EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 上浦 宏喜
当法人入社後、主として半導体製品、ガラス製品等の製造業、小売業、ITサービス業などの監査業務に従事。2019年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。
要点
最近では、オンラインショッピングやマッチングサービスといった電子商取引が普及し、新しいプラットフォームやツールが開発され、ビジネスが一層複雑化しています。小売業者と仕入先の取引も、単純な割戻や奨励金だけではなく、より複雑化されています。例えば、仕入先のマーケティング活動への協力又は参加と交換に仕入先が小売業者に現金を支払う場合があります。仕入先から受領する対価には多くの異なる形態が存在するため、企業は、それぞれの取引の性質及び当事者間の契約上の関係を慎重に検討し、仕入先から受領する対価の適切な会計処理を判断する必要があります。
IFRS第15号「顧客との契約から生じる収益」は、「顧客に支払われる対価」に関して売り手の要求事項を定めていますが、支払を受けた顧客側の会計処理について、明示的なガイダンスを設けていません。企業は、仕入先から受領する対価の性質をまず理解する必要があり、すべての事実と状況を考慮した上で、適切な会計処理を判断することが要求されます。
本稿では、「仕入先からの支払の会計処理」について、想定されるIFRS会計基準の要求事項と主な検討事項を簡潔に整理し、解説します。
なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りします。
本論点では、支払の背景及び関係する契約を分析し、支払を行っている仕入先を特定することが重要となります。
特に複数の当事者によって複数の契約が同時に締結されている場合には、契約を結合すべきか検討します。また、契約書に記載されていない、口頭又は商習慣による条件が契約を構成する場合があります。
契約を分析し、取引に関する事実関係を整理した後、企業は仕入先からの支払の会計処理を決定するために判断を行使する必要があり、また、さまざまなIFRS会計基準を適用する必要性が生じる可能性があります。
以下では、企業がIFRS会計基準の関連する要求事項を検討する際に役立つステップごとの考慮事項について、<図1>のフローチャートに従って解説します。
企業は、受領した支払と交換に財又はサービスを提供することを約束しているか判断した上で、当該財又はサービスが識別可能な別個の財又はサービスであるかを評価する必要があります。
企業はIFRS第15号の要求事項を適用して、約束した財又はサービス(又は財又はサービスの束)が別個のものであるかどうかを判断するために以下を評価する必要があります。
① 仕入先が(企業の顧客として)財又はサービスそれ自体から便益を得ることができる、又は容易に入手可能となる資源(すなわち、財又はサービスは別個のものとなり得る)と合わせて便益を得ることができるのかを、個々の財又はサービスごとに検討する。
② 財又はサービスは契約における他の約束とは独立して識別可能かを検討する(すなわち、財又はサービスを移転する約束は契約上、別個のものであるか)。
上記の両方に該当する場合、それらの通常の財又はサービスは、別個のものとして、会計処理します。
具体例としては、企業が仕入先に対して市場調査サービスや装置のリースを提供することを約束している場合などが挙げられます。これらの財又はサービスの提供が、企業が購入する財と分離可能であり、契約上別個であると判断される場合には、IFRS第15号やIFRS第16号などの基準に従って会計処理されます。また、仕入先からの支払が、金融商品の発行に対する場合にはIFRS第9号、有形固定資産、無形固定資産を売却に対する場合にはIAS第16号やIAS38号など適切な基準を適用します。
一方で、企業が財やサービスを提供する場合であっても、必ずしも契約上別個のものではない場合がある点にも留意が必要となります。例えば、仕入先が企業に売却する財を製造するために使用する財又はサービス(道具、金型又は構成部品等)を、企業が調達して仕入先に提供する場合には、これらの財又はサービスは、別個とはみなされません。このような場合には、フローチャートのステップ2、ステップ3に従って検討を進める必要があります。
企業は仕入先から受領する対価について、提供した別個の財又はサービスに対して、その独立販売価格まで配分し、それらの財又はサービスの他の顧客又は第三者への提供と同じ方法で会計処理します。
超過する金額がある場合には、仕入先の代わりに負担したコストの補填を表すのか、又は仕入先から取得した財又はサービスの仕入価格の減額になるのかを判断する必要があります。
約束が存在しない、又はそれは別個にはならないという理由で、企業が仕入先からの支払との交換による約束した財又はサービスを識別しない場合、企業は、仕入先の代わりに負担したコストの補填になるのか(ステップ2)、それとも支払は仕入先から仕入れた財又はサービスの値引又は割戻になるのか(ステップ3)を検討します。
仕入先の代わりに負担したコストの補填であるか否かの評価について、企業は以下の要素を考慮することが考えられます(ただし、これらに限定されません)。
① 仕入先の代わりにコストを負担し、その後補填されることを定める仕入先との具体的な契約が存在するか。
② 仕入先が補填するコストは、コストを生じさせた活動に直接的に関係するか。
仕入先から受領する対価が、企業が仕入先の代わりに負担したコストを仕入先が補填しているものと判断された場合、仕入先の代わりに負担した費用と相殺することになります。
具体例としては、スーパーマーケットと複数の仕入先が共同で宣伝広告を行う契約を締結し、各仕入先の製品が宣伝広告用パンフレットに占めるスペースの割合に基づいて、パンフレットの印刷及び配送コストの一部を支払うことに合意する場合が想定されます。このような共同での広告宣伝について、ステップ1に従って評価し、具体的な事実及び状況を考慮した上で、別個のサービスを仕入先に提供していないと判断される場合には、スーパーマーケットが仕入先から受領する対価は、仕入先の代わりに負担したコストの補填であると判断され、広告宣伝費の減額として会計処理されます。
ただし、仕入先から受領する対価が負担したコストの金額を上回るマージンを含んでいる場合には、企業が実施したサービス又は企業が提供した財が存在することを示唆している可能性があります。企業は負担したコストを上回る金額について、ステップ1を再検討するか、以下のステップ3の考慮事項に従ってさらに評価し、仕入先から購入した財又はサービスに係る値引、あるいは割戻であるのか判断する必要があります。
前述のステップ1と2を検討した結果、支払が別個の財又はサービスの交換によるものではない、又は仕入先に代わり支払った金額の補填でもない場合、支払は通常、企業が仕入先から何かを購入する取引の一部、すなわち、従前の購入又は将来の購入に係る値引又は割戻であると考えられます。
会計処理方法及び認識タイミングを判断するために、以下の事項に留意して、値引又は割戻が対応する財又はサービスを適切に識別する必要があります。
値引や割戻が特定の資産に配分される場合、当該資産に適用されるIFRS基準に従って会計処理がなされます。この方法は、企業が購入した財又はサービスに係る値引又は割戻として仕入先から支払を受領する場合に適用されます。
具体例としては、仕入先の製品を目立つ位置で陳列することに対して、棚代を受領する場合が挙げられます。 陳列に関して企業が別個のサービスを提供していると見なすことや、陳列に関するコストの補填として識別することが一般的には困難であるため、棚代は仕入れた製品の値引・割戻として取得原価から控除されます。
他に、仕入先による支払が仕入先から購入した財又はサービスに係る値引又は割戻(ステップ3)として処理される取引には、以下のものが考えられます。
値引や割戻の認識のタイミングについて、仕入先からの対価を購入した財又はサービスの取得原価の減額として会計処理すると、損益計算書への対価の認識は、関連する財又はサービスが損益計算書に認識されるまで遅れる可能性があります。
契約によっては、仕入先からの支払を仕入先から購入した財又はサービスに配分するのに、見積りや判断が求められる場合があります。例えば、当初、購入の水準が分かっていない場合、企業は支払を適切に配分するために将来的に予測される購入を見積もる必要があります。また、仕入先から支払を受ける企業は、受領する対価を画一的に棚卸資産の帳簿価額からの減額として処理するのではなく、販売費用の割戻ではないか等含め、支払の性質を検討することが必要となる可能性があります。
IFRS会計基準には、仕入先から受領する(又は受領可能な)支払に関する顧客側の会計処理に対し明示的なガイダンスは存在せず、したがって、受領する(又は受領可能な)支払の会計処理には、今回紹介した考慮事項を踏まえた慎重な判断が要求されます。
企業は、仕入先から受領する支払が、仕入先に移転した別個の財又はサービスとの交換によるものか、企業が購入した財又はサービスに係る割引又は割戻であるか、又は仕入先の代わりに支払ったコストの補填(ほてん)であるかを慎重に判断し、実態に即した会計処理を策定する必要があります。
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