2024年2月2日
Web3.0事業者による暗号資産発行を通じた資金調達における課題とは?

Web3.0事業者による暗号資産発行を通じた資金調達における課題とは?

執筆者 田中 計士

EY新日本有限責任監査法人 BlockChain Center共同リーダー 第2事業部 パートナー

何事もまずは自分で体験してみる。それがイノベーションの理解への近道。

2024年2月2日

暗号資産の発行を通じた資金調達はWeb3.0事業者にとって重要な選択肢の1つとなり得ますが、日本においてはさまざまな課題が残っています。

政府がWeb3.0を日本の成長戦略の柱として掲げる中で、法務、税務、会計、監査等の多方面からの環境整備が進められています。

要点

  • 暗号資産交換業者が暗号資産発行者に代わって暗号資産の販売行為を行うIEOの事例が増加しつつある。
  • 暗号資産発行体への課税に関する税制上の課題に関して、一定の解決がなされた。
  • LPSによる暗号資産投資を可能とするべく、法改正が検討されている。
  • 暗号資産発行体に係る会計基準は、現在も開発中である。
  • Web3.0事業者と監査人との相互理解促進のための多様な取り組みが行われている。


はじめに

スタートアップ企業が事業を拡大していく中で、資金調達は重要な経営上の課題となります。特に、Web3.0事業者にとっては、暗号資産の発行を通じた資金調達はweb3.0事業ならではの特徴的な資金調達手法となります。一方で、日本のWeb3.0事業者を取り巻く環境は必ずしも他国に比べて十分に整備されていると言える状況ではなかったことも事実です。このため、政府はWeb3.0を日本の成長戦略の柱として掲げる中で、法務、税務、会計、監査等の各方面からの環境整備を進めています。

本稿では、Web3.0分野における暗号資産の発行を通じた資金調達を実行するために、どのような環境整備が行われているかについて、解説します。
 

資金調達手段としてのトークン・暗号資産の発行

既に各種法整備が完了し、実務上の事例も増えているものとして、いわゆるセキュリティトークンがあります。セキュリティトークンは、企業が株式、社債等の有価証券の発行を通じて資金調達を行う際に、これらの有価証券をトークン化したもので、日本では2020年5月1日に施行された改正金融商品取引法において「電子記録移転有価証券表示権利等」としてこれらの取扱いが明確化され、税務及び会計における取扱いも整備されています(厳密にはいわゆるセキュリティトークンという言葉の示す範囲と、日本の法令上の「電子記録移転有価証券表示権利等」の示す範囲は異なりますが、本稿では当該差異は度外視した上でセキュリティトークンという言い回しを用いることとします)。また、投資事業有限責任組合(LPS)によるセキュリティトークンへの投資の可否が論点となっていましたが、経済産業省は2023年4月19日に、当該投資は可能である旨の解釈通知を公表しています。

一方、セキュリティトークンはあくまで金融商品取引法上の第1項有価証券及び第2項有価証券に該当するものであり、発行したトークンを活用したDAO(分散型自立組織)の組成などを目指すWeb3.0事業者にとっては、資金決済法上の暗号資産に該当するトークン(以下、「暗号資産」)の発行を通じた資金調達が望まれるケースも多いです。

しかし、日本では、これまで法務、税務、会計、監査等の多方面における課題があり、Web3.0事業者による暗号資産発行を通じた資金調達は非常に限定的なものとなっていました。
 

暗号資産発行に関する課題への取り組み①:暗号資産交換業者登録の必要性

日本において暗号資産の発行者が自ら販売行為を行う場合(以下、「ICO」)、資金決済法上の暗号資産交換業者としての登録が必要となります。暗号資産交換業者として登録された企業は2023年12月末時点で29社存在しますが、暗号資産交換業者にはサイバーセキュリティ上の対応、分別管理義務、会計監査義務等のさまざまな利用者保護を目的とした義務が課されています。また、本来暗号資産交換業として想定されている事業内容と、Web3.0事業者が想定しているさまざまな事業内容は必ずしも一致するものではありません。このため、日本においてWeb3.0事業者が自らICOを通じた資金調達を行うことは、事実上制限されている状況でした。

一方、金融庁は2019年に事務ガイドライン上で、暗号資産交換業者が暗号資産の発行者に代わって暗号資産の販売行為を行う手法(以下、「IEO」)の場合において、暗号資産の発行者の行為は暗号資産交換業に該当しない旨を示しました。これを踏まえ、現在、日本におけるWeb3.0事業者が暗号資産の発行を通じた資金調達を行う場合、IEOが有力な選択肢となっています。

2023年12月末現在、日本においては以下4件のIEOが実施されています。

発行体

販売所

トークン名

調達額

株式会社HashPalette

コインチェック

Palette Token

9.3億円

琉球フットボールクラブ株式会社

GMOコイン

FC Ryukyu Coin

10.3億円

株式会社フィナンシェ

コインチェック

FiNANCiE Token

10.6億円

株式会社オーバース

DMM Bitcoin coinbook

Nippon Idol Token

10.0億円

暗号資産発行に関する課題への取り組み②:発行体への課税

日本の税制では、法人が事業年度末において保有する暗号資産については、原則として時価評価により評価損益を計上することとされています。このため、例えば暗号資産を継続保有している中で大幅な含み益を抱えた状態で事業年度末を迎えた場合、暗号資産の売却により法定通貨を獲得していないにもかかわらず納税義務が生じる、という状況となります。

当該取扱いは自己が発行した暗号資産を継続して保有するケースにもこれまで適用されていたため、暗号資産発行体が総発行量のうち一部を自ら保有するケースにおいて、当該暗号資産相当分の資金調達を行っていないにもかかわらず納税義務が生じてしまう、という状況にありました。

一方、令和5年度税制改正において、自己が発行した暗号資産の継続保有に関しては、当該取扱いは除外されることとなりました。これにより、日本におけるWeb3.0事業者による暗号資産発行に関する税制面での課題は、一定の解決がなされています。
 

暗号資産発行に関する課題への取り組み③:LPSによる暗号資産投資

前述の通り、LPSによるセキュリティトークンへの投資の可否は、2023年4月19日の経済産業省による解釈通知の公表により、明確化されています。しかしながら、当該解釈通知によると、現行のLPS法ではLPSによる資金決済法上の暗号資産への投資は認められていない旨が留意事項として示されています。

一方、web3.0事業者による資金調達をさらに活性化、多様化するためにはLPSによる暗号資産投資を可能とすることが必要である旨が自由民主党デジタル社会推進本部からも提言されており、これらの動向も踏まえ、現在LPS法の改正に向けた検討が進められています。

LPSによる暗号資産投資が可能となった場合、今後のWeb3.0事業者による暗号資産発行を通じた資金調達の幅は一層広がるものと考えられます。
 

暗号資産発行に関する課題への取り組み④: 暗号資産発行体の会計基準

日本では、IFRS等の世界の会計基準に先駆けて、暗号資産の保有者に係る会計基準として企業会計基準委員会、実務対応報告第38号「資金決済法における暗号資産の会計処理等に関する当面の取扱い」1が公表されました。また、セキュリティトークンの保有及び発行については企業会計基準委員会、実務対応報告第43号「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」2が、ステーブルコインの保有及び発行については企業会計基準委員会、実務対応報告第45号「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い」3が、それぞれ公表されています。一方、暗号資産の発行体に係る会計基準については、2022年3月に企業会計基準委員会が「資金決済法上の暗号資産又は金融商品取引法上の電子記録移転権利に該当するICOトークンの発行及び保有に係る会計処理に関する論点の整理」4を公表しましたが、2023年12月末時点においても開発中の状況となっています。

このため、特に上場企業(及びその関係会社)等の会計監査義務のあるWeb3.0事業者が暗号資産を発行する場合、会計及び監査上の判断をどのように行うかといった課題が現時点でも残っています。

日本におけるWeb3.0事業に関連した会計基準等の整備の状況は、下表の通りです。

日本におけるWeb3.0事業に関連した会計基準等の整備の状況

根拠法

法律上の定義

主要なトークン類型等の通称

会計基準の定め(保有者)

会計基準の定め(発行者)

金商業等府令

電子記録移転有価証券表示権利等

投資型トークン

実務対応報告第43号「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」

資金決済法

暗号資産

その他権利型トークン
無権利型トークン
ステーブルコイン

他社発行
実務対応報告38号
自社発行

該当なし※

電子決済手段

ステーブルコイン

実務対応報告第45号「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い」

なし

なし

SAFT、NFTなど

該当なし

出典:日本公認会計士協会、業種別委員会研究資料第2号「Web3.0関連企業における監査受嘱上の課題に関する研究資料」5に、本稿執筆時点の最新の基準等公表状況を筆者が反映したもの
暗号資産発行体に関する会計基等の整備状況

暗号資産発行に関する課題への取り組み⑤: 事業者と監査人との相互理解の促進

自由民主党デジタル社会推進本部からの提言の中では、Web3.0事業者からの「会計監査を受けられないとの不満」が取り上げられています。一方、これらの声への対応として、日本公認会計士協会(JICPA)は、2023年に会計・監査に関する事業者と監査人の相互理解促進のために、事業者、弁護士、監査人間での複数回の勉強会を主催しました。また、これを受け、JICPAはWeb3.0企業の監査受嘱に際しての留意事項や会計・監査上の検討事例をまとめた研究資料を公表し、一般社団法人日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)及び一般社団法人日本暗号資産取引業協会(JVCEA)も暗号資産発行者の会計処理検討に関する検討資料を公表しました。その他、2024年1月に入ってからもJICPA、JCBA、JVCEAは「会計・監査に関する事業者・監査人共同フォーラム」を共同開催しています。

このように、事業者と監査人との相互理解に向けたさまざまな動きが活発に行われています。
 

おわりに

日本のWeb3.0ビジネスを取り巻く環境整備は道半ばではありますが、本稿の様に各面での改善に向けた取り組みが進んでいます。今後もWeb3.0ビジネスに関する各種情報の発信をEY Japanとして行っていきたいと思います。

注釈

1. 企業会計基準委員会、実務対応報告第38号「資金決済法における仮想通貨の会計処理等に関する当面の取扱い、www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/20190704_30_20220701.pdf(2023年1月23日アクセス)

2. 企業会計基準委員会、実務対応報告第43号「電子記録移転有価証券表示権利等の発行及び保有の会計処理及び開示に関する取扱い」www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/denshikirokuiten20220826_02.pdf(2024年1月23日アクセス)

3. 企業会計基準委員会、実務対応報告第45号「資金決済法における特定の電子決済手段の会計処理及び開示に関する当面の取扱い」www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/denshikessai20231117_02.pdf(2024年1月23日アクセス)

4. 企業会計基準委員会、「資金決済法上の暗号資産又は金融商品取引法上の電子記録移転権利に該当するICOトークンの発行及び保有に係る会計処理に関する論点の整理」https://www.asb.or.jp/jp/accounting_standards/summary_issue/y2022/2022-0315.html(2024年1月23日アクセス)

5. 日本公認会計士協会、業種別委員会研究資料第2号「Web3.0関連企業における監査受嘱上の課題に関する研究資料」https://jicpa.or.jp/specialized_field/files/3-9-2-2-20231120.pdf(2024年1月23日アクセス)


本記事に関するお問い合わせ

お問い合わせ

 

サマリー

Web3.0ビジネスの形は日々進化しており、今後も関係省庁、事業者、法曹界、会計及び監査業界など、さまざまな関係者による取り組みが求められています。

この記事について

執筆者 田中 計士

EY新日本有限責任監査法人 BlockChain Center共同リーダー 第2事業部 パートナー

何事もまずは自分で体験してみる。それがイノベーションの理解への近道。