業種別IPOの実務上の留意点 不動産

戦略マーケッツ事業部 企業成長サポートセンター
シニア 公認会計士 須田 裕貴

はじめに(業界動向)

2012年末の政権交代によりアベノミクスが始動、円安や国内の景況感の回復、低金利や住宅ローン減税といった住宅支援促進策により、住宅・マンションの売買が活発になっています。2014年4月に発表された「首都圏不動産流通市場の動向(2013年度)」(公益財団法人東日本不動産流通機構による)によれば、首都圏の2013年4月~2014年3月の中古マンションの成約件数は36,762件、中古戸建住宅の成約件数は12,123件といずれも過去最高を記録しました。2014年3月 に(株)エスクロー・エージェント・ジャパン、2014年5月に(株)東武住販、2014年6月に(株)ムゲンエステート、2014年9月に(株)AMBITIONがジャスダックもしくはマザーズに上場するなど、不動産関連銘柄の上場も活発になってきています。また、東京証券取引所における不動産投信(REIT)市場においても、近年上場が活発になってきています。

今回はこのような不動産業界に属する会社におけるIPO上考慮すべき業界特有の留意事項について解説します。

なお、文中の意見は筆者の私見であり、法人としての公式見解ではないことを予めお断りしておきます。
 

IPO上考慮すべき業界特有の留意事項

(1) ビジネスリスク

① 不動産価値変動リスク
不動産価値は、日本経済の経済情勢、景気変動に連動する不動産市況や不動産賃貸市況に大きな影響を受けます。賃貸においては賃貸不動産の稼働率の低下、賃貸収入の減少などのリスクが生じます。投資ファンドにおいてはファンド収益の低下、資金調達の悪化により事業拡大や業績に大きな影響を与えることがあります。

② 金利変動リスク
金利が上昇することで資金調達コストの増加や投資家の期待利回りの上昇により、結果として会社の業績や財政状態に影響を与えることが考えられます。

③ 欠陥・瑕疵リスク
不動産には建築構造や地盤等に欠陥・瑕疵が存在する可能性があり、これらが顕在化した場合には資産価値の低下等により重要なリスクが生じます。また、不動産の売主として欠陥・瑕疵に対して想定していないコストを負担する可能性があります。

④ 災害リスク
地震、火災等の災害により不動産価値の下落等のリスクがあります。これらの災害により不動産の修復費用の負担、不動産収入の減少等により会社の業績や財政状態に重要な影響を与える可能性があります。

(2) 管理体制

① コンプライアンスの確立
業界固有の法令等への準拠は、事業を遂行していく上で極めて重要です。従って、コンプライアンスの確立が重要視されます。整備・運用方法としては、全社的な管理体制として会社直属のコンプライアンス部門の設置等の設置・運用が考えられます。

業態

法律名

売買、仲介、賃貸

宅地建物取引業法

ファンド

資産の流動化に関する法律

不動産共同事業法

② 利益相反取引
不動産関連の取引では、関連当事者間での利益相反取引や、複数の不動産ファンドの運用を担当するケースではファンド間の利益相反取引が生じる可能性があります。そのため、アセット・マネージャーに対して行動規準や規範を設け、事前及び事後における報告、承認を行う体制の整備が必要です。

③ 物件ごとの利益管理
特にファンド事業においては投資物件単位での利益管理が重要になります。管理指標としては物件ごとの投資利回り、損益状況、稼働率、空室率等を管理する体制が必要となります。

(3) 上場審査

① 企業の継続性及び収益性
申請会社の企業グループの最近の損益及び収支の見通しが良好であること、申請会社の企業グループにつき、申請会社が相応の利益配当を行うに足りる利益を計上する見込みがあること、申請会社の経営活動が、取引先との取引実績、製商品の需要動向その他の事業遂行に関する状況に照らして安定的かつ継続的に遂行することができる状況にあることが重要となります。

② 企業経営の健全性
事業を公正かつ忠実に遂行していること、特定の者に対し、取引行為その他の経営活動を通じて不当に利益を供与していないこと、役員相互の親族関係、その構成または他の会社等の役職員との兼務の状況が公正、忠実、かつ十分な業務の遂行または有効な監査の実施を損なう状況にないことが求められます。

③ コンプライアンス体制
上場審査上は、法令等の違反を防止するためにどのような対策を講じているかが重要となります。

④企業内容の開示体制の整備
企業内容等の開示を適時・適切に行うことができる状況にあること、法令等に基づいて作成されており、かつ投資者の投資判断に重要な影響を及ぼす可能性のある事項が分かりやすく記載されていることが求められます。

(4) 会計・税務

① 販売用不動産の評価
「棚卸資産の評価に関する会計基準」(企業会計基準第9号)は、販売用不動産も対象範囲に含まれます。そのため、収益性が低下している物件に関しては評価減を行う必要があります。

② 固定資産の評価
固定資産として保有する物件、本社資産等については「固定資産の減損に係る会計基準」(企業会計審議会)の対象範囲となり、収益性が低下している物件に関しては評価減を行う必要があります。

③ 関係会社間取引
関係会社に不動産を譲渡するにあたっては、譲渡価額に客観的な妥当性があることのほか、総合的に勘案して売買取引として適正な取引かを「関係会社間の取引に係る土地・設備等の売却益の計上についての監査上の取り扱い」(監査委員報告第27号)に従い吟味する必要があります。

④ 流動化によるSPCの連結範囲
資産の流動化取引において利用される匿名組合、投資事業組合、任意組合、中間法人等会社に準じる事業体については、実質支配力基準(SPCの重要な財務、営業、事業方針の決定を支配する契約が存在する場合など)により連結の要否を判定する必要があります。

⑤ 税務調整
収益性の低下により棚卸資産若しくは固定資産の評価減を行った結果、税務上の価額と異なった場合、差額について別表4での申告調整が必要になります。この差額については、「税効果会計に係る会計基準」(企業会計審議会)の対象範囲となります。

(IPOセンサー 2015新春号より)