2024年2月9日
新たな時代(Society 5.0)を支える社会とは何か?ー「自己組織化」という新しい社会の在り方と、変わりゆく私たちの暮らし

新たな時代(Society 5.0)を支える社会とは何か?ー「自己組織化」という新しい社会の在り方と、変わりゆく私たちの暮らし

執筆者 小池 雄一

EYストラトジー・アンド・コンサルティング株式会社 自動車・モビリティ・運輸・航空宇宙・製造・化学セクター アソシエートパートナー

2024年2月9日

自己組織化社会から見えるサービス・製品のあるべき姿とは何か

要点

  • 誰もが、いつでもどこでも便利で快適に暮らせる新たな社会の構築
  • 少子高齢化・人口減少を食い止める、デジタル田園都市国家構想
  • 地方が主役、人間中心社会と自己組織化の社会
  • 生活・移動のグランドデザインをベースとした事業コンセプトのリデザイン
  • 新事業を支える体制のリデザインと社会実装の伴走者


誰もが、いつでもどこでも便利で快適に暮らせる新たな社会の構築を目指して

デジタルの進展をパンデミックが後押しする形で、私たちの生活は大きく変化しようとしています。これまで無意識的に「行かなくてはならないもの」と捉えていた職場は、「どうしても必要な時に行くもの」となり、住職近接というこれまでの生活スタイルは変わろうとしています。この生活スタイルの変化に伴って、私たちは「時間」と「場所」に関する柔軟性を手にすることになりました。

他方、国内では少子高齢化の影響で、このまま何も対策を講じなければ2100年頃には人口は約5,000万人まで縮小すると言われています。主要先進国の中でどの国も経験したことのない、まさしく前例なき時代をこれから日本は迎えることになるでしょう。そうした時代をどのように生き抜いていくべきか。過去の成功事例やユースケースの見直しでは通用しなくなる時代を迎えるに当たり、EYは新たな社会の構築に向けて動き出そうとしています。そして、その新たな社会を自己組織化社会と定義しています。

日本の総人口は、2050年には約1億人へ減少

デジタル庁資料を基にEYが作成

デジタルの進展によって、私たちは「時間」と「場所」に関する柔軟性を獲得することができました。これまでのように職場の位置にあまりとらわれることなく、生活環境を構築していくことができます。例えば、海が好きな人は海沿いに、街が好きな人は街中に自分たちの住まいを構えながら、仕事と生活を両立していくことが可能になっていきます。

自己組織化社会とは「家を最小単位とした新しいコミュニティ中心の暮らし」のことで、職場の位置にとらわれなくなることによって、住むための場所を選ぶ判断のよりどころとして趣味や趣向性が強まっていった結果、同じような趣味や趣向性を持った人たちが地域に集まってきて、自然とコミュニティが形成されていく新しい生活の社会です。

少子高齢化・人口減少を食い止める、デジタル田園都市国家構想

2021年より、政府主導でデジタル田園都市国家構想が推し進められてきました。本構想は、地域の「暮らしや社会」、「教育や研究開発」、「産業や経済」をデジタル基盤の力により変革し、「大都市の利便性」と「地域の豊かさ」を融合した概念です。

この構想の実現により、地方における仕事や暮らしの向上に資する新たなサービスの創出、持続可能性の向上、ウェルビーイングの実現などを通じて、デジタル化の恩恵を国民や事業者が享受できる社会、「誰もが、いつでもどこでも便利で快適に暮らせる社会」が期待されています。
(引用:デジタル田園国家構想の実現支援 | EY Japan

現代社会における少子高齢化・人口減少は、極端な工業化の推進に加えて、クルマの存在が核家族化のトリガーを引いたことが原因だと考えられています。

狩猟化社会のSociety 1.0、農耕化社会のSociety 2.0では、家を中心とした暮らしをしていました。ところが西暦1800年から工業化社会のSociety 3.0と情報化社会のSociety 4.0に移り、家から仕事などのさまざまな機能が分断され、職場中心の暮らしとなりました。

工業化社会(Society 3.0)時代の日本では、企業が優秀な人材を確保するために、福利厚生を手厚くしました。企業に所属さえしていれば、退職後も含めて一生安泰な人生設計が可能だった時代です。そのため、従業員やその家族は、所属する企業だけを見ながら生活するようになりました。そして、自分の住む地域に関心が薄まり、何世代かが支え合ったり近所付き合いをしたりするような大きな家族から、子育てなどを自分たちで完結させる、異世代や地域との交流の少ない核家族が生まれたのです。

少子高齢化・人口減少を食い止める、デジタル田園都市国家構想

さらに、クルマの普及により移動手段までもが、地域から離れ、家族に内部化しました。地域の支援や公共交通を使わずに、自家用車で自宅から目的地へ自分で運転するようになり、多少遠いところでも自分が所望するものを得ることが容易になったのです。結果として、核家族と地域との分断が生まれ、少子高齢化が始まり地域が衰退しました。

デジタル田園都市国家構想とは、これまで私たちが工業化・情報化の中で失ったものをデジタルで取り戻す新しい地域作りなのです。

地方が主役、人間中心社会と自己組織化の社会

一般的にSociety 5.0の社会は「人間中心社会」であると言われています。しかし、前述してきた通り、もう一歩踏み込んで表現すると「自己組織化社会」になると考えます。これは一人一人がありたい自分を創造し続けることで、自然と波長のあった人が集まりコミュニティが形成される社会です。

地方が主役、人間中心社会と自己組織化の社会

コロナ禍に自宅で巣ごもりし、仕事や勉強をしたり家族との時間が増えたり、リモートワークで地域に暮らしたり、職場の位置にとらわれない生活を体験したことで、今まさに、地方の過疎化・少子高齢化を招く首都圏への人口転出を防ぎ、地方に再び活気を取り戻す機会が到来しています。

さらに近年、生活や都市の機能が一瞬で破壊されるような大雨、台風、大地震などの不安も増えてきました。都市への一極集中はリスクが高く、それを是正するためにも、人も企業も地方に分散する必要があります。そして、万が一災害が発生した際には、素早くコミュニティを形成し、安心して日常生活を再開できるような仕組み作りを備えておく必要があるでしょう。

自己組織化社会の進展に伴い、今後は地域の人口動態の短期変動に応じた柔軟性の高い生活・移動サービスを実現する社会基盤やサービス・ 製品が求められています。生活・移動のグランドデザインを変革し、それらをベースとした新たな事業コンセプトのリデザインが必要です。

自己組織化社会を支える新たなグランドデザイン

特に地方では生活サービスとの物理的距離をどう埋めるかが課題です。地方のQOLを向上させるためには、低コストで効率的に運用・利用できる移動サービスの実装が重要です。

大きく社会が変わろうとしていく中で、“課題解決型”では追いつかないでしょう。一人一人が自分らしくあるために、自分にあった生活や人生を創造し、どんな生活をしたいのか、何をしたいのかを大切にする“ウィル実現型”の視点が大切です。

Society 5.0の自己組織化社会に合わせて、新たな社会のコンセプトを見据えた生活・移動のグランドデザインのリデザインを行うことは、これまでの社会の仕組みを変えていく大変な作業です。

生活・移動のグランドデザインをベースとした事業コンセプトのリデザイン

新たな生活・移動をベースにした事業コンセプトのリデザインにおいては、事業会社と地方公共団体などおのおのがリデザインをしていくとともに、連携していく必要があります。

筆者は、前職の自動車メーカーで、EV、自動運転、MaaS(Mobility as a Service)、デマンド交通など、新たなモビリティやサービスの開発に携わってきました。

それらの経験を通して、新たな社会のコンセプトを見据えた事業コンセプトのリデザインには、事業会社のみでは成し得ない、社会システムやインフラなどの変革、それらを実装する地方自治体との協調が必要であることを痛感しました。

そのため、自動車メーカーをはじめとする事業会社は事業コンセプトをリデザインしていくとともに、地方公共団体と連携しながら、生活・移動のグランドデザインをベースとした事業コンセプトのリデザインを行わなければなりません。その際に重要なのが、事業会社としてのコア・コンピタンス(既存の主力事業)を新たな社会のコンセプトに合わせて変化させていく覚悟です。これまで構築してきた巨大なサプライチェーンの強みを持ちながら新たな産業へ転換していくことは、大きな痛みを伴うからです。新しい時代に向けて過去にとらわれず生まれ変われば良いのですが、事業会社がコア・コンビタンスをなかなか変化させきれないのは課題と言えるでしょう。

一方、地方公共団体にも大きな壁が立ちはだかっています。近年、バスやタクシーのドライバー不足の解決策として自動運転システムが期待されています。しかし、運転のみを自動化するだけではサービスとして成立せず、エネルギー補給や清掃、乗降時のアシストなど移動サービスとして必要な機能を実装する必要があり、それらを支える体制や設備などのコストを想定すると今のままではこれまで以上に収益化は困難であると考えます。また、乗降場所や道路空間の整備、自動運転システムの普及に合わせた都市構造の変革なども必要で、政策やインフラとの協調も欠かせません。

さらに、移動サービスの収益化を導くためには、地域性に応じたモビリティの組み合わせが大切になります。そして、移動サービス単独での収益化を目指すのではなく、生活サービスとの協調(X MaaS)や都市や社会の課題に対する貢献レベルに応じて投資していく新たなスキームなどの導入が必要不可欠です。

移動サービスと生活サービスを掛け合わせて収益化を図る際にも、事業と政策の協調関係を促す仕組みの構築が肝要です。しかし、これまでの工業化・情報化社会の中では事業と政策の協調性が低く、30年以上前に形成された社会システムやインフラが、社会が変化しているにもかかわらず変わっていない状況にあります。これは、事業会社がコア・コンピタンスを変化させきれない状況と似ています。

われわれは、事業と政策の協調を促す仕組みを検証・構築し、サービスや製品そして社会システムやインフラのリデザインを支援して、地方でも一人一人が自分らしく質の高い暮らしができる自己組織化社会を実現させたいと考えています。

新事業を支える体制のリデザインと社会実装の伴走者

今、EYは鎌倉市の移動不便地域における移動サービスをリデザインする仕事に携わっています。同市は、神社仏閣などが数多く存在し、徒歩での移動を前提としたトラディショナルな生活様式や雰囲気を残している地域と、クルマでの移動を前提とした近代的な地域が混在するという状況に加え、主要幹線道路の慢性的な渋滞やオーバーツーリズムや高齢化などの問題が折り重なり、国内でも有数の移動課題を抱えた地域であると言われています。

このプロジェクトでは、同市との移動課題解決に向けた取り組みを研究先行事例として学び、そこで得たナレッジを活用して、日本全国の同様の課題を抱えた地域との取り組みに生かしていきたいと考えています。

また、筆者は同市の移動サービスをリデザインするに当たり、鎌倉市内の全ての町(ちょう)を歩いて回り、タクシー会社をはじめとする全ての地域交通事業者、そして商工会や商店街など地域の皆さんと面談し、意見を交わしました。現場を大切にする姿勢は、他のメンバーも実践しています。同市のみならず関わる地域には、とにかくできるだけ滞在時間を延ばし、クルマではなく歩いて地域とふれあい、感覚的に気になったことは全て記録し、リデザインに役立てています。

地域社会に向き合うことは、私たちコンサルタント会社の在り方も問われていると感じています。EYは単にフレームを作ってまとめたり、デジタルを入れたり、数字を追いかけたりするだけではなく、現場に足を運び地域のことを誰よりも知り、地域に寄り添い一緒に汗をかく企業でありたいと思っています。そして思いを込めてリサーチを行い、地域、民間企業、全てを巻き込みながら、社会変革にコミットし、どれだけ社会貢献をしたかで評価されたい。地域の未来は現場を知っているからこそ描くことができ、やるべきこと・やりたいことが見え、困難に直面したとしても進める強さや推進力と信頼を養うことができると信じています。

新事業を支える体制のリデザイン と社会実装の伴走者

そして、デジタルによるリデザインは地方から行うべきだと考えています。スマートシティと言うと、東京や大阪などの都市部の事例が注目されます。しかし、大都市ではステークホルダーなどが多く、本質的な課題までアプローチすることが困難です。大都市の課題を解くためにも、地方で多種多様なソリューションを生み育て、それらを組み立て直して大都市に戻す方法が最適だと考えています。


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サマリー

デジタルの進展をパンデミックが後押しし、私たちの暮らしは、職場を中心としたこれまでの暮らしから、家を最小単位とした新しいコミュニティ中心の暮らしへ、大きく変わろうとしています。この新しい暮らしを実現する社会のリデザインが、現代の社会問題である人口減少や労働生産性低下などの諸課題を解決する可能性があります。

この記事について

執筆者 小池 雄一

EYストラトジー・アンド・コンサルティング株式会社 自動車・モビリティ・運輸・航空宇宙・製造・化学セクター アソシエートパートナー

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