サステナビリティ経営にはパラダイムシフトが必要
サステナビリティ経営は、ROEのデュポン分析のように因数分解すると「パーパス経営×資本コスト経営×ESG経営」と表せます。一方、オムロンの看板施策で表現すると「企業理念実践経営×ROIC経営×ESGインテグレーション」となり、3つの要素をバランスよく統合させた先にサステナビリティ経営が実現すると位置付けています。安藤氏は、「“サステナビリティ経営=統合的な経営力の向上”が、オムロン流の考え方である」と強調します。
「サステナビリティ経営を実現するためには思考のパラダイムシフト――短期的な損益を重視するフォアキャスティング的思考ではなく、10~20年以上先の未来を構想して経営や事業をデザインするバックキャスティング的思考が求められます。そして、パラダイムシフトに必要な条件として、“企業理念や経営スタンスを変えることなく、企業文化や企業風土などを能動的かつ柔軟に変えていく姿勢と飽くなき成長志向”が挙げられます」
情報開示はコストではなく「投資」。その効果とは
非財務情報を含む経営情報の開示は、現代の企業経営における最優先課題の一つであり、サステナビリティ経営の実践においても極めて重要です。安藤氏は「情報開示はコストではなく、投資家との対話やエンゲージメント強化のための“投資”」と話します。
その“投資”から得られる効果として次の5つを挙げます。
①資本コスト(≒投資家の最低期待収益率)の低減
②株価ボラティリティーの抑制
③ネガティブ事象発生時の株価の早期回復
④インサイダー取引の抑止
⑤経営力の高度化への課題発見と社内のモチベーション向上
自発的かつ充実した情報開示を行うことは、投資家との信頼関係の構築にとどまらず、内部の不祥事や情報漏えいリスクなどの低減にもつながります。また、従業員を含む社内外のさまざまなステークホルダーとの積極的な対話を通じて、経営課題を迅速かつ適切に把握することもできます。
「上場企業の経営者はこれまで以上に情報開示を積極的に行い、多くのステークホルダーとコミュニケーションを図ることが求められています。社内外のさまざまな意見やそこから得られた気づきを経営に生かせるかどうか、経営者の資質も問われています」
「誠実な経営」と「持続的な収益」の両立に必要なスタンスとは
東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コードが改訂され、企業が果たすべき責任が増す中、サステナビリティ経営との関係性が問われています。さまざまなステークホルダーが企業に対して「誠実な経営の実践」を求めており、その上で株主や投資家は「持続的に稼ぐ力の発揮」と「企業価値の向上・創造」を期待しています。このような投資家の期待に企業はどのように応えていくべきか、安藤氏は次のように話します。
「企業は、プリンシプル・ベース(原則主義)にのっとって、どのような姿勢で何を目指しているかを誠実に開示する必要があります。コーポレートガバナンスとサステナビリティ経営の関係を一言で表すとすれば、『インテグリティ×サステナブル・グロース』です」
そして安藤氏は、企業経営者が取るべきスタンスとして次の3つを挙げます。
①株主を選ぶ努力をする
②株価を意識して経営する
③情報開示やIR活動をコストではなく「投資」として認識する
株価に関心の薄い経営者がいる一方、安藤氏は「IRは営業活動」と位置付け、オムロンでは投資家との対話をIRチーム全体でコロナ禍前には年間900件近く実施したと言います。
「自社の株を“商品”として、自社の経営にマッチした投資家に買ってもらうにはどうするか、そのために必要な情報開示や能動的なコミュニケーションは何かということを考える必要があります。そして、株価を他社と比較するのではなく、自社の企業価値、グローバルな事業環境、株式需要などを考慮して“適正な株価”を認識することが重要。情報開示・IRに経営資源を投入することも大切です」
また安藤氏は、多くの投資家が経営者に対して求めることとして、「本音で勝負する心構え」「企業価値創造を実現する使命感と強い意志」「未来を見据えた戦略立案力と現場力を備え、目標をやり切る実行力」「ダイバーシティとインクルージョンの尊重」の4点を挙げます。
オムロンが実践するサステナビリティ経営のフレームワーク
「企業理念実践経営×ROIC経営×ESGインテグレーション」とするサステナビリティ経営の実現に向け、オムロンはどのようなフレームワークで取り組んでいるのでしょうか。
企業理念実践経営
企業理念を普遍的な上位概念とし、判断や行動のよりどころ、求心力、発展の原動力と位置付けています。多様な価値観を持つ従業員が一体感を持ちつつ、一人一人が自律的に考え行動できるようグループ全体をマネジメントすることで、企業理念の実践に取り組んでいます。
ROIC経営
中期の財務目標を設定し、利益配分と資本施策の方針を立て、情報開示と対話を通じてステークホルダーとのエンゲージメント向上に取り組んでいます。この重要性を従業員にも認識してもらうため、ROICをKPIに分解した「ROICの逆ツリー」を考案・展開しています。
ESGインテグレーション
サステナビリティ課題を「事業を通じて解決する社会課題」と「グローバルなステークホルダーから解決を期待される課題」とに分類し、目標設定に基づいてPDCAを回しています。そして、その結果を開示するとともにステークホルダーとの対話を通じて改善点を洗い出し、課題全体のPDCAを回しています。
「ROICは高ければ高いほど良いわけではなく、経営の状況によって目標値は変動します。オムロンは、純利益の長期的かつ持続的な向上を目的に、ROIC経営を導入しています。経営者は、事業ポートフォリオマネジメントを行い、経済価値と市場価値を評価し、最適な資源の配分を実行する必要があります。そこで最も重要なのは、資本コストを上回るリターンが出ておらず、かつ、市場の成長力が低い事業セグメントの撤退・売却の検討です。
また、ESGインテグレーションについて、オムロンは日本における人事制度まで変える抜本的な改革として取り組んでいます。それがESG評価機関から高く評価される理由の一つであると認識しています」
受講者との質疑からサステナビリティ経営に投資家が求めるトレンドを探る
受講者との質疑応答では、サステナビリティ経営に対する投資家のスタンスに関する質問が多く寄せられました。
「財務諸表に開示されていない非財務情報について、投資家は具体的にどのようなことを求めているのか」という質問に対して、安藤氏は「情報開示を徹底していると、数字の背景にある戦略など、むしろ開示していない本源的な企業価値に関する議論へと誘導できます。一方、ESG評価機関は、開示していないことは「やっていない」と見なして評価するため、やはり充実した情報開示が重要です」と答えました。
「外国人投資家と日本人投資家で重視するポイントに違いがあるのか」という質問に対しては、「傾向として、外国人投資家は“買うか買わないかの判断材料”を求め、日本人投資家は“持ち続けるための理由付け”を求めます。日本株に投資するスタンスに違いがあると考えています」と答えました。
「オムロンの考えに合う投資家と合わない投資家をどのように見極めていますか」という質問に対しては、「企業が株主を選ぶことはできませんが、グロース系で長期保有を目的とする投資家はオムロンの経営戦略に合うと認識しています。そうしたスタンスの投資家を数と量の両面で増やしていくことは、サステナビリティ経営を実践していく上で重要です」と答え、講義を締めくくりました。
サマリー
オムロンはサステナビリティ経営を「企業理念実践経営×ROIC経営×ESGインテグレーション」と定義し、バックキャスティング的思考により企業価値創造を目指しています。情報開示は対投資家だけでなく対社内の影響も大きく、自発的に経営情報の開示をしていくことが多様なステークホルダーの期待に応える上で極めて重要です。