2023年3月17日
2023年以降のIPO株式市場の変化と成長

IPOの新潮流:昨今の国際情勢の中で、2023年以降のIPO株式市場はいかに変化して、成長していくのか? ~2022年IPOを振り返りながら探る~

執筆者
EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

藤原 選

EY Japan Assurance 外食セクターリーダー、IPOグループ統括

スタートアップ・IPO支援を通じてEYの理念Building a better working worldの実現に全力でチャレンジ中。

2023年3月17日

新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大からニューノーマルへ。そしてウクライナ情勢の世界経済への波及。そのような国際情勢の中で、日本のIPO株式市場はどのように変化し、成長していくのでしょうか。

EY新日本有限責任監査法人でスタートアップのIPO業務に数多く携わる藤原選が、東京証券取引所(以下、東証)取締役専務執行役員の小沼泰之氏を迎え、2022年のIPOを振り返り、2023年以降の動向について探ります。
 

要点
  • 2022年のIPO社数は111社と前年の136社から25社減少。時価総額や大型案件数も減少する中で、TOKYO PRO Market(TPM)への新規上場企業数は過去最高を記録し、TPM上場企業数は初めて60社を超えた。
  • 22年4月から東証は「プライム」「スタンダード」「グロース」の3つの市場区分へと再編。各市場のコンセプトが明確化され、上場後の積極的な企業価値向上を促す仕組みに改善された。
  • 東証では「IPO等に関する見直しの概要」を公表し、上場審査や上場日程の設定の見直しなどを含む改正規則を23年3月に施行。
  • 23年のIPOの動向に関しては、ニューノーマルの状況下における投資家マインドの復活、積み残しや新規の大型案件のマーケットデビューに注目が集まる。
株式会社東京証券取引所 取締役専務執行役員 小沼泰之氏(写真左)、EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター IPOグループ統括 公認会計士 藤原選(写真右)


<プロフィール>

ゲスト: 株式会社東京証券取引所 取締役専務執行役員 小沼泰之氏 
(写真左)

1984年慶応義塾大学経済学部を卒業し東京証券取引所に入所。東京銀行(現・三菱UFJ銀行)への出向や米カリフォルニア大学バークレー校への留学(同校経営学修士課程を修了)を経験し、その後は東証の国際関連業務に従事。2007年からは上場推進業務に携わり、企業の新規上場支援、新商品(ETF、REITなど)の開発・プロモーションを統括。2017年取締役常務執行役員を経て、2020年より現職。

モデレーター: EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンターIPOグループ統括 公認会計士 藤原選
(写真右)

オーナー系企業やスタートアップを中心に20年以上にわたり多数のIPO業務を経験するとともにスタートアップの支援に注力。

日本医療ベンチャー協会理事(現任)、経済産業省「Healthcare Innovation Hub」アドバイザー(現任)、厚生労働省調査研究事業委員を務めた他、経済産業省などが主催するビジネスコンテストでの審査員経験も多数。 主な著書(共著)に、『金庫株の資本戦略』『外食産業のしくみと会計実務Q&A』がある。

IPO社数が減少した2022年 ― 業種や規模、株価パフォーマンスの動向は


藤原選(以下、藤原) 2022年はウクライナ情勢の地政学的リスク、あるいは世界的な金融緩和の反動、金融引き締めによる海外機関投資家の資金供給量の減少など、特に新興企業に対する投資抑制が目立った年でした。そのような市場環境の悪化もあったものの、社数はTOKYO PRO Market(以下、TPM)も含め前年136社から25社減の111社に着地しました。この点、小沼さんはどのように見ていらっしゃいますか。

小沼泰之氏(以下、小沼氏) 21年は想定を大きく上回るIPOがありました。20年は102社でしたから、今回の111社という結果は例年並みに落ち着いてきたと見ています。22年4月から市場の名称がマザーズからグロースに変わり、70社もの新興企業が上場しました。さらにTPMでも20社以上の上場があるなど、安定的に推移していると言えるでしょう。

藤原 22年のIPOを業種別に見ると、情報・通信業とサービス業、特にSaaS(サービスとしてのソフトウエア)などのIT系テック企業やテクノロジー領域のプラットフォーム企業、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進企業が中心でした。しかし、TPM除くベースで前年比34社減のうち、22社が情報・通信業で、特にバリュエーションが非常に厳しいとされたSaaS企業などの上場延期が影響していると考えています。その一方で、10年ぶりに空運業のIPOがありました。小沼さんはこうした業種の動向をどのように捉えていますか。

小沼氏 情報・通信業とサービス業、IT系テック企業が多いという傾向は例年通りです。ただ、業務内容を見るとAI(人工知能)、DX、クラウドといったキーワードが目立っており、人材系サービス企業も増加傾向にあります。その中で空運業など従来型の業種も少しずつ復活してきました。IT系テック企業の上場については、全体的な市況環境の厳しさによる「様子見」もあってか減少していますが、今後に期待できると思います。

藤原 IPOした企業の本店所在地についてですが、111社のIPOのうち、東京以外の地域に本社を置く企業が33社と全体の約3割を占め、全国的な広がりを感じさせます。このあたりについて解説をお願いします。

小沼氏 各地域にしっかり根を張る、地域経済のコアとなる企業の上場は、今後の日本経済全体の総合力を向上させるために重要です。東証ではさまざまな地域に足を運び、資本市場の現状やIPOのプロセスについてお話をして、地域の方々に一層の理解を深めていただく努力を続けています。22年はしばらくIPOがなかった福島県、長野県、奈良県、高知県といった地域で久々にIPOが出たのでとてもうれしく思いましたし、今後も各地域でのIPO増加のために活動を続けていきたいと考えています。

藤原 コロナ禍で、リモート会議など地域間の距離を意識しなくて済むようになってきたという側面もありませんか。

小沼氏 ご指摘の通りです。デジタルによって物理的な距離を感じなくなったことが、(IPOの)全国的な広がりの大きな要因の1つだと思っています。

藤原 次に時価総額やオファリングサイズなど、IPOの規模について考えたいと思います。22年の株価推移を1月4日の年初を基準日として比較すると、日経平均株価ではおおむね1割程度の減少でしたが、マザーズ指数は2~3割と大きく減少しました。実際のIPOもダウンラウンド(前回の資金調達時より低い株価で調達すること)が3割近くあり、時価総額的には小規模な案件が多かったのが特徴でした。市場全体の公開価格ベースの時価総額の中央値は約60億円と、前期の約3割減でこちらもかなりの減少です。オファリングサイズも縮小しており、調達額が1桁億円台も珍しくありません。中央値ベースでは約13億円で、前年の約23億円から45%近くの下落となりました。赤字案件や利益が少ない案件のバリュエーションは非常に厳しかった一方、利益がしっかり出ている案件は一定のバリュエーションとなった印象があります。こうしたIPOの規模に関する傾向をどのように見ていらっしゃいますか。

小沼氏 ご指摘の通り、22年は全体的な規模は縮小しました。ただ、IPOの実施タイミングは大きな事業計画の流れの中でのものですから、たとえ小さくスタートしても、上場後の成長を見込んでそれを支える投資家が集まってくることが重要です。私たちは規模が小さい企業でもスムーズに上場し、成長していくことができる市場でありたいと考えています。IPOをスタート地点とした企業価値向上をどのように支えていけるかということも、東証に問われている使命だと思うからです。

大型案件や株価パフォーマンスの動向から、投資家のマインドと市場の役割が見えてくる


藤原 続いて大型案件のIPOについても見ていきましょう。2022年は大型案件の延期が相次ぎました。IPOの件数のうち、公開価格ベースの時価総額300億円未満が9割を占め、特に100億円未満が約7割と大型案件が少なかった印象があります。大型案件で行われるグローバルオファリングは、前年比1社減の4社でした。海外機関投資家などから調達する旧臨時報告書方式も15社で、前年比12社減と激減しており、それに呼応してか、上場承認の取り消しが22年は9社と前年の5社から倍増しました。大型案件を巡るこうした傾向へのご見解を聞かせていただけますか。

小沼氏 これは大型の発行企業の存在と、市況に影響される海外投資家とのバランスの問題でしょう。今後タイミングを見計らって良い案件が出てくる可能性が極めて高いと見ています。22年は海外機関投資家の間でリスクオフのモードが広がっていましたが、それが長く続くとは限りません。全体としてはスタートアップへの投資により、次の社会の推進に期待しようというムードはグローバルに広がっています。

藤原 国内機関投資家はいかがでしょうか。

小沼氏 国内では大手機関投資家が、流動性の高い銘柄でないとなかなか投資できないという雰囲気が伝統的にありましたが、伸び代はスタートアップや中堅企業にあるという認識も確実に広がっています。東証としては、ぜひ投資家の方々にはこうした企業をしっかりとリサーチしていただき、積極的な投資をお願いしたいですね。

藤原 スタートアップの赤字上場の傾向についても考察したいと思います。22年は赤字上場が9社と、前年の13社から4社減でした。ただし20年は8社でしたから、元の水準に戻ったとも言えます。また上期が1社だけだったのに、下期に8社と増えました。特に特徴的なのは市場の目が成長性だけでなく、収益性も重視し、企業の業績を見る目が極めて厳しくなっているということでしょう。こうした赤字上場の傾向についてご意見はありますか。

小沼氏 数年前に比べて、赤字上場に対する投資家の視野は確実に広がっています。リスクオフのムードの中でも、海外を含めた投資家が赤字の背景や要因を基に、将来どのようになっていくのかというポテンシャルを、しっかり見極めるようになってきたという印象を抱いています。特に技術の評価が難しいディープテックの企業などは、私たちも投資家の目利きを参考にしながら、より良い上場のプロセスを考えていきたいと思っています。

小沼泰之氏

藤原 赤字かどうかというより将来の成長に関する蓋然(がいぜん)性が評価されるということでしょうか。

小沼氏 はい。東証ではグロース市場で特別な「事業計画及び成長可能性に関する事項」の開示に関する説明資料を用意しています。そこに企業の思いをしっかり記していただき、バリュエーションにつなげていただければと思っています。

藤原 続いて株価パフォーマンスについてはいかがでしょうか。22年は初値の公開価格割れの企業が18社と、TPMを除く91社の約2割を占める状況でした。一方で初値の公開価格に対する上昇率は約50%と、過去10年で最低でした。

小沼氏 IPO公開価格と初値はなかなかコメントするのが難しい問題です。下がっても、上がり過ぎても証券会社の方々にとっては頭が痛い問題でしょう。不確定要素が多い初値はコントロールできるものではありませんし、初値だから必ず上がるというのもおかしな話で、東証としては中長期で安定的な上昇基調を示すことが理想と考えています。そうした見地から、22年のパフォーマンスについては特に問題視はしていません。

藤原 初値という「一瞬」ではなく、その後の企業価値向上によって投資家と企業がWin-Winの関係を築くことが何より重要ですね。

小沼氏 おっしゃる通りです。公開準備を進めている企業の皆さまも、ぜひ中長期的な視点で企業価値向上を目指していただきたいと思います。

TPMの飛躍と「クロスボーダー企業」へのサポート


藤原 2022年はTPMの大きな飛躍の年でした。

小沼氏 TPM上場に関してはここ5~6年でJ-Adviserの企業が積極的に活躍されるようになり、さらに大都市圏のみならず、各地域を支える企業が多く上場してマーケットとして活性化してきました。一般投資家は参加できず、知識と経験がある個人投資家、法人など機関投資家のみが参加するという点に課題を抱えていますが、上場の価値に着目してTPMを利用しようという積極的な動きが出てきたことは確かです。

藤原 TPMで私が注目しているのは、このマーケットに売上高90億円以上、経常利益7億円近く、また時価総額200億円を超える企業が出てきた点です。グロースなど一般市場に入っても引け取らないこうした規模の案件が出てきたことは驚きでした。そのあたりはどのように見ていますか。

小沼氏 規模が大きくしっかりした経営であるが、限られた株主で運営されている企業が、上場プロセスの中で内部統制やリスク管理を強固にする、あるいは環境変化へのセンシティビティ(感度)を高めていくという目的のTPM上場ではないかと見ています。いわば企業ステータスと体力アップのためにTPMという市場を利用されているのではないでしょうか。

藤原 そのほか22年に特筆すべき事項はあるでしょうか。

小沼氏 では、東京マーケットの国際性についてコメントさせてください。私たちが「クロスボーダー企業」と定義する海外オリジンの企業があり、これらの企業に東証をさらに活用してもらいたいと考えています。近年、アジアで多くの成長企業が登場し、日本にはそうした新しい企業に投資したいというニーズがあります。東証でも双方をIPOでつなげていきたいという思いを持っています。海外企業の上場については会社法などの法律や会計基準、あるいは言語など、いくつかの乗り越えるべきハードルがあります。また、上場のやり方もさまざまなパターンがありますが、日本で活躍したい企業と投資家をつなぐための努力は今後さらに加速させていきたいですね。

藤原 選

「プライム」「スタンダード」「グロース」― 東証の市場区分再編が目指しているもの


藤原 2022年4月から東証は「プライム」「スタンダード」「グロース」の3つの市場区分に再編されました。従来のマザーズ銘柄の場合は、最近2年間の利益で総額5億円以上、時価総額40億円で東証1部にくら替えができました。ところが再編後のグロース銘柄では、最近2年間の利益総額で25億円以上、時価総額は250億円と、プライム市場へのくら替えのハードルがかなり高くなっています。実際、グロース市場に上場した銘柄で形式基準を満たす企業は少数派で、機関投資家が買いにくい市場になっているとの見方もあります。ただ一方で、プライム市場へのくら替えを果たした急成長企業も出ており、ぜひ東証としてのご見解を伺いたいところです。

小沼氏 市場再編は私たちにとって現在進行中の大きな仕事です。今回の再編ではマザーズやJASDAQの上に1部、2部がある構造を見直し、「プライム」「スタンダード」「グロース」がそれぞれ独立したコンセプトで運営されるという切り替えを行いました。その中でプライムは高いガバナンス水準、英語での情報開示など、海外を含めた多様なステークホルダーを意識した市場です。上場のハードルも高くしましたから、ご指摘の通りグロースからのステップアップは難しくなっています。その分、日本の新興企業にはグロースという市場の中で海外投資家へのアピールをしていただきたいと思っています。赤字上場の話題でも触れましたが、グロースでは経営者の思いをフレキシブルに説明できる書類も用意していますから、それらの書類を日本語だけでなく英語にして、海外の投資家にも積極的にアピールする際に活用されるのも良いでしょう。もちろん海外での事業展開によってプライムを目指す企業も歓迎していますが、ぜひグロースの中での成長の道も探っていただきたい。東証としては、日本経済のど真ん中とも言えるスタンダードも含めて、各市場の中でそれぞれの企業がしっかり輝ける道を用意していきたいと考えています。

東証の「IPO等に関する見直し」はわが国のスタートアップ支援を加速させる


藤原 東証では2022年8月に「IPO等に関する見直しの方針について」、22年12月にはそれを具体化した「IPO等に関する見直しの概要」を発表し、23年3月に施行しました。その狙いとポイントについてご教示ください。

小沼氏 まさに今、わが国では政府一丸となったスタートアップ支援を打ち出しています。新しい産業を育て、次の時代を担う経営者に頑張ってもらう環境づくり、アジアにおける日本のポジション確保やサステナビリティを含めた社会課題解決を果たすビジネスの創出など、あらゆる関係者がスタートアップ支援に取り組む中、東証では「IPO等に関する見直しの方針について」と「IPO等に関する見直しの概要」を公表いたしました。これらはディープテック企業に関する上場審査の柔軟な運用をはじめ、上場日程などIPOプロセスの弾力化、あるいはダイレクトリスティング利用の円滑化などをパッケージとしてまとめたものです。

2023年以降のIPO動向予想と東証が取り組む「IPOセンター」の活動


藤原 2023年のIPOについては90~100社と予想している市場関係者が多いようです。また、昨年から持ち越された大型案件が今年中にIPOを実現するかが注目されます。ただし世界的には利上げによる景気後退の懸念も強まっており、大型上場には必要不可欠な海外機関投資家の動きも気になります。小沼さんはどのようにお考えでしょうか。

小沼氏 23年の動向について、個人的にはそれほど悲観していません。もちろん投資家の動向にはある程度左右されるのでしょうが、このまま長期間リスクオフのマインドが継続することはないでしょう。これまでの経験から徐々に投資家のマインドが戻ってくると信じていますし、ニューノーマルの状況下でスタートアップ全体をしっかり支えようという基調があります。さらに前年までの積み残しや新規の大型案件もいくつかマーケットに登場する予定ですので、これらに関しては非常に期待しています。

藤原 23年以降、業種としてはどのような分野に期待されていますか。

小沼氏 業種の面で21年、22年とそれほど大きな変化はないのではないかと考えています。ただディープテック、例えば宇宙・ヘルスケア・素材などの分野で、これまでになかった新しい考え方のビジネスが生まれることを期待しています。

藤原 では最後にスタートアップの方々へのメッセージをお願いします。

小沼氏 これからの世の中のために頑張っているスタートアップの方々がたくさんいらっしゃいます。私たち東証はそうした方々を資本面、情報面、そして組織づくりの面でお手伝いしたいと願っています。上場までのプロセスをストレスなく進めていただけるよう、私たちもこれからも努力していきますので、よろしくお願いいたします。

藤原 今回の小沼さんのお話を通して、スタートアップの皆さまにIPOの正しい知識・事実をご理解いただき、着実に成功への道を歩んでいただきたいと祈念します。本日はありがとうございました。

サマリー

2022年は世界的な金融緩和の反動のほか、ウクライナ情勢の地政学リスクや急速な円安の進行、海外機関投資家の資金供給量の減少など、特に新興企業株への投資抑制が目立ちました。一方でTOKYO PRO Marketへの新規上場企業数は21社と過去最多を更新。23年はまだ懸念材料が多い中で、市場区分再編の効果や22年の積み残し大型案件のIPOなどに期待が集まります。

この記事について

執筆者
EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

藤原 選

EY Japan Assurance 外食セクターリーダー、IPOグループ統括

スタートアップ・IPO支援を通じてEYの理念Building a better working worldの実現に全力でチャレンジ中。

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