気候変動の情報開示が進んでいるとすれば、脱炭素化はなぜ加速しないのでしょうか。 気候変動の情報開示が進んでいるとすれば、脱炭素化はなぜ加速しないのでしょうか。

執筆者 Mathew Nelson

EY Global Climate Change and Sustainability Services Leader

Leading a purpose-driven team that shares a common passion for creating positive impact. Workplace diversity and equality advocate. Engineer. Father of two boys. Australian Football League fan.

EY Japanの窓口

EY Japan 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)リーダー EY新日本有限責任監査法人 プリンシパル

サステナビリティの分野で活躍。多様性に配慮し、プロフェッショナルとしての品位を持ちつつ、実務重視の姿勢を貫く。

8 分 2021年8月25日

EYグローバル気候変動リスク・ディスクロージャー・バロメーター2021は、企業が気候変動戦略を加速させるべき理由について説明しています。

要点
  • 企業は、気候関連リスクの開示に関する報告について、開示情報の質と開示率の向上に継続的に取り組んでいる。
  • シナリオ分析を実施しているのは対象企業の41%にすぎず、財務諸表で気候変動について記載する企業は全体のわずか15%である。
  • 企業が将来の成長戦略を策定し、その進捗状況を報告するにあたり、気候関連のリスクと機会を中心に据えることが求められる。
Local Perspective IconEY Japanの視点

気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は第6次評価報告書(2021年8月公表)にて、「地球温暖化は人間による活動が原因であることに疑う余地はない」と明言しました。脱炭素社会への変革がメインストリートになりました。日本国内では、2022年から適用される東京証券取引所の市場区分である「プライム市場」の上場企業が改訂版コーポレートガバナンス・コードの全原則の適用を受け、TCFDもしくはそれと同等の枠組みに基づき気候関連情報を開示するよう求められるようになります。こうした政策は環境政策ではなく、金融政策として捉えるべきです。

EYでは、毎年40以上の国や地域の1,000を超える企業の気候変動に関する取り組みや開示を調査したグローバル気候変動リスク・ディスクロージャー・バロメーターを発表しています。同2021年版では、TCFDに基づく開示は世界で浸透する一方で、依然として質の向上が必要であることを示唆しています。日本企業の開示水準は世界的にも上位に位置付けられており、今後、質の向上が伴えばTCFDにおける世界の規範作りで優位なポジションを築ける可能性もあります。

 

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牛島 慶一
EY Japan 気候変動・サステナビリティ・サービス(CCaSS)リーダー EY新日本有限責任監査法人 プリンシパル

EYグローバル気候変動リスク・ディスクロージャー・バロメーター(PDF、英語版のみ)によれば、気候関連のリスクと機会に関する項目が、ステークホルダーの圧力によって役員会や経営幹部のアジェンダに取り上げられるようになったことを背景に、そうしたアジェンダに対する企業の関心が世界的に高まっていることを端的に示しています。

この調査は、影響の大きい複数のセクターにおける、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)への対応に関する企業の公開情報に基づいています。42カ国の1,100社を超える企業の開示情報を評価の対象としました。

調査では、気候関連の財務情報開示について、開示情報の質と開示率の向上に企業が継続的に取り組んでいることが分かりました。その要因として、多くの規制当局がTCFD報告を義務化するようになったこと、投資家の圧力が高まっていること、年次のカーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)の回答書にTCFDの提言が盛り込まれるようになったことなどが挙げられます。

2019年に行った調査の結果と同様、開示率は質を上回り、TCFDの提言に対する平均開示率は70%となっています。ただし、11ある提言事項の最高品質スコアのうち、対象企業全体の平均品質スコアは42%にとどまりました。

調査対象のほぼ半数の企業が100%の開示率だったのに対し、100%の品質スコアを得た企業はわずか3%で、改善の余地が大きいことは明らかです。このデータは、多くの企業が実際に気候関連のリスクと機会について報告する一方で、形式的な報告を行う企業が存在することを示しています。

報告には、リスクと機会を適切に盛り込むべき

調査結果では、多くの企業がリスクに直接相関していない指標について報告を行っていることが示唆されています。例えば、スコープ1とスコープ2の排出量を開示することと、工場やデータセンターが火災や洪水に遭うリスクが高まっているというような、物理的なリスクにさらされていることの間には関連性がありません。行動変容を促すような、気候関連の財務情報の開示にしていくためには、より厳格なリスク評価が求められるでしょう。

同様に、現在実施されている気候関連リスクの評価は、概してビジネスの特定部分に限られ、定性分析のみが対象となっている場合があります。しかし、製品やサービス、サプライチェーン、業務に対する物理的なリスクと移行リスクの影響が、企業全体の事業コストと収益を左右する可能性があります。

気候変動がもたらすリスクと機会の双方を企業が十分に把握することは、戦略への影響(プラスとマイナスの両面)を含む潜在的な影響を正確に評価する上で役立つでしょう。

気候変動のシナリオが、安定的なリスク評価を行う上で不可欠に

気候関連リスクは本来、従来型のビジネスリスクの多くと比べて複雑であり、長期的なものです。そのため、今後の気候の影響とビジネスおよびサプライチェーンの活動との関連性を物理的、経済的、規制面の観点で理解する上で、シナリオ分析は企業にとって不可欠な要素です。

調査によれば、シナリオ分析を実施している企業は全体の41%にとどまり、懸念される結果となっています。シナリオ分析は他の開示要素に比べれば複雑ですが、理論から具体的で実行可能な戦略に発展させる機能を果たし、TCFDフレームワークの中で最も重要な特徴となっています。

シナリオ分析

41%

の対象企業が、シナリオ分析を実施しています。

シナリオ分析は、明らかに規制当局と諮問機関の視野にあります。2020年には、気候変動に関する政府間パネル1、気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク(NGFS)2に加盟する中央銀行、さらには市場およびプルーデンシャル(健全性)規制当局においてもシナリオガイダンスは増加しています。

シナリオ分析は、リスク評価、戦略策定、投資判断の材料として用いるべきであり、社内の報酬とインセンティブに反映する必要があります。気候関連の財務情報開示については、開示の基本である財務報告書に記載する必要があります。また、気候リスクに関する情報は、資産減損モデルや資産減価償却モデルなど、財務諸表の試算や前提条件に記載することが求められます。

シナリオ分析は、リスク評価、戦略策定、投資判断の材料として用いるべきであり、社内の報酬とインセンティブに反映する必要があります。

しかし今回の調査では、財務諸表で気候変動について言及する企業は、全体の15%にとどまっています。このことから、企業がシナリオの財務的影響について信頼性のあるデータを入手できていないか、気候変動が事業全体に及ぼす影響を十分に反映しきれていないことがうかがえます。

企業が正確なリスクや機会を評価したとしても、徹底したシナリオ分析を経ていなければ、規制当局と資本市場は今後容認しなくなるでしょう。

企業は、ステークホルダーの意向に沿うべく、事業拠点と業界における物理的リスクおよび移行リスクの大きさと時間軸を相対的に示し、ワーストケース、ベースケース、最も発生確率の高いケースの3つのシナリオを構築することが理想的です。

バリューチェーンの上流と下流にある最大の排出削減手段を理解する

気候関連のリスクと機会を理解するということは、自社の排出量を把握したら終わりではなく、より複雑なデータ管理、分析、予測が必要となります。多くの企業では、バリューチェーンの上流や下流で発生する排出量(スコープ3)が、自社の事業活動に伴う排出量(スコープ1およびスコープ2)を大きく上回ります。最大の排出量は、下流の製造や輸送、あるいは上流の製品の加工、使用、輸送のいずれかの過程で発生すると考えられます。

この問題は、鉄鉱石採掘のように排出量の多い業種に限りません。鉄鉱石採掘では、スコープ3の排出量の多くが、顧客が鉄鉱石を鉄鋼に加工する際に発生します。世界のアパレル・フットウェア業界は、海運業界と航空業界を合計した排出量3を上回る温室効果ガスを排出していますが、その大部分はスコープ3の排出量です。

そのため、最も効果的な排出削減の手段は直感的なものがほぼありません。大手薬局店は、消費者がシャワー中に商品を使用することで費した時間に対し、排出量の80%が関連していることを解明しました。多くの場合、食肉を除く食品生産の排出量は、大部分は輸送時に発生しています。情報通信技術(ICT)セクターでは、脱炭素戦略の主要な柱となるのは、炭素に対するエンドユーザーの意識を高めることかもしれません。

当然のことながら、特に炭素集約型産業や消費者向け産業には、バリューチェーンの排出量をめぐってステークホルダーの厳しい目が向けられています。科学的根拠のある目標設定の指針では、「企業のスコープ3の排出量がスコープ1、2、3の総排出量の少なくとも40%を占めている場合、スコープ3の目標を設定する必要がある」とされています4

二酸化炭素排出に関する現状の課題は、企業のサプライチェーンの多くで透明性が十分でないことにあります。サプライヤーを脱炭素プロセスに取り込むためには、サプライヤーと協力し、インセンティブを提供することが企業に課せられた義務です。サプライチェーンに対して人権侵害の有無を調査するのと同様に、サプライチェーンの排出量の分析と削減にも相応のエネルギーを費やす必要があります。

気候関連の報告に向けた次のステップ

政治的な意志と世界の世論が、大規模な気候アクションに向けられている現在では、企業が将来の成長戦略を策定する上で、気候関連のリスクと機会を中心に据えるべきです。

一部の企業では、移行リスクの性質と時期に関して多くの不確実性が存在することやその物理的影響により、気候変動への対処が進んでいません。しかしながら、正確な時間軸が明確でないにしても、企業の多くは新たなテクノロジーの将来性に期待を寄せています。

気候変動に関する科学的研究がこれまで以上に詳細に行われ、大幅な解明が進んでいることから、直ちに行動を起こすことが求められています。ネットゼロへの移行が加速する中で行動を起こせない企業は、気候関連リスクにさらされ、関連する機会に対応できないでしょう。

企業が気候変動への適応に向けて次のステップを検討すれば、以下のような問いに対する答えが見えてくるはずです。

 
  • 気候変動の結果として、企業はどの程度のリスクと機会に直面することになるのでしょうか。
  • 気候変動がもたらすリスクと機会に対応するために、企業の戦略をどのように見直す必要があるでしょうか。その場合、どのような戦略的イニシアチブが求められますか?
  • 脱炭素化を目指す過程で何をすべきでしょうか。
  • リスクと機会の範囲、戦略の見直し、脱炭素化社会に向けた進捗状況、といった観点について、市場とどのような対話を行いますか。
 

サマリー

スコープ1とスコープ2の排出量が気候関連リスクの唯一の、あるいは最大の要因である可能性は少ないと思われます。これは特に、これらの排出量と物理的な気候関連リスクにさらされていることの間には関連性がないからです。企業は、バリューチェーン全体を詳細に調べた上で、脆弱性と成長機会を見極め、気候変動に対応する最も有効な手段を見つけ、活用する必要があります。ここでは、想定し得るさまざまな気候シナリオにおける事業戦略と資産のレジリエンス(回復力/復元力)を理解する必要があります。

この記事について

執筆者 Mathew Nelson

EY Global Climate Change and Sustainability Services Leader

Leading a purpose-driven team that shares a common passion for creating positive impact. Workplace diversity and equality advocate. Engineer. Father of two boys. Australian Football League fan.

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