特に地方では生活サービスとの物理的距離をどう埋めるかが課題です。地方のQOLを向上させるためには、低コストで効率的に運用・利用できる移動サービスの実装が重要です。
大きく社会が変わろうとしていく中で、“課題解決型”では追いつかないでしょう。一人一人が自分らしくあるために、自分にあった生活や人生を創造し、どんな生活をしたいのか、何をしたいのかを大切にする“ウィル実現型”の視点が大切です。
Society 5.0の自己組織化社会に合わせて、新たな社会のコンセプトを見据えた生活・移動のグランドデザインのリデザインを行うことは、これまでの社会の仕組みを変えていく大変な作業です。
生活・移動のグランドデザインをベースとした事業コンセプトのリデザイン
新たな生活・移動をベースにした事業コンセプトのリデザインにおいては、事業会社と地方公共団体などおのおのがリデザインをしていくとともに、連携していく必要があります。
筆者は、前職の自動車メーカーで、EV、自動運転、MaaS(Mobility as a Service)、デマンド交通など、新たなモビリティやサービスの開発に携わってきました。
それらの経験を通して、新たな社会のコンセプトを見据えた事業コンセプトのリデザインには、事業会社のみでは成し得ない、社会システムやインフラなどの変革、それらを実装する地方自治体との協調が必要であることを痛感しました。
そのため、自動車メーカーをはじめとする事業会社は事業コンセプトをリデザインしていくとともに、地方公共団体と連携しながら、生活・移動のグランドデザインをベースとした事業コンセプトのリデザインを行わなければなりません。その際に重要なのが、事業会社としてのコア・コンピタンス(既存の主力事業)を新たな社会のコンセプトに合わせて変化させていく覚悟です。これまで構築してきた巨大なサプライチェーンの強みを持ちながら新たな産業へ転換していくことは、大きな痛みを伴うからです。新しい時代に向けて過去にとらわれず生まれ変われば良いのですが、事業会社がコア・コンビタンスをなかなか変化させきれないのは課題と言えるでしょう。
一方、地方公共団体にも大きな壁が立ちはだかっています。近年、バスやタクシーのドライバー不足の解決策として自動運転システムが期待されています。しかし、運転のみを自動化するだけではサービスとして成立せず、エネルギー補給や清掃、乗降時のアシストなど移動サービスとして必要な機能を実装する必要があり、それらを支える体制や設備などのコストを想定すると今のままではこれまで以上に収益化は困難であると考えます。また、乗降場所や道路空間の整備、自動運転システムの普及に合わせた都市構造の変革なども必要で、政策やインフラとの協調も欠かせません。
さらに、移動サービスの収益化を導くためには、地域性に応じたモビリティの組み合わせが大切になります。そして、移動サービス単独での収益化を目指すのではなく、生活サービスとの協調(X MaaS)や都市や社会の課題に対する貢献レベルに応じて投資していく新たなスキームなどの導入が必要不可欠です。
移動サービスと生活サービスを掛け合わせて収益化を図る際にも、事業と政策の協調関係を促す仕組みの構築が肝要です。しかし、これまでの工業化・情報化社会の中では事業と政策の協調性が低く、30年以上前に形成された社会システムやインフラが、社会が変化しているにもかかわらず変わっていない状況にあります。これは、事業会社がコア・コンピタンスを変化させきれない状況と似ています。
われわれは、事業と政策の協調を促す仕組みを検証・構築し、サービスや製品そして社会システムやインフラのリデザインを支援して、地方でも一人一人が自分らしく質の高い暮らしができる自己組織化社会を実現させたいと考えています。
新事業を支える体制のリデザインと社会実装の伴走者
今、EYは鎌倉市の移動不便地域における移動サービスをリデザインする仕事に携わっています。同市は、神社仏閣などが数多く存在し、徒歩での移動を前提としたトラディショナルな生活様式や雰囲気を残している地域と、クルマでの移動を前提とした近代的な地域が混在するという状況に加え、主要幹線道路の慢性的な渋滞やオーバーツーリズムや高齢化などの問題が折り重なり、国内でも有数の移動課題を抱えた地域であると言われています。
このプロジェクトでは、同市との移動課題解決に向けた取り組みを研究先行事例として学び、そこで得たナレッジを活用して、日本全国の同様の課題を抱えた地域との取り組みに生かしていきたいと考えています。
また、筆者は同市の移動サービスをリデザインするに当たり、鎌倉市内の全ての町(ちょう)を歩いて回り、タクシー会社をはじめとする全ての地域交通事業者、そして商工会や商店街など地域の皆さんと面談し、意見を交わしました。現場を大切にする姿勢は、他のメンバーも実践しています。同市のみならず関わる地域には、とにかくできるだけ滞在時間を延ばし、クルマではなく歩いて地域とふれあい、感覚的に気になったことは全て記録し、リデザインに役立てています。
地域社会に向き合うことは、私たちコンサルタント会社の在り方も問われていると感じています。EYは単にフレームを作ってまとめたり、デジタルを入れたり、数字を追いかけたりするだけではなく、現場に足を運び地域のことを誰よりも知り、地域に寄り添い一緒に汗をかく企業でありたいと思っています。そして思いを込めてリサーチを行い、地域、民間企業、全てを巻き込みながら、社会変革にコミットし、どれだけ社会貢献をしたかで評価されたい。地域の未来は現場を知っているからこそ描くことができ、やるべきこと・やりたいことが見え、困難に直面したとしても進める強さや推進力と信頼を養うことができると信じています。