EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 マーケッツ本部 サステナビリティ開示推進室 公認会計士 衣川 清隆
消費財セクターのサステナビリティ担当パートナー。上場企業のサステナビリティ情報保証業務に従事。日本公認会計士協会 サステナビリティ教育検討特別委員会委員、シラバス・研修企画専門委員会委員等を歴任。サステナビリティ情報審査人。
要点
消費財企業(主に食品業、飲料業を営む企業をここでは「消費財企業」と呼びます)では、有価証券報告書のほか、統合報告書等の任意の開示書類でサステナビリティ情報の開示を行い、投資家との対話を積極的に行っています。
本稿においては、有価証券報告書における気候変動関連の開示内容から、消費財企業の好事例について紹介します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
消費財企業がサステナビリティ情報に関する開示を行う中で、最も重要なテーマの1つとして、気候変動に関する財務情報の開示が挙げられます。2021年3月の改正コーポレートガバナンス・コードにより東証プライム上場企業において気候変動関連開示が義務化されたこともあり、多くの消費財企業が有価証券報告書上で気候変動関連開示を行っています。
2023年の企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正により2023年3月期より、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報に関する開示が義務化されました。
投資家が求めているのは企業価値に関わる情報です。サステナビリティ情報は単なる情報開示ではなく、気候変動などのサステナビリティ課題に対して、企業がどのように取り組んでいるのか、企業価値向上との関連を示し、ストーリーをもってわかりやすく伝えることが重要です。
気候変動関連開示に関しては、気候関連財務情報開示タスクフォース(以下、TCFD提言)に従い、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」の4つの柱に沿って開示することを推奨しています。
このうち、「戦略」におけるシナリオ分析と「指標と目標」におけるScope3の開示に関しては、各企業で開示の難易度が高いとされており、金融庁の「記述情報の開示の好事例集2023」(以下、好事例集)においても、投資家の期待として、気候変動関連等の開示では、シナリオ分析の開示の充実(前提条件や想定期間の明示、機会とリスクの事業インパクト、目標値)とScope3についての開示を挙げています。
この点、消費財企業は自然資本を使っており、原材料の調達から販売まで、バリューチェーンが長く、サステナビリティ課題の影響を受けやすいと言えます。そのため、将来の財務情報とも言えるシナリオ分析の開示の充実とScope3の開示は、投資家が企業価値を評価するに当たり、非常に重要な情報と言えます。
好事例集の気候変動関連等の開示には、消費財企業の特色と言える点があります。消費財企業は自然資本を使っており、水資源、生物多様性を重要なテーマとしています。したがってその開示が有用であり、自然資本は相互に関連しているため、気候変動、水リスクや生物多様性の3つのリスクを同時に開示することが有用であると言えます。
自然関連財務情報開示には自然関連財務情報開示に関する提言(以下、TNFD提言)がありますが、TCFD提言に整合しており、生物多様性と気候変動を統合した開示が今後増加していくことが考えられます。
水資源や生物多様性の開示については、好事例集における、株式会社ニッスイ及びキリンホールディングス株式会社の事例が参考になります。
(出所)金融庁「記述情報の開示の好事例集 2023」より P.66 www.fsa.go.jp/news/r5/singi/20231227/01.pdf(2024年7月23日アクセス)
(出所)金融庁「記述情報の開示の好事例集 2023」より P.72 www.fsa.go.jp/news/r5/singi/20231227/01.pdf(2024年7月23日アクセス)
「戦略」におけるシナリオ分析の開示が十分でない企業において、開示の充実に向けて、以下のような事項について、議論を重ねてトップとのコンセンサスを図り、トップダウンで全社的な取組を展開し、投資家との対話により改善を図っていくことが望ましいと考えられます。
2023年6月に、最初のIFRSサステナビリティ開示基準(ISSB基準)となる、IFRS S1号(「サステナビリティ関連財務情報の開示に関する全般的要求事項」)とIFRS S2号(「気候関連開示」、以下、S2基準)が公表されました。TCFD提言で推奨される開示の4つの柱である、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」及び「指標と目標」による開示は、ISSB基準においても「コア・コンテンツ」の開示要求事項として組み込まれています。
S2基準とTCFD提言の推奨する開示事項とはおおむね一致していますが、S2基準の方がより詳細な情報開示を要求しています。例えば、戦略のパートについて、気候関連のリスクと機会を識別する際に、「S2基準の適用に関する産業別ガイダンス」に定義されている産業別の開示トピックを参照し、その適用可能性を考慮することが要求されています。また、企業のビジネスモデルやバリューチェーン上のリスク及び機会がどこに集中しているかについて、より詳細な情報開示が求められています。
なお、2024年3月に、サステナビリティ基準審議会(SSBJ)から、IFRS S1基準、S2基準に相当する日本版のサステナビリティ開示基準の公開草案が公表されました。IFRS S2基準(以下、S2基準)に相当するSSBJの「気候関連開示基準(案)」は、S2基準の全ての要求事項を取り入れ、必要に応じて、企業が適用することを選択することができるわが国固有の選択肢を追加した内容となっています。
サステナビリティ課題は、中長期的な企業価値向上に向け、企業経営の中核となる重要な経営課題です。サステナビリティ情報開示は単なる情報開示ではなく、企業の企業価値向上の取組の開示であり、経営トップのリーダーシップのもと、全社一体となった取組が必要です。好事例となるような開示は短期的なスパンで実現できるものではなく、企業の実情に応じて、投資家等との対話を通じて、段階的に充実させることが重要です。
最後に、SSBJ基準の適用時期、対象企業など、わが国のサステナビリティ情報の開示制度は、現在、金融審議会「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ」にて議論がなされていますが、わが国におけるサステナビリティ情報の制度開示のスケジュール案が示されるなど、現実のものとなろうとしています。SSBJ基準等の開示要求事項に対応し得る情報開示収集体制の構築が最大の課題であるとは言え、適用が見込まれる企業においては、前広に検討することが望ましいと考えられます。
EY新日本有限責任監査法人
消費財セクター
消費財企業は、バリューチェーンが長いという特徴から、サステナビリティ課題が経営に及ぼす影響が大きい企業です。また、サステナビリティ情報は、投資家が企業価値を評価し、建設的な対話を行うに当たって非常に重要な情報です。本稿では、サステナビリティ情報開示のうち主に消費財企業の気候変動関連開示について、投資家の期待と好事例のポイントを中心に紹介しました。
主要な機関投資家、金融機関をはじめ、世界中で非財務情報開示の重要性が強く認識されています。わが国でも東証プライム市場上場企業は2022年よりTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の開示が求められることとされ、企業経営への影響を強めています。
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