教育、研究、業務の3つを柱にDXを推進
濵口:社会の変化に対応し持続的な発展を実現するため、現在多くの大学がDXに取り組んでいます。東京大学がDX化で目指している、将来的なビジョンについて教えてください。
浅見氏(以下敬称略):東京大学では、2021年9月に大学の目指すべき理念や方向性を定めた「UTokyo Compass」を発表しました1。その行動計画の中で重要なものとして位置付けられているのが、DX改革です。2022年7月にはDX本部を設置し、以下の教育DX、研究DX、業務DXの3つを柱に大学全体のDXを目指しています。
- 教育DX:学生がどこからでもアクセス可能な環境整備、デジタル技術によるサービス向上
- 研究DX:エビデンスのデジタル化、データ処理の効率化
- 業務DX:どこでも働ける仕事環境の実現、基幹システムの刷新
DXの推進には、システムの開発や統合だけではなく、業務プロセスのデジタル化や効率改善が不可欠です。さらに教育や研究、運営活動の包摂性を高め、多様なニーズに対応する環境の構築に力を入れていくことが求められます。
濵口:DX化による利便性を追求するということですね。デジタルを活用した新たな価値創造があれば教えてください。
浅見:私が担当する教育DXの例を挙げると、これまで紙媒体や口頭でやり取りしてきたものが、すべてデジタルデータとして記録されていきます。蓄積したデータをラーニング・アナリティクスとして活用することで、よりパーソナライズした教育が可能になるでしょう。今までは学生全員に向けて同じような教育をしてきましたが、それぞれの学生に寄り添った、個人の特性を生かす教育が可能になります。
濵口:トップランクである東京大学の学生が、パーソナライズされた教育を受けられることになれば、さらに高度化された習学につながりそうですね。
AI活用や学生の参加で教育DXを進める
浅見:東京大学では、UTokyo Oneの略で『UTONE(ユートーン)』というキャンパスマネジメントシステムを開発しています。このシステムは、海外の学生が学部の一年生になる教育プログラムで試験的に導入されており、将来的には全学的に展開する予定です。
ユートーンの目的は、学生が関わる情報を一元化することにあります。現在は、授業を登録する際に複数のシステムからアプローチする必要がありますが、今後は学生の履歴から必要とされる情報を推奨したり、奨学金情報を提示するなど、付加価値を提供できるようにしたいと考えています。
濵口:どのような仕組みで実装する予定でしょうか。
浅見:この推奨機能については、AIを使う予定です。東京大学には数万人の学生がいます。教員や職員が学生一人一人の情報を把握するのは現実的ではありません。人がやらなくてもよい部分については、AIを活用していくのが望ましいでしょう。AIについては、すでにある程度開発が進められていますが、機械学習ではデータが多ければ多いほど正確性が増します。実際の運用に向けて、ここから開発を強化していく予定です。
また、最近では就職の際に、単位だけではなく課外活動におけるアクティビティも重視されるようになりました。これを一元的に記録・管理できる仕組みがあれば、就職活動にも活用できるでしょう。その情報が大学に認可されているとなれば、信用度も高まり、学生にとってもプラスになるはずです。
濵口:システムが学生のみなさんに活用されるよう、工夫していることがあれば教えてください。
浅見:教育 DX には、学生にも参加してもらうように考えています。学生が大学の運営に参加することは社会勉強にもなりますし、異なる視点からのアプローチはサービスの向上にもつながります。
東京大学には、コロナ禍でオンライン授業化をするにあたり、慣れない環境に対応できるよう立ち上げられた「utelecon」というwebサイトがあります。充実した大学生活を送るためのノウハウや良い実践例を掲載しており、学生もその記事の制作に携わっています。学生のアイデアをうまく取り入れながらwebサイトを運営しているこのような事例は、教育DXでも大いに役立つはずです。
DX推進の鍵は、組織に横串を刺すこと
濵口:DX化にあたり、これまで苦労した点があれば教えてください。
浅見:実は、東京大学ではこれまでもさまざまなデジタル化を行ってきました。しかし、残念ながら各部署がそれぞれ独立したシステムを導入しており、横の連携は取れていませんでした。
そのため、必要な情報を切り取って別のシステムに入れるといった無駄や手間が生じ、職員の負担が増え、学生の利便性が損なわれる状況を生み出していました。
濵口:われわれが会計監査の観点から見ても、個別業務ごとにシステム化してしまう例は多いですね。
浅見:DX本部は、このような状況を改善すべく、さまざまな部署から集まった職員で構成されています。部局横断型のワーキンググループでDXに取り組むなど、業務自体にも横串を刺す工夫をしています。
濵口:DX本部が司令塔であるだけでなく、人材も割り振って実行できるようになっているのですね。私自身の経験としても、海外の同等の組織では司令塔機能しかないことが多く、日本のデジタル庁はうらやましがられることがあります。
大学では何かを決めるにも各部局に持ち帰ると反対意見が出て、なかなか進まなかった経験があります。DX本部で横串を刺すにあたって大切にしていることはありますか。
浅見:職員は皆、業務の効率化や高度化を必要なものだと理解しています。しかしその一方で、業務の煩雑化を恐れてもいます。そのような状況を解決するために必要なのは、積極的に職員の方々と意思疎通を図り、不安や疑問を取り除くことです。
教員と職員の会議では、どうしても教員側が多く発言する傾向がありますが、職員に発言していただく機会を意図的に設けるなど、現場の声を大切にすることを心がけています。
DXを進めていくためには職員の意識改革や雇用環境改革が必要です。システム開発だけではなく、そのための人材雇用も進めなければなりません。来年度から大学総合教育研究センターで予算を取ってシステム開発等を進めていく予定ですが、学内のさまざまな先生方、職員の方々と協力できる体制を整えているところです。
対話をしながら、DXに向けた組織運営を
濵口:最後に、DXを推進する大学のリーダーに向けて、メッセージをお願いします。
浅見:大学では各部局が独自の自治を重んじる傾向があります。部局ごとに異なる仕組みが存在し、それがDXを阻んでいるのは、おそらくどこの大学にも共通した悩みではないでしょうか。
東京大学に藤井総長が就任された際、重視する言葉のひとつとして挙げられたのが「対話」です。対話というのは相手のことが理解できていなければ成り立ちません。相互に理解し、協調し、より良い関係を構築していく。それは組織運営でも同じです。
自分の組織を飛び越えて他の組織と横断的な議論の場を設けることは、学内全体の改革につながると考え、われわれも努力を続けています。
そしてもうひとつ、モチベーションを高めることも重要だと考えています。例えば、DXを進めた先にある大学像を共有できれば、全体の士気も上がるでしょう。また、良い例を見つけた際は、その努力を連携させることも非常に有益です。
例えば東北大学では、印鑑は使わないなど非常にわかりやすいアプローチでDXを進めており、われわれとしても参考にしています。
情報共有はもちろんのこと、システムを互いに融通したり、コストをシェアしたりすることで、複数の大学がDXを効率的、効果的に進めていけるでしょう。もし東京大学がDXを成功させた暁には、他の大学にも成功事例として共有し、貢献できればと考えています。