EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
改正における主な論点について今後複数回にわたり解説を行います。
(文中の意見にわたる部分は筆者らの私見であることをあらかじめ申し添えます。)
企業会計基準委員会は、2022年4月より、予想信用損失(以下、ECL:Expected Credit Loss)モデルに基づく金融資産の減損について、IFRS第9号「金融商品」(以下、IFRS第9号)のモデルを開発の基礎として検討を進めています。
この背景として、国際的な会計基準であるIFRS及び米国会計基準においては、金融危機で顕在化した信用損失の Too Little, Too Late 問題へ対応するために、将来予測情報の考慮が求められるECLモデルが既に導入されており、国際的な整合性を図る観点から、わが国においてもECLモデルに基づく金融資産の減損の基準開発に着手しました。
ECLモデルは、予想信用損失を利用して信用損失の認識及び測定を行うとともに、金融資産の信用損失に等しい金額で損失評価引当金を測定するモデルです。また、予想信用損失に基づく引当には、合理的で裏付け可能な将来予測的なマクロ経済情報や業種情報も含めて、全ての関連性のある信用情報を織り込まなければならないとされています。
ECLモデルに基づく金融資産の減損についての会計基準の開発は以下のステップに沿って検討が行われています。
ステップ |
検討事項 |
---|---|
1 |
IFRSと米国会計基準のどちらを基礎とするか |
2 |
(国際的な比較可能性を重視する)金融機関の貸付金に適用される会計基準の開発 |
3 |
ステップ2を適用する金融機関の貸付金以外への適用の検討 |
4 |
ステップ2を適用する金融機関以外の金融機関に適用される会計基準の開発 |
5 |
一般事業会社の検討 |
6 |
公開草案の公表 |
ステップ2とステップ4において、基準開発について異なる目的を定めており、ステップ2では「国際的な比較可能性を確保することを重視し、国際的な会計基準と遜色がないと認められる会計基準、すなわち、IFRS第 9号を適用した場合と同じ実務及び結果となると認められる会計基準を目指す」とされ、ステップ4では「IFRS 第 9 号を出発点として、適切な引当水準を確保したうえで実務負担に配慮した会計基準を目指す」とされています。ステップ2で開発される会計基準は主に国際的な比較可能性を重視する金融機関(銀行業であれば、典型的には大手行)での適用、ステップ4ではその他の金融機関(銀行業等であれば、典型的には中小・地域金融機関)での適用を想定した会計基準の開発が行われています。
金融商品会計基準がIFRS第9号を基礎とした会計基準に改正されることによって、特に銀行業を中心とした金融機関にとって重要な財務数値である貸倒引当金に大きな影響があることから、単なる会計制度対応にとどまらず、事業戦略やリスク管理、収益管理など幅広い影響を及ぼす重要なテーマとなります。
内部管理等の各論点の検討要否及び検討のタイミングについては、個々の金融機関によって異なります。特に、改正によって将来予測情報の貸倒引当金への反映が求められることになりますが、将来予測情報の反映に伴い、金融機関にとって、過去実績のみに依らない、よりポートフォリオ特性を踏まえた貸倒引当金となり得る一方で、将来予測情報の反映やステージ2への遷移(12カ月から全期間ECL)によって損益のボラティリティが拡大する可能性が生じることで、より高度な財務コントロール(決算見込値の予測等)が求められることや、信用コストの変動によるプライシングへの影響についても検討が必要となります。さらに、将来予測情報を決算プロセスに組み込むことへの事務負担増加だけでなく、従来よりも高度な専門性が必要になることから、それらを踏まえた適切な人材配置についても考慮が必要となります。また、特にステップ2及びステップ3で開発している会計基準を適用する金融機関においては、ステージ判定や実効金利法の適用について改正対応に大きな労力が必要となり、債務者区分判定及び自己査定実務といった業務面への影響だけでなく、システムやデータへの影響を部門横断的に検討する必要があります。また、ステップ4で開発している会計基準を適用する金融機関においても、融資手数料について収益認識会計基準に準じて会計処理をすることが必要になり、収益の認識タイミングが変更される可能性があることから、関連する手数料については網羅的に検討する必要があると考えられます。
以上のように、その他の会計基準改正対応とは異なり、銀行業を中心に金融機関の融資実務やリスク管理、またリスクアペタイトを含む経営判断にも影響を与えうるため、経理担当部署だけでなく、プロジェクトの早期の段階からリスク管理部署や与信管理部署、またフロント部署を巻き込んで、内部管理等への影響検討を開始することが望まれます。
【共同執筆者】
中村 辰也
EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 パートナー
八ツ井 博樹
EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 アソシエートパートナー
田中 謙介
EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 シニアマネージャー
和田 賢門
EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 マネージャー
飯田 竜輝
EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 シニア
※所属・役職は記事公開当時のものです。
金融商品会計基準の改正は、多くの金融機関にとって単なる会計制度対応にとどまらず、事業戦略やリスク管理、収益管理など幅広い影響を及ぼす重要なテーマとなるため、改正の影響範囲について前倒しで検討することが重要となります。
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