EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士 佐野 敏行
当法人入社後、主にテクノロジーセクターでの監査業務に従事。2021年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、研修業務、執筆活動などに従事している。
要点
国際会計基準審議会(以下、IASB)は、2024年3月14日にIFRS第3号「企業結合」及びIAS第36号「資産の減損」の改訂を提案する公開草案「企業結合 ― 開示、のれん及び減損」(以下、本公開草案) を公表しました。
本稿では、本公開草案の主な内容について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
IASBは、企業が行う企業結合について、合理的なコストで財務諸表利用者により有用な情報を提供できるかどうかを検討することを目的としたプロジェクトを立ち上げ、2020年3月にディスカッション・ペーパーを公表し、その後のフィードバックのレビューを経て、本公開草案を公表しました。本公開草案では、企業の取得(企業買収)に関する報告が、現状では十分で適時な情報が不足しているという財務諸表利用者側のフィードバックと、一部の情報提供においてリスク及びコストを感じているという企業側のフィードバックの双方に対応しています。本公開草案では、企業結合の開示の改善及び減損テストの変更が提案されており、次章以降にてそれぞれを解説します。
本公開草案では、企業結合に関するより良い情報に対する財務諸表利用者のニーズに対応するため、以下の2つの新たな開示目的を追加することが提案されています。
上記の目的を満たすため、本公開草案にて新たに追加された開示要求は以下となります。
取得年度に要求される新たな開示要求 |
戦略的な企業結合のみ開示 |
免除規定 |
---|---|---|
① 企業結合の戦略的根拠 |
||
② 企業結合により期待されるシナジーの定量情報 |
○ |
|
③ 取得日における主要目的及び関連する目標 |
○ |
○ |
取得年度及びその後の各報告期間に要求される新たな開示要求 |
戦略的な企業結合のみ開示 |
免除規定 |
---|---|---|
④ 取得日における主要目的及び関連する目標の達成度 |
○ |
△ |
①では、企業結合の目的と企業の全体的な事業戦略との間のより明確な関連を提供するため、IFRS第3号B64項(d)で要求されていた、「企業結合の主要な理由」が、「企業結合の戦略的根拠」へと置き換えられています。戦略的根拠とは、「企業が企業の全体的な事業戦略に合致した企業結合を行う理由」と定義されています。
②では、企業結合により期待されるシナジーに関する定量情報の開示が求められます。具体的には取得企業は、期待されるシナジーについて、期待されるシナジーの各区分(例えば、収益シナジー、原価シナジー及び他の各種のシナジー)を明示する記述を開示し、期待されるシナジーの各区分について、以下の開示が求められます。
①及び②は、IFRS第3号に基づく開示が必要となる企業結合すべてで求められます。
一方、③及び④は、その中の一部として位置付けられている戦略的な企業結合にのみ要求されます。戦略的な企業結合とは、それについて企業の取得日における主要目的のいずれかが満たされないと、企業が全体的な事業戦略を達成できなくなる深刻なリスクに晒されることとなる企業結合のことを指します。なお、戦略的な企業結合の判定には、下記の様に定量的な閾値と、定性的な閾値の両方が設けられています。このような戦略的な企業結合に限定した開示要求は、あまりにも多くの取得の業績に関する情報を開示するのは開示の過剰負担を生じさせる可能性があるという企業側のフィードバックに対応することを狙いとしています。
③では、戦略的な企業結合のそれぞれについて、取得年度において、取得日における主要目的及び関連する目標の開示が求められます。主要目的は、企業結合の成功に不可欠なものとされ、例えば被取得企業の営業地域における売上高や市場占有率を増加させること、などです。また目標は、企業結合の主要目的が満たされたかどうかを立証する業績の水準を記述するもので、その開示は範囲又は単一の推定値とすることができるとされています。
④では、③において開示された主要目的及び関連する目標がどの程度まで満たされつつあるのかを、取得年度及びその後の各報告期間において開示することが求められます。この情報には以下を含めなければなりません。
この④の開示は、原則取得企業の経営幹部が戦略的な企業結合の実際の業績を取得日における主要目的及び関連する目標に対してレビューしている限り、開示が求められます。
また、これらの新たな開示要求のうち一部については、開示の免除が認められています。免除が認められるのは、開示することで当該企業結合についての取得企業の取得日における主要目的のいずれかの達成が著しく損なわれると見込み得る場合とされています。本公開草案には、この免除規定を使用できる適切な状況を企業が識別するのに役立てるための適用指針も含められており、開示の免除ができるかどうかには慎重な判断が求められます。
これらのIFRS第3号の改訂は、公開草案では発効日は言及されていませんが、発効後に開始する事業年度の期首以降に行う企業結合に適用が必要となります。また早期適用は認められています。
IAS第36号における減損テストに関しては、以下のフィードバックに対応する形での改訂が提案されています。
① 減損テストの設計がのれんを減損から遮蔽(シールディング)することや、回収可能価額の測定にあたっての経営者の仮定が過度に楽観的となることにより、のれんに係る減損損失が適時に認識されない
② 減損テストはコストがかかり複雑となる可能性がある
①についてIASBは、のれんの減損テストは単独ではなく他の資産と一緒に資金生成単位と呼ばれる資産グループの一部として行われることから、シールディングを完全になくすことはできないと言及していますが、企業がのれんを資金生成単位に配分する方法を明確化することによってシールディングを減少させるための変更を提案しています。例えば、IAS第36号は企業がのれんを配分できる最も高いレベル(すなわち、事業セグメント)を定めており、本公開草案ではこのレベルがデフォルトではない旨を明確化することを提案しています。
また、IAS第36号は、経営者の過度の楽観性を低減させるように設計された要求事項を含んでおり、例えば、企業は減損テストを準備する際に、合理的で裏付け可能な仮定を用いることが要求されています。本公開草案では、経営者の過度の楽観性をさらに低減させるため、のれんを含んだ資金生成単位がどの報告セグメントに含められているのかを開示することを提案しています。
②について本公開草案では、減損テストのコスト及び複雑性に関する懸念に対応するため、使用価値の計算において、以下を提案しています。
これらのIAS第36号の改訂は、公開草案では適用開始日は言及されていませんが、発効後に開始する事業年度の期首以降に行う減損テストに適用が必要となります。また早期適用は認められています。
今後、IASBは本公開草案に関するコメントレターやその他のフィードバックを検討し、IFRS第3号及びIAS第36号の改訂を公表すべきかどうかを決定します。この改訂は、将来行われる企業結合のみならず、減損テストにおいて現行の実務に変更をもたらす可能性のある内容も含まれていますので、引き続き注視が必要と考えられます。
国際会計基準審議会が2024年3月に公表した公開草案「企業結合 ― 開示、のれん及び減損」について解説しています。
2022年12月、国際会計基準審議会(IASB)が実施している重要なプロジェクトである企業結合-開示、のれん及び減損プロジェクトがリサーチフェーズから基準設定フェーズに移行しました。本稿では、当該プロジェクトの動向や重要な暫定決定内容の概要を解説します。
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