IFRSサステナビリティ開示基準の最新動向:新たなアジェンダ追加決定と、欧州サステナビリティ報告基準との相互運用可能性ガイダンス資料の公表

情報センサー2024年10月 IFRS実務講座

IFRSサステナビリティ開示基準の最新動向:新たなアジェンダ追加決定と、欧州サステナビリティ報告基準との相互運用可能性ガイダンス資料の公表


IFRSサステナビリティ開示基準公表以後のISSBの直近の動きのうち、注目度も高い「『生物多様性、生態系及び生態系サービス』及び『人的資本』の2つのリサーチ・プロジェクトのアジェンダへの追加決定」と「ISSB基準と欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)の相互運用可能性ガイダンス」の概要について解説します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 サステナビリティ開示推進室/品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士・サステナビリティ情報審査人 大野 雄裕

上場企業の経理部門を経て、2005年当法人に入社。国内および外資系企業の会計監査に従事。16年から2年間、EYロンドン事務所に駐在。22年よりIFRSデスクに所属し、IFRS会計基準及びIFRSサステナビリティ開示基準の関連業務に従事。



要点

  • 2024年4月、ISSBは、生物多様性、生態系及び生態系サービス、及び人的資本に関する2つのサステナビリティ関連リサーチ・プロジェクトをアジェンダに追加することを決定。
  • また、24年5月、IFRS財団と欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)は共同で、ISSB基準ESRSの整合性に関するガイダンス資料を公表。


Ⅰ. はじめに

2023年6月に国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)から最初のIFRSサステナビリティ開示基準(以下、ISSB基準)である「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項(以下、S1基準)」と「気候関連開示(以下、S2基準)」が公表されました。

本稿では、S1基準及びS2基準公表以後のISSBの直近の動きのうち、注目度も高い「『生物多様性、生態系及び生態系サービス』及び『人的資本』の2つのリサーチ・プロジェクトのアジェンダへの追加決定」と「ISSB基準と欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)の相互運用可能性ガイダンス」の概要について解説します。

なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。


Ⅱ. 2つのリサーチ・プロジェクトのアジェンダへの追加

24年4月23日、ISSBは、a)生物多様性、生態系及び生態系サービス、及び b)人的資本に関する2つのサステナビリティ関連リサーチ・プロジェクトをアジェンダに追加することを決定しました(各プロジェクトの概要については、<図1>を参照)※1

図1 アジェンダに追加されたリサーチ・プロジェクトの概要

プロジェクト名

概要

生物多様性、生態系及び生態系サービス(BEES)

生物多様性、生態系、生態系サービスは本質的につながりを持っている。生物多様性は自然システムの基本的特徴であり、地球上の生命が依存する生態系サービスを提供できる機能的で生産的かつレジリエンスのある生態系の代理となるものである。多くの経済活動は、BEESに依存しているか、あるいはBEESに影響を及ぼしている。したがって、BEESを保全、保護、回復するための努力は、企業にとってリスクの管理に役立ち、あるいは機会を生み出すことになる。これらのリスク及び機会は、S1基準に記載されているように、企業の見通しに影響を与えることが合理的に見込まれ、投資家にとって重要性がある情報となる場合がある。

人的資本

人的資本とは、企業自身の労働力を構成する人々と企業のバリュー・チェーンにおける労働者を指す。統合報告フレームワークとも整合的に、人的資本は、労働力と労働者のコンピテンシー、能力と経験、イノベーションへの意欲を指す。企業が人的資本をどのように管理し投資するかは、長期的に価値を提供する企業の能力に直接影響する。人的資本管理には、労働力の構成、労働力の安定性、多様性と包摂性、研修と能力開発、健康、安全、ウェルビーイング、報酬などの項目が含まれる。

出典:IFRS財団ウェブサイトに基づきEY作成

本決定は、23年4月にISSBから公表された、アジェンダの優先事項に関する最初の「情報要請」に対して受け取ったフィードバック及びその後のアジェンダ協議に基づくものであり、「情報要請」で識別されていた4つの潜在的なプロジェクトの候補リスト(「生物多様性、生態系及び生態系サービス」、「人的資本」、「人権」、「報告(レポーティング)における統合」)から最終的に前述の2つがISSBの24年からの2年間の作業計画に含まれることが決定されています。 なお、アジェンダ協議の最終結果はフィードバックステートメントとして24年6月にISSBから公表されています※2

ISSBの作業計画にリサーチ・プロジェクトが加わったことをもって、必ずしも基準設定作業が行われることを意味するわけではありません。将来の基準設定作業を開始することの実現可能性と必要性を探索するための準備段階として、ISSBのリサーチが必要とされています。 

本リサーチには、主要な利用者の情報ニーズに、他の基準やフレームワークを活用して対処できるかどうか、また、どのように対処できるかを調査することが含まれます。このような他の基準やフレームワークの例としては、SASB基準、気候開示基準委員会(CDSB)フレームワーク、生物多様性、生態系及び生態系サービスプロジェクトに関する自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)の提言、人的資本プロジェクトに関する国際労働機関(ILO)の基準があります。また、本リサーチでは、作成者の効率性を高めるために、ISSBのサステナビリティ関連財務開示のグローバル・ベースラインと、より幅広いステークホルダーに焦点を当てた基準(グローバル・レポーティング・イニシアティブ<GRI>や欧州サステナビリティ報告基準<ESRS>など)との相互運用性をどのように高めることができるかを調査することも含まれる予定です。

※1 サステナビリティ基準委員会「ISSBが自然及び人的資本に関連するリスク及び機会に関するリサーチ・プロジェクトを開始」 www.ssb-j.jp/jp/activity/press_release_ssbj/y2024/2024-0423.html(2024年8月10日アクセス) 

※2 "June 2024 Feedback Statement - Consultation on Agenda Priorities", IFRS Foundation, www.ifrs.org/content/dam/ifrs/project/issb-consultation-on-agenda-priorities/agenda-consultation-feedback-statement-june-2024.pdf(2024年8月10日アクセス)


Ⅲ. ISSB基準とESRSの相互運用可能性ガイダンス

24年5月2日、IFRS財団と欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)は共同で、ISSB基準ESRSの整合性に関するガイダンス資料「ESRS-ISSB Standards Interoperability Guidance」を公表しました※3。本ガイダンス資料は、ESRSとISSB基準における気候関連のサステナビリティ開示に焦点を当てた(S2基準の要求事項と関連する場合は、S1基準の規定も取り扱っている)相互運用可能性ガイダンスを提供するものでありますが、内容は教育的な性質のものであり、ESRSやISSB基準の要求事項に優先したり、それらを変更するものではないとされています。

また、本ガイダンス資料は、ESRSとISSB基準との間の開示要求事項の整合性、及びどちらか一方の基準から適用を開始する企業が両方の基準への準拠を表明できるようにするために理解する必要のある情報について説明しています。本ガイダンス資料には、「ESRS又はISSB基準のどちらで始めるかに関係なく、企業はこの相互運用可能性ガイダンスの内容に従うことで、両方の基準の気候関連の要求事項に準拠できる」と述べられています。

以下では、本ガイダンス資料を構成する4つのセクションに従って、その具体的な内容について解説します。

(1) ESRSおよびISSB基準の全般的要求事項に関するコメント

(a) 重要性

S1基準における重要性の定義は、ESRSにおける財務的マテリアリティ(重要性)の定義と一致しており、両基準とも、開示すべき重要性がある情報を識別するために、意思決定有用性の規準に依拠しています。また、ESRSのダブル・マテリアリティ評価は、投資家とその他のステークホルダーの双方にとって意思決定に有用な情報を検討するのに対し、ISSB基準では、投資家の意思決定に有用な情報に焦点を当てています。

(b) 表示

S1基準では、情報が企業の一般目的財務報告書に含まれている限り、さまざまな場所で開示することを認めている一方で、ESRSでは、サステナビリティ情報をマネジメントレポートの専用セクションであるサステナビリティレポートに表示することを義務付けています。原則として、ESRSにおいて要求される開示の場所は、S1基準にも準拠するものです。ただし、ESRSに基づいて開示される追加情報が、ISSB基準に基づく開示要求事項を不明瞭にしてはならないことが重要です。

(c) 気候以外のサステナビリティ・トピックに関する開示

ESRS 1及びESRS 2は、S1基準と同様に、重要性があると評価されたサステナビリティ・トピックに関連する情報の開示を要求しています。ESRSには、気候を含む10の異なるサステナビリティ・トピックに関する専用の報告基準がありますが、ISSB基準には、これまでのところ、トピックベースの基準は気候関連の S2基準しか存在しません。

サステナビリティ関連のリスク又は機会に具体的に適用されるISSB基準が存在しない場合、S1基準は、企業が報告すべきサステナビリティ事項を識別するために使用すべき情報源を定めています。S1基準は、第一にSASBスタンダードの開示トピックに関連する指標の適用可能性を考慮することを企業に求めていますが、S1基準の目的が引き続き達成されていることを条件に、企業はガイダンスの情報源としてESRSを参照し、考慮することもできることが述べられています。

(d) 救済措置

両基準共に、救済措置を提供しています。ただし、本ガイダンス資料では、両方の基準への準拠を表明し、かつ、救済措置も適用する場合は、救済措置が両方の基準の要求事項を満たさない可能性があるため、基準を慎重に確認するよう企業にアドバイスしています。

(2) 共通の気候関連開示

本ガイダンス資料の当セクションは、気候関連開示の共通の要求事項を示しており、また、S2基準の構造に基づいて、参照用に2つの基準のパラグラフを7ページにわたる表で並記しています。

2つの基準のパラグラフには類似点があり、使用される用語が同じ場合もあります。本ガイダンス資料には、「本セクションは、2つの基準における気候関連開示に高い整合性が存在していることを示している。(本ガイダンス資料の)表2.1は、気候関連におけるISSB基準の開示のほとんど全てがESRSに含まれていることを示している」と述べられています。2つの基準の文言が完全に同じではない場合もありますが、IFRS財団とEFRAGは、これらを相違点として示さないことを決定しました。なお、本ガイダンスは、単独で読むことはできず、「関連する基準(ESRS又はISSB基準)と合わせて読む必要がある」と述べられています。

(3) ESRSとIFRS S2の比較 – ESRSから始める企業が、両方の基準に準拠するためにISSB基準を適用する際に理解する必要のある情報

両基準が同じ開示トピックを取り扱っていても、開示要求事項が異なる場合があり、例えば、「シナリオ分析」、「温室効果ガス排出の分解」、「カーボン・クレジット」などが挙げられます。

本ガイダンス資料のセクション3は、ESRSから始める企業がISSB基準への準拠を表明するために考慮する必要がある、ISSB基準における追加的な気候関連の開示要求事項を取り扱っています。その中のセクション3.1では、ISSB基準がESRSの気候関連の開示要求事項と重複する領域を取り上げるとともに、さらなる考慮が必要な領域を強調しています。これらの領域には、上述の3つに加えて、「移行計画における仮定」、「産業別の指標」、「気候関連の機会」、そして「資本の配分や投下」が含まれます。セクション3.2は、「ファイナンスに係る排出(ファイナンスド・エミッション)」に関する気候関連開示に関しては、ESRSには対応する具体的な開示要求事項がないという点を取り上げています。

(4) IFRS S2とESRSの比較 – ISSB基準から始める企業が、両方の基準に準拠するためにESRSを適用する際に理解する必要のある情報

本ガイダンス資料のセクション4は、ISSB基準から始める企業がESRSへの準拠を表明するために考慮する必要がある、ESRSにおける追加的な気候関連の開示要求事項を取り扱っています。その中のセクション4.1では、ESRSがISSB基準の気候関連の開示要求事項と重複する領域を取り上げるとともに、さらなる考慮が必要な領域を強調しています。これらの領域には、上記(3)冒頭の3つに加えて、「定量的情報(単一の数値又は範囲)」、「気候関連の物理的リスク及び移行リスク」、「温室効果ガス排出削減目標」、そして、「温室効果ガス排出の組織境界(バウンダリ)の定義」が含まれます。組織境界の定義に関して、本ガイダンス資料では、S2基準に準拠して報告する企業は、GHGプロトコルで記述されている財務支配力基準を適用することを選択した場合にのみ、組織境界がESRSと整合させることができることを明確にしています。さらに、S2基準に準拠して報告する企業は、当該企業が経営支配力を有する関連会社、ジョイント・ベンチャー、非連結子会社(投資企業)、及び事業体を通じて組成されていない共同支配の取決め(すなわち、共同支配事業及び資産)からの温室効果ガス排出も開示する場合にのみ、ESRSと連結グループの組織境界を整合させることができます。

本ガイダンス資料のセクション4.2では、補足的なデータポイントがESRSで求められている、気候関連のESRSの開示要求事項、及びS1基準又はS2基準に対応する開示要求事項がない追加の気候関連の開示が取り上げられています。ESRS 2には、ガバナンスと戦略の柱に関する開示が含まれており、ESRS E1と合わせて適用しなければなりません。これらの追加的な開示は表4.2.1に含まれており、ESRS E1から生じる補足的及び追加的な開示は表4.2.2に含まれています。

※3 "ESRS-ISSB Standards Interoperability Guidance", IFRS Foundation, www.ifrs.org/content/dam/ifrs/supporting-implementation/issb-standards/esrs-issb-standards-interoperability-guidance.pdf(2024年8月10日アクセス)


Ⅳ. おわりに

ISSBの本アジェンダ追加決定は、EYがISSBに提出した情報要請に対するフィードバック内容にも沿ったものとなっており、キャパシティの制約を考慮すると、新たなリサーチ・プロジェクトを2つ以内としたことで、S1基準及びS2基準の適用支援にもISSBは注力することができると考えられます。

他方、今後2年以内に最終的な新しいISSBテーマ別基準が公表される可能性は低いと考えられ、その間、企業はSASBスタンダードなど、S1基準に示されている他のガイダンスの情報源をサステナビリティ財務開示の作成において検討する必要があります。

また、本ガイダンス資料は、ISSB基準とESRSの両方に準拠したい企業にとって有用であり、特に、グローバル企業では、両基準への準拠が必要となる可能性があります。両基準のどちらか一方の適用から始める企業は、両基準の主要な差異を認識するとともに、企業に適用され、かつ重要性がある範囲において両基準の差異を開示に反映しなければなりません。その際、企業はISSB基準で開示が要求される情報とESRSで開示が要求される情報とを明確に識別する必要があります。


サマリー

2024年4月、ISSBは、生物多様性、生態系及び生態系サービス、及び人的資本に関する2つのサステナビリティ関連リサーチ・プロジェクトをアジェンダに追加することを決定しました。また、24年5月、IFRS財団とEFRAGは共同で、ISSB基準ESRSの整合性に関するガイダンス資料を公表しました。本稿では、これらの概要について解説しました。


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