EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 田邉 紗緒里
当法人入所後、主として小売業の監査に携わる。2018年よりIFRS財団アジア・オセアニアオフィスへ出向し、国際会計基準委員会(IASB)の会計基準開発に関与。2021年よりIFRSデスクに所属し、IFRS移行支援業務、研修・セミナー講師、執筆活動などに従事している。
要点
近年、地政学的な不安定感の高まり、紛争、感染症の流行、自然災害など、さまざまな事象が世界各地で発生しており、これらの事象から生じる経済への影響は、多くの企業にとって大きくなってきているものと思います。
例えば、輸出入に関する規制や、各地域の材料やサービス、資源へのアクセスの制限などから、サプライチェーンに問題が生じることとなれば、企業に大きな影響を与える恐れがあります。また、世界的にインフレーション(以下、インフレ)率と金利が高止まりしていることから、小麦や原油といった一次生産品のコモディティ価格やエネルギー価格の変動、外国為替レートの変動など、さまざまなマクロ経済要因に影響が生じています。加えて、本稿では取り上げませんが、気候関連問題への関心は高まり続けており、企業は、気候関連問題へ何らかの対処が求められているほか、気候関連リスクが財務諸表へ及ぼす影響を財務諸表に反映させる必要があります※。
さらに、これらの影響から、世界経済は今後さらに減速していくとする見通しや、景気後退が長引くだろうという予測もあります。
このように、経済の先行き不透明感が企業の活動にさまざまな影響を及ぼしている中で、IFRSでの会計処理や開示において、改めて検討すべき事項が数多く生じています。本稿ではあくまで、近年生じている事象が、既存のIFRSの会計基準で求められている規定にどのように影響するかについて取り扱います。本稿を通じて、改めてIFRSの規定をご確認いただければ幸いです。
なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
※ 気候変動の会計処理については、当法人発行の「Applying IFRS:つながる財務報告:気候変動の会計処理(2024年5月)」の記事参照。
インフレの進行により、世界中の中央銀行が金利を引き上げざるを得なくなっていることから、例えば、変動金利の借入金で資金調達を行っている企業は、将来支払わなければならない利息費用の増加が見込まれます。短期で頻繁に借換えを行っている企業も同様に、将来の借換えに要するコストの増加に直面していると言えます。
さらには、多くのIFRS基準書において、非流動資産や非流動負債を測定する際、貨幣の時間的な価値を考慮するために割引計算が用いられています。金利は、将来キャッシュ・フローの現在価値を計算するための割引率の基礎でもあります。金利が上昇すれば、現在価値の計算上の分母である割引率が上がり、資産や負債の現在価値は下落します。
従って、幅広い会計領域に影響を与える可能性があります。具体的には、減損、引当金、退職給付債務、リース、金融商品及び再評価モデルを適用する有形固定資産及び無形資産などが考えられます。
IFRSには、測定の際に考慮しなければならない仮定の1つとして、インフレに具体的に言及している基準が数多く存在します。
例えば、将来キャッシュ・フローを見積もる必要のある資産の減損の評価には、インフレは特に関連度が高いと言えます。将来のコストが上昇する一方で、収益が横ばいのままであり、増加したコストを顧客に転嫁する方法がない場合、減損リスクが高まることになります。
引当金の測定もまた、インフレにより重大な影響を受けると考えられます。廃棄引当金など、ある特定の資産や負債についての将来の予想コストがインフレによって上昇した場合に、引当金の金額が増加する可能性があります。
さらに、企業が売掛金の信用リスクを評価する際には、予想信用損失を考慮する必要がありますが、金利やインフレの影響をより強く受けるような業種では売掛金の予想信用損失が増加することが想定されます。
他にも、有形固定資産の残存価額や棚卸資産の正味実現可能価額の算定など、インフレは多くの会計領域に影響を及ぼします。また、インフレに連動する契約を締結している場合は、不動産リースやインフレ連動債などの資産や負債をインフレに応じて修正する必要があるかもしれません。インフレが非常に高くなりハイパー・インフレーションに該当する場合には、IAS第29号「超インフレ経済下における財務報告」の適用を検討する必要があります。
景気後退の影響は、長期借入契約に含まれる財務制限条項(コベナンツ)に抵触しないかどうかに影響を与える可能性があることから、負債の流動・非流動の分類に影響が及ぶことも考えられます。
また、景気後退時には、企業の財政状態や業績に重大な悪影響を及ぼし、従って、継続企業の前提の妥当性に影響を与える恐れがあります。
財務諸表が継続企業の前提に基づいていない場合、もしくは経営管理者が評価を行う際に、継続企業としての存続能力に対して重大な疑義を生じさせるような事象又は状態に関する重要性がある不確実性を発見した場合には、一定の開示が必要となります。
さらに、重大な不確実性の存在を判断する際に適用された経営者の判断が重要である場合にも開示が必要となります。
ここまで、具体的な経済要因から考えられるIFRS上の検討事項を見てきましたが、経済の将来見通しが不透明であることから生じている不確実性を、IFRSの財務諸表に適切に反映することが重要です。そのために改めて検討すべき事項は、<表1>に示す通り実にさまざまな会計領域が想定されています。
不確実な見積り及び判断の開示 |
非金融資産の減損 |
公正価値測定 |
金融商品 |
保険による補償 |
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リース |
不利な契約 |
売却目的で保有する資産、非継続事業及びリストラクチャリング |
棚卸資産 |
収益認識 |
外国通貨の変動及び超インフレ |
子会社、関連会社及び共同支配企業に対する投資 |
従業員給付 |
株式に基づく報酬 |
政府補助金 |
継続企業 |
後発事象 |
その他の財務諸表上の表示及び開示に関する要求事項 |
期中報告に関する考慮事項 |
当法人発行の「Applying IFRS:地政学上の事象及び不確実性に関する会計上の考慮事項」の記事では、上に挙げた各会計領域についてそれぞれ詳しく解説していますので、ぜひご一読ください。
本稿ではこのうち、「不確実な見積り及び判断の開示」と「非金融資産の減損」について詳述します。
先に触れたインフレの進行や金利の上昇など、現在直面している事象が財務諸表へ及ぼす影響の重要性により、開示の要求事項も異なってくることになります。中でも、財務諸表の作成において適用した判断を、財務諸表の利用者が理解するために追加の開示が必要かどうかを慎重に検討する必要があります。
不確実性の高い環境下では、資産及び負債の帳簿価額に翌期に重要性がある修正を行わなければならなくなるようなリスクが高まっています。このような資産及び負債がある場合には、仮定など、見積りの不確実性を生じさせている主な要因に関する情報を開示する必要があります。ここで求められる開示項目としては、仮定の性質などにもよりますが、例えば、<表2>のような項目が考えられます。
仮定などの見積りの不確実性の性質 |
---|
帳簿価額の計算の基礎となる方法、仮定及び見積りに対する感応度(その感応度の理由を含む) |
影響を受ける資産及び負債の帳簿価額に関して、不確実性についての予想される解消方法、及び翌事業年度中に合理的に生じる考え得る結果の範囲 |
その不確実性が解消されないままである場合、当該資産及び負債に関する過去の仮定について行った変更の説明 |
なお、感応度の開示を決定するにあたっては、そのボラティリティ(変動性)を考慮する必要があります。一般的に、ボラティリティが大きいほど、考えられる変動の幅は重大なものになるからです。
見積りを伴う判断とは別に、経営者が会計方針を適用する過程で行った判断のうち、財務諸表に認識されている金額に最も重大な影響を与えているものについても、開示が要求されている点にご留意いただければと思います。
企業は、減損の兆候が存在する場合には一定の非金融資産について減損をテストしなければなりません。さらに、のれん及び耐用年数を確定できない無形資産等は少なくとも年に一度は減損テストを実施しなければならないとされています。
物的損害や、資産へのアクセスの制限が生じる場合、該当資産の回収可能価額の減少により減損リスクが考えられます。企業が資産を処分(売却)するか、もしくは使用することによってその帳簿価額を回収することができない場合に減損が生じていると言えます。
減損の兆候には、外部の情報源、内部の情報源のいずれもありますが、例えば<表3>にて示したような項目も該当する可能性があります。
物価やその他市場レートの著しい変化 |
---|
事業活動を行っている技術環境、市場環境、経済環境もしくは法的環境や、資産が利用されている市場において当期に発生した、企業に悪影響を与える著しい変化 |
企業の純資産の帳簿価額が時価総額を上回っている状態(例えば、地政学的リスクにより株価が下落したなど) |
資産の陳腐化又は物的損害の証拠 |
なお、非流動資産が完全に損壊した場合は、金属部品など廃棄物からの処分利益を除き、もはや当該資産の処分又は使用から経済的便益が得られないので、減損ではなく認識の中止を行うことになります。
減損テストにおいて、企業は資産の回収可能価額を算定するにあたり、処分コスト控除後の公正価値(FVLCD)か、使用価値(VIU)のいずれか高い方で測定されます。
使用価値を算定する場合、資産の使用及び最終的な処分から発生する将来のキャッシュ・インフロー及びキャッシュ・アウトフローを見積もり、当該キャッシュ・フローを適切な割引率で割り引く必要があります。地政学的リスクから金利やインフレ率が著しく高まる可能性があり、これはすなわち、割引キャッシュ・フローの算定に用いる割引率に影響を及ぼすことを意味します。特に、将来キャッシュ・フローにターミナルバリュー(永続価値)が含まれる場合に、割引率が上がると算定額が大幅に下がる可能性があります。
将来キャッシュ・フローを見積もるにあたり、考えられるシナリオがどのように実現するかも検討することになります。経済の先行きが不透明な状況では、この評価にも著しい不確実性が存在し、判断を行使しなければなりません。このように著しい不確実性や判断が存在している場合は、単一の最善の見積りよりも、発生確率に応じて各シナリオから期待されるキャッシュ・フローを加重平均するアプローチの方が適切となるでしょう。
さらに、不確実性が増すにつれ、テストで用いた仮定が現時点でも有効である、最新の分析結果であることを担保するために、減損テストは定期的に行われる必要があります。
企業は、減損テストについて「報告日時点で存在する状況を反映する、合理的で裏付け可能な仮定」を使用することが求められています。これらの仮定の多くが地政学的リスクに著しく影響を受けると考えられるため、詳細な情報を開示することを検討する必要があります。
不確実性が高ければ高いほど、減損テストで採用した主要な仮定や感応度、その基礎になった(可能な限り外部の)証拠、そして主要な仮定に変更が生じた場合に減損損失を認識することになりそうか、などの詳細を開示することがさらに重要になると言えます。
2024年7月、IFRS会計基準の設定主体である国際会計基準審議会(IASB)より、「財務諸表における気候関連及びその他の不確実性」に関する設例案が公表されています。これは、気候関連リスクに限らずあらゆる不確実性に関する情報がよりよく提供されるために、現行基準をどのように適用すべきか、といった内容のガイダンスとなっています。当該トピックに関しては、今後の当法人からの情報提供にご期待ください。
本稿では主に2つの会計領域を取り上げましたが、前述の通り、さまざまな会計領域において不確実な事象の影響を改めて検討することが非常に重要になってきています。その際は、当法人のApplying IFRSをぜひご一読いただき、検討にお役立ていただければ幸いです。
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世界を取り巻く地政学的な懸念や、そこから生じる経済の先行き不透明感は日増しに高まっており、多くの企業に影響を及ぼしています。企業は、この影響を適切にIFRSの財務諸表に反映する必要があります。IFRS会計基準はどのように反映することを求めているのか、会計上の検討ポイントを紹介しています。
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Applying IFRS:つながる財務報告:気候変動の会計処理(2024年5月)
本冊子(2024年5月アップデート版)では、実際の開示例を示しながら、気候関連事項が財務諸表に及ぼす影響、及び、財務諸表作成過程において留意すべき事項について解説しています。
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IFRS Developments第230号 2024年8月:IASBは、財務諸表における気候関連及びその他の不確実性に関する財務報告を改善するための設例を提案する公開草案「財務諸表における気候関連及びその他の不確実性」を公表しました。
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