10 分 2023年12月1日
宇宙からの視点がどのように戦略的優位性をもたらすか?

宇宙からの視点が戦略的優位性にどのような影響をもたらすか

EY Japanの窓口

EY Climate Change and Sustainability Services, Japan Environmental, Health & Safety (EHS) Leader, Nature Services APAC Regional Lead

環境、サステナビリティの世界にプロフェッショナルとして20年超関与。食、旅、波を愛する。

10 分 2023年12月1日

衛星データは今やあらゆる企業が利用でき、驚くべき可能性を秘めています。インフラのリスク管理からサステナビリティの向上まで、その可能性は広範囲に及びます。地球観測データの可能性について詳しく知り、ビジネスの機会を捉えてください。

要点

  • 衛星コンステレーションの急速な拡大により、地球と私たちの身の回りで起きている加速的変化、つまり気候、生物多様性、インフラ、土地利用、あらゆる種類の物理的資産における変化が、独自の視点で理解できるようになってきている。
  • 宇宙に関する有用なデータにアクセスできるようになった今、ビジネスリーダーは、こうしたデータをどう活用すれば、顧客、従業員、パートナー、そして社会全般に新たな価値を提供できるかを真剣に考える必要がある。
  • 衛星によって得られる深く、多次元的な地球観測データの量は拡大を続けており、これによって革新的な用途やコラボレーションの新たな機会が実現するだけでなく、世界中のあらゆるステークホルダーに対して、かつてないほどの業務の透明性がもたらされる。
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2023年9月、TNFDのフレームワークが発表されました。TNFDはビジネスと自然の関連を分析し、投資家に対して自然関連情報を開示することで経済の流れをネイチャーポジティブに向けることを目指しています。ビジネスが自然との接点や影響を把握するためには、現地情報の収集に時間と労力が必要です。

そこで期待されるのが衛星データの活用です。

衛星データの質の向上と低価格化により、より詳細な情報が得られ、AIの解析によって人の目では見過ごされがちな情報を得ることができます。特にグローバルに展開している企業は広範囲に拠点を持ち、バリューチェーンも広がっているため、衛星データは大きく寄与することができます。また、地域ごとの情報を短時間で収集し、生物多様性のイシューやハザードの早期認知、リスク管理にも役立てることができます。

EYは皆さまと協力して、衛星データの潜在的な価値を引き出し、さらなる活用方法を見つけることで課題解決に貢献していきたいと考えています。
 

EY Japanの窓口

茂呂 正樹
EY Climate Change and Sustainability Services, Japan Environmental, Health & Safety (EHS) Leader, Nature Services APAC Regional Lead

現在、外面的な探査ではなく、人工衛星による地球内部の観測やセンシングに焦点を当てた静かな宇宙革命が進行中です。

衛星コンステレーションの急速な拡大により、気候、生物多様性、インフラ、土地利用、あらゆる種類の物理的資産において、地球と私たちの身の回りで起きている加速的変化が、独自の視点で理解できるようになっています。

衛星によって得られる深く多次元的な地球観測データの量は拡大を続けており、これによって革新的な用途やコラボレーションの新たな機会が実現するだけでなく、世界中のあらゆるステークホルダーに対して、かつてないほどの業務の透明性がもたらされます。

データの効果的な利用は、価値を高める最も重要な原動力の1つとなっています。宇宙に関する有用なデータにアクセスできるようになった今、社会全般に新たな価値を提供できるかについて、ビジネスリーダーは真剣に考える必要があります。

同時に、グローバルコモンズ(人類の共有財産)である地球周回軌道は混雑を増し、ビジネス上の問題や衝突のリスクが生じているため、宇宙の長期的なサステナビリティに対処することは喫緊の課題となっています。宇宙を利用した観測は、プライバシー上の重大な懸念も引き起こします。

宇宙は戦略的な視点をもたらし、地球上の急激な変化の中で、実用的なデータが豊富にある新たな機会を開拓します。本レポートでは、こうしたデータ資源に関連する重要な可能性、課題、リスクについてご紹介します。組織のリーダーがこの戦略的責務に応え、関連する機会の活用につながるアジェンダ策定の一助となれば幸いです。

本記事は、以下のトピックについて取り上げた詳細なレポートの要約です。

  1. 新たな能力、イネーブラー、エコシステム
  2. さまざまな用途
  3. 宇宙と地球上のサステナビリティ
  4. 新たなグローバルコモンズ(人類の共有財産)の管理
  5. 宇宙関連データの必要性
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第1章

新たな能力、イネーブラー、エコシステム

1957年のスプートニク1号の打ち上げ以来、人工衛星は地球上の暮らしに欠かせないものとなりました。GPSナビゲーションからクレジットカード決済、高速通信、天気予報まで、衛星は地上経済に不可欠なインフラサービスを提供しています。

現在、3つの重要な開発が、衛星の観測およびセンシングデータの斬新な能力と革新的な用途を実現しつつあります。

  • ここ10年の間に衛星がビジネス開発へと決定的なシフトを遂げたことで、より小型かつ強力で低価格の衛星が実現しました。
  • 地球観測とセンシングデータのアクセスのしやすさと実用性が高まり、さまざまなユースケースを可能にする強力な技術群が生まれました。
  • オープンソースデータへのアクセスやベンチャーキャピタルからの多額の投資を受けて市場インフラが急成長しています。

高度なセンサー

スマートフォンのカメラの高性能化が進んでいるように、衛星に搭載されるセンサーもより詳細できめ細かく、これまで以上に多様なデータを収集することができ、さまざまな用途や産業で新たな洞察を生み出しています。

  • 改良された光学センサーは、商用プロバイダーにより解像度0.3 m²が実現されており、地球の自然体系や人間の活動を詳細に観測できるようになりました。
  • 衛星に搭載される強力なハイパースペクトルセンサーは、分子レベルの物理的特性(土壌鉱物、植生の型、排出ガス、水質など)に関するデータを取得します。
  • 合成開口レーダーは、光学機器では不可能な可視性を実現し、雲や煙を透過するほか、暗闇の中を「見る」ことで高解像度の地上画像が生成できます。


コンピューティングパワー、AI自動化、エッジインテリジェンス

地球に日々送られてくるテラバイト規模の衛星データを選別して、関連するインテリジェンスや洞察を掘り起こすことは、ビジネス価値を引き出す上で非常に重要なステップです。

このプロセスをさらに効率化して、誰もが宇宙関連データに容易にアクセスできるように、次の3つの主要なテクノロジーの集約が進んでいます。

  • クラウドベースのアプリケーションで、大量の宇宙関連データの処理に必要なストレージと計算に対応します。
  • 機械学習で、画像解析を自動化します。
  • エッジAIインテリジェンス機能で、衛星に格納されている画像データを衛星側で処理できるようにし、最も関連性の高い洞察のみをほぼリアルタイムで地上に伝送します。

「クラウドツールの処理能力と抽象化によって、より広範にわたるユーザーが大量の驚くべき地球観測データを実用的な洞察に変えることができます」と、Microsoft社でAzure Space担当シニアプログラムマネージャーを務めるNicholas Moretti氏は述べています。


通信インフラ

衛星が生成したデータをタイムリーに入手するには、接続性が不可欠です。ここでもテクノロジーが推進要因としての役割を果たします。

  • 成熟しつつある自由空間光通信は、増大するデータ量を地上へ、より高速に伝送します。
  • 地上局のインフラを改善することで、アクセスがさらに容易になり、送受信時の遅延を抑えます。


急成長する市場インフラ

オープンソースの衛星データへのアクセス開放や、これらの新機能を活用するためのベンチャーキャピタルからの多額の投資を受けて、衛星と企業向けに収集された衛星データを結ぶ市場インフラとバリューチェーンは急速に進化しています。

  • 衛星を利用したインテリジェンスを企業の戦略や業務に取り入れるために、プロバイダーは広範なエコシステムを構築しつつあります。
  • 衛星データをIoTや携帯電話等から得られる他のデータセットと組み合わせることで、企業の業務、資産、顧客、生産性などに影響を与える複数の変数について、より詳しく把握できるようになります。
宇宙イノベーションのエコシステムは急成長している
Space innovation eco system

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第2章

さまざまな用途

以前は、衛星データは主に政府や防衛目的で長い間利用されていました。その後、アメリカ航空宇宙局(NASA)と欧州宇宙機関(ESA)が衛星データを自由に利用できるようにしたことで、さまざまなビジネス用途の開発が加速しました。

地球観測データを無料で自由に利用できるようになると、興味を持った個人のみならず、営利企業までもがこうしたデータのマイニングを始め、パッケージ化して、ソリューションを販売するようになりましたが、これがより重要なことです。

「地球観測データで何ができるのか、ビジネスリーダーにはまだ学ぶべきことがあります。何を測定しているのか、それをビジネスにどのように取り込めばよいのか、明確ではないからです。私たちは、この洞察が詰まった宝庫から大きな可能性を引き出そうとしているところなのです」と、NASAでアースサイエンスリーダーを務めていたBrian Killough博士は述べています。


災害検知と対応の迅速化

衛星の最も公共的な用途は、災害の初期対応の際に情報を提供して状況が認識できるようにし、最も支援を必要としている人たちに効率的に支援が届くようにすることでしょう。衛星データに機械学習を適用することで、2020年にはオーストラリアで発生した山火事の追跡に役立ちました。同様に、2023年に入ってサイクロン「ガブリエル」に襲われたニュージーランドでも、衛星画像が救助・復旧作業に役立ちました。

「私たちは、通信とデータ技術を飛躍的に向上させることで、災害対応を変革しようとしています。衛星と専用地上局でのエッジコンピューティングにより、地上での状況把握に欠かせない画像の処理を初期対応者に委ねるステップを取り除けるため、応答に1日以上かかっていたのが数時間に短縮できます」と、オーストラリアのスウィンバーン工科大学宇宙技術産業研究所の共同ディレクターを務めるRebecca Allan博士は述べています。


資産やインフラのリスク監視

リモートセンシングと観測でもう1つ重要な用途は、主要な資産やインフラが自然災害や業務中断のリスクにさらされていないかどうかを評価することです。この機能は、エネルギー、水道、輸送など、重要かつ常時稼働のインフラを備えた分野のビジネスに特に有益です。

衛星画像は、資産集約的な企業が次のことをする上で役立ちます。

  • 不測の事態に備えて冗長化を計画します。
  • 物理的なインフラの顕在化した問題のみならず、予防保守としてその兆候も監視します。
  • 費用のかかる「トラックロール(出張サービス)」を回避します。
  • 危険なインフラとの人間の接触を最小限に抑えます。


サプライチェーンのレジリエンスの向上

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによる混乱を受けて、多様かつレジリエンスを高めたサプライチェーンの構築が急務となっています。衛星データを使って工場や港湾といったサプライチェーンのリンクにおける活動レベルを評価することにより、ルートを最適化して生産レベルを監視することができます。現在の画像解像度を考慮すると、商品取引業者は石油タンカーが海洋を航行する際の影から、石油の生産量や取引量を見積もることもできます。

衛星データと需要予測などのデータを組み合わせることで、サプライチェーンの効率や在庫計画が改善できます。

Selected sector based uses
Selected sector based uses

必要となる新たなスキルセットと能力

多くの用途で、地球観測データおよびセンシングデータを利用して価値を高める機会が示されています。しかし、この価値を実現するために必要となる専門的なスキルと能力を持つ企業は、現時点でほとんどありません。

高解像度のカスタム画像は数時間で用意できますが、チームはAI、機械学習、データサイエンスを組み合わせ、そこから洞察を引き出せるようにする必要があります。

ビジネスリーダーにとって、社内で能力を強化するかビジネスパートナーと協力するかは、さまざまな要因によって決まります。

  • 予想される地球観測データおよびセンシングデータの利用範囲。
  • データと能力のビジネスに対する戦略的度合い。
  • 組織のイノベーション戦略やテクノロジー戦略に及ぼす波及効果。
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第3章

宇宙と地球上のサステナビリティ

衛星画像とセンシングについて、最も明確で説得力があり、かつ緊急性の高い用途の1つは、地球上のサステナビリティの実現です。気候変動、生物多様性の喪失、水不足、環境汚染など、相関するサステナビリティの課題に対処するには、自然体系のマクロな視点と、地域の状況に特化した洞察の両方が求められます。

衛星によってこうした全体像とクローズアップした視点が得られ、環境の現状と変化について、豊富なデータが次々と生成されます。

企業は新たなサステナビリティレポートへの期待や要求に応えようと取り組んでおり、宇宙関連データの民主化によって新しい機会と説明責任が生じます。

  • 豊富な宇宙関連データは増え続けており、企業はサステナビリティに関するパフォーマンスを評価、報告、改善するための重要なリソースが得られます。
  • こうしたデータを利用する官民のエコシステムが拡大すると、生産的なパートナーシップに向けた新たな機会が生まれ、サステナビリティに関する企業の取り組みが加速します。
  • 宇宙関連データを利用することで、ステークホルダーはサステナビリティに関する企業のパフォーマンスを監視し、誓約に対して説明責任を負わせることができるため、企業はますます選択的な開示がしにくくなり、サステナビリティに関するナラティブの内部統制を削減します。

「官民のリーダーは今こそ、地球観測データからグローバルフットプリント(海外拠点)およびその活動がもたらす地球への影響について理解し、サステナビリティのリスクを管理するとともに、気候変動や生物多様性といった目標の進展を加速させるべきです」と、EYのサステナビリティ担当グローバルバイスチェアを務めるAmy Brachioは述べています。


世界の温室効果ガスに関する透明性の監視

気候に重点を置く非政府組織(NGO)は、オープンソースの衛星データとAIを活用し、温室効果ガスの排出源の主要個別要因を定量化して一覧にしています。

非営利組織の連合体であるClimate TRACEは、すべての国の排出量について独立した推計値を提供するだけでなく、約20分野で排出量の多い世界の物理的資産8万件以上をマッピングしています1。衛星300基とセンサー11,000個以上から取得したデータを他の地上検証データと合成することでAIや機械学習のアルゴリズムを訓練し、世界規模の推計に利用しています。

「AIや機械学習の進歩と併せ、衛星データが公開されていることは非常に役立っています。私たちは十分な試行を重ねた分析アプローチを構築し、それを大規模にグローバル展開しています」と、Climate TRACEのメンバー組織の1つであるWattTimeでシニア・ポリシー・アナリストを務めるLekha Sridhar氏は話しています。

他のNGOも、排出源を特定して定量化する独自の専用衛星ミッションを開始しています。環境防衛基金(Environmental Defense Fund、以下EDF)とCarbon Mapperは、二酸化炭素の80倍も強力な温室効果ガスであるメタンの検出に重点を置いた衛星を配備する計画です。

「衛星による排出量のモニタリングは、地下での二酸化炭素回収・貯留(CCS)の信頼を高める重要な機会にもなります。CCS現場からの排出がないことをモニタリングして検証することで、漏えいに関する懸念への対処に役立ち、これらのソリューションの導入を加速させることができます」と、EYオセアニアのチーフ・サステナビリティ・オフィサーであるMathew Nelsonは述べています。

Climate TRACE、EDF、Carbon Mapperなどの組織が協力して、排出量の多い業界の気候変動パフォーマンスを非常に詳細なレベルで明らかにするとともに、改善を試みる企業を支援することもできます。


自然に根差したカーボンオフ解決策に向けた資本の開放

これまでは、自然に根差したカーボンオフセットや除去のモニタリング、報告、検証に関する懸念から、確立されたプロジェクト(森林保護など)と新規プロジェクト(土壌隔離など)のいずれに対する投資も抑制されてきました。

自然に根差したプロジェクトの追加性、パフォーマンス、永続性に対する信頼が高まれば、炭素市場の拡大に必要な資本の開放につながります。

衛星はすでに組織としての役割を果たしています。

  • 衛星リモートセンシングデータとAIを組み合わせて、炭素プロジェクトの定義、定量化、認証を行います。
  • 衛星データを利用し、自然に根差したプロジェクトを独自に評価して格付けし、多くの場合は報告されたパフォーマンスとの差異を浮き彫りにします。

衛星データソースの件数が増えていることを考えると、衛星データの利用に関する標準化機関との調整や、衛星画像に関する保証システムも、自然に根差したプロジェクトへの評価に対する信頼を高めることになるでしょう。

  • ケーススタディ:指標種による生物多様性ホットスポットの検出

    カエルなどの指標種の健全性は、特定の生態系における環境上の健全性全体に関する洞察をもたらします。カエルの個体数を手作業で検出、モニタリング、測定すると、時間と労力がかかります。

    そこでEY Better Working World Data Challengeでは、地球観測データ、地上検証測定、データサイエンス、AIを用いてこのプロセスを最適化するため、世界中の学生、若手専門家、EYの従業員に協力を求めました。

    ソリューション

    参加者は、音を使って地上にいる9種類のカエルを識別する計算モデルとモバイルアプリを開発しました。また、衛星画像とカエルの識別用地上検証測定データを使って、カエルの発生を予測するように訓練したAIモデルも開発しました。

    これまでの成果

    • 衛星の地球観測データとAI機能を用いて、環境の健全性に関する実用的な洞察を迅速かつ大規模に、最適な精度で提供できる可能性が証明されました。
    • 2,000人以上から世界最高の機械学習モデルをクラウドソーシングし、指標種を通じて生物多様性のホットスポットを検出して予測しました。
    • 世界規模で生物多様性のモニタリングの進展に役立つ卓越した計算モデルを開発しました。
    • パートナー組織と協力して、有望なモデルの実用化を推進しました。
    • SDGs達成を支援するため、世界中で生物多様性の保全活動を検証・支援しました。
       

衛星データを使用したTNFD報告へのLEAP

衛星データは多くの企業にとって、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)に従って自然に根差したリスクを評価・開示するための重要なツールになると見られています。

2023年9月に最終提言が行われたTNFDの4つのステップからなる評価フレームワーク「LEAP」は、企業に対し自然関連の依存関係、影響、リスク、機会について包括的に報告するよう求めています。多くの組織には斬新かつチャレンジングなものと映るでしょう。

あらゆる場所の生態系に関する体系的な洞察とピンポイントの洞察の両方を提供できる衛星の能力は、特に「L」ステップ(Locate:自然との接点の発見)と「E」ステップ(Evaluate:依存関係と影響の診断)において、多くの企業がこうした評価の課題に対処する上で役立ちます。

金融機関は通常、投資先企業の物理的資産や事業の地理的位置データを保有していませんが、より多くの個別投資(プロジェクトファイナンス、実物資産、インフラなど)のTNFD評価に衛星データを活用できます。


非財務報告の課題への対応

衛星データはサステナビリティのさまざまな問題に関する洞察を提供できるため、任意または必須の非財務報告に役立ちます。地球のセンシングおよび観測データには、次のような用途があります。

  • 企業の事業フットプリントに対する生態学的な基準や影響を確立します。
  • 地域の生態学的閾値(いきち)や生物多様性の特性を決定します。
  • バリューチェーン参加者にサステナビリティパフォーマンスに関する洞察を与えます。
  • サステナビリティに関する主張や進展を立証します。

ダブル・マテリアリティの原則を国内外の報告フレームワーク(例えば、欧州連合〈EU〉の企業サステナビリティ報告指令〈CSRD〉)等に統合することになれば、非財務報告における衛星データの利用が加速するでしょう。企業が影響評価を実施してダブル・マテリアリティを確立する場合、衛星データからの、自然体系や資源に関する重要なデータの提供があります。

「気候、環境汚染、水、生物多様性など、自然体系に関する多角的な洞察を長期にわたって提供できる衛星の能力を利用することで、企業は自社を取り巻く状況や自社の事業が生物圏に与える影響、また生物圏から得られる恩恵について、理解を深めることができます。そのため衛星データには、企業のサステナビリティに関する基準設定、目標設定、進捗状況のモニタリングに大きく貢献できる可能性があります」と、EYの気候変動・サスティナビリティ・サービスでグローバルストラテジーおよびマーケッツリーダーを務めるBen Taylorは述べています。

※ LEAP ―自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)が提唱する自然関連のリスクと機会を科学的根拠に基づき評価するためのプロセスであり、「Locate:発見、Evaluate:診断、Assess:評価、Prepare:準備」から成るアプローチで、自然に対する目標設定、情報開示のガイダンスである。(TNFDベータv0.3版発行による開示提言とLEAPアプローチの一部変更に伴い、企業はリスクと機会だけでなく、影響と依存についても情報開示が必要

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第4章

地球周回軌道という新たなグローバル・コモンズの管理

地球周回軌道という「不動産」は非常に価値が高い上、どの国にも所有権がなく、過密化が進んでいます。この新たなグローバル・コモンズから商業的および社会的恩恵を得るには、これを持続可能な方法で公平に利用し、衝突リスクに耐え得るシステムにする必要があります。

存亡に関わるリスク

衛星の運用事業者は、使用済みまたは故障した衛星を軌道から除去することなく、新しい衛星コンステレーションを軌道に投入しており、衝突リスクの懸念が高まっています。宇宙環境では、小さな破片(デブリ)が多大な損害をもたらすこともあります。デブリを追跡して回避する作業は、日々複雑さを増しています。

地球を周回するスペースデブリの推定個数

衝突が雪だるま式に発生して制御不能となり、世界中の通信や航行を停止させる、いわゆるケスラーシンドロームは最悪のシナリオです。

地球周回軌道のシステムの複雑さを入念に分析する必要があります。新型コロナウイルス感染症のパンデミックからウクライナ情勢まで、最近世界で起こっている事象が明確に示していることは、「発生する確率は低いが起こった場合のインパクトは大きい」ということです。地政学的な緊張が高まる中、ケスラーシンドロームほどではないとしても衝突が起きれば、未知の領域に突入する可能性があります。


民間ゆえの複雑さ

複雑化が進む運用環境は、民間の宇宙事業者にとって最も差し迫った懸念事項となっています。宇宙空間に浮かぶ物体の数が増えることで操作のための時間や余地が減る中でも、ミッション活動を一元的に調整する「宇宙の交通管制」はありません。

今日、軌道上で他の衛星に衝突する可能性のある衛星の所有者は、接近状態にある相手側に直接連絡して、衝突を回避する計画を立てなければなりません。そのため、衛星のリソースが顧客の注文に対応できず、収益の遅延や損失につながっています。

軌道上にある衛星の密度が増すと、打ち上げ可能な時間枠が短くなることから、新たな打ち上げはますます難しくなっています。「打ち上げまでの時間が、場合によっては3時間からわずか3分になるケースもありました」と、Rocket Labの最高経営責任者(CEO)であるPeter Beck氏は述べており、重大な衝突事故が起きない限り、一元的な調整が行われることはないだろうと悲観的な見方を示しています。


プライバシーのリスク

衛星画像の高解像度化、ユビキタス化、オープンソース化により、特に他の形式のデータやAI(モバイルデータ、都市/住宅の動画、顔認識など)と組み合わせることで、個人を識別する能力が高まります。

予期せぬプライバシーの問題に直面する前に、政府、市民社会、民間セクターは次に挙げる重要な疑問に向き合う必要があります。

  • プライバシー規制は宇宙観測データにどのように適用されるのでしょうか。
  • 宇宙観測データの有効利用と個人のプライバシーの適切なトレードオフとは何でしょうか。
  • 規制当局が 技術開発や新たな用途のペースに遅れずに対応するには、どうすればよいでしょうか。

「民間が収集するデータの能力と容量は増大していますが、地球観測の倫理とガバナンスについてはあまり議論されてきませんでした。意図的かどうかに関係なく、観測データを悪用すると事業者は社会的操業許可を失う可能性があるため、これらのリスクを管理することは非常に重要となります」と、EYのMathew Nelsonは述べています。


新たな課題、新たなプレーヤー、新たなガバナンス

地球周回軌道における公共財の悲劇を防ぐには、どうすればよいでしょうか。軌道スペースのサステナビリティとガバナンスに関して長期的な思考を取り入れることが不可欠です。

「私たちは、宇宙のシステム力学、スペースデブリが増える可能性、そしてこれらの要因が将来の宇宙利用に及ぼし得る影響、つまり私たちの世代が将来世代の宇宙に残す遺産について、理解する必要があります」と、サウサンプトン大学の航空学教授で、同大学のIn-situ and Remote Intelligent Sensing(IRIS)Centre of Excellence共同ディレクターを務めるHugh Lewis教授は述べています。

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第5章

宇宙関連データの必要性

宇宙は戦略的視点としての重要性が高まっており、企業を取り巻く地球物理学的生態系について独自の視点をもたらします。

この新たなデータの宝庫にアクセスできるようになった今、企業は、こうしたデータをどう活用すれば、顧客、従業員、パートナー、そしてより広範な社会に新たな価値を提供できるかを真剣に考える必要があります。では、何から始めればよいのでしょうか。

宇宙に関する行動計画には、以下のようなものがあります。

  1. 宇宙データの活用に必要なスキル、能力、パートナーの獲得に着手します。
  2. 小さく始め、試験運用し、宇宙により早く節減効果のある分野に焦点を当てて規模を拡大します。
  3. 宇宙をイノベーション調査プロセスに組み込み、イノベーションエコシステムへの統合を開始します。
  4. ミッションクリティカルなアプリケーションのための安全なテスト環境を構築します。(冗長性を考慮する必要があります。)
  5. 宇宙データ分析のスケーリングや自動化を行うAIアプリケーションの開発や検証において重要なプロセスである、地上観測測定の計画を立てます。
  6. 自社のビジネスにとって宇宙がどれほど重要かを考慮し、自社開発と購入のどちらの戦略をとるかを検討します。パートナーは、宇宙関連データから得る価値を加速させることができます。
  7. 宇宙関連データをサイロ化してはなりません。効果的なデータ統合が鍵であり、衛星データは、組織全体がアクセスして洞察を得られるもう1つのデータソースとなります。

地球観測データ革命を推進する原動力について詳細を読み、それがどのようにして今日のビジネスにおける独自の視点と戦略的優位性につながるのかをご確認ください。

サマリー

地球観測データは今やあらゆる企業が利用でき、驚くべき可能性を秘めています。植生の生長予測から浸食リスクの監視まで、その可能性は広範囲に及びます。ビジネスリーダーは、こうしたデータをどう活用すれば、顧客、従業員、パートナー、そしてより広範な社会に新たな価値を提供できるかを真剣に考える必要があります。

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