業員が出勤できないという状況が発生した時期のことです。その影響はすぐさまにスキャニング光学文字読み取り(OCR)技術を提供するTBSに及び、同組織ではこのような深刻な事態を想定した対応策を講じていなかったことが浮き彫りになりました。そして、人的資本への依存度の高さを痛感することとなったのです。業務の停滞や非効率なプロセスは支払い遅延や、サプライヤーとの関係悪化を招く恐れがあります。そして、それは患者に治療薬を確実に届けすることが難しくなるというリスクをもたらします。最初のロックダウンが施行された際にまず問題となったのは、請求書の処理対応で、患者さんの治療プロセスに支障をきたす恐れがありました。

TBSはこうした事態に早急に対応する必要性に迫られ、請求書⽀払いプロセスをタッチレス化できる、最先端のAI-OCRを導⼊しました。

画像:The better the world works
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デジタルとデータの民主化

デジタルは今や、業務プロセス、新しい職務、自動化ユースケースのパイプラインなどに取り入れられ、従業員一人一人にとって身近な存在となっています。

TBSは元々、定型業務を中心としたバックオフィス業務を担う組織でしたが、その後、武田薬品の重要な変革エンジンへと進化し、今ではデジタルイノベーションの先陣を切って自動化やAIを活用した効率化を全力で推し進めており、患者さんにとっての価値を高めるという同社のビジョンの実現にますます寄り添う組織になっています。今やデジタルは誰にとっても身近なものになっており、それを踏まえると、新型コロナウイルス感染症のパンデミックで課題が浮き彫りになった際にTBSが見せたアジリティは自然な流れと言えるでしょう。

Ernst & Young AG Switzerlandのコンサルティング部門のパートナーであるHelmut Rattenbergerはこうコメントしています。「大企業のデジタル化は、コミットメントの欠如や適切なスキルセットの不足などが要因となって、失敗に終わるケースが少なくありません。テクノロジーの活用はなかなか浸透しないものですが、TBSの場合はそうではありませんでした。TBSのプロジェクトチームは、トップダウンとボトムアップという両アプローチを駆使して圧倒的な変革推進力を発揮しました」

デジタル化における「トップダウン×ボトムアップ」アプローチの明確なメリット

トップダウンアプローチは、テクノロジーを活用して人的資本への依存を最小限に抑えることを目的としたものです。このアプローチで、経費管理をタッチレス化するソリューションをグローバル展開しました。これにより武田薬品のMRは、請求書処理チームに請求書を印刷して郵送する必要がなくなり、代わりに請求書の写真をメール送信するだけでプロセスを完了できるようになりました。こうした新たな請求書支払いプロセスの導入で、生産性が向上しただけでなく、支払い遅延やサプライヤーとの関係悪化の可能性も抑えることができました。また、最初の1年間における請求書処理コストが大幅に削減されました。さらに特筆すべきことに、テクノロジーの導入により、TBSの従業員は、革新的で人生さえも変えるような医薬品を必要とする患者さんに届けるという重要なタスクに専心できるようになりました。これは、非常に画期的なことです。

武田薬品のMRは、請求書処理チームに請求書を印刷して郵送する必要はなく、請求書の写真をメール送信するだけでプロセスを完了できるようになりました。

一方、ボトムアップでは、自動化のデジタルチャンピオンやAIアイデアソンなどのプログラムを通じて、武田薬品の全従業員にデジタルとデータの活用を普及させました。これは、TBSを中心とする従業員エクスペリエンスの向上に資する変⾰基盤の確⽴につながりました。特に、全社的に従業員エンゲージメントと従業員の幸福度を高められたことは、ボトムアップの取り組みから得られた貴重な価値の1つと言えます。

従業員はスキルアッププログラムを通じて多くの人に出会い、実力を評価してもらえるため、時には自身でも気づいていなかった強みを見いだすことができ、他部門でその強みを発揮する機会を得られます。「調達の契約業務で支払い処理を担当していたある社員は、RPAにおいて優れた才能を見いだされ、現在、ITに関わる部⾨で活躍しています」とは武田薬品・Gleason氏の弁。

こうした研修は企業側にもメリットがあります。研修により、従業員は定常的に新しいアイデアの候補群を提供できるようになり、ユースケースの特定やそのオーナーシップの促進につながります。これは、デジタル変⾰を推進する多くの組織が⽬指す究極の姿と⾔えるでしょう。

Gleason氏は、次のようにコメントしています。「ビジネスサービス分野におけるスキルセットへの投資はユニークなものですが、こうした投資はデジタルに対する従業員の意識向上につながり、今では、自動化や継続的な改善に関するアイデアを積極的にすくい上げています。例えば、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの際に在庫が不足する事態が発生し、手作業による在庫チェックを毎日行わなければならない時期がありました。そうした経験から、従業員は在庫管理の自動化を提案し、20分もかかっていたチェック作業を今では1分足らずで、しかも100%の精度で完了できるようになりました」

従業員と組織に広範に価値をもたらす 

デジタルチャンピオン・プログラムは、組織横断的にさまざまなプロセスの実質的な改善と働き方の継続的な進化の促進に役立っています。現在までに、TBSでは1,700名以上の従業員に研修を実施し、そのうちの480名は認定デジタルチャンピオンの段位を習得しました。また、500種超のボットも生み出しました。同プログラムによって、年間50万時間以上の生産効率向上を実現しました。

新型コロナウイルス感染症のパンデミックの際に在庫が不足する事態が発生し、手作業による在庫チェックを毎日行わなければならない時期がありました。そうした経験から、従業員は在庫管理の自動化を提案し、20分もかかっていたチェック作業を今では1分足らずで、しかも100%の精度で完了できるようになりました
Vanessa Gleason氏
武田薬品 TBSストラテジー、プロセスエクセレンス、イノベーション担当ヴァイスプレジデント

TBSの実績

50万時間超

実現した年間の生産効率向上

また、TBSのデジタルチャンピオンは、自動化研修の経験を生かし、武田薬品の採用力強化の一環として、ポーランドと日本で「タケダ・デジタル・アクセラレータプログラム」を始動させました。これは、大学生を対象としたプログラムで、データとデジタルを駆使して武田薬品の実際のビジネス課題の解決(ビジネス・チャレンジ)に挑み、最終選考を勝ち抜いたチームは、TBSのローテーションインターンシップに参加します。これについてTBSのPatel氏は、「TBSの戦略とオペレーティングモデルは、TBSの全従業員を武田薬品のビジョン、価値観、パーパスへと導くものでなければなりません」と語り、続けて「私たちは、双方の方向性をより密接に連携させることで、ビジネスにとって有益な価値を生み出します。その具現化に向けて、デジタル化を推進するとともに、従業員エクスペリエンスの強化に注力しています」と述べています。

こうした取り組みは、組織がいかにテクノロジーによって従業員のケイパビリティを高め、それがファイナンス部門や組織全体に大きな価値をもたらすことができるかを示しています。

Patel氏はさらにこう述べています。「TBSでは、データとデジタルの可能性を最大限に引き出すことを第一に考えています。その取り組みの一環として、私たちはケイパビリティの民主化に望ましい環境を醸成することに注力しています。そうした環境を整えることで、従業員一人一人がビジョンを意識し、スキルを駆使して現状に挑むことができるだけでなく、企業としてもアジリティの促進に資するシームレスなソリューションを的確に生み出すことができます。当社にとって人材は、インサイトの提供や価値提供を大規模かつ⻑期にわたって展開するための重要な要素です」

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