2021年7月13日
国際金融都市・東京を実現するために保険業界が重要である理由

国際金融都市・東京を実現するために保険業界が重要である理由

執筆者 荻生 泰之

EY Japan フィンテックリーダー/ブロックチェーン・コンサルティング・ビジネスリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジックインパクト パートナー

長年にわたる戦略コンサルティングの経験を持つ。何事も前向きに、強い心をもって対応することを心がけている。

2021年7月13日

東京都は今、国際金融都市構想に積極的に取り組んでいます。

これは「アジアの金融ハブ」の実現だけでなく、インシュアテック企業の誘致やヘルステックマーケットの拡大にもメリットがあると考えられます。国際金融都市を実現するために何が行われ、それが東京都の姿をどのように変えようとしているのか。具体的に見ていきましょう。

要点

  • 東京都は今、国際金融都市構想を実現すべく、積極的な取り組みを行っている。
  • ビッグデータやAIなどの社会実装を通じて、東京都および日本の経済発展と社会的課題の解決を両立させることを目指している。
  • 国際金融都市構想を実現するには、資産運用において重要な機関投資家でもある保険会社の業績向上も重要な意味を持つ。

※本記事は、2021年3月16日~18日にEYが協賛して行われたFIN/SUM2021でのセッション内容を記事化したものです。

外国企業の日本進出意欲はコロナ禍でも依然として前向き

東京都は今、世界に冠たる国際金融都市となるべく、国や民間事業者と連携し、金融の活性化に向けた取り組みを推進しています。その先にある具体的な姿とは「アジアの金融ハブ」「人材、資金、情報、技術の集積」「資産運用業・フィンテック企業の発展」を通して「社会的課題の解決に貢献」することにあります1

EYではここ数年、国際⾦融都市関連のプロジェクトを数多く⼿がけてきました。東京都では2017年より資産運⽤業者、フィンテック企業などの⾦融系外国企業の⽀援・誘致を⾏っていますが、2017年から2019年までに35社以上の事業者を誘致2。2020年度にはEYが無償のコンサルティングや法的アドバイス(ライセンス取得など)、その他の拠点設⽴に向けた⽀援を⾏い、⾦融系外国企業15社を⽀援誘致しています。

こうした取り組みは外国企業を単に誘致するだけでなく、これを1つの起爆剤として国内のフィンテック企業、資産運⽤会社を伸ばしていくことも⽬指しています。

現在はコロナ禍による影響も懸念されますが、⽇本の市場拡⼤や政府の積極的な取り組みもあり、依然として外国のフィンテック企業の日本への進出意欲は衰えを⾒せていません。現在、2019年以前と同程度の関⼼を維持しており、東京は⾹港・シンガポールに代わるアジアのハブとして注⽬されています。特に⾹港に拠点のある企業はBCP(事業継続計画)の観点から東京への進出を検討中です。

日本は海外におけるフィンテックの興隆を2〜3年差で追随しており、2020年度からはインシュアテック企業の応募が増加しています。2017年度からは、資⾦決済法改正を受け、暗号資産関連企業の応募が増加。2020年度には⾦融商品取引法改正によってセキュリティトークン関連企業の応募も増加するなど、⽇本の法改正をきっかけとして特定テーマの関連企業の応募が増加しています。

東京都の国際金融都市構想に必要不可欠なインシュアテック企業

こうした国際金融都市構想の動きは保険業界や都民にとっても無縁ではありません。特にインシュアテック企業の誘致は大きなメリットをもたらすはずです。では実際に、インシュアテック企業誘致はどのようなメリットをもたらすのでしょうか。

それが、これまで対処できなかった、または新たに生まれるリスクへの備えが可能となる「保険商品の多様化」。そして時間と場所に縛られず保険の検討や申し込み、給付が可能となる「保険商品への円滑・安心なアクセス」。さらに保険料に見合う保障内容を適正価格で受けられる「保険料と保険内容の最適化」が挙げられます。つまり、保険会社の業務が高度化・効率化されることで、都民がより効果的にリスクに備えることができるのです。東京都では超高齢社会という社会的課題を解決するためにも、これまで以上にインシュアテック企業の誘致機会が高まっていると言えるでしょう。

すでに世界のインシュアテック投資額2は2017年から急成長を遂げており3、日本でもインシュアテックの市場規模は2016年から2020年にかけて増大しています4。日本はアメリカに次いで世界の生命保険市場規模で2位、同じく損害保険市場規模ではアメリカ、中国、ドイツに次いで4位の地位にありますが5、間もなく、日本にも巨大なインシュアテック市場が形成されることが想定されています。

東京都の社会課題と対応の方向性

他方、社会的課題を解決する意味で、東京都の中でも象徴的な地域と言えるのが多摩地区です。多摩地区は都心に近接し、地域の活性化を実現するポテンシャルがありながら、近年、特に産業や社会の課題が顕在化しています。

まず大きな問題となっているのが高齢者の増加です。多摩地区は丘陵地にあり、1970年代に開発された多摩ニュータウンなど集合住宅の中にはエレベーターがなかったり、自宅からバス停までの高低差が30メートルを超えたりする場所があります。しかも子世代の転出により、高齢者が通院や介護サービスを受けるための自律的な移動が困難となっています。加えて、移動手段が確保できないため、自宅で引きこもりがちになる傾向にあり、高齢者の認知症リスク拡大と、それに伴う自治体・親族の負担増が発生しているのです。

また近年、製造業の体力低下を背景に大型工場の移転が相次いでおり、就業者数の低下や産業空洞化が懸念され、製造業に代わる新たな産業の誘致・創出が必要とされています。さらに多摩地区のポテンシャルも国内外に認知されているとは言えない状況にあります。豊富な自然や観光スポットを抱えるにもかかわらず、観光客は都心に集中。東京都としても「都心から都内の各地域へ送客を進めるため、多摩地区に新たな観光情報センターを整備している」状況にあります。

「スマート東京」で実現目指すスマートサービス10分野とは

こうした社会的課題を解決するためにも、東京都では「稼ぐ力」の中核となるAIやビッグデータなどの第4次産業革命技術の社会実装を通じて、経済発展と社会的課題の解決を両立させることを目指しています。

その具体的な取り組みが東京版Society5.0「スマート東京」6です。その中心となるのが、多様な主体が公共データや民間データをオープンAPIで呼び出し連携する「官民提携データプラットフォームの構築」です。そこから、センサーなどで取得したデータをもとに建物、道路などのインフラ、経済活動、人の流れといったさまざまな要素をサーバー空間上に「双子(ツイン)」のように再現する「都市のデジタルツインの構築」を目指しているのです。

ただし、データの器があっても、サービスがなければ誰も(連携させるべき追加の)データを⼊れてくれません。そこで有望なスマートサービスとして、東京都は10分野を挙げています。その10分野で都⺠のQOLを向上させることが東京都の狙いです。10分野には「移動」「キャッシュレス推進」「ウェルネス」「環境・エネルギ ー」「オープン/デジタルガバメント」「バリアフリー」「教育・⼈材育成」「観光」「⾦融」「横断的取組・その他」があります。この中で「キャッシュレス推進」などは主に⺠間が主導して進めています。ただ、これらすべてを⺠間だけでできるわけではなく、やはり東京都も積極的に関与した推進が必要です。

「ウェルネス」の進化が東京都にとって大きなメリットになる

今こうして官⺠が協⼒し、その実現を最も望まれているのが「ウェルネス」分野です。ウェルネスの市場規模は約25兆円(2016年)7。都⺠には健康に即して保険料を適正化できるというメリットがあるほか、機微な情報データを扱うため、都の関与も不可⽋だからです。しかも⽇本は世界で⼀番⾼齢化が進んでいる先進国であり、これを解決していくことは⽇本にとっても最優先事項です。東京都としても⺠間と協⼒することで都⺠のQOL向上のほか、社会保険料などの歳出を削減できるメリットがあります。

また、東京都は、多くの国公⽴⼤学が集積する知の拠点であり、ウェルネスの事業創造に関係する研究を⾏っており、東京都や⺠間企業との連携もしやすい環境となっています。

例えば、ある⼤学では認知症⾼齢者とその家族・介護者を⽀援するため、⽣体・⾏動データからAIで問題⾏動を予測・対処するシステム開発を⾏っています。また別の⼤学でも、地域特性に応じた、要介護状態防⽌に向けた適切な施策を策定できるようにするため、⾼齢社会に関する知⾒とAI技術を組み合わせた共同研究に取り組んでいます。

国際金融都市構想の実現には機関投資家でもある保険会社の存在が不可欠

こうした流れの中で、忘れてはならないことが他にもあります。東京都の国際⾦融都市構想で今、⼀番注⽬されているのは資産運⽤ですが、実はインシュアテックの中⼼となる保険会社は資産運⽤において重要な機関投資家でもあることです。つまり、保険会社の業績が伸びることは、資産運⽤が伸びることにもつながっていきます。

また、これからは保険会社がインシュアテック、ヘルステックの企業とともにサービスを企画し、大学が技術・事業化ノウハウを提供し、東京都がその要となって全体を整合的に統括していくが重要だと考えています。

スマートサービスごとに連携の参画者や、その役割は変わりますが、いずれの場合も、東京都の立ち位置は重要と考えています。新規サービスの企画と実⾏、およびテクノロジー⾯での裏付け、⼀連のノウハウを蓄積・横展開する役割を担う者を東京都が巻き込み、取り組みを進めることが今求められているのです。そのためにも私たちは、政策提⾔やコンサルティングなどを通して、今後とも保険業界や東京都のサポートを⾏っていきたいと考えています。

脚注

  1. 「国際⾦融都市・東京」構想(2017年)、東京都、https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/pgs/2021/03/images/20171110finalreport.pdf(2021年5月10日アクセス)
  2. 「『国際金融都市・東京』構想に関する有識者懇談会」準備会 事務局説明資料一式、東京都、https://www.seisakukikaku.metro.tokyo.lg.jp/pgs/gfct/vision/yushikisha-kondankai.html(2021年5月10日アクセス)
  3. InsurTech Global Outlook 2020 Report, NTT Data Corporation, 2020/4/27(2021年5月10日アクセス)
  4. ⽣命保険領域における国内InsurTech市場に関する調査を実施(2019年)、⽮野経済研究所、https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/2354, 2020/3/12(2021年5月10日アクセス)
  5. 保険業界の基礎知識「世界における日本の保険市場」、MS&ADホールディングス、2017、https://www.ms-ad-hd.com/ja/basic_knowledge/market.html(2021年5月10日アクセス)
  6. スマート東京(東京版Society 5.0)の実現に向けたデータプラットフォーム構築の基本⽅針、東京都、2020年、
  7. 次世代ヘルスケア産業協議会の 今後の方向性について、次世代ヘルスケア産業協議会事務局(経済産業省)、https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/shoujo/jisedai_healthcare/pdf/007_02_00.pdf(2021年5月10日アクセス)

サマリー

東京都は国際金融都市構想を実現すべく、金融系外国企業の支援・誘致を行っており、これを1つの起爆剤として国内のフィンテック企業、資産運用会社を伸ばすことも目指しています。近々、日本でも巨大なインシュアテック市場の形成が想定され、これに合わせAIやビッグデータを活用した「スマート東京」戦略も進んでいます。東京都と大学、民間が協力することで、国際金融都市構想を実現する時が来ています。

この記事について

執筆者 荻生 泰之

EY Japan フィンテックリーダー/ブロックチェーン・コンサルティング・ビジネスリーダー EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジックインパクト パートナー

長年にわたる戦略コンサルティングの経験を持つ。何事も前向きに、強い心をもって対応することを心がけている。